異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず) 作:岸若まみず
やりすぎ。
それは恐ろしい言葉だ。
物事にこだわりの強い男なら、こんな言葉を一度や二度は言われたことがあるだろう。
『ここまでしなくても……(呆)』
『こんなにやってくれたんだぁ(棒)』
『いくらかかったの(怒)』
異性の冷たい目線と共に放たれるこれらの台詞は、男にとって心底恐怖でしかない。
自分でもそこまで求められていないことはわかっているのに、つい過剰になってしまう。
これは男の悲しい性なんだ。
「君、なにもここまでしなくても……」
「いや、はは……」
劇場建設予定地にロープで区切った椎茸畑には、所狭しと原木が並べられていて……
そこからは取り切れないほどの椎茸が、木の表面を埋め尽くすように生えていた。
家が建つようなひと財産だが、こんなものを流通させたら魚以上にまずい。
なんせ椎茸はかなり貴重なブツなんだ。
相場が崩壊するのはともかく、間違いなく産地やそこの貴族からの恨みを買うだろう。
少しぐらいならともかく、まとまった数を売るわけにはいかない。
手近な木から一本もぎとってみる。
肉厚で形もいい、きっと美味しいだろう。
もぎ取った場所からは、もう次の芽が顔を出している。
どう考えても菌にかけた強化魔法の効きすぎだ、あっという間に爆発的に増えたからな。
そのうち落ち着くとは思うが……
とりあえず今ある物は、椎茸狩りのレジャーとして奴隷達に開放するか。
釣り堀もあるし、鍋やバーベキューとして楽しめば秋の行楽としては十分だろう。
俺はローラさんと一緒に焼いた椎茸に塩を振って齧りつきながら、そんなことを考えていた。
ここしばらく準備をしてきた感謝祭、その当日は晴天となった。
朝からシェンカー通りは見物人や奴隷達でごった返し、大変な賑わいを見せていたらしい。
俺とローラさんは午前中は学校の学園祭の方に顔を出し、昼過ぎからシェンカー家仕切りの盆踊りを見にやってきていた。
朝と夕に分けて行われる盆踊りはすでに一度目が終了しており、今はいくぶん人も減った状態で通りも歩きやすい。
とっておきのお洒落をした華やかな女達が屋台を冷やかしながら行き来し、男達もなんだかうきうきと浮かれた様子で楽しそうにくっちゃべっている。
一応今日は盆踊りということでシェンカー関係の人間にはうちで用意した法被を着せてみたんだが、これもなかなか雰囲気が出ていい感じだ。
関係者が一目でわかるし、こうして日本的なものを見ると、俺だってなんとなく浮ついた気持ちになる。
青色の生地に赤文字で『シェンカー』と書かれているのはちょっと、なんだかなぁとも思うが……
あれも半纏の屋号だと思えばおかしくもないのか。
うちの者からの評判も意外といいし、街の人からも「華やかでいいね」なんて褒められた。
下の兄貴が一枚ちょろまかしていったなんて報告もあったが、まぁそれぐらい大目に見よう。
祭りだからな。
ドンドンドン!
カカカッカ!
ドドンドドン!
中央の櫓の上からはずっと太鼓が鳴っている。
その周りでは法被を着た数人が集まり、バンジョーみたいな弦楽器やラッパ、それと棒のついた太鼓のような見た目の二本弦のウッドベースで演奏をやっている。
盆踊りが始まるまでにはまだまだ時間があるから、あれは有志の出し物なのかな。
俺も全てを把握してるわけじゃないからな。
とりあえず置かれている箱に投げ銭をしておくか。
「君は芝居もそうだけど、音楽が好きだよな」
「僕は楽しいことが好きなんですよ」
周りがうるさいから、自然と顔を近づけ目を見合わせて話す。
俺と一緒にシェンカー家の法被を着たローラさんは、飲み物片手に煙草をくわえて上機嫌な様子。
彼女も案外賑やかなのが嫌いじゃないんだ。
「前線にもああいう演奏家がよく来たよ」
「そうなんですか?」
「たまの楽しみでね。将校から新兵まで、みんなで集まって聴いたものさ」
「へぇー、今日はこの後でもっと凄い演奏がありますから、ぜひ楽しんでくださいね」
笑顔と頷きが返ってきた。
ローラさんはまだ盆踊りを見たことがないから、きっと曲と踊りが始まったらびっくりするだろうな。
ピピーッ!
近くでホイッスルの音が鳴った。
「スリだーっ!」
「待てっ!この野郎!」
人波の向こうに、小柄な髭面の男が疾走するのがちらりと見えた。
刺股を持った冒険者組が追いかけようとするが、男が素早くてとても追いきれないようだ。
俊足を活かし、人を掻き分けて走り去ろうとするスリに、上空から影がさす。
見上げると、家の古参の冒険者のボンゴが飛んでいた。
あっという間に紐の先に石のついた捕縛具が投げられ、スリはもんどり打って倒れ伏す。
そこに冒険者達が殺到し、男はボコボコに殴られて捕縛された。
やるじゃん。
俺が空のボンゴに手を振ると、それに気づいた彼女は近くに降り立ってとてとてと近づいてくる。
「…………ほ……め?」
周りの喧騒で小声なボンゴの言ってることは聞こえなかったが、だいたいそんな感じの事を言っていたんだろう。
俺はいつの間にか背丈を追い越してしまった彼女の頭を撫でて、お駄賃を手渡した。
満足そうに胸を張ったボンゴは人波の隙間から、助走をつけてまた空へと飛び立っていく。
こういう日の警備は大変だな。
冒険者組には後で差し入れでもしておくか。
「見たことのない食べ物ばかりだね」
「ちかごろ、うちが開発した食べ物が広まりましたからね。なんか食べましょうか」
立ち並ぶ屋台にかけられた色とりどりののれんには、ここ数年でこの街の定番になった食べ物の名前がズラリと並ぶ。
肉まん、スパゲッティ、うどん、焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、ドーナツ、数年前までは存在もしなかったメニューばかりだ。
だいたいは俺が食いたいから作らせたんだよな。
各屋台ともなかなか忙しそうにしていて、商売は繁盛しているようだ。
「たこ焼き8個くれ」
「へいっ!あ、こりゃご主人さま、お疲れ様でございます!すぐ作りますんで!」
軽い態度の猫人族はなかなかの手練のようで、素早い手付きでたこ焼きを焼いていく。
トルキイバにはたこが入ってこないから厳密にはたこ焼きじゃないんだが、まぁ構いやしない。
中身が燻製肉やウインナーだろうと、美味けりゃいいんだ。
針の先がくるくると回り、タネがポンポンとボール状になっていく。
やっぱりたこ焼きは、この見た目もいいな。
「へいお待ちっ!」
「ありがとう」
俺はできたてのたこ焼きをさっそく口に頬張った。
が、あまりの熱さに口の中でお手玉してしまい、ローラさんと店員に笑われてしまった。
しょうがないだろ!
焼き立てだと五割増で美味しく見えるんだよ!
そんな俺の様子を見ていたローラさんはフーフーと冷ましてからたこ焼きを食べ、満足げな様子で目尻を下げる。
「これはなかなか美味しいじゃないか」
「へいっ!ありがとうございます!奥方様!」
「やっぱりここらへんは小麦の産地ですからね、粉ものを名物に押していきたいんですよ」
「粉ものね、他のものも食べてみたいな」
「ええ、行きましょうか。ありがとう、ごちそうさん!」
「へいっ!お気をつけて!」
猫人族の子に見送られた俺達は、すぐ隣のお好み焼きの屋台に移動した。
「いらっしゃい!おやご主人様!奥方様もお揃いで!」
「豚玉ひとつね」
「あいよっ!豚に卵!トルキイバ焼き一丁!白ソースはどうします?」
「たっぷりで」
「はいたっぷり頂きましたっ!」
今日はここらへんの屋台のもの、全部食べよう。
視察だ視察。
「はいどいたどいた!」
「この場所空けてー!」
「楽器通るぞー!」
俺たちがやってきてから数時間が経っただろうか。
通りがにわかに騒がしくなり、夕陽があたりを照らす中を盆踊りの準備が始まった。
用意された提灯には火が灯され、一気に櫓の周りが明るくなる。
この日のために練習してきた楽隊や歌い手、踊り子達が櫓の前に集結し、総指揮を取ったらしい管理職のジレンが最後の挨拶を行っている。
盆踊りは朝と夕のニ回にわけて行う事になっているので、朝の評判を聞きつけたお客さんが集い、周りは大変な混雑になっていた。
ドドドドドドドドドン!……カカン!
いきなり始まった太鼓の乱打に、ざわついていた観客が一気に静かになる。
魔具の拡声器を通した歌い手の声が通りに響き、ヘンテコな色合いの浴衣を着た踊り子達が一斉に踊りだす。
笛や弦楽器の入り乱れた演奏は、明るくて賑やかでなかなか小粋な感じだ。
踊りだしたくなる感じでいいじゃないの。
" ア、地の果て行くまで麦畑
どこで会ったか父と母
ヨ、麦の穂のほが人より多い
だけどもどうして心は錦
ソレ、海の噂は流れても
見れる海原金のそれ
引いては寄せる麦かき分けて
迎えに来たよといなせな農家 "
聴こえてくる歌は、ほとんどハントに丸投げだったから文句も言えないんだけど……
なんだかどうにも毒にも薬にもならない、気の抜けるような感じ。
でもまあ、気楽に聴ける歌で良かったかな。
俺は戸惑うローラさんの手を引いて、踊りの輪の一番外側についた。
なんとなく周りの真似をするだけでも踊れるような簡単な踊りのはずなんだが、外側の輪は俺も含めてみんな妙ちきりんな踊りのやつばっかりだ。
朝からいたらしいやつらだけが微妙に踊れている。
ま、田舎だし、普段は踊るような機会なんかないしな。
みんなお祭りムードと酒の陽気に当てられて、結構笑顔で楽しんでいるようだし。
楽しんでくれてるなら、形は何でもいいか。
その後も、粉もん食い倒れ音頭、トルキイバ小町音頭、麦畑で捕まえて音頭、光れ星屑竜騎士音頭など、色んな音頭が続き……
いつの間にか膨れ上がった踊りの輪は自然と瓦解していき、みんな好きな場所で思い思いに踊るようになっていた。
そして浴衣を着た踊り子達には、いつの間にかそれぞれ男のパートナーがつき、寄り添い合うように腰に手を回して揺れている。
そういや祭りってのは元々、古来からの出会いの場でもあったな。
来年は婚活パーティーにでもしてみるか?
腰に回されるローラさんの手を握りながら、なんとなくそんな事を考える。
低く太く鳴り続ける太鼓の音に揺られ、お祭りの夜は更けていく。
他の通りの火は消えても、シェンカー通りの提灯は消えず。
音楽は終われども、馬鹿騒ぎに終わりはなかった……そうだ。
俺とローラさんは適当なとこで帰ったからな。
さすがにみんなタフすぎて付き合えんわ。
一応酒の差し入れだけはしておいたが、来年はきちんと閉会の時間を決めよう。
楽しそうに踊る奴隷達に何時間も付き合ってヘトヘトになってしまった俺は、それだけを固く心に誓ったのだった。
台風で呼び出されて大変でした