異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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ちょっと本気で仕事が忙しくて何もできませんでした、お待たせしました。

11/17追記
授乳中の母親の喫煙について何名かからご指摘がありました。
今の所そこに引っかかりを作る気はありませんので、ローラさんはまだ禁煙中ということにして改稿を行いました。


第73話 街と人 変わりゆくもの 同じもの

熱風吹きすさび赤子泣き叫ぶ夏、トルキイバは唸り声を上げて生まれ変わろうとしていた。

 

増築に増築を重ね巨大化した精肉工場にはひっきりなしに人が出入りし、工場から都市の外へと繋がる道は出荷する製品を載せた馬車が渋滞を起こしている。

 

それもこれも、トルキイバの近くにある陸軍の駐屯地がうちの製品の導入を正式に決めてからの事だ。

 

うちから出荷されてその日のうちに届く新鮮極まりない冷蔵牡丹肉や、四種のハーブを練り込んだ病みつきソーセージは軍人達の胃袋をガッチリとキャッチしたらしく、納品量は日々増えるばかり。

 

一応他にも肉の販路はあるが、これから先も軍が一番のお得意先になるであろうことは間違いないだろう。

 

だがまあ、そんなことはどうだっていい。

 

チキン達に任せておけばいいことだ。

 

この夏、俺は子育てに夢中でそれどころじゃなかったのだ。

 

 

「ほぎゃっ……ほぎゃああああ!!!」

 

「ふゅ……ふぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「どしたどした〜?おしめは……濡れてないね〜、おっぱいは……今飲んだばっかりかぁ。暑いからかな〜」

 

 

揺り籠に入った長男にして兄のノアが泣きだすと、それに共鳴するように長女にして妹のラクスが泣き始める。

 

双子ってのは不思議なもんで、お腹が空くのも、おしっこもうんちも、むずがって泣くのもなぜかぴたっと同じタイミングだ。

 

互いに通じ合っているのか、単純に隣の兄や妹に釣られてしまうのか、どっちとも言えないところだけどな。

 

頭に小飛竜造魔のトルフを乗せたミオン婆さんが手を出したそうにチラチラ見ているが、家にいる間ぐらいは俺にもお世話させてくれよ。

 

 

「君、今日はシェンカーの方に顔を出すんじゃなかったのかい?」

 

 

俺がほぎゃほぎゃ泣く双子をうちわであおいでいると、飲み物を飲んでいたローラさんが戻ってきた。

 

長い髪の毛をシニヨンにまとめた彼女は、授乳のためにいつでも前を開けられるよう専用のシャツを着ている。

 

朝も晩も催促されてはおっぱいを飲ませて疲れているだろうに、そんな素振りは少しも見せない。

 

やっぱり軍人さんはものが違うな。

 

 

「行きますよ、行きますけど、もうちょっと後でもいいかなって」

 

「もう昼になるよ、ノアもラクスもお昼寝の時間さ」

 

「そんなぁ」

 

 

産後休暇中のローラさんと違い、俺は平日仕事で家にいられないのだ。

 

もうちょっとぐらい一緒にいさせてくれてもいいじゃないか。

 

だが、無情にもローラさんは双子をひょいと持ち上げて寝室に引っ込んでしまい。

 

残された俺はとぼとぼと、自らの経営するマジカル・シェンカー・グループの本部へと向かったのだった。

 

 

 

「チキン殿、ここの書式が少し違いますな。あとこの部分の言い回しは少々雅さが足りません、この間お渡しした本の時節の挨拶の項目を参考にしてください」

 

「いやでも、この書類は内向きの連絡なんで……」

 

「いけません、内向きであろうと外向きであろうと、一度出した文書は額に入れて飾られるものだとお思いなさい。誰かに足をすくわれてからでは遅いのです」

 

「はぁ……」

 

 

シェンカー本部に来て早々、チキンが教育係の爺さんに詰められている嫌なところに出くわしてしまった。

 

この、先日うちにやってきた元男爵家家令のレナード爺さんは、体が治ったその日から家令候補のチキンをビシバシ鍛え始めた熱血ティーチャーだ。

 

別に俺が厳しくされるってわけじゃないが、人が説教されてる所を見るのはどうも気が重くなる。

 

 

「あー、レナード、チキンを貸してもらってもいいか?」

 

「おやサワディ様、いらっしゃったのですか。もちろんでございます」

 

 

では失礼と綺麗に一礼をして部屋から出ていく爺さんは、こないだ見たヨボヨボの姿が嘘みたいに元気ハツラツだ。

 

レナードの他にも沢山老人が入ってきたけど、爺さん連中はなぜか全員治療後無闇にパワフルになった、なんでだろうな。

 

 

「お恥ずかしい所を……」

 

「いやいや、チキンはよくやってくれてるよ。教育係が厳しいと大変だな」

 

「レナードさん以外にも色んな方に薫陶を賜るのですが、皆さんやはり踏んできた場数が全く違いますね……」

 

「気にするな、チキンにはピクルス達とこの組織を立ち上げてきた経験があるじゃないか。妖怪ジジイ達もじきに追い越せるよ」

 

「はあ、ありがとうございます」

 

「それで、どんな感じ?」

 

「先月は利益がいいですね。シェンカー町建造計画次第ですけど、このままいけば来年を待たずに劇場建設予定地の借金を返し終えられますよ」

 

「いいじゃないの」

 

 

やっぱり上手いこと国策の流れに乗れると儲けがダンチだな。

 

つっても純利益で言えば俺の准教授の給料とトントンってとこなんだけどね。

 

俺も給料貰ってみてびっくりしたけど、貴族としてある程度のポストに行くと国の金払いが急に良くなるんだよな。

 

これだけ人使って苦労して稼ぐのと同じ額が、研究室で研究してるだけでポンと貰えるんだ。

 

色んな人から「みみっちい稼ぎ方」って半笑いで言われてた理由が、ようやく実感として理解できた16の夏だった。

 

と言っても、ここまでやれば副業としてはいい稼ぎなことには違いないんだ!

 

俺はまだまだ止めんぞ。

 

 

「殿方のために借り上げた賃貸住宅ですが、今の所不満等は上がってきていませんが。一部で乱闘が起こり壁が壊れるなどの損害がありました」

 

「うーん、やっぱりそこらへん男は荒っぽいな。長引くようなら配置換えもしなきゃいかんかもしれん」

 

「一応老人会の方からは『懲罰部隊を作りゃいい』と助言を頂いたのですが……」

 

「懲罰? ああ、言うこと聞かない奴にはキツい仕事とかをやらせるってこと? いいじゃないそれで」

 

「ではそのようにします」

 

 

今回は一気に人を増やしたからな、揉め事の一つや二つはあるか。

 

しかし、キツい仕事かぁ……

 

穴でも掘って埋めさせるか……いや、生産性のないのは駄目だよな。

 

 

「あー、禁酒禁煙、質素な食事で夜遊び禁止の工場でも作ってそこに纏めちゃうのはどうだ? 救貧院みたいですぐ嫌になって出る頃には大人しくなるだろ」

 

「規律を守れない者に危険な仕事をさせるわけにはいきませんしね、よい案かと存じます」

 

 

あずき色の光沢のあるセットアップの肘の部分をちょいとつまみながら、チキンは机のメモ帳に何事かを書き留めた。

 

しかしこいつ、最近同じ服を着てるところを見たことがないけど、金は足りてるんだろうか。

 

 

「チキン自身は最近何か困ってる事はないか?」

 

「あ、いや、特には……夜暑いぐらいですかね」

 

「夜も仕事してるのか?」

 

 

俺の言葉にチキンは苦笑しながら、最近は夜はちゃんと休めてますよと言う。

 

たしかに目の下の隈はなくなったように見えるが、一応再生魔法をかけておこう。

 

 

「布を買ってきて自分で服を作ったりしてるんですけれど、こう暑いと捗らないのが悩みと言えば悩みですね」

 

「へぇ~服を、その服も自分で作ったの?」

 

「これは違いますよ。まだまだ外に着ていけるようなものは作れないので、寝間着なんかを作ってます」

 

「ふぅーん」

 

 

その後もいくつか雑談を交わした後、俺は夏風邪をひいた者や怪我をした者を治療してから用事のある厨房へと向かう。

 

厨房は外からわかるぐらいいい匂いがしていて、朝から双子に夢中で何も食べていなかった俺の腹はぐぅと鳴った。

 

 

「お待ちしておりました、今日のは自信がありますよ〜」

 

「おっ、楽しみだね」

 

 

厨房に入った俺を、料理長的存在であるピンク髪のシーリィと、その補佐的存在である緑髪のハントが出迎えてくれた。

 

机の上には料理が並んでいて、いい匂いはそこから立ち昇っている。

 

もちろん普通の料理じゃないぞ、ケンタウロスのピクルス達が先日北から持ち帰った醤油と味噌を使った料理だ。

 

故郷の調味料があっても俺には上手く料理できないからな。

 

おでんとか豚汁とかのメニューと、魚から出汁を取ることとか、白ワインに砂糖とかはちみつを加えたみりんを使うこととかの覚えてる限りの知識を伝えて色々と作ってみてもらっているところなのだ。

 

今の所打率は著しく低いが、まぁ外国の日本料理屋と考えれば気にならないレベルにはなってきている。

 

売るほどではないが醤油も味噌もたんまりあるし、このメニュー開発は気長にやっていこうと思う。

 

 

「これがサワディ様の言っていたボタン鍋ってやつですね、ゲハゲハの干し物と椎茸で出汁を取ってせーゆと味噌で味付けしました」

 

「いいじゃないの」

 

「ウホッ」

 

「おお、お前、ジーンだっけ?」

 

「ウホホ」

 

 

造魔の自我の芽生えについて研究するためにハントに預けていた魔結晶交換式造魔の小さいゴリラが、背負うようにして取皿を持ってきてくれた。

 

そういえばこいつらも、もう生まれてから一年経つのか……

 

一応提出されているレポートは見てるけど、ここらで一回機械にかけて調べてみるのもいいかもな。

 

 

「ハント、こいつ明後日にでもうちに連れてきてくれ、学園に連れてくから」

 

「えっ!? あの、ジーンくん……殺しちゃうんですか?」

 

 

彼女はギョッとした表情でゴリラを抱え込み、ギュッと強く抱きしめた。

 

俺って一体どういうイメージを持たれてるんだ?

 

 

「違う違う、定期検診だよ。こいつももう一歳だろ」

 

「あ、なんだ……良かったです」

 

 

ホッとした様子だが、ゴリラは離さない。

 

まあ一年も一緒に暮らせば情も湧くよな。

 

ロボットとかプログラムとかわかんない人からしたら、魔結晶交換式の造魔ってのは魔結晶を食べる生き物に見えるだろうし。

 

どうせだから魚人族のロースに預けてる子猫とチキンに預けてる子犬も連れてこう、後でまたチキンのところに寄らないと。

 

 

「さあさあサワディ様、冷めないうちに」

 

「うん」

 

 

シーリィが皿に鍋の中身を盛ってくれたので、早速汁に口をつける。

 

迷宮産の猪肉の油が溶け出していて旨味があり、なんとなく豚汁のような味だ。

 

奥の方に味噌と醤油の風味が感じられて、猛烈に白米が食べたくなる。

 

うん、薄くスライスされた肉も柔らかくて美味しい。

 

野菜はどうかな?

 

大きめに切られたゴロゴロ感のある野菜を箸で持ち上げてみる。

 

緑で筋っぽい……ブロッコリーの茎かな?

 

 

「それはセロリですね」

 

「セ、セロリかぁ……」

 

「お野菜は他にも若とうもろこしにさやえんどう、ピーマンにおなすです、具沢山でしょ?」

 

「こ、個性的な組み合わせだね……」

 

 

セロリと一緒にベビーコーンを齧ると、食ったことのない組み合わせの味が口の中に広がった。

 

不味くはないんだけど、不味くはないんだけどなぁ……

 

料理って難しいなぁ。

 

俺はなんとなく釈然としない気持ちのまま、なんだかんだと鍋を平らげてから食堂を後にしたのだった。

 

 

外に出ると、シェンカー本部の前は人でごった返していた。

 

今は人材派遣業務をストップしていてめったに馬車が通らない道になったからか、うちの奴隷たちは道を占拠して各々好き放題にやっているようだ。

 

管理権はうちにあるから別にいいんだが、なんとなく前世の歩行者天国を思い出すカオスさに目眩がしてくる。

 

道にカラフルな布を敷き、その上に座って手製の櫛やケンタウロス型の貯金箱のようなものを売っている奴がいて。

 

その商品を見るやつや値切るやつ、酔っ払って布の上に寝っ転がる奴、寝っ転がったやつをナンパするやつがいてもう大変だ。

 

その隣では木箱を並べて作った舞台の上で麻袋に色を塗ったような衣装を着て素人芝居をやっている一団がいて、主役の鳥人族がスコップを掲げて素っ頓狂な声で騎士の名乗りを上げている。

 

あーあ、節回しが全然違うよ。

 

その斜向かいではどっかの主婦の団体が家庭料理の大鍋をかき混ぜながら呼び込みをしていて。

 

そのすぐ近くではその家庭料理をつまみに酒を飲みながら、暇そうなオッサンが同じく暇そうな女と地べたに寝転んでくっちゃべっている。

 

ゴザぐらい敷けよ!

 

そして土竜(もぐら)の神の社の前にはいかつい冒険者達がたくさん(たむろ)していて、その周りにはそいつらを狙った酒や串焼きの屋台なんかが店を広げ、その横では非番の音楽隊が調子のいい音楽を奏でて小銭を稼いでいる。

 

まるで異空間に迷い込んだような気持ちだった。

 

なんでもない日なのに、祭りのような賑わい方だ。

 

誰の顔にもなんとなく見覚えがある、みんなシェンカー一家に縁のある連中のようだ。

 

親しげに話しながら行き交う奴らに男女の別はなく、中には腕を組み合いながら歩く熱々なカップルの姿もある。

 

正直色々心配してたんだが、うちの組織に男が入ってきた事による混乱はそこまで大きなものではなかったようだ。

 

大抵の奴らはきちんと順応し、今の所はうまくやっていっているように見える。

 

特に今回はペルセウスが特別に有能な奴らを集めてくれてたらしいからな、そういう意味でも組織にいい影響を与えたんだろう。

 

実際老練な爺さん奴隷たちが来てから、割とマジカル・シェンカー・グループとその周りの組織も盤石の体制となったからな。

 

中間管理職が足りないのが問題だが、中間管理職なんてのはどこでも慢性的に足りないものだ。

 

日本でも足りなかったのに、識字率が低くて人間が荒っぽいこの世界じゃあ余計に足りなくなって当たり前だ。

 

こればっかりは人が育つのを待つしかないからな、堅実に、気長にやろう。

 

決意と共にぐっと拳を固め、家路を辿り始めた俺を、よく知っている声が呼び止めた。

 

 

「坊っちゃん! サワディ坊っちゃんじゃないですか!」

 

 

真っ赤な髪と同じぐらい顔を真っ赤にした、魚人族のロースだった。

 

彼女は鋭い犬歯を剥き出しにして笑いながら、こっちこっちと力強く手招きしている。

 

その隣では、鱗人族のメンチらしき人物がテーブル代わりの木箱に寄っかかるように突っ伏していた。

 

 

「お前さぁ、すっごい酒臭いよ」

 

「そりゃ酒飲んでんだから酒臭いですよ」

 

「何飲んだらメンチが潰れるんだよ」

 

「これこれ、最近流行ってる『殺し屋』って酒ですよ」

 

 

言いながら、40度ぐらいの蒸留酒の瓶を振るロース。

 

そりゃ単なる焼酎だろ。

 

 

「こいつをコップに並々と注いで、レモンを一個分絞るんです、んで塩を……」

 

「あーあーあー」

 

 

酒が全くコップに入っていない、高そうなズボンがびしょびしょだ。

 

俺はロースから酒瓶を受け取って、入り口を半分に切られたレモンに突き刺して魔法で凍らせ蓋をした。

 

飲みすぎだ、身体壊したら誰が治すと思ってんだ。

 

 

「なにするんですか坊っちゃん、飲めないじゃないですか」

 

「もうやめとけ、なんか奢ってやるから」

 

「んー、まー、じゃー、いいかなー」

 

 

ロースは木箱に突っ伏すメンチの頭の上に焼酎の瓶を器用に立て、赤いトサカをフラフラと右に左に揺らしながら先を歩いていく。

 

こいつ、最初は片腕と片眼なかったんだよな。

 

今みたいにリハビリテーション専門の人員もいなかったし、俺の再生魔法も未熟だったから、毎日毎日無茶苦茶なメニューでリハビリしてた。

 

カットラス振り回すのに失敗して頭のトサカが半分になったり、南町の商家の若旦那からロース宛に馬が贈られてきたり、メンチと喧嘩して骨折られたり色んな事があったなぁ。

 

思えば、付き合いも長くなった。

 

五年か六年か……もう小学生なら卒業するぐらいの時間を関わって生きてるんだよな。

 

 

「なあロース」

 

「なんすかぁ? やっぱり酒?」

 

「今度、ピクルス達やシーリィ達連れてうちに来いよ。息子と娘、抱いてやってくれ」

 

「えっ? なんですかいきなり」

 

「……いや、ひとつ子供達に早目に酔っ払いってものを教えておこうかなって」

 

「なんすかそれ!あたしはいい酔っ払いですよ!」

 

 

笑いながら言うロースに苦笑を返した。

 

俺とこいつらは友達って関係じゃないが、こっちでの人生の三分の一を間違いなく共に過ごした奴らなんだ。

 

なぜかはわからないが、魔法使いとしてのキャリアにはなんら影響しない縁だとはわかっていても……俺はなんとなく子供達に、この縁を繋いでやりたいという気持ちになっていた。




ペルソナもデスストもポケモンも、なんもできてません、今月の後半は仕事で東京、法事で名古屋です……

楽にしてくれ……

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