異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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単行本のカバーイラスト公開の許可が出ました。
それとコミカライズが本決定しました。
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第75話 一目でも 会いたい娘 医者になり 前編

夏の日差しの厳しいトルキイバの街で、私と妻は困り果てていた。

 

この都市で奴隷として働く娘のオピカから手紙を貰い、一目でも会おうとはるばる旅してきたのは良かったのだが……

 

中に入って大通りまでやって来てからは、この街のあまりの賑わいに圧倒されてばかりだった。

 

山のように木箱を積んだ造りのいい馬車がひっきりなしに行き交い、人々は昼間っから酒を飲んでうたを歌い、なんだかよくわからない美味そうなものに齧りついている。

 

田舎生まれの妻と私は、まるで感謝祭と収穫祭を一緒に開いたような賑やかさに惑わされて、一体どこへ行けばいいのかもわからない。

 

田舎者丸出しであちらこちらを歩き回り、気がつけば昼飯時も逃してしまっていた。

 

 

「トルキイバってのはえらいところだなぁ」

 

「人の多いところですよねぇ、オピカはどこにいるのかしら?」

 

「もうそこらへんの人に聞いてみようか」

 

「そうねぇ、こんなに人がいるんだもの、きっとオピカの知り合いもいるわよねぇ」

 

 

私は近くで壁新聞を読んでいた猪人族の男性に話しかけてみることにした。

 

 

「もし」

 

「なんだい山羊のおっさん」

 

「この街で働いている娘を探してるんだがね、オピカって女の子を知らないかい?」

 

「いや、俺は山羊人族に知り合いはいないなぁ」

 

「そうかい」

 

「その娘さんはどこで働いてんだい?」

 

「シェンカーって家で働いてるそうなんだけど」

 

「ああ、そんならシェンカー家の工場がすぐそこにあるよ。この通りをまっすぐ行って、突き当りを右」

 

「ご親切にどうもすいませんね」

 

「ありがとうねぇ」

 

「いやいや、さっさと会えるといいな」

 

 

いい人で良かった。

 

私と妻はさっそく大通りからその通りに入り、道の端っこをゆっくりと歩いて進む。

 

店も人も家の飾りも、地元じゃあ見たことのない物ばかりで、年甲斐もなくワクワクしてしまう。

 

赤備えの鎧を着た女だらけの冒険者の一団がいたかと思うと、ユニコーンに跨ったお姫様みたいな女の人が従者に轡を引かれて通り過ぎていく。

 

今すれ違った背中いっぱいに土竜の刺繍の入ったサーコートを着た銀騎士なんて、地面を引きずらんばかりの大剣を背負っていた。

 

凄いな、まるで話に聞いた演劇の世界のようだ。

 

 

「おまえ、なんだか凄いね」

 

「ねぇ、おとぎ話の国みたいね」

 

「あっちの屋台はさっき大通りで見た料理じゃないかな? どれ、ひとつ買ってみようか」

 

「あんまり高かったらいけませんよ」

 

 

看板に『ホットドッグ』と書かれた屋台は若い女の子が一人でやっていて、暇そうに椅子の上で足をぶらぶらさせていた。

 

もう飯時も過ぎたからかな、味に問題があるからとかじゃなきゃいいが

 

 

「ひとつおいくらかな?」

 

「いらっしゃい、銅粒三個だよ」

 

「おお、それじゃあひとつもらおうかな」

 

「あいよっ」

 

 

女の子は石粒みたいな魔結晶を鉄板型の魔具に入れ、その上に大きなソーセージをゴロンと転がした。

 

多分これを半分にして使うんだろう。

 

さすがに豊かな穀倉地帯の街とはいえ、肉まで安くなるわけじゃないからな。

 

 

「からしは?」

 

「普通はかけるのかい?」

 

「そっちのが人気だね、最近じゃあ『ホットドッグはぴりっと辛くなきゃホットドッグじゃない』なんて言うお客さんもいるよ」

 

「じゃあお願いしようかな」

 

「ああ。旦那、もしかしてこちらの人じゃない?ちょっと東の方の言葉だね」

 

 

女の子は器用な手付きで細長いパンにナイフを入れながらそう話す、私はそんなに方言が強かっただろうか?

 

 

「よくわかるね、ハナイエラの近くから出てきたんだ」

 

「へっへっ、あたしのコレが東の出でね。なんとなくだけど、わかるもんだね」

 

 

彼女はそう言いながら花の咲いたような笑顔でクイッと親指を立てた、きっと素敵な恋人なんだろう。

 

 

「しかしハナイエラっていやあ王都の近くじゃないの、なんでわざわざトルキイバに?」

 

「王都の近くって言ったってトルキイバに来るのも王都に行くのも距離は同じぐらいだよ、うちの周りはド田舎さ」

 

「そんなもんかい?」

 

 

話しながらも手は止まらない。

 

店員さんは二本の棒で焼けたソーセージを器用に掴んでパンに載せ、その上から刻んだ漬物のようなものを盛り付け、パン全体に波を描くように赤と黄色のソースをかけた。

 

 

「おいおい、こんな大きなソーセージ丸ごと使ってくれていいのかい? おまけしすぎじゃないか?」

 

「ん? ああ、旦那はトルキイバにはほんとに来たばっかりかい?」

 

「それはそうなんだが……」

 

「今この街はね、肉の街なんだよ。ダンジョン産の食肉が毎日山みたいに入ってきてんのさ」

 

「はぁ、ダンジョンの……」

 

「その元締がうち(シェンカー)のご主人様でね、だからシェンカー家の屋台や店では肉が安く食べられるんだよ」

 

「はぁ、シェンカーの……」

 

 

全然話が見えてこない、なんでダンジョンの肉が街に出回るのか、なんでシェンカー家がその元締めになれるのか。

 

真剣に考え込みそうになった私の背中を、妻がポンポンと叩いた。

 

 

「あなた、シェンカー家の方ですって」

 

「あ、そうか、聞いてみようか」

 

「なんだい?」

 

「いやね、実は私達はシェンカー家で働いている娘に会いにやって来ていてね、オピカって言うんだけど知らないかい?」

 

「オピカって『迷わず』のオピカかい?」

 

「迷わず……?」

 

「うん、有名人さ、鳥神の加護を持ってるって話なんだけど……」

 

「ああ! その子だ! 元気にしているかい!?」

 

「風邪引いたって話も聞かないよ」

 

 

良かった、まずは一安心だ。

 

しかし、有名人ってのはどういうことなんだろうか?

 

 

「娘に会うにはどこに行けばいいだろうかね?」

 

「シェンカー通りってとこにマジカル・シェンカー・グループの本部があるから、そこでチキンさんって人に聞くといいよ」

 

「そうか、ありがとう」

 

「あっち行くと中央の目抜き通りがあるから、それを向こう側に渡ってからまた人に聞いたらいい」

 

 

店員さんが指差す先は、さっき私達がやって来た方向だった。

 

この屋台に寄って良かったなぁ、危うく無駄足を踏むところだった。

 

 

「ありがとうねぇ」

 

「早く会えるといいね」

 

 

屋台の店員さんにもう一度礼を言い、私と妻は来た道をまた戻る。

 

歩きながら、ホットドッグを半分に割って妻と一緒にぱくついた。

 

ちょっとピリ辛なそれは大きなソーセージの肉汁がパンに染み出していて香ばしく、半分でも充分に満足だ。

 

同じ物をうちの地元で食べようとしたら、半銅貨は払わなきゃいけないかもしれないな。

 

 

「あら、あなた、あの人あんなにいっぱい……」 

 

「ん? おおっ! 凄いな冒険者の人は」

 

 

朱塗りの大槍を背負った男が、私達と同じホットドッグを腕一杯に山ほど抱えながら歩いていくのが見えた。

 

よく動いてよく食べる人達には、こういう安くてお腹が一杯になる肉料理はもってこいだろうな。

 

しっかり食べて、魔物をやっつけてくださいよ。

 

しかし、我ながら単純だ。

 

娘が無事だとわかったからだろうか。

 

さっきまでは歩いていてもなんとなく不安だったトルキイバという街が、今はなんだか無性に頼もしく思えた。

 

 

 

「オピカなら、今は病院の方に務めています」

 

 

マジカル・シェンカー・グループの本部で、オピカからの手紙を見せて会うことができたチキンさんは、まるで貴族の奥方のようにきらびやかな方だった。

 

紺色の絹の服を着て、髪を内巻きにした彼女の爪はオレンジ色に塗られている。

 

うちの地元の商会長の嫁さんは、夜会に出る時だってこんなに気合の入った格好はしないだろうな。

 

 

「病院、薬屋じゃなくてですか?」

 

「はい、当家にはお抱えの医師がおりまして、ご息女は今そこで医者になるための修行をしています」

 

「えっ、あの、じゃあうちの娘は将来お医者様になるということですか? 奴隷なんですよね?」

 

 

医者の技というのはその一族に伝えられる秘伝の技だ。

 

奴隷の身分で随分と自由にやらせて貰っているとは聞いていたが、まさかうちの娘がお医者様の弟子になるなんて……嫁入りでもしたんだろうか?

 

 

「うちの一家の従業員はみな奴隷ですよ」

 

「となると、あなたも?」

 

「そうです。とはいえ皆きちんと給料を頂いて働いていますので、市民の方とほとんど変わりませんが」

 

 

にこりと微笑む彼女の顔に暗さはない。

 

一体シェンカー家っていうのはどういう家なんだ?

 

 

「先程の質問ですが。医者の道で生きていくかどうかはご息女の決めることですが、とりあえず医者を名乗れる程度には技術を収めることになるでしょう」

 

「は、はぁ……」

 

 

医者の技を学んで別の仕事をする者なんているのか?

 

どうもこの街に来てから私の常識では測れないことばかりで頭が痛い、これもお医者様に見てもらうことはできないだろうか。

 

 

「今日明日はオピカを休ませるように書状を書きますので、ぜひこの街をご観光なすってください。観光地ではありませんが、面白い場所はいくつかございますので」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

チキンさんは流れるような手付きで美しい文字を書き、手紙に蜜蝋を押して渡してくれた。

 

うーん、娘と同じ年頃に見えるが、私よりもはるかに貫禄があってどうにも落ち着かんな。

 

私と妻はいそいそとその場を後にした。

 

なんだかトルキイバにやって来る前とは別の意味で娘の事が心配になってきた。

 

まさかもう子供を産んでいたりしないだろうな?

 

 

 

チキンさんのつけてくれたシェンカー家の案内人の方に連れられてやって来たのは、二階建ての大きな建物だった。

 

白く塗られたその建物の入り口の上には『医者』とだけ書かれた看板が掲げられている。

 

中からは小さく赤ん坊の鳴き声が聞こえてくる、はたしてここはまともな病院なんだろうか?

 

 

「ささ、入ってください」

 

「は、はぁ……」

 

「失礼します」

 

 

案内人に促されて中へと入ると、待合所になっている玄関ホールは人で一杯だった。

 

子供も大人も老人も、みんな長椅子に座って番号札のようなものを手に持っている。

 

なるほど、繁盛しているようだ。

 

 

「オピカいるかーっ!オピカーっ!」

 

「はーい!」

 

 

奥から現れた娘は綺麗な白い制服を着て、随分と垢抜けた様子だった。

 

最後に別れたときよりも背が伸びて、軽く化粧もしていて、髪もきちんと結い上げている。

 

大人になったなぁ。

 

 

「あーっ!お父さん!お母さん!」

 

「へー、あれがオピカの家族」

 

「優しそう」

 

「ひげ」

 

 

パタパタと駆け寄ってくる娘の後ろから、娘と同じ服装をした女の子達がぞろぞろとついてきた。

 

もしかしてあの子達はみんな医者見習いなのか?

 

だとするとここの医者は、こんなに沢山の女性を侍らせてるのか?

 

さすがに私だって親として文句の一つも言いたくなってきたぞ。

 

 

「お、オピカ、お前この病院に嫁入りしたのか? 他の奥さんにいじめられたりしてないか?」

 

「ちょっとあなた……」

 

 

妻は止めるが、どうしようもないことだとわかっていても聞かずにはいられないのだ。

 

男親は腰が座っていないとよく言われるが、たしかにそうかもしれない、不安で仕方がなかった。

 

 

「へ? 私が先生に嫁入り? なんで?」

 

「え、だってそりゃ……お前は医者になる修行をしてるんだろう?医者ってのは一族にしか技を伝えないから……」

 

「あ、いや、ここはそういうの大丈夫なんだよ、先生も奴隷だから」

 

「え? 奴隷? 医者が? なんで?」

 

「さあ? シェンカーってほんとに色んな人がいるから……音楽家とか、画家とか、あと数学家や薬学家もいるよ。どんな怪我や病でも治しちゃうご主人様だから、色んな人が集まってくるんだよね」

 

 

数学家や薬学家なんて、貴族に召し抱えられるような人種じゃないか。

 

 

「あなた、オピカも元は死病ですよ」

 

「あ、そういえば、そうだったな……」

 

 

そう考えれば、医者や学者が奴隷になることだって別におかしくもないか。

 

む、そういえば……

 

 

「オピカや、チキンさんからこれを預かってるぞ」

 

「え、チキンさんから?」

 

 

娘は私から封筒を受け取ると、早速封蝋を剥がして中身を読み始めた。

 

気づけば、騒がしくしていたからか、待合室の患者さんたちもみんな興味深そうにこちらを見ている。

 

なんとなく気恥ずかしくなって、皆さんに頭を下げた。

 

田舎者丸出しじゃないか、恥ずかしい。

 

 

「チキンさんが今日と明日お休みにしてもいいって。お父さん、お母さん、色んな所連れてってあげるね」

 

「いいなー」

 

「あたしも連れてってくれよ」

 

「めし」

 

「あなた達まで休んだら病院が開けないでしょ。じゃあちょっと着替えてくるから、待っててね」

 

 

手紙を読み終えたそう言って、仲間と一緒に奥へと引っ込んでいった。

 

私達夫婦と案内人さんは邪魔にならないように隅っこに立って待つ。

 

 

「この病院というのは、いつごろからあるのですかな?」

 

「建物自体は昔からありますけど、病院になったのは二週間前ですね」

 

「えっ、二週間前ですか!?」

 

 

案内人さんの言葉に驚いた私は大声を出してしまい、また周りの人達から視線を集めてしまった。

 

すいません。

 

 

「突然ご主人様が病院と託児所を作れって言い始めたんで、急いで作ったんですよ。ここ、前は宿屋だったんです」

 

「はぁー、そんな急に、それなのにもうこんなに繁盛しているんですか?」

 

「まあ、うちもこの街じゃそこそこ信用があるんで」

 

 

得意気に言う案内人さんは、羊人族特有のモコモコの毛をキザに櫛で撫で付けた。

 

 

「お待たせ〜、あれっ? トロリス、まだ帰ってなかったの?」

 

「あんたねぇ、あんたの親御さんを宿に案内するために待っててあげたんでしょうが」

 

「えっ、そうなんだ? ありがとう」

 

 

どうやら案内人さんとオピカはなかなか親しいようだ。

 

さっきの仲間たちもいたし、ちゃんと友達も作れているようで安心した。

 

 

「あのぉ、そんな宿までお世話していただいて……よろしいのですか?」

 

「いいんですよ、他の都市から来る商人のために常に開けてある部屋がいくつかあるんです。チキン筆頭奴隷の指示ですからお気になさらず」

 

 

案内人さんは涼し気な笑顔でそう言った。

 

 

「そうなんですか、本当にありがとうございます」

 

「オピカ、あとでチキンさんにきちんとお礼を言っておいておくれよ」

 

「わかってるよ」

 

 

オピカは握った右手の親指をビっと立て、私に微笑んだ。

 

どういう意味なんだろうか。

 

トルキイバで流行っているのかな?

 

 

 

病院からほど近い場所にあった宿はなかなか小綺麗なところで、一切食事を出さない代わりに客を安く泊まらせるという変わった商売をしていた。

 

いや、周りには食べ物屋が沢山あるし、それもほとんどがシェンカー家の店だ。

 

そっちで食事を取らせれば、宿には厨房を作らずにその分多く客を泊められる。

 

なかなか理に適ってるのかもしれんな。

 

その宿の鍵付きの戸棚に荷物を置き、娘と私達は日の沈み始めた街を歩いて夕食へと出かけた。

 

 

「トルキイバ名物が沢山食べられる店があるからさ、そこに連れてくね」

 

「名物料理か、となるとダンジョン産の肉料理なのかな?」

 

「そうねぇ、お昼も食べたわよね、ホットボーグってやつ」

 

「それってホットドッグじゃない? 違う違う、ここらの名物っていったら粉ものだよ、麦の料理」

 

「となるとパンかい? 麦の本場のパンはどんなもんだろうね、楽しみだ」

 

「王都のパンはそのまま食べてもほっぺが落ちるほど甘いらしいわよ」

 

「パンでもないんだよね、まあ楽しみにしてて」

 

 

娘に連れられ、見知らぬ街を歩いていく。

 

迷いのない足取りで進んでいくオピカのピンと伸びた背筋も、自信満々に張った胸も、履きこなしているかっこいいハイヒールも、私と妻の見たことのないものだった。

 

素直ないい子だったが、どことなく内気で優柔不断だった彼女はいつの間にか凛とした大人の女性になっていたようだ。

 

子供の成長というのは、親が思うよりもずっとずっと早いものだな。

 

 

 

「ここだよ」

 

 

シェンカーの本部や病院よりも、ずうっと都市の外縁に寄った路地にそれはあった。

 

看板も、屋号もない、ただの住宅街の一軒家だ。

 

 

「ここかい? ここは人の家じゃないのか?」

 

「中を改装して店にしてあるの。仲間の店だよ、大丈夫だから」

 

 

娘に手を引かれて中へと入ると、たしかに食べ物の香ばしい匂いがする。

 

店の中には奥まで続く細長いカウンター席があって、そのまた前に併設された細長い鉄板が、同じく奥まで続いていた。

 

 

「おうオピカ、誰か連れてきたのか?」

 

「うん、お父さんとお母さん」

 

「なにぃ!? トルキイバまで来てくれたのか?」

 

「そう、会いに来てくれたんだよ」

 

「へぇー、まあ奥に座れよ、いい酒出すから」

 

「ありがとう」

 

 

オピカの話している猫人族の女性もシェンカーの人なんだろうか?

 

筋骨隆々で見るからに荒くれ者って雰囲気だが、うちの娘はああいう人とも仲良くやれるようになっていたのか。

 

 

「おうい! オピカのおとっつぁんおっかさん! 奥に座んなよ! 別に取って食いやしないからさぁ!」

 

「あ、はぁ……」

 

「どうもすいませんね」

 

 

大きな声で招かれて、奥側のカウンターに三人で座る。

 

一体どういう店なんだろうか?

 

一番奥席にいる赤い髪の毛を逆立てた魚人族の女性は、大きな魚のムニエルを肴に酒を飲んでいるようだが……

 

ぼんやりと見つめていると、うちの娘が隣になったその人に挨拶をし始めた。

 

仲間の店と言っていたからな、知り合いなんだろうか。

 

 

「お疲れ様ですロースさん、すいません、お隣失礼します」

 

「おうオピカ、聞いてたぞ、良かったじゃないか」

 

「ありがとうございます」

 

 

はぁ、ロースさんというのか、雰囲気がある人だな。

 

 

「おいウォトラ!」

 

「へぇ、なんですかロースの姐さん」

 

「オピカの払い、あたしに付けときな」

 

「へぇ!」

 

 

なんだと!?

 

 

「えっ、あっ! ロースさん、すいません!」

 

「いいんだよ」

 

 

ロースさんはお礼を言いに立ち上がろうとした私と妻を手を振って制し、茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばして琥珀色の酒をズズっと飲み干した。

 

グラスをカウンターに置いて、ロースさんはオピカの頭に手を置いて私達に話しかける。

 

 

「オピカの親父さん、お袋さん、こいつは結構やるやつなんですよ」

 

「ちょっとちょっとロースさん、やめてくださいよ」

 

 

照れる娘の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、彼女は微笑みながら言葉を続けた。

 

 

「顔に似合わずやる気がある。今なんて、医者になろうと勉強してるんです」

 

「は、はい……」

 

「ありがとうございます」

 

前の現場(ちかのあな)では、みんなが助けられた。いい子ですよ」

 

 

優しい話し方だった。

 

思わず、涙が溢れた。

 

今日は色んな事があった。

 

再会なんてできないかもしれないと思っていた娘と、また出会えた。

 

自分の道を見つけ、優しい人達に囲まれて生きていることを知れた。

 

その上、目の前でこうも娘を褒められては、我慢なんかできるわけがない!

 

私は、目の前に置かれた酒を一気に飲み干した。

 

 

「トルキイバ焼きお待ちっ!」

 

 

平べったいやつ、うまい!

 

 

「タコ焼きお待ちっ!」

 

 

丸いやつ、うまい!

 

 

「お酒なくなっちゃったね、どうぞ」

 

 

娘が酌をしてくれる酒、うまい!

 

 

「これ、ご主人様が考えたらしい、ホルモン焼きそばってやつ」

 

 

なんか細長いやつ、うまい!

 

目の前の鉄板で焼かれる美食を、地元では飲んだこともないようないい酒で流し込み、気がつけば、腹は一杯、身体はへべれけ、頭はフラフラだ。

 

完全に飲みすぎた私はロースさんとウォトラさんにろれつの回らぬまま別れを告げ、娘に肩を貸されて宿へと帰った。

 

夢の中では、幼き頃の娘が肩車をせがんでいた。

 




なんかめちゃくちゃ長くなったんで分割しました。
後編はすぐだと思います。

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