異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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第1巻は12月28日発売です!
第1巻の宣伝は多分もう一回だけさせてもらいます。


第77話 スポーツは 夏でも秋でも 楽しいね

まだまだ暑いのに、暦の上では夏も終わりかけの今日このごろ。

 

俺達はトルキイバの外で穴を掘っていた。

 

トルキイバの西側の門に隣接するように作られた現場では、規模に見合わぬ大量の作業員がひしめき合うように作業をしていて大変な熱気だ。

 

大地にスコップやツルハシを入れては、出てきた石や土を人足達がモッコで運び出し、皆の力を一つにして地面の割れ目を少しづつ大きくしていく。

 

一応学園から予算が出た仕事なので、現場には魔導学園から超巨獣対策に派遣されたバイトの魔法使いが常駐していて、今も椅子にふんぞり返って退屈そうにタバコをふかしている。

 

板塀で遮蔽された現場の周りは警備部の人間と冒険者組の人間がぐるっと囲み、魔物どころか鼠一匹通さないような厳戒態勢が敷かれていた。

 

 

「穴の底は平らにすること、お前の背丈で縦に二人分は掘り下げてくれ」

 

「えっ! 人間を縦に二人分!? これってそんなに深く掘るんですか?」

 

 

甲殻製のヘルメットをかぶった長身の管理職ジレンは、そんな現場の端っこで俺の顔と設計書を交互に見ながら驚愕の表情で鉛筆を取り落とした。

 

 

「掘るだけじゃなくてプールみたいにちゃんと固めないと駄目なんだよ、この中に材料ぶち込んででっかい造魔を作るんだ」

 

 

そう、今掘っているのは大型造魔製造のための実験プール。

 

ここ一年ほどうちの研究室が右往左往する原因となっている、クラウニア王家の絡んだ『決戦用超巨大造魔建造計画』を一歩先に進めるためのものだ。

 

まだ王家からの勅令までには猶予はありそうだが、仕事の余裕は命の余裕だ、前倒しにしすぎて悪いという事はないからな。

 

 

「造魔をですか、そりゃ大変だ、ほんとに大仕事ですね」

 

 

ジレンは設計書に「ぞうま」と書き付けながら、特に大変だとも思っていなさそうな声音で言った。

 

そりゃそうだ、施工する側にとっては穴を掘るのが仕事で、掘った穴で何をするかなんてのはまるで関係のないことだからな。

 

ちょっとだけ脅かしといてやるか。

 

 

「もっと凄いことを教えてやろう」

 

「なんですか?」

 

「最終的にはトルキイバと同じ大きさの穴を掘ることになるぞ」

 

 

今回作る造魔は言うなれば巨人級、いや、サイクロプス級とでも呼ぼうか。

 

とにかく人の二倍程度の大きさしかない造魔なんだ。

 

『決戦用超巨大造魔製造計画』では、最終的には都市と同じ大きさの都市級まで作ることが決まっている。

 

なんせ決戦兵器だ、大きすぎて困ることはないだろう。

 

 

「トルキイバと同じ大きさ!? そんなことできるんですか!?」

 

「まあ作った造魔にも穴掘り手伝わせるつもりだから、そんなに大変じゃないと思うけどね」

 

「いや、それでもめちゃくちゃ大変だと思うんですけど……あ、痛っ、なんだか頭が痛くなってきた……」

 

「おいおい大丈夫か?」

 

 

 

ちょっと脅かしすぎちゃったかもしれん、悪いことしたかもな。

 

俺はジレンに再生魔法をかけ、後のことを念入りに頼んでから造魔バイコーンに跨り現場を後にした。

 

警備部や冒険者組の皆に挨拶をしてから街の門へと向かう道すがら。

 

ふと振り返ってみると、建設現場は夕闇の中で煌々と光を放っていた。

 

闇を切り裂く光。

 

自然の摂理に反したそれ(・・)は、動物から一歩はみ出した人間という種の、罪の象徴のように思えた。

 

前世だって、あの光さえなけりゃあ毎日定時退社できて、俺が死ぬこともなかっただろう。

 

いや、よく考えたら、ビルが台風で停電した日もガソリン発電機回して爆音の中で仕事をしていたな……

 

前言撤回だ、光に罪はない。

 

俺は前世のブラック企業の社長とは違って、働いてくれた分はしっかり金を払う人間だ。

 

ジャンジャンバリバリ、安心して働いてくれよな。

 

 

 

そんな穴掘りが始まってから二週間ぐらい後の事だろうか。

 

俺とローラさんは初秋のカラッと晴れた空の下で

、シェンカー一家の奴隷達と野球をやっていた。

 

長い髪をポニーテールにして、その上から革製のヘルメットを被った彼女はホームベースの左側でバットを握っている。

 

相対する俺はピッチャーとして、盛り土をしたマウンドの上でボールの握りを確認していた。

 

 

「この棒で飛んでくる球を打てばいいのかい?」

 

「そうですそうです、まず練習です、行きますよ〜! ほっ!」

 

 

俺の軸がよれよれのオーバースローによって放たれたボールは、ローラさんのストライクゾーンど真ん中を貫き、見事にキャッチャー役のイスカのミットへと収まった。

 

そのイスカの後ろに立っている審判がバッと右腕を上げる。

 

 

「ストライーク!」

 

 

よしよし、俺はコントロールには自信があるんだ。

 

 

「君ー!  今のは打っていい球なのかーい?」

 

「絶好球ですよ〜!」

 

 

コツは忘れてないみたいだな。

 

前世ではよく上司に付き合って行ったバッティングセンターで的あてゲームをやっていたのだ、球速はともかく、変化球だって使えるんだぞ。

 

 

「返球! いきますよー!」

 

「ラーイ!」

 

 

虎柄の尻尾を持つ虎人族イスカからの返球がズバッと来るが、こっちの方がよっぽどスピードがあるな……

 

ま、まぁ……俺は変化球五種類投げれるし。

 

 

「もう一球行きますよ!」

 

「来たまえ!」

 

 

お次もど真ん中だ。

 

左足を上げ、振りかぶって投げた。

 

カコンッ!

 

ローラさんが軽く振ったバットは軽やかな音を立て、ボールは俺の頭上を高く高く越えて、青い空へと伸び上がっていった。

 

 

 

事の発端はうちの双子の赤ちゃん、ノアとラクスのために取り寄せたテニス用のボールだった。

 

 

「君、赤ちゃんにこんなもの与えてどうするんだい? 握力でも鍛えさせるのか?」

 

 

ローラさんは白いボールを握りながら、そう言って首を傾げた。

 

そのボールは近い将来双子に渡すために集めていたおもちゃの籠の中にあったものだ。

 

うちの子はまだハイハイもできないが、まあ備えて悪いこともないだろう。

 

 

「いやいや、ボールの遊び方も色々あるじゃないですか、キャッチボールとか、野球とか」

 

「ふぅん、北では聞いたことはないが、ここらへんではそういう遊びがあるのかい?」

 

 

言われてハッとした。

 

そういえば、俺もそういうことをした記憶がない。

 

もちろんボール遊び自体はよくしたが、ボールといえばサッカーボールのような大きさで、野球ボールのようなものはなかった。

 

今回取り寄せたようなテニス用のボールもあるが、テニスは貴族の嗜みだ、そもそも平民の子供には縁のないものだ。

 

そうか、異世界には野球もないんだな。

 

 

「あ、いや、すいません……キャッチボールとか野球とかって、俺の前世の遊びでした」

 

「え? あ、なんだ、そうなのか……」

 

 

ちょっと残念そうな顔をしたローラさんは右手のスナップでポンとボールを上に投げ、また右手でキャッチした。

 

もしかして、ちょっと興味があったのかな?

 

 

「あ、いやもし良かったら……一回やってみます?」

 

「君の前世の遊びをかい?」

 

「ええ、ちょっとお遊びで。ローラさんも最近運動不足だって言ってましたし」

 

「そうだなぁ……ま、たまにはスポーツというのもいいかな」

 

 

彼女はまたボールを宙へと浮かし、左手で受け止めてからおもちゃ籠の中へと戻した

 

ローラさんが意味のない事をする時は機嫌のいい時だ、多分楽しみにしてくれてるんだろう。

 

趣味に生きている俺と違って、彼女は読書と剣と仕事で人生が完結してるからな。

 

大人になっちゃうとあんまり人と遊ぶって機会もないだろうし、今回は目一杯楽しんでもらいたいな。

 

 

 

それから一週間、俺は革職人にグローブとボールを、木彫り職人にはバットを作らせ、土木工事部には劇場建設予定地の整地をやらせた。

 

もちろん野球は十八人でやるもんだから、チームメンバーも選抜した。

 

魚人族のロースに鱗人族のメンチ、羊人族のマァム、その他諸々の冒険者組のメイン戦力に頼んで、残業代払って練習をしてもらった。

 

ケンタウロスのピクルスと鳥人族のボンゴもやりたそうにしていたが、色々問題が出そうだからメンバーには入れなかった。

 

ボンゴはピクルスがいないと意思の疎通が困難だし、ピクルスが打席に立ったらストライクゾーンが上すぎてキャッチャーが取れないしな。

 

 

 

そうして今日、こうして出来上がったグラウンドで、気の知れたメンツで、俺達は野球をやっていたのだった。

 

グラウンドの周りではなぜか集まってきた暇な奴隷たちが酒を片手に見物していて、呼んでもないのに屋台まで出ている。

 

いつの間にかお祭り騒ぎになってしまったが、まあいいだろう。

 

 

「もう一球ー!」

 

 

今しがたホームラン級の打球を飛ばしたばかりのローラさんは、なぜか首を傾げながら俺に投球を催促する。

 

まだ練習だからいいんだけどね。

 

外野から戻ってきたボールを握り直し、今度はさっきよりも力を込めて内角高目に投げた。

 

俺は最速95キロまで出したことあるんだ、さっきのはサービスだぞ。

 

 

「おっ」

 

 

コンッ!

 

彼女が気の抜けた声を出しながら軽く振ったバットは見事にボールを捉え、またもや俺の頭上を軽々と越えていった。

 

はは、は……ま、ローラさんは元軍人だし、プロみたいなもんだから。

 

 

「それではこれより、試合を始めます!」

 

 

俺はピッチャーマウンドに、ローラさんはバッターボックスに立ったままそう宣言すると、周りのギャラリーたちから大きな拍手が上がった。

 

 

「しゃーい!」

 

「坊っちゃん今日は勝ちましょう!」

 

「うぇーい!」

 

 

後ろの守備陣達からも元気な声が返ってくる。

 

よしよし、レクリエーションとはいえ試合だからな、勝つぞ今日は。

 

ヘルメットを目深に被ったローラさんが真剣な顔で俺の手元を見つめる。

 

俺はこっそりと握りを変え、振りかぶって投げた。

 

 

「なっ!」

 

 

バッターボックスの手前でわずかに沈んだ球は、ローラさんのバットの下をかすめてイスカの構えるミットへと入った。

 

へへへ、これが勝負の世界だ。

 

 

「曲がったぞー!」

 

「そういう技もあるということでーす!」

 

 

俺はニヤリと笑い、今度はカーブを投げ込む。

 

バッターボックスの前で球半分ぶんだけ左下に曲がったそれは思い切りバットで叩かれ、外野にホームランフェンスの代わりに置かれた木箱の上を軽々と越していった。

 

変化量が少なすぎて、ストレートと変わらなかったか……

 

 

「やったー!!」

 

「奥方様ー! さすがっすー!」

 

「これで一点だろ? 百点ぐらい入るんじゃないか?」

 

 

外野が好き放題なことを言っている間に、ローラさんはぐるっと塁を回ってホームイン。

 

ま、まあローラさんはノーカンだから。

 

あとの八人は素人だし、打席で打ち返せばいいだろ。

 

 

『二番、冒険者組所属、マァムく↑ん』

 

 

俺が教えた独特なイントネーションのアナウンスと共に、羊人族のマァムがバッターボックスに入ってきた。

 

さすがに野球素人にバッセンに行ってた俺が負けるわけがないし、こいつはサクッと三振だな。

 

 

「いくぞ!」

 

「はいっ!」

 

 

俺とキャッチャーのイスカは声を出してから頷き合い、必殺のスライダーを投げた。

 

バッターの手前で指一本分だけ左に流れたそれは気持ちがいいぐらいバットに食い込み、カコンッ!と爽やかな音を鳴らして外野の遥か向こうへと消えていった。

 

うーん……

 

これは……

 

 

「ピッチャー交代ー!」

 

「えー!」

 

「まだ二人目ですよー?」

 

「もっと粘ってくださいよー!」

 

 

奴隷達はなにか言っているが、これじゃあ試合にならんだろうが。

 

俺の変化球、後は遅い球がもっと遅くなるスローボールとノーコンになる火の玉ストレートだけなんだぞ。

 

 

「ていうかピッチャーの練習してるのご主人様と奥方様だけですよー!」

 

「任せとけって言ってたじゃないですか!」

 

「え、そうだっけ?」

 

「七色の魔球があるって言ってましたよねー!」

 

 

非難轟々だ。

 

困ってしまった俺の元に、観客席にいたピクルスとボンゴがやってきた。

 

 

「ご主人様!私達に任せてください。一週間みんなに混じって練習してました!」

 

「…………し……た……」

 

 

なんだと……!?

 

選手に選ばれなかったのに練習していてくれたのか……

 

うん、この熱意は他の何にも代えがたいのかもしれないな。

 

 

「よし! ピクルス、投げてみろ!」

 

「はいっ!」

 

 

俺はピクルスにグローブと球を渡し、イスカの方を向いて頷いた。

 

イスカは嫌そうな顔をしているが、ノーコンを心配してるのかな?

 

まあ俺ぐらいのコントロールを望むのは酷かもしれんが、その分このタッパからの打ち下ろしの球とスピードで補ってくれるだろう。

 

ストライクゾーン問題もあるから、代打は俺がやろう。

 

 

「試合再開ー!」

 

『三番、冒険者組所属、リーブラーく↑ん」

 

 

控え投手が肩を温めるブルペンなどないからな、いきなり本ちゃんのマウンドだ。

 

ピクルスは上半身を後ろにそらし、槍投げのようなフォームでストレートボールを投げ込んだ。

 

俺にはその球は全く見えず。

 

ただ『バゴンッ!』という破裂音が響いただけで、打者の持つバットはへし折れ、イスカと審判が後ろに仰け反って倒れていた。

 

 

「イスカーッ!」

 

「のびてます」

 

 

恵体のケンタウロス、ピクルスが投げる球は、野球をやるには速く、強すぎたらしい。

 

 

「ピクルスーッ! 退場ーっ!」

 

「えーっ!」

 

 

俺は目を回すイスカに再生魔法をかけながら、苦渋の決断でピクルスに退場を言い渡した

 

さすがに試合が成り立たなくなる剛速球は駄目だ。

 

 

「ピッチャー代わりましてボンゴ!」

 

「…………う……ん……」

 

 

俺はイスカの代わりに装備をつけ、そのままキャッチャーだ。

 

 

「この中に入るように投げろよー!」

 

 

バッターのストライクゾーンを空中に魔法で書いてやると、ボンゴは小さく頷いた。

 

彼女は大きく振りかぶって、体中をしならせるようにして球を放つ。

 

『ドパン!』と快音がして、思わずキャッチャーミットから前にボールが溢れる。

 

慌てて拾い、投げ返した。

 

 

「ストラーイク!」

 

 

結構球速あるな、バッセンで120キロ打ったときと同じぐらい怖かったぞ。

 

二球目は内角ギリギリだ。

 

バッターは見送り。

 

三球目は外角低めで、バッターは空振りで三振だ。

 

ここまで三球、安定してストライクゾーンに入ってるな。

 

 

「バッターアウト!」

 

「あちゃー」

 

 

口髭を生やしたおじさん冒険者のリーブラーは、首を傾げながらベンチへと戻っていった。

 

そこからは残り二人も凡退で、あっという間にチェンジだ。

 

 

「ボンゴやるじゃん。練習しててくれたんだ?」

 

「…………ほ……め?」

 

 

ベンチに行くドヤ顔のボンゴの頭をガシガシと撫で、俺はバットを持って打席に立った。

 

今日は俺もローラさんも一番打者でピッチャーなんだ。

 

俺はピッチャーの方は勇退したけどね。

 

 

『一番、オーナー、サワディく↑ん』

 

 

ピッチャーマウンドに立つローラさんがキャッチャーのメンチと視線を交わし、ニヤリと薄く笑って第一球を投げた。

 

キャッチャーミットから『パァン!』といい音がする。

 

 

「ボール」

 

 

ボンゴと負けず劣らずの速さだが、コントロールはそれほどじゃない。

 

バッセンで鍛えた粘りを見せてやる……

 

 

「バッターアウト!」

 

 

結局ボールにバットが当てられず、涙の三振だった。

 

やっぱほんとに運動やってる人には勝てないわ。

 

しかし次とその次のバッターはヒットを打ち、ワンアウト一塁二塁で四番打者が出た。

 

 

『四番、冒険者組、ロースく↑ん』

 

「姐さーん!」

 

「打ってくれー!」

 

 

打席でバットをくるくると回す魚人族のロースに、周りから声援が飛んだ。

 

うちの軍の真っ赤なユニフォームが彼女の赤髪に合っていて、とても華のある選手に見える。

 

一球目は内角低めのボール球を見送り、二球目はど真ん中のストライクだが、これを見逃し。

 

三球目、外角低めを狙ってきた速球をすくい上げるように打ち、打球は風に吹かれる凧のようにホームランフェンスを越えていった。

 

 

「っしゃあ!」

 

 

ロースは腕を上げたままホームを周り、これでこちらが一点リードとなった。

 

しかしボールが悪いのかな?

 

野球ってこんなにバカスカとホームランが出るようなスポーツじゃなかったよな。

 

 

 

その後はお互い打って打たれての乱打戦が続き、外から見る分にはかなり面白いゲームになった。

 

ただ中でやってる俺はもうヘトヘトで、ボールは落とすわ取りそこねるわ、思いっきりチームの足を引っ張ってしまった。

 

そして九回裏、十三対十点、ツーアウト無塁の状況で、またうちの嫁さんと四番打者ロースの勝負の場面がやってきた。

 

この二人はこれまでの打席でずっといい勝負を続けてきていて、球場も本日最高の盛り上がりを見せていた。

 

 

「ロース打て打て打てーっ! 金貨賭けたぞーっ! 金貨だぞーっ!」

 

「頼んます姐さん頼んます!」

 

「奥方様ーっ! お願いしますっ! 今日の飲み代ーっ!」

 

「後ろの奴らーっ! もし打たれても死ぬ気で取れよーっ!」

 

 

客席からの悲痛な叫びに、ロースはビッと手を振って応え、うちの嫁さんは視線も向けずに口の端でニヤリと笑っただけだった。

 

ていうか客席の奴ら、身内とはいえ軍人さんに対してそんなフランクに接するなよ!

 

俺がハラハラすんだよ!

 

そしてローラさんが顔の汗を拭い、ぐっと振りかぶって投げた一球目はロースの顔面のほぼ真横。

 

 

「ボール!」

 

 

暴投なのか挑発なのか判断しかねる剛速球に、しかし四番の魚人族ロースも微動だにしない。

 

客席は盛り上がるが、マウンドの周りはむしろさっきよりも静かになっていた。

 

緊張の中放たれた二球目は、内角高目のギリギリ。

 

 

「ストラーイク!」

 

 

打者のロースはピクッと動いた気がしたが、振らず。

 

単なるヒットでは終わらせないという事なのだろうか。

 

三球目、低めのボール球。

 

 

「ボール!」

 

 

そして四球目、また低めのボール球。

 

 

「ボール」

 

 

スリーボールワンストライク、皆が固唾を呑む状況の中を投げられた五球目は、内角の高め。

 

低いボールが続いたあとの手元の高いボールを、ロースのバットは詰まり気味ながらもきちんと捉えた。

 

カコンっという気の抜けた打撃音と共に転がり始めたそのボールに、投手のローラさんが飛びついた。

 

勢い余って前転をするもすぐに持ち直し、膝をついたまま一塁へと送球する。

 

走るロースが早いのか、うちの嫁さんの送球が早いのか、その戦いはほんの数秒の事だった。

 

一塁手は塁に頭から突っ込んだロースにグローブを当てていたが、審判のサインはセーフ。

 

 

「いやったああああああ!!!」

 

「うわああああああ!!」

 

「酒が飲めるぞーっ!!」

 

「ああああああああっ!」

 

 

悲喜こもごもの観客席をよそに、五番打者はきっちり三球でアウトになり、ゲームセットだ。

 

勝利したチームが勝鬨(かちどき)を挙げる中、投手のローラさんと四番打者のロースは、身分の垣根を越えた握手をがっちりと交わしていた。

 

俺は全然活躍できなかったけど、ローラさんが楽しめてたなら良かったな。

 

今後野球をやる事があっても、俺はオーナー業に専念しよう……汗を流すのは、インテリの俺には向いてないんだわ。

 

なんて、このときはそう考えていたのだが。

 

結局俺はこの後も、予想外に大流行した野球の試合にローラさんに連れられてしょっちゅう向かう事になるのだった。

 




なんかめちゃくちゃ難産だったので、そのうちこの話は改稿するかもしれません。

ロースとローラさんがややこしくて四苦八苦しました

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