異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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第67話 地下潜り 金を稼いで 夢を買う

「全員用意はいいかい? いいか、一人だっておっ死ぬんじゃないよ!」

 

「わかってますよ!ロースの姐さん!」

 

「今日も稼ぎましょう!」

 

「造魔馬車、魔結晶大丈夫です」

 

「それじゃあ行くよ!いざダンジョンへ」

 

 

最近、あたしらの狩場がトルキイバから川を越えたところにあるダンジョンへと移った。

 

うちの頭であるサワディ坊っちゃんが正式に貴族になったことにもなにか関わりがあるらしいけど、詳しい事はわからない。

 

わかっていることは、今がシェンカーにとってもあたしら冒険者組にとっても稼ぎ時だって事だ。

 

ダンジョンの魔物の魔結晶を持っていったらいつもの二倍で買ってくれて、更に魔物の革も肉もうちの自由にしていいって契約らしい。

 

更に魔結晶の取り分の半分はあたしら冒険者組で山分けにしていいっていうんだから、なんとも太っ腹な話だよ。

 

なんにせよ、稼げる時に稼がないのは冒険者精神にもとるってもんだ。

 

鎧着て、槍背負って、魔物ぶっ殺しに行くとするか!

 

 

「この照らし兜、騎士団の連中も欲しがってましたね」

 

「ダンジョンみたいに真っ暗な場所でも両手が開くってのは嬉しいやな」

 

 

坊っちゃん謹製の照明型造魔をくっつけた兜はたいそう便利で、槍や網を操作する前衛達にはもう欠かせない装備になっている。

 

とにかくこのダンジョンアタックに関しての坊っちゃんからの厳命は『命を大事に』だからな、普通の冒険者なら採算度外視の人数と装備を惜しみなく投入してるんだ。

 

 

「一匹目、来たぞーっ!」

 

「網張れーっ!」

 

「よっしゃーっ!」

 

 

前衛の四人が鉄の鎖で編んだ網の四隅に繋いだ竿をそれぞれに突き出す。

 

両手を広げた大人が二人もいれば塞がる通路を覆うように張られた網は、拳が通るほどの目の広さがあるが、屈強な冒険者四人でもちょっと辛いぐらいの重さがある。

 

その網の向こうから、キラリと光るものが四つ、すさまじい勢いで突っ込んでくる。

 

このダンジョンに一番多い魔物、四ツ目猪だ。

 

飼い豚とそう変わらない体躯に白混じりの茶色の毛皮、捻じくれた四本の牙、そして金色にぎらぎらと光る四つの目玉。

 

ブオォォォォーン!!という恐ろしい鳴き声と共にバシャン!と大きな音が鳴り、前衛の四人が鉄の網を閉じていく。

 

小型な割には力の強い魔物といえど、冒険者四人の力には勝てない。

 

 

「今日の槍番は誰だ」

 

「へぇ、ロースの姐さん、あたしです」

 

「ヤンボか、しっかりやれ」

 

「へぇ!」

 

 

白髪赤目の長身な兎人族のヤンボが、真っ直ぐで長い刃を持つ赤槍をしごきながら前に出る。

 

 

「心臓役は?」

 

「私です」

 

「マァムか、あいつら脳天突き刺したぐらいじゃ生き返りかねないからね、心臓は素早く抜きな」

 

「はいっ!」

 

 

ダンジョンに来るために白い自慢のうねり毛を短く切り上げた羊人族のマァムが、鋭い短剣を手の上でくるりと回した。

 

獲物に近づくとヤンボは声も出さずに眉間に一撃を加え。

 

動かなくなった四ツ目猪の前足を膝で抑えて押し開いたマァムが、素早い解体で心臓を抜き出した。

 

前衛は鎖網を前に突き出したまま警戒し、後衛は絶命した四ツ目猪を血抜き処理しながら造魔馬車の側面に括り付けていく。

 

各自が決められた手順を熟すだけ。

 

狩りというよりは作業だ。

 

だけど、逃げ場のないダンジョンでは誰かが一つ手順を間違えば班員が死ぬ恐れもある。

 

地上とは全く話が違うんだ。

 

 

「今日は三層まで行く、気ぃ緩めるんじゃないよ」

 

「へぇ!」

 

「はいっ!」

 

「わかりました!」

 

「進路はどうだ?」

 

「待ってくださいね」

 

 

私の言葉に耳のいい兎人族の後衛が角笛を壁に当てて振動を聞き、西向きの通路を指差した。

 

 

「あっちに二、いや三、おそらく猪」

 

「よし、行くよ!」

 

 

全員の頭が西を向き、造魔の作り出す強烈な光がダンジョンの妖しい暗闇を切り裂く。

 

奥からは獣臭を含んだ、ぬるい風が吹いていた。

 

 

 

一つ下の階につく頃にはもう七匹ほど猪を倒した後で、十二人組のうちだと勝手に動く造魔馬車なしじゃあ獲物を持ち帰るのも限界になる頃だっただろう。

 

ぎっしりと肉の詰まった四ツ目猪はとにかく重い、魔結晶だけ持ち帰るんじゃなきゃあ一人一匹持ち帰るので精一杯だ。

 

 

「やっぱさぁ、子供産んで御主人様のお子様の家来にしてもらうのが出世の早道だって」

 

「うちらの子供なら奴隷身分じゃないしなぁ、譜代扱いなら色々変わってくるもんね」

 

「いやいや、あの奥方様の血も入るんだぞ?おっかない若君様だったらどうすんだよ」

 

「うーん、でもなぁ」

 

「あんたはそんな事考える前に男作んなよ」

 

「それが一番の課題かなぁ……もう結婚資金は貯まりきりそうなんだけど」

 

「あたしも、いつでも結婚できるわ」

 

「相手がいりゃあなぁ……」

 

 

バカ話をしながら歩く班員達の中から、静かに!と声が上がった。

 

前衛の犬人族、インパだ。

 

 

「匂いが変わった、ここらへんはもう鳥が飛んでる」

 

「あいよっ!」

 

 

威勢よくそれに答えた槍番のヤンボは槍を手の中でくるっと回して、一回だけビュンっと音を立てて素振りをした。

 

 

「網張って進みな!」

 

「へいっ!」

 

 

前衛の四人は竿を構えて、鉄鎖の網を張ったまま前へと進む。

 

キツいけど、鳥には足音がないからね。

 

奇襲を受けないためには頑張ってもらうほかない。

 

最後尾では造魔馬車に座った休憩者が、後ろの道を大型の照明で道を照らしながら監視している。

 

絶対はないけど、いい装備と人員は貰ってるはずだ。

 

 

「来たっ!」

 

「うおおおっ!」

 

「ギィィィィッ!」

 

「ゲェッ!ゲェッ!」

 

 

前衛の張った網には、人の子供ほどの尻尾の長い雀の姿をした鬼雀がかかっていた。

 

茶色でモコモコした羽毛を散らしながら鎖に噛み付くその嘴は鋭く、足の爪も刃物のように尖っている。

 

 

「でいっ!」

 

 

ヤンボの手から電光石火の速さで繰り出されたニ発の突きは見事に鬼雀の脳天を捉えていて、屍と化した二匹はどさりと地面に落ちた。

 

前衛は網を持ち上げて鬼雀を跨いで前に進み、また腰を落として構えを取った。

 

 

「まだまだ来るぞぉ!」

 

「ギッ!ギッ!」

 

 

暗闇の中から、声と羽ばたきが聞こえてくる。

 

また手の中で槍をくるっと回したヤンボが、闇に向かって「来いやぁ!」と裂帛の気合を発した。

 

その声に誘われたのか、光に向かってやってきたのか、視界を埋め尽くすような鬼雀が飛んできたのはそのすぐ後のことだった。

 

 

 

昼までダンジョンを駆けずり回って、ダンジョン用に細長く作られた造魔馬車の外も中も獲物でいっぱいになったので一旦外へと戻ってきた。

 

外では予備の造魔馬車とその護衛が待っていて、積まれた獲物ごと交換する。

 

今日はみっつの隊が潜ってるから、待機の造魔馬車も三台だ。

 

ダンジョン自治区の代官の部下を呼んできて魔結晶の数と狩ってきた獲物の数を確認して、サインを貰ってから造魔馬車をトルキイバへと見送る。

 

トルキイバで解体された獲物は敷物や服、食料なんかに加工されてシェンカー家の店で売られる事になる。

 

さすがは商人だ、無駄がないね。

 

 

「飯だ飯、今日はなんだろうな」

 

「あたしこの弁当が楽しみでさぁ」

 

 

ダンジョン組には毎日特製の弁当が支給される。

 

量たっぷり、味しっかり、何よりあたしらしか食べられない特別製ってのがいいね。

 

今日は甘辛いソースで煮付けられたトロトロの豚肉と、味の染みたゆで卵、それと茹でてから味をつけて炒めた麺だ。

 

すぐ燃えてすぐ力になる食べ物だな。

 

 

「この後は夕方まで潜るよ。起こすから飯食ったらちょっとでも寝ときな」

 

「はーい」

 

「わかりましたぁ」

 

「うー、腕が震えてフォークが使えないよ」

 

「慣れだよ慣れ」

 

「あんたまだ絵は続いてるの?」

 

「続いてるよ、ハミデルのおっちゃんからは結構筋いいんじゃないかって言われてるし」

 

「あいつスケベだから女には全員そう言ってるらしいわよ」

 

「みんなにはそうでも、あたしはほんとに才能あるし」

 

「こないだの猫の絵見たけど、あんまりそうは思わないなぁ……」

 

「猫って何?」

 

「いや、あのアパートの玄関に飾ってあるやつ」

 

「あれ……うさぎ」

 

「にゃはは、なんだよそれ!」

 

「あんたさぁ、やっぱ向いてないって」

 

「うるさいなぁ、この仕事で金稼いでもっと練習すんだよ、後で見てろよ、肖像画描いてやんないからな」

 

 

みんなが口々に喋るのを聞きながら弁当をかっこんでいると、くぁーっと大きくあくびが出た。

 

やっぱりダンジョンは緊張するわ。

 

飯食ったら、あたしもちょっと寝よ。

 

 

 

結局この日は一人の怪我人も出ることなく、七十匹近い獲物を狩ることができた。

 

やってることは単調な作業だけど、地上の狩りよりもよっぽど疲れる。

 

暗闇の恐怖、逃げ場のない閉所から来る緊張感、そしてたまにすれ違う騎士団の連中。

 

そんな事はされないってわかってても、魔法使いがその気になればあたしら十人ぐらいをぶっ殺すのはわけのないことなんだ。

 

ダンジョンの中にほったらかされた、爆散した魔物の死体を見てると肝が冷える。

 

魔物と勘違いされたり、射線の先にあたしらがいたりしたら、爆散するのはあたしらなんだ。

 

うー、どうにもならないけどおっかない。

 

どうにもならない事は神頼みに限る。

 

あたしらの班は毎日全員揃って行きと帰りに本部にある土竜の神様の神殿でお参りする事に決めてるんだ。

 

ピクルスにあやかろうってわけじゃないけど、地下に潜るあたしらにゃあ身近な神様だしね。

 

 

「ピクルスの姐さん、今頃どうしてますかねぇ」

 

「あの子の事も祈ってやんなよ。あ……」

 

「む……ロースか」

 

 

本部の前に作られた神殿につくと、ちょうどお参りをしていたメンチの班とかちあった。

 

メンチ達もここでお参りしてたのか。

 

 

「メンチ、今日はどうだった?」

 

「うちの隊は六十五匹は狩ったぞ、東回りは三階に赤蟷螂が二匹も出たから気をつけた方がいい」

 

「にひっ、うちは七十匹。西は二階に鬼雀がいっぱいいたけど、全部やっちゃったからもういないかもな」

 

「むっ」

 

 

メンチのしっぽが不機嫌そうに蠢く。

 

メンチってすっごい負けず嫌いなんだよね。

 

 

「うちは帰りに草食み狼を六匹倒したが?」

 

 

倒したが?じゃないよ、全く。

 

ピンとしっぽを立てて去っていくメンチとその班員を見送って、なぜかシェンカー以外の冒険者もお参りに来ている土竜神殿の賽銭箱に賽銭を投げ入れる。

 

 

「土竜様土竜様、明日も地面に潜る私達をどうかお守りください」

 

「ピクルスさんもよろしく」

 

「明日のご飯はパン系がいいです」

 

 

地下では感じられなかった風がぴゅうっと吹いて、あたしの逆立った髪を揺らす。

 

とりあえず、稼いだ金で今日も飲みに行こうかね。

 

正直、奴隷になる前よりもよっぽど稼げてるんだよな。

 

いつかあたしも、自分の店でも開こうかな……

 

となると賭場か、いや坊っちゃんみたいな大劇場とは言わなくても舞台のある酒場って手もあるな。

 

そしたらたまにはこの大女優ロース様が艶な演技を……

 

 

「お風呂入りたいね~」

 

「私も、絶対臭いって今」

 

「冒険者と臭さは切っても切れないクサい縁なんだって」

 

 

と……あたしも大女優の割には汗臭いかな?

 

木彫りの土竜の御神体に手を合わせて、今日も汗まみれの十二人は仲良く本部の風呂場へと向かったのだった。




最近ティンホイッスルの練習してるんですけど、笛は難しいですね

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