異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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約60話ぶりの鳥人族ボンゴちゃん回です。


第64話 夜祭りは 邪神像の 足元で

トルキイバに雪が降らなくなってから数日が経つ。

 

もこもこふわふわして暖かかった私の冬羽とも、もうしばらくでお別れだ。

 

同じ部屋の子とお金を出しあって買った全身鏡を見て髪をとかし、晴れ着の腰に短剣を差す。

 

 

「ボンゴ、そろそろ行くよ」

 

「…………ん……」

 

 

今日の夜はお祭り。

 

私の相棒のケンタウロス、ピクルスのためのお祭りだ。

 

 

 

まだまだ木の匂いがする新築の宿舎を出ると、薄暗い魔導灯に照らされた街を色んな人が行き来している。

 

みんな楽しそうにおめかしして、シェンカー大通りに向かってるようだ。

 

ご主人が、冬はイベント?がないからみんな退屈してるだろうって言ってたけど、ほんとみたい。

 

だからといって勝手にお祭りをやっちゃうのはどうかと思うけど、ご主人も派手好きだからね。

 

 

「あー、あったかーい」

 

「…………む……」

 

 

同室の猫人族、ルッチが羽の中に手を入れてきた。

 

暖かいからと時々やられるんだけど、羽が乱れるからやめてほしい。

 

私はルッチの茶色い頭をぐしぐしとかき乱してやる、お返しだ。

 

ぐあーと言いながらも手は抜けない。

 

しょうがないな……もういいか。

 

ぴゅうと風が吹く。

 

北東向きの乾いたそれに誘われて空を見上げると、雲は僅かに横一線の月の瞼にかかっているだけ。

 

今日は朝まで雨も雪も降らなさそうだ。

 

周りを歩く街の人達と一緒に、ウキウキとした気持ちでマジカル・シェンカー・グループの本部に向かう。

 

夜遊びなんてずいぶんと久しぶりだ。

 

魚人族のロースに、高級な夜の酒場に連れて行って貰ったとき以来かな

 

あの時はなんとなく不安で、すべすべな布のドレスを着たチキンの背中にしがみついていたような気がする。

 

今は私が背中にしがみつかれている立場なんだけどね。

 

いい加減に邪魔になったので、羽を前に持ってきて自分の身体を包むようにした。

 

 

「えー」

 

 

なにかぶうたれているようだが、寒いなら着込めばいい。

 

色々着るとオシャレじゃないって言って薄着にした自分が悪いのだ。

 

オシャレは我慢というけど、それで風邪を引いたら元も子もないと思うけど。

 

 

 

「ですから、私は人を待ってるんです」

 

「俺らも一緒に待っちゃだめ?」

 

「そーそー、暖かいとこで待たないと風邪ひいちゃうよ」

 

 

む、何やら前の魔導灯の下で揉めてる男女の一団がいる。

 

シェンカーの子かもしれないし、一応顔だけ見ようかな。

 

 

「…………な……に?」

 

「うわっ!」

 

「なんだこいつ!」

 

 

暗闇から音もなく現れた私にびっくりしたのか、男の一人が尻餅をついて倒れた。

 

ナンパな二人組は置いておいて、女の方の顔を見る。

 

切れ長の目に、小麦色の髪、どこかで見た顔だ。

 

 

「なんだよあんた……!」

 

「びっくりしたわ!」

 

 

男達は勝手にすっ転んだのに怒っているようだ。

 

ここはあの女のためにもビシッと言ってやらないと。

 

 

「…………う……ち……」

 

「えっ?」

 

「なに?」

 

「あの、あの子はシェンカー(うち)の身内だって言ってます」

 

 

ルッチに補足されてしまったが、概ねその通り。

 

 

「えっ、ていうかその喋り方の鳥人族って……」

 

「『沈黙』のボンゴさん!?」

 

「…………ち……ん……」

 

 

別に沈黙してるわけじゃないんだけどな。

 

男達は失礼しました〜と軽い感じで言って、そそくさとどこかへ行ってしまった。

 

釈然としないが、まぁいいか。

 

 

「あの、ありがとうございました」

 

「…………い……い……」

 

「祭りの日はああいうのが多いから気をつけてね」

 

 

女にビシッと親指を立て、私とルッチはまた歩き始めた。

 

シェンカー大通りに近づくにつれ、だんだん祭り囃子の音が大きくなってくる。

 

遠くに鳴っている太鼓の音は、不思議と私の心をワクワクさせてくれた。

 

 

「…………お……と……」

 

「えっ、音?全然聴こえないよ。ボンゴは耳がいいね〜」

 

 

頭を撫でられたので、手を払いのける。

 

子供扱いするな。

 

 

「…………こ……ど……」

 

「子供扱いなんてしてないよぉ、凄いから褒めただけ」

 

「…………む……」

 

 

なにか言い返そうと思うけど、やっぱり弁が立たない。

 

腹が立ったので羽でバシッとひと撫でしてやった。

 

なにやら嬉しそうな顔をしてたけど、知るもんか。

 

 

「もー、また髪乱れたじゃん」

 

 

ルッチが魔導灯の下に手鏡を見に行くのを見送ると、闇の中を近くから声がかかった。

 

 

「あの、すいません。どなたかそちらにいらっしゃいますか?」

 

「…………い……る……」

 

「ああ良かった、妹が待ち合わせ場所に見当たらなくて……」

 

 

現れたのは、切れ長の目の女と、冴えない男、そして肩車されている子供。

 

女の顔はさっき見た顔にそっくりで、やはりなんとなく見覚えがあった。

 

 

「私と同じ顔の女を見ませんでしたか?」

 

「…………み……たょ……」

 

 

そうだ、思い出した、この女は本部の食堂で働いていた。

 

名前はなんだっけな、ソル……ポル……

 

まあいいか。

 

 

「…………む……こぅ……」

 

 

私がさっき来た道を指さすと、三人は口々にお礼を言ってそちらへと向かっていった。

 

私は無言で親指を立てて返す。

 

夜の祭りだと、はぐれたら大変だ。

 

ご主人には、次にやる時は灯りを増やすように言っておかないといけないな。

 

 

 

辿り着いたシェンカー大通りは、そこら中に照明の造魔が吊るされて昼間のような明るさだった。

 

そんな中を秋祭りでも披露されていた音頭が演奏され、それに合わせて色んな人達が踊っている。

 

本部の前には通りの入り口からでもわかるぐらいバカでかい山車があり、そこだけが異様な空気を放っていた。

 

遠くからでもはっきりと異質なそれは、近づくごとにその異貌がはっきりとしていき……

 

足元まで来ると、もういっそ笑えるほどだった。

 

 

「うわぁ……あの山車、作ってるところは見てたけど、いざ完成してみるとひたすら不気味だね」

 

「…………こ……わ……」

 

 

不気味というか、単純に怖い。

 

そんな巨大なモグラ(・・・)の山車は、今回の祭りの目玉としてご主人の肝いりで作られたものだった。

 

鼻から上は光が届かなくて全体の姿がぼんやりとしか見えず、妙に写実的な姿も相まってモグラの邪神像のようにも見える。

 

なんとなく背筋にぞわぞわとした物を感じながら、私とルッチはしばしその巨大なモグラを見上げていた。

 

 

「ボンゴちゃーん、こっちこっち」

 

 

モグラの山車の前で、お姫様みたいに着飾ったピクルスがこっちに手を振っている。

 

そう、今日はピクルスのための祭りなんだ。

 

 

「いやー、なかなかおっかねぇ土竜(モグラ)様だけんども、あたしの加護神様だもんで堪忍してねぇ」

 

「…………か……み……」

 

 

私はモグラの巨像を見上げ、今日はじめて手を合わせた。

 

そう、ピクルスは土竜の神の加護を持つケンタウロス。

 

今日は試合で勝ち取った護衛任務で北へと向かう、彼女の安全を願うための祭りなんだ。

 

護衛任務には私も一緒に行くわけだから、おっかない像だろうと祈っておかないとね。

 

 

「ピクルス、今日はお姫様みたいだね」

 

「ありがとねぇ。プーラの店の前で炊き出しやっとるでぇ、ボンゴちゃんもルッチちゃんも行っといで」

 

「…………う……ん……」

 

 

もう少し話していたいが、うちは大所帯だし、食い意地の張ったやつが多い。

 

食事はいつでも最優先なのだ。

 

すぐに戻ってくるとピクルスに手を振り、人をかき分けて進む。

 

シェンカーの仲間たちはもちろん、冒険者達や普通の街の人、色んな人がいた。

 

みんな楽しそうに踊ったり騒いだり、なにか美味しそうなものを飲んだり食べたりしている。

 

やっぱりお祭りっていいな。

 

みんなが嬉しそうで、幸せそうで。

 

毎日やってくれたらいいのにな。

 

でも、それだとみんな寝不足になっちゃうか。

 

 

 

炊き出しは肉団子の入った茶色いシチューだった。

 

具が沢山で、味も濃い。

 

周りの屋台ではパンや麺が売っていて、みんなシチューに合わせて食べてるみたい。

 

 

「ご主人様のとこ行く?」

 

 

シチューをかっ込むようにして食べながらルッチが聞くので、頷きを返した。

 

奥方様も来てるらしいし、顔ぐらい見せないとね。

 

またえっちらおっちら人をかき分けて、モグラ邪神像の裏側に出る。

 

今日はそこでご主人様と奥方様が、勝手に作った小さい土竜神殿に祈りを捧げるために来ているらしい。

 

世の中にはハズレ加護扱いの土竜の神様を奉る人なんかいないから、勝手に神殿を作ったところで怒る人もいない。

 

逆に、もしかしたらここが世界で初の土竜神殿になるのかもしれない。

 

モグラは日光に弱いって噂を信じて夜にお祭りをやってるぐらいなんだから、ご利益がないにしてもバチだけは当てないでほしいな。

 

 

「あら、もうお祈りは終わってるね」

 

「…………お……そ……」

 

 

小さい神殿の前には、ピクルスにあやかろうというのか冒険者達が列をなして並んでいる。

 

神殿の前に置かれた箱に小銭を投げ入れて、不思議と懸命に拝んでいるようだ。

 

そこから少し離れたところに、暖房の魔道具を置いてくつろいでいるご主人達がいた。

 

 

「…………こ……ん……」

 

「こんばんわ、ご主人様、奥方様」

 

「おお、来たのか。ゆっくりしてけよ」

 

「うむ」

 

 

気さくなご主人と、いつ見ても凄みのある奥方様。

 

ご主人はこの元軍人の奥方様の隣にいればずっと安全だろう。

 

もっと小さくてふわふわしていた頃のご主人を知っている身からすれば、ようやく一安心といったところだ。

 

 

「モグラ見たか?よくできてるだろ」

 

「…………は……い……」

 

「いや不気味だろこれは、さっき子どもたちが触れるかどうかで肝試しをしていたぞ」

 

 

ご主人が嬉しそうに言うのを、奥方様がたしなめる。

 

多分このお祭りでモグラ邪神像を「カイジューだぁ」と喜んでいるのはご主人だけだろう。

 

相変わらず変なこだわりがあるんだな……

 

でも喫茶店の制服とかプールとか、そのこだわりがいい方向に出たものもあるから、ま、いいか。

 

 

 

ご主人と別れ、いろんな食べ物を買い込んでピクルスのところに向かう。

 

あんなところに一人で居させられて、きっとお腹を空かせてるに違いない。

 

ピクルスは今日の主役なんだから、色々お世話してあげないとね。

 

そんな事を考えながら足早に急いだが、しかし、私のその心配は杞憂だったようだ。

 

彼女の周りにはすっかり人だかりができていて……

 

そこには、すでに私と同じように食べ物を持った仲間たちや、昔からお世話になっている冒険者のみんなが勢揃いしていたのだ。

 

 

「アグリさん、こんなに食べられんってば」

 

「お前昔はとうもろこしなら樽一杯だって食べれるって言ってたじゃないか」

 

「そりゃ十歳の頃の話だべ」

 

「ピクルスー!飲んでるかーっ!」

 

「ケニヨンあんた最近、『大酒』のケニヨンっち呼ばれとるよ」

 

「おーおー、『川流れ』よりよっぽどいいわ」

 

「川踊りやれ!ケニヨン!」

 

「いよっ!トルキイバいちの馬鹿!」

 

 

この寒い中上着を脱いで、たるみかけの腹を揺らして踊りだす馬鹿に、ため息と一緒に笑みがこぼれた。

 

みんな全然変わってないな。

 

五年前に、ここに来た時と一緒だ。

 

まだまだ痩せてたピクルスと一緒に、草食み狼を狩って回ったあの頃とまるっきり一緒。

 

 

「…………ば……か……」

 

「おっ!ボンゴだ!」

 

「やっぱピクルスとボンゴは揃ってないとな!」

 

「『沈黙』のボンゴってかっこいいよな!俺もそういう二つ名が欲しい!」

 

「おめぇはもう『性病』のラーワンって二つ名があるだろ!」

 

「あれは違ったんだって!誤診だ!医者がヘボだったんだよ!」

 

 

お祭りも、歌も踊りも好きだけど、やっぱり私はにぎやかで素朴なトルキイバの人が好き。

 

なんの保証もない冒険者稼業だけど、北から帰ったら、またピクルスと一緒に冒険者のいる酒場に繰り出そう。

 

テーブルを回ってお酒を注いで、昼から飲んでる冒険者の小さな武勇伝を聞きながら、安い串肉を奢ってもらおう。

 

私はピクルスの背中の指定席に座って、ちょっとしょっぱい味の串肉を齧りながら。

 

月の瞼が傾くまで、みんなの大騒ぎを楽しんでいたのだった。

 




餃子作って、ちょこっと寝てから食べようと思ったら一日過ぎてました。

家族が全部食べてくれてました。

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