異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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長くなっちゃいました
モブ青年の話です


第58話 誰がため 捜し捜して 同じ顔

「私と同じ顔の女を知りませんか?」

 

 

借金取りから逃げ出して、妹と一緒にこのトルキイバにやって来て一ヶ月。

 

まだまだ右も左も分からんような俺に、往来でそう声をかけてきたのは不思議な女だった。

 

肩まで伸ばした小麦色の髪、切れ長の目、よく見かける流行りの帽子と襟巻き。

 

周りがパッと明るくなりそうな美人なのにどこか薄暗い、そんな印象を受ける無表情な人族。

 

もちろんこんな顔、見たことなんかない。

 

 

「いや知らねぇ」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

 

女は踵を返してさっさと行ってしまった。

 

酒売屋台のおっさんがそれを見てくすくす笑っていたので、俺は酒を買うついでにさっきのが何なのかを訪ねてみた。

 

 

「あいつは『同じ顔』のソルメトラってんだよ。自分と同じ顔の女をずーっとああして探してんのさ」

 

「へぇ……変なの」

 

「兄さん最近トルキイバに来たんだろ」

 

「そうだけど」

 

「新入りはみんなああして話しかけられるのよ。ま、シェンカー家の奴隷だから、変な女だからって絡んだりはせんことだよ」

 

「奴隷?あんな身奇麗なのに?元じゃなくてか?」

 

「ああ。シェンカー家は裕福でなぁ、奴隷にもちゃんと給料を払ってるんだよ」

 

 

なんだそりゃ、そんな話があっていいのか?

 

シェンカー家っていったら、ここに来る乗合馬車の中でシェンカーとは揉めるなって言われたっけな。

 

チェッ、金持ちの道楽か。

 

うちの妹だって、もっとボロを着てるってのによ。

 

俺はもう一杯酒を買って、なんとなくクシャッとした気持ちのまま家へと帰った。

 

 

 

 

トルキイバはでかい。

 

中央から東西南北に走る大通りを一日に何度も何度も行き来していると、夜にはもうクタクタだ。

 

しょうがねぇ、大きい坂がないだけまだマシか。

 

荷運びの仕事にしか就けなかった自分が憎いぜ。

 

それもこれも妹のためだ、あいつには将来こんな苦労はさせたくねぇからな。

 

詩か歌でも覚えさせて然るべきご令息の所に嫁に出さなきゃ、あの世の父ちゃん母ちゃんも浮かばれねぇってもんだ。

 

 

「おうっナシタ!飯にしようぜ」

 

「へいっ!」

 

 

腹がペコペコになるまで荷車を押したら、親方に呼ばれて昼食のお供だ。

 

今日は運がいい、親方と一緒の班だと昼飯は奢りだからな。

 

この街はやたらと飯が美味いんだ、やっぱり天下の麦どころは違うねぇ。

 

 

「近ごろウドンを出す店が増えてよぉ、俺みてぇな麺食いにゃあたまらねぇ話なんだが……こう何軒もできると腹のほうが足りねぇのよ」

 

「意外と腹で膨らみますからねぇ」

 

 

今日はウドンってやつか。

 

トルキイバに来てから初めて食べたけど、ありゃあ寒い冬には堪んねぇんだ。

 

腹の中からかぁっと熱くなるし、何より麺も汁も美味いしな。

 

うー、腹減ってきたぜ。

 

親方は生卵落としのウドンを頼み、俺は腸詰めのテンプラウドンだ。

 

生卵なんて高級品が、庶民でもなんとか手が出せるぐらいの値段で食えるなんてびっくりだよな。

 

シェンカー一家が魔道具を使って食えるようにしてるらしいんだが、いくら冒険者を囲ってるからって魔結晶は安くねぇのによ。

 

やっぱり金持ちの道楽だぜ、俺は気に入らねぇ。

 

あ、いや、でも出てくる食いもんは別だぜ。

 

あの家の売ってるものはどれもやたらと美味いんだ、飯は飯としてありがたく頂くぞ。

 

うーん、我ながらちょっと虫が良すぎるかな?

 

 

「そういやナシタ、おめぇこっちに来てからどうだ?」

 

「おかげさまで、ようやく慣れてきました」

 

「そうか、なんかあったら言えや。まだ小せぇが、おめぇの妹のロザミーもこの先ずっと留守番させとくつもりじゃねぇんだろ?」

 

「へぇ、ありがとうございます。妹も落ち着いたら稽古事か何かに出そうかと思ってます」

 

 

もうちょい年食ったら、うちの事務の仕事をやらせてもいいぜ、と言ってくれる親方に深々と頭を下げる。

 

ありがてぇや、習い事の候補に読み書き算数も入れとこう。

 

 

「隣近所なんかとは仲良くしてんのか?」

 

「へぇ、おかげさまで、変な奴もいなくて楽しいばかりでさ……あ、そういえば、変なやつってわけじゃあねぇんですが、この間不思議な女に会いましたよ」

 

「どんな女だ?いい女だったか?」

 

「へぇ、そりゃあいい女だったんですけど、いきなり『同じ顔の女を知りませんか?』って聞かれて驚きましたよ」

 

「ああ、ソルメトラさんか」

 

「親方も知ってらっしゃるんですか?」

 

「そりゃあな」

 

「なんでも『同じ顔』のソルメトラさんって呼ばれてるとか……」

 

「……おい、その言い方は金輪際するなよ」

 

 

急に怖い顔になった親方はぶっきらぼうにそう言って、またウドンをすすり始めた。

 

どうしたんだろうか?

 

不思議に思っていると、なんとなく背中がゾワッとして周りを見回す。

 

気づけば、店中の視線が俺に集まっていた。

 

なんだか居心地が悪くなって、急いで残りのウドンを口にかきこんだ。

 

 

 

辛い仕事を終わらせて家に帰ると、楽しい家族との時間だ。

 

可愛い盛りの妹なんだが、今日はなんだか帰った時からプリプリ怒っていた。

 

 

「お兄ちゃんばっかり毎日出歩いてずるい〜!」

 

「ずるいったってなぁ、兄ちゃんだって遊んでるわけじゃねぇんだぜ?」

 

「ロザももっと色んな場所行きたい〜!」

 

 

駄々をこねながら俺の胸をたたくロザミーの頭を、くしゃくしゃと撫でてやる。

 

サラサラの髪の毛が手に気持ちいい。

 

 

「近所のミっちゃんやヨっちゃんは遊んでくれてるんだろ?」

 

「そんなずっと遊んでないよ〜、みんな習い事とかお手伝いとかあるんだもん」

 

「あのな、お前のな、習い事の事もきちんと兄ちゃん考えてあるから。もう少しだけ辛抱してくれ」

 

 

習い事ってのは始める時が一番カネがかかるんだ。

 

今の調子でいけば春頃になるだろうな。

 

 

「え〜」

 

「明日は久しぶりに休みだからよぉ、ちゃんと色んな所連れてってやるからな。楽しみだろ?どんなところ行きたい?」

 

「えっと〜、クレープっていうの食べてみたい、あと芝居小屋ってのも見てみたい、あとね〜、あとね〜」

 

 

遊びに行く話を持ちかければ、斜めな機嫌もすぐ持ち直す。

 

一日中外で遊び回っても元気な妹だけど、まだまだ子供だからな。

 

明日の事を考えて興奮したのか、行きたい場所のお絵かきを始めたロザミーをなだめすかして寝かしつけた。

 

俺はなんとなく窓を見つめながら、誰にも言えない愚痴を塗りつぶすように酒を飲む。

 

父ちゃんと母ちゃんが死んで、借金取りに追われて逃げてきて、妹にはずうっと我慢をさせっぱなしだ。

 

俺に嫁さんでもいりゃあ、あいつにも毎日寂しい思いをさせないですむんだがなぁ……

 

でも悲しいかなこの女余りのトルキイバでも、俺はなかなかモテねぇのよ。

 

妹のロザミーがいるから、出歩くときもだいたいコブつきだしな。

 

寒い中をツマミもなしに飲んでいたからか、気がつけばベッドにも入らずに眠りに落ちていた。

 

夢の中で、切れ長の目の女が笑っていた。

 

 

 

あくる朝、起きると妹がいなかった。

 

お出かけが楽しみで早起きしたんだろうか。

 

朝飯を食わせようと探したが、ベッドの中にも、トイレにも、机の下にも、井戸の周りにもいない。

 

隣近所に聞いて回っても、見ていないという。

 

じわじわと、足元から不安が湧いてきた。

 

人攫い、貴族、錬金術師、嫌な想像が頭の中を駆け巡る。

 

俺は矢も盾もたまらず親方の家に走った。

 

縁もゆかりもない土地にやって来たばかりの俺に、頼れるものは仕事の仲間しかいなかった。

 

 

 

「何ぃ!?妹が!?バカ野郎お前は何してたんだ!」

 

「すんませんっ!起きたらどこにもいなくて!」

 

「泣くなっ!バカ野郎!すぐ出るぞ!」

 

「へぇ!でも、どこに……」

 

「シェンカー一家だよ!」

 

 

親方はつっかけのまま、俺は上着も着ないまま、大通りを走った。

 

 

「ロザミーっ!」

 

「ロザミーちゃーん!」

 

 

もちろん妹の名前は叫びっぱなしだ。

 

出てきてくれ、笑顔を見せてくれ。

 

俺にはお前だけなんだ。

 

お前がいなきゃあ、俺ぁ今こうして生きてる意味だってわからねぇんだ。

 

声を枯らせて、力いっぱい叫びながら走った。

 

走った先に、希望がある事を祈りながら。

 

 

 

「チキンさんいるかい!?」

 

「おう、バナロラ親方かい。中にいるよ」

 

 

初めて訪れたシェンカー一家の建物は、妙に雰囲気のある建物だった。

 

入り口から中に入って、親方はでっかい声で「バナロラだあーっ!チキンさんを頼みます!」と呼びかけた。

 

はいはい〜っと気の抜けた声が返ってきて、黒髪を緩くウェーブさせた女性が出てくる。

 

まるで歌劇の主役のようなコートを着たその女性は、なぜかコートの前ボタンをすべて開け放っていた。

 

 

「どうされました?」

 

「いや、実はな、こいつの妹が行方不明になってよ!」

 

「人探しですか」

 

「ああ、そうなんだ!ソルメトラさんいるかい?」

 

「いますよ」

 

 

ソルメトラって、あの『同じ顔』の女か?

 

チキンさんがパンパンと手を鳴らすと、背の高い威圧的な猫人族が音もなくやってきた。

 

 

「イスカ、ソルメトラを呼んできて」

 

「わかりました」

 

「すぐ来ますから」

 

「すまねぇ、チキンさん」

 

 

なぜ彼女が必要なんだろう。

 

俺がその疑問を口に出す前に、あの時の切れ長の目の女がおぼんを持って奥から歩いてくるのが見えた。

 

 

「お待たせしました」

 

 

美しい顔立ちに見合わない、どこか薄暗いような不思議な雰囲気を持ったその女は、俺達の前にお茶のカップを置いてチキンさんの横に控えた。

 

 

「人探しなら、顔が広いこの子が向いてるんですよ。実績も豊富です。ソルメトラ、今日は食堂の仕事はいいから、バナロラ親方達を手伝ってあげて」

 

「わかりました」

 

「本当に助かるよ。ほらっ!ナシタおめぇも礼を言わねぇか!」

 

「ありがとうございます!助かります!」

 

 

俺と親方が頭を下げると、チキンさんは頷き一つを返してメモ帳を取り出した。

 

 

「で、どんな子なんです?」

 

「へぇ、人族の女の子で、年は六つ、名前はロザミー、背丈は俺の腰ぐらい、髪は俺と一緒の濃い茶色で、多分服は薄緑のコートを……」

 

「なるほどね……」

 

 

早口に捲し立てるように言ってしまったのに、チキンさんはその全てを素早く書き留めていた。

 

えらい仕事のできる人なんだろうな。

 

親方がこんなに頼りにするのも、よくわかるってもんだ。

 

 

「他には?」

 

「前歯が一本ありやせん」

 

「ふんふん、ソルメトラ、知ってる?」

 

「知ってます、ひまわりの櫛を差している子ですね」

 

「そうっ!そうなんだよ!……って、なんで知ってらっしゃるんで!?」

 

「一度話したことがありますので」

 

「えっ!?」

 

「覚えていらっしゃらないかもしれませんが、あなたとも話したことがありますよ」

 

「あ、いや……覚えて、ますです」

 

「この子、知らない人見かけるととりあえず話しかけるから、ほんとにめちゃくちゃ顔が広いんですよ」

 

 

チキンさんは苦笑いでそう言った。

 

なんだ、本当にトルキイバ中の人にああやって声をかけていたのか。

 

親方が、パンと手を打つ。

 

 

「よし!俺はうちのもん引き連れておめぇんちの近所を探す。ナシタ!お前はソルメトラさんと一緒について回れ!」

 

「へ、へいっ!」

 

「ソルメトラ、頼むね。本部に帰ってきた子達にはこっちで話を聞いておくから」

 

「わかりました」

 

 

俺はさっき出されたカップの中身を急いで飲み干す。

 

少し冷め始めたお茶からは、香ばしい麦の香りがした。

 

 

 

本部を飛び出した俺とソルメトラさんは、まず北に向かって動いた。

 

妹が食べたがっていた甘いクレープを出す店が、近くにあったからだ。

 

 

「ちょっと待ってください」

 

「おっ」

 

 

北へ向かうと言っても、進みは遅かった。

 

街を行き交う人に、ソルメトラさんが何度も何度も聞き込みをしたからだ。

 

 

「六歳ぐらいの茶髪の人族の女の子、薄緑のコートで前歯が一本ないんですけど」

 

「見てないけど、見たらシェンカーの人に言っとくよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

道に行き交う人はみんな知り合いなんだろうか……

 

ソルメトラさんが話しかけるとみんなが気軽に返事をしてくれた。

 

俺じゃあこうはいかないだろうな。

 

 

「……前歯が一本ないんですけど」

 

「あ、見たかも」

 

 

恰幅のいい鳥人族のおじさんのそんな言葉に、俺は食らいつくように近づいていって聞いた。

 

 

「ほんとですかっ!?」

 

「ああ、東の大通りの服屋の前に、そんな服の小さい子が一人でいたような……」

 

「東かっ!」

 

「ありがとうございます」

 

「いいよぉ、見つかるといいね」

 

「ありがとう!」

 

 

早く、早く行ってやらないと!

 

 

「東へ向かいましょうか」

 

「ああっ!」

 

 

俺と彼女は、方向転換して東へと向かった。

 

彼女は途中で出会う人達にまた話を聞くんだが、そのうちの何人かはさっきの人と同じ事を言ってくれた。

 

間違いねぇ、東にいるんだ!

 

無事だったんだ!

 

 

「あぁ、薄緑色のコートの小さい子ね、結構前にフラっとどこかに行っちゃったよ。さぁ?方角まではわかんないかなぁ」

 

 

東の大通りにつくと、ロザミーはすでに移動したあとだった。

 

ソルメトラさんと俺は、その場を通る人達にまた声をかけ続けた。

 

 

「……前歯が一本ないんですけど」

 

「いやちょっと見てないなぁ」

 

「ありがとうございます」

 

 

ハズレ。

 

 

「……前歯が一本ねぇんですよ」

 

「知らん」

 

「そうですか……」

 

 

ハズレ。

 

ハズレが続く中、猪人族の女性が親しげにソルメトラさんに話しかけてきてくれた。

 

 

「ソルメトラ、今日は女の子探してんだって?」

 

「ええ、小さい子です、薄緑のコートを着た……」

 

「なんかそんな子を見かけたって、中央の屋台の子らが言ってたよ」

 

「そうですか」

 

「いたのかい!?」

 

「中央にいるかもしれないという話です」

 

「行きましょう!」

 

「じゃ、頑張ってね〜」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとうございます!」

 

 

当たりか!?

 

俺はその猪人族の女の人に、深々と頭を下げた。

 

 

「中央町に向かいましょう」

 

「頼むから……頼むから無事でいてくれ」

 

 

さっきの一瞬で緊張の糸が途切れてしまったのかもしれねぇ、なぜか急に涙が出てきちまった。

 

女の人の前だけど、どうにも止まらない。

 

大の大人が泣きべそをかきながら歩いて、多分周りの人に怪訝な目で見られているんだろう。

 

すまねぇ、ソルメトラさん。

 

今だけはどうか許してくれ。

 

 

「大事な妹さんなんですね」

 

 

ずいぶん歩いてようやく涙が引いてきた頃、ソルメトラさんは前を向いたままそう聞いた。

 

 

「ええ、俺の命より大事な妹なんです」

 

「私も、昔そんな妹がいました。双子だったんです、瓜二つの顔でした」

 

「そうなんですかい、その妹さんは?」

 

「わかりません、別々に売られたから。私は顔じゅうに火傷があったから、ご主人様に買ってもらえたんです」

 

 

シェンカーの噂は聞いている。

 

捨て値同然の欠損奴隷を買って、わざわざ治療してまで使っているらしい。

 

おかげでこの街はシェンカーの奴隷だらけだ。

 

街の人も、まさに今の俺みたいに、みんなシェンカーに助けられて生きているんだ。

 

 

「その……妹さん、見つかるといいですね」

 

 

自分でも気休めの言葉だとわかっていて、そう言った。

 

奴隷の扱いはピンキリなんだ。

 

一人の女奴隷の生死なんて、天にいる神様だって知らないのかもしれないのにな。

 

 

「ありがとう」

 

 

一度だけ、綺麗な切れ長の目が俺の方を見た。

 

 

「でも、私もわかってるんですよ。多分もう二度と、妹とは会うことができないっていうことは」

 

 

辛いことだろうに、彼女は顔色も変えずにそう語る。

 

なんだか、胸の奥がきゅうっとなった。

 

 

「どうしてです?生きているかもしれないじゃないですか」

 

「もし生きていたって、私は奴隷ですから。会いに行くこともできませんよ」

 

「ならっ!なんで……?」

 

 

なんで今も、会えない『同じ顔』を探し続けているのか。

 

話しながらも顔色一つ変えない彼女に、俺はそれを言葉にして聞くことができなかった。

 

しかし、彼女は何でもない事のように答える。

 

 

「私も妹も、もう家族はお互いしかいませんから」

 

「……そうなんですか」

 

「私が妹を忘れてしまったら、もう誰も妹の事を顧みる人はいないかもしれない。それって……あまりにも悲しすぎるじゃあないですか」

 

 

眉一つ動いていないはずなのに、なぜか彼女の顔はとてつもなく悲しそうに見えた。

 

 

「うちも……」

 

「…………」

 

「うちも親が死んじまって、俺と妹のたった二人の家族なんでさぁ」

 

「そうですか」

 

 

目尻一つ動いていないのに、不思議と俺には彼女が気遣わしげな顔をしているように見えた。

 

 

「じゃあ、なおさら早く見つけてあげないといけませんね」

 

「はいっ!」

 

 

俺たちは速度を上げ、ほとんど小走りで中央へと向かう。

 

空からはちらほらと雪がふり始めていた。

 

 

 

中央町についた俺達は、また聞き込みを開始した。

 

屋台、道行く人、飯屋の中。

 

俺が話しかけても邪険にされるだけだが、ソルメトラさんにはすぐ話をしてくれる人が多かった。

 

親方がすぐにシェンカー一家に頼った理由がよくわかる。

 

この街で人探しをするなら、この人が最適なんだ。

 

おそらく何度も何度もこんな事をやってきているのだろう、話しかける前から「誰を探してるの?」と聞いてきてくれる人もいる。

 

この人の探し人は見つからないのに、人の事ばかり……

 

俺はまた、胸がきゅーっと締め付けられるような気持ちになっていた。

 

一日を共に過ごした彼女の悲哀が、身につまされるように辛かった。

 

そんな中も声かけを続け、ソルメトラさんが猫人族の男性に話しかけたときのことだ。

 

 

「……前歯が一本ないんですけど」

 

「そんな子供、リロイの酒場のあたりで見たよ。君んとこのロースさんと一緒にいたようだけど」

 

 

当たりだ!

 

有力情報だった。

 

 

「ありがとうございます」

 

「ほんとですかっ!?」

 

「行ってみなよ」

 

 

俺は脇目も振らずに駆け出した。

 

リロイの酒場はここから三つ角を曲がったところにある。

 

ロザミーの手がかりが、すぐ近くまで来ていた。

 

夕方の人混みをかき分けて走り、積もり始めた雪を踏んづけて、曲がり角ですっ転んだ。

 

四つん這いのまま前に進み、勢いをつけて立ち上がる。

 

また雪を踏んですっ転んだ。

 

くそっ!

 

なんで今日の雪はこんなに滑るんだ!

 

 

「落ち着いてください」

 

 

氷みたいに滑る雪の上でもがきにもがいて、気づけばソルメトラさんが隣に立っていた。

 

 

「気をつけてください!今日の雪は滑ります!」

 

「ゆっくりと立ち上がって」

 

 

ソルメトラさんに手を握られ、ゆっくり立った。

 

 

「走らずに進んで」

 

 

彼女の冷たい手を握ったまま、一歩一歩前に進む。

 

同じ雪なのに、今度は滑らなかった。

 

 

 

リロイの酒場からは、酔客たちの大きな笑い声が聞こえていた。

 

俺は震える足をゆっくり踏み出して店に入り、赤毛の魚人族の隣で、並べられた椅子の上に眠るロザミーをついに見つけた。

 

ゆっくりゆっくり、また転ばないように近づく。

 

俺は妹を、幸せそうに寝息を立てている俺の宝物を、二度と離さないようにしっかりと抱きしめた。

 

この小さな暖かさが、どこかへ行ってしまわないように、きつくきつく抱きしめた。

 

妹からはお陽さまみたいな匂いがして、縁側で昼寝に落ちるように、俺の意識は徐々に遠のいていく。

 

故郷の家があった。

 

扉を開けると、間の悪いの父親と、気の強いお袋が、俺の大好きなシチューを用意して待っている。

 

でも、家には入れなかった。

 

俺の帰る家は、そこじゃあないから。

 

 

 

後で聞いたところによると、俺はこの時、泣きながら完全に気絶してしまっていたそうだ。

 

極度の心労が原因だろうと、チキンさんが言っていた。

 

妹が後日この日の騒動の顛末を語ったところによると、俺と遊びに行く場所の下見に出たら迷ってしまったとのことらしい。

 

夕暮れ時にお腹が空いて泣いていたところを赤毛の魚人族のロースさんに拾われ、ご飯をご馳走になって寝ていたそうだ。

 

楽しかった、と満面の笑みで語る彼女は……少し、いやかなり早いがうちの会社の事務所で事務員見習いをすることになった。

 

もちろん給料は出ない、というか親方の奥さんが我が家を見かねて妹を保育してくれることになったってだけの話だ。

 

もう親方にもシェンカー一家にも、一生足を向けて眠れない。

 

もちろんソルメトラさんにもだ。

 

今も俺は彼女に送るお礼の花を買いに来てるんだ。

 

花を贈るなんてガラじゃないけど、チキンさんいわく彼女は花が好きらしいからな。

 

この時期は切り花じゃなくてお高い鉢植えしかないのが辛いが、ソルメトラさんへのお返しだって言ったら親方も給料の前借りを許してくれた。

 

ありがてぇ、ますます頭が上がらねぇ。

 

 

「メッセージも付けれるけど、どうするね?」

 

「ああ、ソルメトラさんに『ありがとうございました』と頼みやす」

 

「ソルメトラ、ああ、『同じ顔』のソルメトラね」

 

 

花屋の親父のその言い草に、なぜだかわからねぇが無性に腹が立った。

 

 

「その言い方やめてくんねぇかな」

 

「何がです?」

 

「『同じ顔』っての」

 

「でも有名じゃないですか、トルキイバに新しい人が来るたびに言って回ってるんですよ?『同じ顔の女を知らないか?』って。いかれてますよ」

 

「てめぇ!!ぶっ殺してやろうか!!」

 

 

自分でもなぜかわからないが、彼女の事をそう言われると胸がカッと熱くなった。

 

鉢植えは買えず、顔もボコボコだけど、俺の持っていった串焼きに、彼女は小さく笑ってくれた。

 

……そんな気がしたよ。

 




この話、ボツにするかどうかで2日ぐらい悩みました。

とりあえず上げておきます。

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