異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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この話のオピカちゃんは27話に出てきます。


第47話 迷わずに 生きていけたら そりゃいいね

「トルキイバに行けば助かる」

 

そう言われて奴隷商のキャラバンに入れられて、もう何日たったんだろうか。

 

真面目な父とおおらかな母のいるごく普通の暖かい家庭に育った私は、なんの前触れもなく死病になった。

 

半年ってとこか……とお医者様は言った。

 

その時の私といえば、まだ咳がちょっと出るだけで大したことのない風邪かななんて思っていて。

 

まさか次の日いきなり奴隷商のキャラバンに連れて行かれるだなんて、想像もしていなかった。

 

父の言い分もわかる、トルキイバ行きの奴隷商が出発するのは私の売られた次の日だった。

 

次に来るのは一年後、その頃には私はもう生きてない。

 

決断の早さと勇気には見習うべきところがあるけれど、せめて近所の人達にきちんと別れの挨拶はしたかったかな。

 

 

 

「おうオピカ、飯の時間だぞ」

 

「エッホ、ゴホッ!どうもすいません、すぐ行きます」

 

 

 

奴隷商から麦粥の入った鍋を受け取りに行く。

 

私はこの馬車の奴隷たちの世話役なんだ。

 

なんでもトルキイバじゃもの凄い魔法使いがいるらしくて、どんな酷い病人や怪我人でもあっという間に治してしまうそうだ。

 

そんな相手に売りに行く奴隷だから、色んな事情があって歩けないような子も多いから世話が必要になるんだ。

 

 

 

数日前に「そんなんで儲けになるんですか?」って聞いたら「人助けだ!」って言われた、ほんとかなぁ?

 

でも実際、ご飯食べさせて馬車に乗せて、大した値段で売れないんじゃあ、ほとんど社会貢献ってやつなんだろうなぁ。

 

奴隷商って、絶対に必要な仕事なのに普通の人からは好かれないもんね。

 

もしかしたら魔法使いの人も、社会貢献でやってるのかな。

 

 

 

「…………オピ……ちゃ……ありがと……」

 

「いいからゆっくり食べて」

 

 

 

馬車の中の子達は喋られないぐらい衰弱した子なんかもいるんだけど、みんなご飯だけは一生懸命食べる。

 

死んでたまるかって、獣みたいに光った目が言ってるよ。

 

せっかく拾えるかもしれない命なんだからね。

 

このキャラバンだけが、私達の最後の希望。

 

荒野を走る、希望の馬車なんだ。

 

 

 

夜が来ると、みんなの体に毛布をかけて、馬車の扉を締め切って防寒をする。

 

昼も夜も、手伝いはもちろん見張りすらつかない。

 

なんでも私がやらなきゃ。

 

私がみんなをトルキイバまで送り届けるんだ。

 

 

 

「…………」

 

「……どうしたの?」

 

 

 

喋れない狼人族の子からズボンの裾を引っ張られた。

 

天井に下げたカンテラを取って、毛布の中を照らす。

 

 

 

「また来たの?」

 

 

 

目を硬くつむり、体を小さく震わせていたその子は、一つ頷いてから右手で西()の方を指さして、左手の指を三本立てた。

 

この子も多分祝福持ちなんだ。

 

前もその前も、そうやって指さした方から獣がやってきたから。

 

すぐに馬車から出て、キャラバンの護衛の冒険者に呼びかけないと。

 

 

 

「冒険者のかたー!!誰かいませんか!ゴホッ!ゴホッ!」

 

「なんだーっ!」

 

 

 

遠くの焚き火から、冒険者のおじさんの声が聞こえた。

 

早く準備してもらわないと、前も思っていたより早かったから。

 

 

 

「敵が来まーす!ケホッ!」

 

「すぐに行くー!!」

 

 

 

返ってきたその声は、もうすでにこの馬車にだいぶ近づいてきていた。

 

闇の中からぬうっと現れたのは、猪族の方だった。

 

 

 

「山羊の嬢ちゃん、またあのガキか?西はどっちだ?」

 

「北があっちなんで、こちらです!三匹ね!」

 

「すまねぇっ!」

 

 

 

西を指差すと、猪族の冒険者は小走りで闇の中へと消えていった。

 

私が方角がわかるのは、私も加護持ちだからだ。

 

調べていないから多分だけど、鳥神の加護。

 

方角がわかるだけの、船乗りにしか必要のないような加護だけど、キャラバンに来てからは意外と役立ってる。

 

そのかわり、夜は闇が上手く見通せないんだけどね。

 

 

 

キャラバンの西側に火が炊かれたのが見える。

 

続々と武器を持った冒険者達が集っているんだろう、足音と一緒に鉄の擦れる音が聞こえた。

 

 

 

「岩肌カエルだーっ!!弓は意味ねぇぞ!!」

 

「囲んで槍で叩け!尻と目を突け!」

 

 

 

どうもすでに戦闘は始まっているらしい。

 

私は馬車の扉を硬く閉ざし、毛布にくるまって眠った。

 

 

 

荒れた土地に入ってから幾日かが経つ。

 

昨日から強い風が吹いて、土煙で周りがよく見えない状況が続いている。

 

キャラバンの車列は伸び伸びになっていて、前の馬車と繋がれた綱でかろうじてついていけている感じだ。

 

 

 

「ねぇ……オピカ……ちゃ……今どこ?」

 

「昨日聞いた話だと、もうしばらくでトルクスに着くらしいけど」

 

「ありがと……オピカちゃん……」

 

 

 

私が乗る前から馬車に乗っている子もいて、みんな体力的にはもう不安なところまできている。

 

こういう時、祈ることしかできない自分に腹が立つ。

 

教会の大罪が発覚してから、神頼みなんて誰もやらなくなったらしいけど……

 

私には祈るべき神様がいる。

 

それはありがたい事なんだと思う。

 

鳥神様、この哀れな仔山羊をお救いください。

 

船乗りになんてなりたくないなんて言ってごめんなさい。

 

父さん母さんに悲しい思いをさせてごめんなさい。

 

鳥神様、私の旅路を空よりお見守りください。

 

トルキイバに行けば、トルキイバに行けばみんな助かるんです。

 

 

 

ふと、馬車が止まった。

 

私は狼人族の子の体を揺する。

 

 

 

「ゲホッ……敵がきたの?」

 

 

 

硬く目をつむった彼女は、小さく首を横に振った。

 

 

 

「オピカ!鳥神の加護持ちのオピカはここか?」

 

「あっ、はいっ!」

 

 

 

誰かがドンドンと扉を叩いている。

 

開けると、風で頭がボサボサになった茶髪の魚人族の女性が立っていた。

 

鎧を身に着けていない、多分御者の人だろう。

 

 

 

「九号車の綱が切れた!前まで来てくれ!方角がわからないんだ!」

 

「ゴホッ!わかりました!エホッ!」

 

 

 

鳥神様、ありがとうございます。

 

こんなにも素晴らしい加護をくださいまして、ありがとうございます。

 

あなたの力のおかげで、弱い私も、自分の人生を自分で切り開いていくことができそうです。

 

 

 

 

 

「いいか、ここまで来ればトルクスはすぐなんだ!東を指し続けてくれ!」

 

「わかりました!」

 

 

 

荒れ地さえ超えれば土煙に迷わされる事はない。

 

前の馬車達はきっとトルクスで待っていてくれているはずなんだ。

 

 

 

「太陽や星さえ視えればこんなもん……」

 

「穀倉地帯まではどれぐらいあるんですか?」

 

「昼前には抜けてるはずだったんだ、迷わなきゃね!」

 

 

 

馬に鞭をくれた後に少し落ち着いたのか、お姉さんはヒマワリの種をくれた。

 

こんなの食べたことなかったんだけど、塩味がついていたようで、緊張してからからな喉がもっと乾いていく。

 

 

 

「エホッ!エホッ!」

 

「辛かったか、ほら水」

 

「すいません……」

 

 

 

ただの水が、体にスゥーッと染み込んでいく。

 

馬車は岩や勾配を避けながら東に真っすぐ進み、月が登り始める頃にはトルクスの街の灯を見ることができたのだった。

 

 

 

 

 

トルクスからトルキイバはあっという間だ。

 

昨日お姉さんから聞いたんだけど、トルクス、トルキイバ、ルエフマの間は都市が何百個も入るような巨大穀倉地帯なんだって。

 

もちろん道も整備されていて、警邏も回っているから獣のたぐいもほとんどいない。

 

余計な戦いを避けられるから、昨日までとは進みが段違いだ。

 

みんなすっかり安心して、うちの馬車も大分気さくになった御者さんが話をしてくれるようにもなった。

 

 

 

「この馬車はみんなシェンカー行きだろ?」

 

「ケホッ……そうなんですよ、トルキイバのシェンカー様は神様のようなお方だと聞いています」

 

「女ならそれでいいんだけどな、男の奴隷は変わらず悲惨だよ。シェンカーのサワディとか言ったっけな、こんなに女ばっかり集めてスケベな男なんだろうなぁ」

 

「はぁ」

 

「まっ、俺らも値がつかない品物に確実な購入先があって、神様軍人様シェンカー様なんだけどよ」

 

 

 

そう言いながらタバコに火を付ける御者さんを見ていると、後ろから足を引っ張られた。

 

狼人族のあの子だった。

 

寝床から這いずってまで抜け出して、私に知らせたい事って……

 

 

 

「また来たの?」

 

「……お……お……き……ぃ……き……」

 

 

 

しわがれた、老婆のような声だった。

 

指一本立てて、北を指した。

 

 

 

「北から!大きいのが来ます!!」

 

「なんだって!!おおーーい!!北から来るぞぉ!!大きいのが来るぞぉ!!」

 

 

 

耳をつんざくようなその声に、各馬車から返事が返ってくる。

 

 

 

「北かぁ!!何匹!!」

 

「いちぃー!!」

 

「北ぁ!!デカいの一匹ぃ!!」

 

 

 

徐々に速度を緩める馬車だが、完全に止まるまではもうしばらくかかる。

 

少しだけ速度の落ちた馬車から、完全装備の冒険者さん達がどんどん飛び降りていった。

 

馬車の屋根の空気窓から首を出して北の方角を見ると、遙か向こうの麦畑がなぎ倒されていくのが見える。

 

遥か遠くにぼんやりと見えたその獣は、頬の赤い、でっかい狐だった。

 

 

 

「ケェーン!!!」

 

「赤頬狐だ!!」

 

「あんなデカいのやったことねぇぞ!!」

 

「弓弓!弓撃て弓ーっ!!」

 

「まとめて撃て!まとめて!」

 

「馬車は先に行け!!止まるな!!もうすぐトルキイバなんだ!!」

 

「ギャン!」

 

 

 

ひと吠えした狐の尻尾の攻撃で、冒険者が3人まとめて弾き飛ばされた。

 

駄目かもしれない……

 

ここまできたのに!!

 

もうすぐみんな助かるのに!!

 

 

 

「ヒュルルルルルルゥ……」

 

 

 

その時、甲高い、鳶の鳴き声のようなものが聞こえた。

 

 

 

「グギャアアアアアア!!」

 

 

 

次の瞬間、空から影が走ったかと思うと狐の肩に槍のようなものが突き刺さっていた。

 

 

 

「ボンゴちゃーん!そのままー!」

 

 

 

遠くから、何かが走ってくるのが見える。

 

馬に乗った人にしては速すぎる。

 

あれは竜騎士(ドラグーン)

 

いや、ケンタウロスだ!

 

筋骨隆々の体に豊かな茶髪を後ろに流し、背中に背負った武器は数え切れないほど。

 

 

 

「いくべぇ〜!」

 

 

 

間延びした声と共に、走ってきた勢いのそのままに狐に突き入れられたのは、赤い馬上槍だった。

 

 

 

「ケェーン!!」

 

 

 

半ばで折れたその馬上槍は、狐を地面に深々と縫い止めている。

 

背中から大剣を抜いたケンタウロスは、燻製肉でも切り分けるかのようにやすやすと狐の首を刎ねた。

 

 

 

「おいっ!見たか?」

 

「見ました!狐は首を切られました!」

 

「そうじゃない!あのケンタウロス!ありゃあ『七剣』のピクルスだぞ!シェンカー家いちの剛力なんだ!」

 

 

 

興奮しながら言う御者さんには悪いけど、私はピクルスさんの勇姿を見るのに夢中であんまり聞いていなかった。

 

トルキイバにはあんなに強い女の人がいるんだ。

 

世界は広い、本当に広い。

 

 

 

 

 

トルキイバについてからは、正直拍子抜けだった。

 

みんな纏めて買われて、纏めて回復魔法をかけられた。

 

ご主人様とは一言も話していない。

 

喋れない子も、動けない子も、みんな良くなった。

 

私のあんなにも苦しかった病気も綺麗さっぱりなくなって、次の日からすぐに仕事をすることになった。

 

これまで、方角がわかるだけの加護なんて初対面の人には内緒にしてたぐらいなんだけど……

 

これからは、私の武器として色んな人に打ち明けていく事にしたんだ。

 

「それだけ?」って笑う人もいたけど、気にしない。

 

私を嵐から救ってくれたのは鳥神様なんだから。

 

そうしたら、すぐに奴隷頭のチキンさんの目に留まって重要な仕事に組み込んでもらえた。

 

やっぱり、なんでも使いようなんだね。

 

役に立たない力なんてない、あの強いピクルスさんだってハズレ扱いの土竜の神様に愛されてるんだから。

 

祈る神様がいるっていうことは素晴らしい事だ。

 

鳥神様軍人様サワディ様、私は今日も、あなたのために仕事をします。

 

そしてお父様、お母様。

 

お小遣いが溜まったので、私の小さな冒険を纏めた、この手紙を送ります。

 

 

 

マジカル・シェンカー・グループ。

 

道先案内人役。

 

『迷わず』のオピカより。




風邪引いちゃって想定の文字数に届きませんでした。

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