異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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今日は誕生日で、僕も30歳になりました。

先々週仕事で頑張りすぎたのが祟ってか、一週間前からの風邪が治らず熱が下がりません。

ケーキのかわりにinゼリーを飲みました。


第70話 線路脇 ふるさと思う 旅の空 前編

私達がタラババラでの交易を終え、トルキイバへの帰路を辿り始めてしばらくが経った。

 

来る時は薄く雪が積もって真っ白だった大地も、この帰り道では痩せて赤茶けた地肌を晒している。

 

地面の石を踏んだ馬車の車輪がギィギィと鳴り、御者が心配そうに後ろを振り返った。

 

行きではこんな音を聞いたことはなかったから、私も少しだけ不安だ。

 

何でもいいから珍しい物があったら買いまくれと言われていたから、馬車にはあっちで買った珍しい物品がぎゅうぎゅう詰めになっている。

 

予備の車輪も積んでいるけど、もう少し買い付けを控え目にしたほうが良かったのかもしれない。

 

ギィギィ車輪を鳴らしながら、はるか遠くの地平線へと続く線路を辿り、私達は他の商隊や冒険者達とすれ違ったり追い越したりしながら故郷(トルキイバ)への道をひた進んでいた。

 

 

「ねぇピクルス、次の街まではどれぐらいかしら」

 

 

交易隊の代表を務めるジレンさんが、馬車の屋根の上で遠眼鏡を覗き込みながら聞いた。

 

 

「正確にはわがんねども。あたしみたいなケンタウロスの足ならともかく、馬車にこんだけ荷物積んでたら三日ぐらいはかかんだべ」

 

「今日も野宿ねぇ、シェンカー本部のお風呂が恋しいわ」

 

 

そう言いながら、ジレンさんは出発前より幾分と色の変わった服の胸元を引っ張って匂いを嗅いだ。

 

 

「しょうがねぇべ、汚ぇのも臭ぇのも旅の醍醐味だっぺよ」

 

「あーあ、もし列車に乗れたら都市から都市で、こんな思いもしなくていいんでしょうね」

 

「そりゃあそうだども……」

 

「き……た…………よ……」

 

 

私の背中に、偵察で空に上がっていた鳥人族のボンゴちゃんがふわりと止まった。

 

道路に建てられた柵の向こう側にある線路の石が振動で震え出し、どこからともなくヒュゥン、ヒュゥンという音が聞こえてくる。

 

 

「馬車止めろーっ!列車が来るぞーっ!」

 

「列車が来るぞーっ!」

 

「装備整えろーっ!」

 

 

線路の遥か遠くの方に赤い豆粒みたいなものがチラッと見えたかと思うと、それはあっという間に大きくなる。

 

額に金の紋章をつけた真っ赤な機関車はものすごい勢いで近づいてきて、私達の横を掠めるようにすっ飛んでいった。

 

巻き起こった風に混じった砂がぴしぴしと体に当たって痛い。

 

列車というものは、何度見ても圧巻の迫力だ。

 

速くて強くて、バカみたいに長い。

 

飛竜のような速さで進んでいるはずなのに、いつまでたっても機関車に続く貨物車の列が途切れない。

 

あんな都市を一巻きできそうなぐらい長い列車で、一体どこに何を運んでいるんだろうか。

 

 

「何回見ても凄いわねぇ、この赤い列車ってサワディさまが作ったやつでしょ?」

 

「いんやご主人様が作ってたのは、もっともっと小さくてノロマなやつだっぺ」

 

「い……く……よ…………」

 

「うん、頼むっぺよボンゴちゃん」

 

 

ごそごそと馬車から投げ槍を取り出したボンゴちゃんが、二、三歩助走をつけて空に舞い上がった

 

列車が通ったあとは音に釣られた魔獣がやってくるからみんなで迎撃するんだけど、ボンゴちゃんはデカいのが来ないかどうか空から見張ってくれてるんだ。

 

 

「東に歩き鳥っ!二匹ーっ!」

 

「西からお面猿!三匹ーっ!」

 

 

ほうぼうから声が上がるけれど、もうこの交易隊では小物ぐらいなら私が動く必要もない。

 

ゆっくりと大弓に弦を張っているうちに、押し寄せる魔獣たちは次々に討ち取られていく。

 

トルキイバからタラババラまでの長旅を経て、私達の心も体も軍人のサーベルのように研ぎ上げられていた。

 

軽々と討ち取られていく魔獣達に、今回は大物は来ないかなと思っていたその時、空からピュイーっと甲高いボンゴちゃんの警戒音が上がった。

 

そのすぐ後に、ヒョルゥゥゥゥゥと西を示す鳴き声。

 

私が背中から矢を三本抜きながら西を向くと、そこにはケンタウロスの群れを追いかける巨大な濡れ鼬の姿があった。

 

濡れ鼬とはこの辺りに多い三つ目の巨獣で、背中の体毛が針のように鋭く光沢があり、それがまるで濡れているように見えるのでその名前で呼ばれているのだ。

 

 

「濡れ鼬ひとぉつ!こっちに引くべ!」

 

「おうっ!」

 

「手空いたやつから集まれーっ!」

 

 

一本目の矢を引き絞って射る。

 

地面を這うように飛んだ矢は遠く離れた濡れ鼬の横っ腹に突き刺さり、白い毛皮に赤色が混じった。

 

平原中にジィィィィ!!と濡れ鼬の低く大きな鳴き声が響き渡り、その太い鼻先がこちらを向く。

 

二射目は右前足の付け根に突き刺さった。

 

でもそんな小さな矢など気にも止めず、濡れ鼬は猛烈な勢いでこちらへと駆けてくる。

 

三射目は左目の奥に潜り込んだ。

 

ジィィィィィ!!と夢に見そうな恨めしい声を漏らしながら、やつはそのまま真っ直ぐに突っ込んでくる。

 

 

「構えぇ!!」

 

「おうっ!」

 

「来いやぁ!」

 

 

もう三歩ほどで私に食らいつけるというところで、私の前に陣取った仲間達が一斉に槍衾を作った。

 

ほんの十人やそこらの槍衾だ、ちょっと脇に避ければおしまいだ。

 

足を踏み変えるだけの、ちょっとした隙。

 

その隙に、大弓から持ち替えていた私の投槍が突き刺さった。

 

額の目玉に槍が突き刺さった濡れ鼬が、ジッ!と声を上げたのと、ひとつ残った右の目玉に、急降下してきたボンゴちゃんの槍が突き刺さったのはほとんど同時。

 

ズルっと足を滑らせたそいつは走ってきた勢いのままに何回転か転がり、四方八方から槍で突き刺されてあっという間に動かなくなった。

 

 

「よっしゃーっ!」

 

「すぐ魔結晶抜けーっ!血の匂いに釣られた奴らが来る前に離れるぞーっ!」

 

「歩き鳥は後で食べようよ」

 

「血抜きして馬車にくくりつけちゃえ」

 

 

みんなでテキパキと解体作業をやっていると、さっき逃げていったケンタウロスの群れがこっちにやってくるのが見えた。

 

痩せた群れだ。

 

質素な貫頭衣に、原始的な弓矢。

 

私が生まれたところのケンタウロス達もああいう格好をしていた。

 

 

「さっきは助かった!あの濡れ鼬をいともたやすく討ち取るその強弓、まるで伝説に聞くネウロンの如しだな!」

 

「旅の空は助け合いだで、別にええよ」

 

「俺達は遊牧をやって暮らしているものだ。俺はケイロネスのラーベイター」

 

「あたしはトルキイバのピクルス」

 

「頭数の揃っていないところを地竜に引かれた濡れ鼬に襲われてな、本当に危ないところだった。重ね重ね礼を言う」

 

「ええよ別に、あたしらももうすぐここを離れるでな」

 

「どちらへ向かわれる?もし追いつけたら夜にでも心ばかりの礼を届けよう」

 

「南だべ」

 

「よしわかった!ではな、トルキイバのピクルス!勇猛な女戦士よ、また会おう」

 

 

ケイロネスのラーベイターは手を振って去っていった。

 

ここいらのケンタウロスはみんな青みがかった髪色をしているのだなと、彼らが丘陵の向こうへ消えて行くのを見つめながら考えていた。




風邪引いたからって会社が休めるわけでもなくあんまり書けませんでした、続きは早めに投稿します。

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