異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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大作ゲームめっちゃ出てるけど仕事忙しくてやれてません


第68話 風立てば 揺れて流れる 街の雲

風、薫る春中旬、街は大混乱に陥っていた。

 

理由は単純明快。

 

ダンジョン都市から引き上げてきた肉が余って余って、余って仕方がないのだ。

 

なんせ毎日毎日何百もの猪や鳥や山羊なんかがダンジョンから運ばれてくるんだぞ、明らかに過剰供給だろ。

 

シェンカー本部の表玄関からやばい形相の食肉業者が女房子供連れで決死の嘆願にやってきたかと思うと、裏口には肉屋や飯屋店主が安い肉を売ってくれと列を作る。

 

もう大変だ。

 

こんな事を言っても後の祭りだが、正直俺はここまで冒険者組が頑張るとは思っていなかったんだ。

 

ちょっと街の食卓が安い肉で潤うかななんて事を考えてたら、今や人材派遣等の業務まで止めないと獲物の処理が追いつかないほどの異常事態だ。

 

この肉を市井に流せば大儲け間違いなしどころか、この街一つぐらいなら軽々と牛耳れるぐらいの利権になるかもしれない。

 

だが、さすがにそんなことをするわけにはいかないだろう。

 

トルキイバにはトルキイバの畜産業があって、彼らが食えなくなれば最悪ここらの食肉業界はこれ一発で完全にダンジョン依存になってしまう。

 

それは駄目だ。

 

しょせんダンジョンなんてものは軍の意向一つで焼かれてしまうような不安定な資源。

 

住民に恨まれるとかそういう問題じゃなくて、単純に危険すぎるんだよ。

 

穀倉地帯だから飢える事はないかもしれないけど、少なくとも食文化は確実に退化するだろう。

 

未来永劫に渡ってトルキイバの若者に恨まれ続けるのなんてまっぴら御免だからな。

 

 

 

「で、その考えなしな性格を治す気はあるのかい?」

 

「いやいやローラさん、僕はこれでちゃんと考えてるんですよ?ただ今回はちょっと皆が頑張りすぎちゃっただけで……」

 

「下の者が悪いわけじゃないだろう?わざわざ主人が手柄を挙げる場所を用意してくれたんだ、それで奮い立たんなら荒事に生きる者としてものの役には立たんさ」

 

「そういうもんですか」

 

「それに彼らは冒険者だろう、冒険者というのは常に一ディルでも多く儲けようと考えているものだ。そりゃあ稼ぎ場があるなら休日を返上してでも稼ぎに行くだろうさ。君は彼女らを責められないぞ」

 

「うーん、人を使うというのは難しいなあ」

 

「普通の貴族家ならば当然そういう教育を受けるものだが……君は初代だからな、仕方あるまい」

 

 

気持ちのいい風の吹き込む夫婦の寝室で、分厚いニットのマタニティウェアがどうにも似合わないローラさんはぐいっとお茶を飲み干し、書いていた手紙に蝋で封をした。

 

 

「そのために私がいるのだ」

 

「ありがとうございます」

 

 

ピンと背筋を伸ばした彼女から受け取った手紙は陸軍宛てだ。

 

簡単に言えば肉の引受先になってくれないかって打診だな。

 

もちろん俺だって自分のコネを使っていろんな所に手紙を送ってる、魔臟を治した患者とか、患者とか、患者の配偶者とかだな。

 

何をするにも根回しは大切だ。

 

 

「しかし、こんな大変な目に合ってもダンジョンに獲物を放置してくるつもりはないんだね?」

 

「いや、僕はお金のために事業をやっているので、儲かるなら多少大変でもやらないって手はないですね」

 

「まあ、君が実務をするわけじゃないからな」

 

「そうなんですよ、奴隷達には申し訳ないですけど、人も増やすんでもう少し我慢してもらおうと思ってます」

 

「ま、ダンジョンから素材を集め始めたら街の許容量を容易く超えたなんて話は、昔からない話じゃないから大丈夫だろうさ」

 

「そうだといいんですけど」

 

 

そう、今のトルキイバみたいな素材の供給過多の問題は、よそのダンジョン自治区でもごくまれ(・・・・)に起こる事がある。

 

ただそういう場所ができるには条件が結構特殊で、ほんとに数が少ないからあまり問題にならないんだ。

 

基本的に、ダンジョンの魔物なんて魔結晶を取ったらほったらかしだからな。

 

なぜなら騎士団の連中は魔結晶と間引きが目的で効率最優先だし、冒険者達が丸ごと持って帰ることのできる獲物なんてたかが知れているからだ。

 

ダンジョン産の魔物は冒険者ギルドの取り扱いから外れるため、持って帰っただけではお金にならないし、ダンジョン都市から持ち出すのに税金だってかかる。

 

更に言えば、無理をして毎日街の肉屋に持ち込んだところで肉屋側の処理能力の限界というものがある。

 

そういう色んな理由が重なって、ダンジョンの魔物は魔結晶を抜かれては放置され、掃除屋と呼ばれる鼠と虫と粘菌類の日々の糧となってきたわけだ。

 

だが、ここトルキイバには魔物を食肉や素材に加工できる環境が揃ってしまっていた。

 

税金のかからない狩場があり、べらぼうな数の冒険者がいて、獲物の持ち帰りが難しくないような特殊装備があった。

 

そして何より、全ての獲物を金に変えるツテを持つ俺と、夥しい数の奴隷の労働力が生み出す強大なバックアップ体制があったのだ。

 

そりゃあもう、大変だ。

 

トルキイバの南側の拠点を潰して急遽作られた食肉加工工場では毎日物凄い数の獲物が処理され、干し肉やソーセージになってシェンカー商会の物資蓄積所にずんずん積まれていっている。

 

自分の作った組織ながら、凄まじい稼働具合に唖然とするしかない。

 

人の力ってのはまぁ偉大なもんだと、ほうぼうから怒られながらもまるで他人事のようにそれを見ていた。

 

 

 

まあ、俺なんかはそんな感じで、まだまだ気楽なもんだったんだが……

 

そのバックアップ側、実務の頭であるチキンは、本当に大変な目にあっていた。

 

 

「いいからダンジョン班以外の冒険者全員工場に回して!人手が全然足りないのよ!」

 

「派遣の申込みに来られた方が怒ってらっしまいますけど」

 

「うちに派遣が欲しいぐらいなのよ!しばらくは無理だって言っといて!」

 

 

中央町にあるマジカル・シェンカー・グループの本部では、うちの筆頭奴隷のチキンが檄を飛ばしながら人員配置をやっていた。

 

自分の招いた事態ながら、大変な時に来てしまったな。

 

 

「お待たせしましたご主人様」

 

「いや、ごめんね大変な時に」

 

 

ここ最近の目の回るような忙しさで完全に目が据わっているチキンに追加の仕事を言い出すのはちょっと怖いが、話さなきゃ始まらないんだよな。

 

 

「人員の話なんだけど、足りてないよね?」

 

「足りてません!休日返上して稼ぎたいって子達をみんな投入してもまるで駄目なんです、通常業務にも穴が空いてます」

 

 

ピリピリしてるなぁ……爆発寸前の火薬のようだ。

 

チキンの目の下には濃いクマができている、今回の件で一番酷い目にあったのは間違いなく彼女だろう。

 

 

「それで実は、工場の近所の主婦の方々を臨時で雇おうかと考えているんですけども」

 

「ああ、それは好きにやって」

 

「助かります、意外と職を探している女性って多いみたいで、何件も問い合わせが来てたんですよ」

 

「あんまり安く使わないようにね」

 

「ちゃんと相場通りにやりますよ」

 

 

その話でちょっとだけ気力を持ち直した様子のチキンは、そういえば今日はなんの御用でした?とスプーンで珈琲をかき混ぜながら聞く。

 

彼女には苦労をかけ続けてるからな、なるべく手短に行こう。

 

 

「実は近々俺の研究の方でも人手が必要になるもんでさ、ここらで大量に奴隷を買い付けようと思うんだけど」

 

「それは是非!ただ……宿舎が足りません。今所有している宿舎の二人部屋を四人部屋にしても五十人ほどの追加が限度かと思います」

 

 

なんの資料も見ずにこういう情報が出てくるあたり、ほんとにうちの組織はチキンでもってるんだろうなと思う。

 

俺は感謝の念と共に彼女に再生魔法を送った。

 

 

「実はそれに関しては前々から町会長に相談してたんだけど、このシェンカー通り周辺の家を買おうと思ってるんだ。今なら金もコネもあるしな」

 

「それいいですね、何軒買うんですか?」

 

 

景気のいい話と再生魔法が効いたのか、チキンの表情もだいぶ柔和になってきた。

 

よしよし、ついてきてくれよ。

 

 

「全部」

 

「え?」

 

「段階的になるかもしれないけど、最終的に全部買う」

 

 

チキンは「え?」と言った表情のまま固まってしまった。

 

ただ固まりながらも左手は紙を手繰り寄せ、右手はしっかりとペンを握っている。

 

こいつの仕上がり方も相当なもんだな。

 

 

「ここらの土地全部買い占めて、建物を上に伸ばす。平屋を全部ぶっ壊して、五階建てのマンションに建て替える」

 

「まんし……ってなんですか?」

 

「マンションってのは今ある二階建ての長屋を、デカく高くしたものなんだ。土地を有効活用して収容人数を伸ばすことができるってわけ」

 

「それは、なかなか手間も金もかかりそうですね」

 

 

と言いながらも、手では何かを計算し続けている。

 

 

「それをまあ、十棟ぐらいは作るかな」

 

「はあ、十棟」

 

「一階に十部屋ぐらいかな。四人家族が住めるぐらいの広さは欲しい」

 

「ふんふん、二百人入る建物を十棟ですか……」

 

 

チキンの手が止まった。

 

ペンを置き、驚愕の表情で固まっていた顔をぐにぐにとほぐし、頭をかいた。

 

 

「あの、それって……」

 

「うん」

 

「これまでと規模が全然違いますよね」

 

「うん」

 

「拠点っていうか、町ですよね」

 

「そうだね」

 

「あはは、シェンカー町ですか」

 

「ま、そういう言い方もできるのかもね」

 

「……いやいやいや!サラッと言わないでくださいよ!?」

 

「しょうがないだろ、人が集まりゃ町になるんだよ。とにかく人手全然足りないから今後は男の奴隷もジャンジャン買うからな、管理よろしく!」

 

 

言うべき事を言って、俺は立ち上がった。

 

時間は限られているんだ。

 

早速緊急の買い付けを依頼すべく奴隷商に行かなければ。

 

 

「いや待ってくださいよ!管理職が足りてないんですって!」

 

 

これからは忙しくなるぞ。

 

シェンカーもトルキイバも、このダンジョン食肉事件を機に大きく変わっていく事になるだろう。

 

 

「だから段階を踏んで!せめてジレンが戻って来るまで待ってください!」

 

 

そうだ、この先人が増えれば新たな娯楽も必要になるだろう。

 

俺は高級路線の大劇場を作る予定だったが、庶民向けの喜劇なんかをやる小さな劇場を入れたビルを建てるのもいいかもな。

 

トルキイバ新喜劇、どうだろうか?

 

 

「お願いですから知識奴隷もいっぱい買ってください!計算ができるだけでもいいんで!」

 

「うわっ!!チキンさん!なんでご主人様の腰にしがみついてるんですか?」

 

「大胆ねぇ」

 

「三徹目だもの、そんなこともあるわ」

 

「私はヤギ、紙はごはん」

 

「ちょうちょがとんでる」

 

 

徹夜と過労で死屍累々のシェンカー本部の玄関を再生魔法を振りまきながら通り抜け、力強い春風の吹きすさぶシェンカー通りへと足を運ぶ。

 

そこかしこを若い衆が走り回り、剣を佩いた冒険者が土竜の神様に熱心に祈りを捧げている。

 

シェンカーの奴隷たちがソーセージの木箱が山のように積まれた荷車を押していくのが遠くに見えた。

 

俺の考えなしから始まった騒動で、町が揺れているようだ。

 

だが、起こってしまった事はもう仕方がないんだ。

 

どうせ責任を取るのは俺ならば、どうなろうと最善を尽くすだけ。

 

空を見上げると、吹き飛ぶように雲が動いていく。

 

俺の足にしがみついていたチキンの頭を、風が運んできた土埃がザアーッと撫でる。

 

トルキイバに、強く、強く風が吹いていた。

 




わにわに

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