異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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第7話 新しい 奴隷元気を 取り戻し

「おっ、動く……動くぞ……」

 

 

 

家の中庭では赤毛の魚人族、ロースが取り戻した右腕を少しづつ動かそうとしていた。

 

魚人族特有の首のえら(・・)から手先まで伸びるうろこ(・・・)も、再生したての右腕にはまだない。

 

生やしたばかりの四肢は色々と未発達だ。

 

欠損治療に大切なのは根気強いリハビリなんだな。

 

俺は回復魔法が使えるからスパルタでいくが。

 

 

 

「ふっ……ふっ……ふっ……ふっ……」

 

 

 

その横では全身を焼かれていた元正規兵のメンチが、再生したばかりの左腕をだらりとぶら下げたままスクワットをしている。

 

買った時は焼け焦げていて全くわからなかったが、こいつは鱗人族だった。

 

短い尻尾と全身を覆う頑強なうろこ(・・・)を持つ鱗人族は種族として、とてつもなく強い。

 

力が強く、打たれ強く、斬撃に強く、火に強く、毒に強いが、寒さには弱い。

 

あと頭もちょっと……

 

水かけて風浴びせるだけで気化熱で動けなくなるから、戦争では魔術師にとってのボーナスキャラ扱いなんだが。

 

一般兵相手には無類の強さを誇る、まさに地獄の兵隊なのだ。

 

本人曰く火竜に焼かれて名誉除隊したあと実家に戻ってから記憶がないとの事だが、多分家族に売り飛ばされたんだろうな。

 

あの値段は本当にお値打ちだったね。

 

 

 

「う……ぐっ……」

 

 

 

そして俺は今、錬金術師に内臓を抜き取られたって話のチキンの治療を行っていた。

 

チキンの口には猿轡のようなものが厳重につけられている。

 

内臓を再生させるのはめちゃくちゃ痛いからな。

 

痛みで暴れて舌噛み切ったりすると、また治療項目が増えてしまうわけだ。

 

俺が睡眠魔法か鎮痛魔法を使えればよかったんだが……

 

まだ学校で習ってないんだ、悪いね。

 

 

 

探知魔法で痩せこけたチキンの体内を探索する。

 

魔臓、腎臓、肺、肝臓、胆嚢、膵臓、抜き取られた臓器はあまりに多い。

 

ギリギリ数週間生きていられるように調整した感じだ、施術した奴はかなり腕がいいな。

 

チキンの身体全体に活性化(バフ)をかけながら、消化器から再生させていく。

 

痛みにのたうち回るチキンだが、括り付けられた樫のベッドはびくともしない。

 

ケンタウルスのピクルスが心配そうに手を握り頭を撫でてやっているが、多分もう意識はないはずだ。

 

結局この日は、腎臓と肝臓を再生して終わった。

 

ひとまず飯を食わせて、肉をつけてから再チャレンジだ。

 

ほんと、壊すのは簡単だけど、治すのは大変なんだよな。

 

 

 

 

 

3週間後、そこには無事に完全復活し……

 

うちの実家の番頭の手伝いをガッツリやらされて、涙目になっているチキンの姿があった。

 

 

 

「坊っちゃんの道楽がようやくお家の役に立ちましたね。計算ができて商家に慣れてる激安(・・)奴隷なんてなかなかいませんよ。予算つけますからもう2、3人買ってきてください」

 

「無茶言うなよ、再生魔法使いすぎてもうクタクタだ。それに、あくまでそいつは貸してるだけだぞ。俺の事業の会計をやらせるんだから、簿記覚えたら返してくれよ」

 

「繁忙期には借り受けられるって約束、忘れないでくださいよ。間違っても冒険に行かせて死なせたりしないように」

 

 

 

両端の尖った嫌味な金縁眼鏡のイケメン番頭に言い含められた俺は、渋々頷かざるを得なかった。

 

このチキンという奴隷、当たりと言えば当たりなのだが、即戦力としては微妙に力足らずだったのだ。

 

商人の修行の途中で売られたので、知識的にも実力的にも絶妙に使い物にならなかった。

 

そのため、実家の仕事の手伝いでOJTを行うことにしたのだが……番頭はことのほかチキンを気に入ってしまったらしい。

 

鼻垂れ坊主の頃からやれ菓子代だ、芝居代だと、金をせびって世話になってる番頭だからうかつに文句も言えない。

 

あれよあれよという間に繁忙期は店に貸し出すという話で纏められてしまった。

 

まぁいい、店の倅と番頭の関係でも借りは借りだ。

 

それに頑張るのは俺じゃなくてチキンだしな。

 

 

 

 

 

そしてチキンの他の奴隷はというと……

 

 

 

「もう一度、槍振り下ろし50回、用意!」

 

「ああ!?もうこれ以上腕が上がんねぇよ!」

 

「心配するな!上がらなくなったらご主人が治す!」

 

「坊っちゃん頼りの無茶苦茶な訓練はやめろや!」

 

「…………し……ぬ……」

 

「ボンゴちゃん大丈夫〜?」

 

 

 

元正規兵の鱗人族メンチによる、軍隊式トレーニングの真っ最中だった。

 

完全復活したメンチは、まずチンピラみたいに絡んできた魚人族のロースを叩きのめして上下関係を叩き込んだ。

 

そしてなぜか「人生に訓練は必要不可欠である」と宣言して自主的に槍振りの訓練を始めたのだ。

 

うちの奴隷としてはケンタウルスのピクルスと鳥人族のボンゴの方が古株だが、この二人は穏健派だから「強くなれるなら」と素直にメンチに従った。

 

ロースは再び食ってかかり、投げ飛ばされて悶絶していた。

 

それからというもの、奴隷たちは時間を見つけては、本当に体がぶっ壊れるまで訓練を続けるようになってしまった。

 

傍から見ていても地獄だ……

 

ホワイト企業にブラック企業の社畜戦士が入ってきて実権を握ったような……

 

その訓練を目にしてしまったチキンは「どんな手伝いでも一生懸命やりますから!あの地獄に放り込むのはやめてください!」とますます仕事に打ち込むようになってしまった。

 

さすがに心苦しいので休みの日は訓練を禁止とし、訓練自体も3日に1度までとした。

 

ロースからは、腕を生やしてやったとき以上の尊敬の目で見られてしまったが……

 

こんな事で好感度が上がっていいのだろうか……

 

まぁ損してないからいいか。




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