異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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ちょっと短いんですけど、キリのいいところがここでした。


第65話 道端の 草も賑わう 春もよう

トルキイバ・タラババラ交易隊が旅立ってからしばらく経つ。

 

だんだん日の長くなってきたトルキイバの街には強く暖かな風が吹き、道端では雑草の花畑が出来上がり始めていた。

 

鳥は飛び、獣は駆け、人間は労働に苦しむ。

 

そんなウキウキするような、そうでもないような春の始まりの真っ只中、俺は辛気臭い魔導学園の研究室で、むさ苦しい魔道具技師のターセルさんと新しい試みをやっていた。

 

 

「こんなに固定して可哀想だろ!」

 

「いやいや、そうしないと頭の装置が取れちゃいますから……」

 

 

ターセルさんは実験のために柱に縛られた俺の実家の造魔バイコーンの背中を撫でながら、猫なで声で「怖くないからね〜」なんて言っている。

 

そりゃ多少は気を使うべきかもしれないけど、さっさとやった方が動物への負担も少ないと思うがな。

 

今やっているのは自我を獲得した造魔の頭に専用のヘッドセットを付け、脳のどの部分が活発に動くのかを見てマップを作る作業だ。

 

元は陸軍が人造超能力者を作るために開発した技術らしいんだけど、残念ながらそちらの用途では上手く行かなかったらしい。

 

 

「ほらほら、魔結晶だぞ〜」

 

「……♡……♡」

 

 

こいつは自我を獲得したとはいえ、発声器官もない最初期の魔結晶交換式造魔だ。

 

感情表現も鼻先をこすりつけたり尻尾を振ったりする程度だが、ヘッドセットにはピコピコ反応が出ている。

 

造魔の脳自体の研究も順調に進んでいるとは言い難い状況だが、データっていうのはあって困ることもないからな。

 

小さな事からコツコツとだ。

 

 

「いじわるせずに魔結晶あげろよ」

 

 

コツコツと。

 

 

「馬用のおもちゃぐらいないのかよ」

 

 

コツコツと。

 

 

「後で散歩つれてっていいか?」

 

 

コツコツと!

 

 

「名前はなんていうんだ?」

 

 

動物が気になるならどうぶつ喫茶にでも行っててくれよ!

 

とにかく、これからも自我が芽生えた造魔達から、こうやって脳のマップを取っていくことになるだろうが……

 

もう実作業はターセル技師には内緒で進めようと、そう密かに決意した俺なのだった。

 

 

 

近頃は仕事仕事で忙しいが、私生活の方はかなり充実している。

 

だんだんお腹が大きくなってきて、マタニティウェアを着るようになったローラさんが退屈しのぎに始めた勉強に付き合ったり。

 

家庭での小さな不便を解決するために、最近習っている魔道具作りの腕を振るったり。

 

三日に一度ぐらいは芝居を見に行ったり。

 

好き放題生きているように見えるかもしれないが、俺なんか酒も女もやらないんだからまだまだ真面目な方だ。

 

とにかく、俺のそんな暮らしを更に充実させてくれる物がひとつあった。

 

そう、醤油だ。

 

義姉からもらった、一壺分しかない貴重なそれは俺の食生活に劇的な変化をもたらせていた。

 

もちろん料理のレシピなんか知らないから、俺に作れるのはあくまで日本食っぽい失敗作ばかり。

 

それでも茹でた豚を醤油で煮込むようにして作ったなんちゃって角煮を食べた時は、あまりの郷愁に涙が出てしまった。

 

その他にも焼いた魚に大根おろしと醤油、和風パスタ、生姜焼き、醤油と出汁と砂糖を混ぜてざるうどん。

 

完成度はともかく、もう毎日毎日食いまくった。

 

正直こんなに食ったら腹が出るかなとも思ったが……

 

さすがは15歳の身体というべきだろうか、エネルギーはまるっと成長に使われて、腹が出るどころかちょっと身長が伸びたぐらいだった。

 

まあ、たとえ太ったとしても悔いはないけどな。

 

とにかく交易隊には早く帰ってきてほしい、俺はもう醤油のない生活にはちょっと耐えられないかもしれん。

 

ちなみにローラさんにも俺の料理を食べてもらったが、匂いがちょっと独特だし、特別美味しいと思うものでもなかったらしい。

 

まあガチガチの異文化なんだから、好き嫌いはあって当然だ。

 

醤油が安定供給されたら、世の中には地道に地道に普及していくことにしよう。

 

そんなことを考えながら鼻歌交じりでバイコーンに揺られていると、酒場の外の壁際に人だかりができているのを見かけた。

 

何かと思って近づいてみると、集まっていたのは家の奴隷たちばかりだ。

 

 

「なにしてんの?」

 

 

俺が声をかけると、たまたま人だかりの外縁で腕いっぱいに抱えたナポリタンロールのようなものをパクついていた鱗人族のメンチが、ビクッと体を強張らせた。

 

 

「あ、これはご主人様……お疲れ様です」

 

「お疲れ様、みんな集まってるから何してんのかなって思って」

 

「ああ、ストーロの書いている壁新聞を読んでもらっていました」

 

 

ストーロといえば街でも有名なうちの奴隷で、ゴシップが好きで好きで好きすぎてたまらない、口から生まれてきたと噂の狂ったスピーカーのような女だ。

 

あいつ、ついに喋るだけじゃ飽き足らずに新聞まで書き始めたのか……

 

人だかりの向こうを見れば、たしかに何者かが壁新聞の文書を指差しながら、声を張り上げて文章を読み上げているようだ。

 

 

「シェンカー家料理人ハントさんが結婚秒読み!?そのニュースを聞き、当記者は即日ハントさんの恋人の実家に突撃取材を試みた」

 

「おぉー」

 

「やめてやれよ」

 

「当人はお祭りで歌劇のように運命的な出会いを果たしたと言い張っていたが、本当はやはり町内会長の口利きだったことが判明。次号ではハントさんに直撃取材を試みるつもりです、乞うご期待!」

 

「別にいいじゃん」

 

「まあでも盛りすぎだってみんなにツッコまれてたし」

 

 

なんだか知らんが公開処刑はやめてやれよ。

 

本人はお高い女に見られて出会いがないって真剣に悩んでたんだぞ。

 

しかし、こんな身内のしょーもないゴシップネタが面白いもんなんだろうか……?

 

でもこういう話に興味がなさそうなメンチも、しっぽを揺らせながら聞き入ってるしな。

 

誰が描いたのかは知らんが絵入りだし、スポンサーもついてるし、結構儲かってるのかもしれん。

 

 

「続きましての記事は、シェンカー商会のジェルスタン氏に新たな恋人ができたと……ああっ!」

 

 

何があったのか、朗読屋は血相を変えて記事を読むのを放り出し、南を指差した。

 

うちの兄貴はどうなったんだよ!

 

ちらりと南を見てみると、空がうっすらと虹色に染まっている。

 

信号弾だな。

 

一瞬遅れて、街にウゥーウゥウーとサイレンが鳴り響いた。

 

俺が最近頼まれて納品したサイレン型造魔は、ちゃんと働いていたらしい。

 

多分近くで超巨獣が出たのだろう。

 

騎士団の詰め所の方から白翼竜がまるで地対空ミサイルのように飛び上がり、空中に展開した魔法陣を食い破るように加速してダンジョン都市の方へと消えていった。

 

最近いやに多い気がする。

 

やっぱりダンジョン都市からたびたび来ている協力要請は断って正解だったな。

 

うちの奴隷は金も手間もかかってるんだ、そこらの冒険者と同じように使い捨てにされちゃあたまらんぞ。

 

新聞を聞いていた連中がみんな空を見に行ってしまったからか、朗読屋も客達の周りをちょろちょろ駆け回って見物料を回収している。

 

お開きか。

 

新聞を読みに行ってもいいが、バイコーンに乗っているし面倒だ。

 

ま、上の兄貴の恋人が増えたり減ったりすることなんか今に始まったことじゃない。

 

酒場を離れて大通りに出て、眠たくなるような日差しの中をゆっくりゆっくりとバイコーンが歩く。

 

気の早い子供達が半袖のまま走り抜けていき、その後ろから竜の形の凧が彼らを追うように飛んでいく。

 

辻売りの酒を飲んでいる冒険者が屋台の上に小銭を並べて、もう一杯飲めるかどうかを必死に数えている。

 

くあっと大きなアクビが出た。

 

造魔のバイコーンがちらっとこちらを振り返って、なんでもないようにまた前を向く。

 

背中をポンポンと叩きながら空を見上げると、桃色の渡り鳥達が東の湖に向かって飛んでいくのが見える。

 

ふと、気配を感じて振り返る。

 

南の空に、また虹色の光が打ち上げられていた。

 




ピンチはないので許して!

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