異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

昨年は12月28日に無事書籍が発売されました。
これもひとえに皆様のお陰でございます。
本当にありがとうございます。

本当は発売日に更新をする予定だったのですが、仕事が凄くて手も足も出ませんでした。
今年はもう少し計画的に小説を書き溜めていけたらなと思っています。


第78話 異世界は なにが流行るか わからない

秋の夜長で光熱費が増えてきたこの頃、俺は研究室に籠もりきりになっていた。

 

 

「この回路を励起させれば……左腕が動く、と……」

 

 

トルキイバ魔導学園、造魔研究室の主であるマリノ教授が操作魔具に魔力を通すと、研究室の机の上に立つ小さなホムンクルスの左手がぎこちなく持ち上がった。

 

ホムンクルスの首元には板のようなものが差し込まれていて、そこから伸びたケーブルは複雑に絡み合いながら操作魔具へと繋がっている。

 

 

「その回路は上腕の筋肉を収縮させるためのものなので、肘関節が屈曲するだけです」

 

「これを維持したまま他の回路も操作しなきゃ駄目なのかい? 難しいねぇ」

 

「まだまだここから動作を定型化していきますから」

 

 

従来の造魔よりも飛躍的に寿命が伸びた魔結晶造魔が自我を獲得してしまう問題に対し、進退窮まった俺が打ち出した解決策が、この机の上のホムンクルスなのだった。

 

自我や思考を形成する脳をバイパスし、直接術者が動きをコントロールするという……造魔のウリである自律行動を完全否定した代物だ。

 

名付けて、リモートコントロール造魔。

 

まあそれじゃあわからんだろうから、操縦型造魔とでもしておこうか。

 

 

「しかし、結局造魔の自我獲得については予定期間中に解明できなかったね」

 

「しょうがないですよ、考えようによっては造魔も生き物だと言えますから。生命の神秘を解き明かそうだなんて、僕らの手には余ることです」

 

 

マリノ教授は机に置いてあったマグカップを手に取り、冷めたお茶を一口飲んだ。

 

 

「よくわかってもいないようなものを、作って、使って、あまりいいことではないんだろうね」

 

「それを言いだしたら魔法だって謎だらけなんですから、きりがないですよ。なんだって中身はともかく使えればいいんです、使えれば」

 

「気楽だなぁ、それが商家流かい?」

 

「下民流ですよ」

 

 

俺の答えにマリノ教授は口の端を曲げて渋く笑い、胸ポケットから取り出した官製煙草に火を付けた。

 

 

「そういえば、君また何か始めたんだって?」

 

「なんですか?」

 

「ほら、なんか人を集めて球遊びをやってるらしいじゃないか。闇魔法学の教授が、あれはどういう遊びなんだって不思議がってたよ」

 

「ああ、野球ですか。あれはまぁ……嫁さん孝行みたいなもんですよ、ローラさんが運動不足だって言うので考えたんです」

 

「そのためにあんな大掛かりな事をしたのかい? 君は根っからの道楽者だね」

 

 

教授が笑いながら吐き出す紫煙を逃がすために窓を開けると、夕焼けに染まった街から気持ちのいい秋風が吹き込んで来る。

 

ふと気配を感じて空を見上げると、真っ赤な空に真っ白な竜が飛んでいた。

 

超巨獣を駆除した帰りだろうか。

 

せっかちそうな白翼竜が、夜を引っ張るように東へと飛んでいくのを、俺はボーッと見つめていた。

 

 

 

とある秋晴れの日、俺はシェンカー一家の警備部からの陳情を受けて野球場へとやって来ていた。

 

何やら連日野球場に来て、騒ぎまくっている身なりのいい女がいるらしく、多分貴族だろうから対応をお願いしますと呼び出されたのだ。

 

 

「で、どこにいるんだ、その女ってのは」

 

「あの審判の後ろの柵のところにいらっしゃる方です」

 

「バッターッ!! 打て打て打てーっ!! 死んでも打てーっ!!」

 

 

困った顔で眉根を寄せた警備部の長、ルビカが指差した先では、たしかに見るからに貴族っぽい格好の女がいた。

 

球場で売っている酒を片手に、フェンスにしがみつくようにしてバッターへと声援を送っていた。

 

ウェーブする銀色の長髪、琥珀色の勝ち気な目、そして途方もなくデカい声。

 

俺はあの女を知っている。

 

この街で一番有名な騎士団員、白翼竜の主、一年中減給処分中の女、テジオン家の拡声器、どうぶつ喫茶の出禁者第一号。

 

トルキイバの白の竜騎士……『星屑』のアルセリカ・テジオン嬢だった。

 

 

「テジオンさん、どうもお久しぶりです」

 

「あっ、スレイラ家の婿じゃない!」

 

「はぁ、どうも」

 

 

アルセリカさんと俺は一昨年ぐらいからの付き合いだ。

 

俺とローラさんの結婚式に出席していただいたことが縁で仲が始まり、以前からうちの冒険者組が助けて頂いたりしていたので季節の贈り物などをするようになったのだ。

 

彼女はアクティブかつ超豪快で、俺の経営する喫茶店であるアストロバックスに唐突に出没したり、同じく俺の経営するどうぶつ喫茶から猫を持ち帰ろうとして出入り禁止になったりしている、いわゆる問題人物なのだ。

 

 

「どうぶつ喫茶といいここといい、この街の面白そうなことにはみんなあんたが関わってんのね!」

 

「ええ、まぁ……」

 

「空からここが見えてね、何やってんのかずーっと気になってたのよ! そんで来てみたら面白そうなことやってるじゃない!」

 

「あ、どうもありがとうございます」

 

 

俺がガンガン絡んでくるアルセリカさんをどうにも扱いかねているのには、貴族力学的な理由があった。

 

彼女は騎士団員で陸軍で言えば少尉相当官なのだが、うちの嫁さんは元少佐で彼女より上、俺は今の所階級なし。

 

ただ爵位でいうと彼女は男爵家、うちの嫁さんは爵位なし、俺は騎士相当だ。

 

アルセリカさんはうちの嫁さんにはなんとなく頭が上がらないけど、俺はなんとなくアルセリカさんに頭が上がらない、そんな関係なのである。

 

もちろん無理は突っぱねることもできるけど、別にそこまで無茶苦茶は言わないし、敵対したいような相手でもない。

 

言うなれば俺にとって彼女は、絡みの薄い地元のヤンキー先輩的存在なのだった。

 

 

 

これ(やきう)、あんたが考えたわけ!?」

 

「ええ、まぁ、だいたいは……」

 

「やるじゃない!! 投手と打手の真剣勝負、騎士道精神を感じるわ!!」

 

 

声クソでけぇ。

 

耳がキーンとしてきたので、こっそり回復魔法をかけた。

 

 

「それでね! ちょっと頼みがあるんだけど!!」

 

「はぁ、なんでしょう?」

 

「私もあれ! やりたい!」

 

 

彼女はそう言いながら、バットのスイングのジェスチャーをした。

 

何も持っていないのに風圧がすごい。

 

 

「はぁ……」

 

 

ちらりとグラウンドを見るといつの間にか試合は止まっていて、選手も客も、みんなが心配そうにこちらを見つめていた。

 

 

 

 

「じゃあ、行きますよー! 三回ストライクで終わりですからねー!」

 

「わかってるわよー!! 全力で投げるのよー!!」

 

 

急遽マウンドに上がった俺は、グローブの中でボールの縫い目を確かめていた。

 

さすがに貴族の相手を選手たちにはさせられない。

 

貴族と平民は交わってはいけない。

 

たとえそれが遊びであろうと、貴族が望んだことであろうと、貴族を負かせた平民を待つのはおそらく破滅だろう。

 

貴族を打ち倒すような平民を他の貴族は許さないし、他の平民だって望まないのだ。

 

 

「プレイボール!」

 

 

俺は目配せを送ってくるキャッチャーへと頷き一つを返し、オーバースローで全力投球した。

 

アルセリカさんの顔のすぐ横に投げ込んだ。

 

俺はコントロールにだけは自信があるんだ!

 

変化球だって五種類投げれるしな!

 

ミットからはスパンッ! といい音が鳴るが、彼女は完全にボールを目で捉えていて、微動だにしない。

 

二球目、ストライクゾーンど真ん中に全力球。

 

 

「ストライク!」

 

 

アルセリカさんはバットを振ったが、タイミングが合わず空振りだ。

 

続いて三球目。

 

カコッ!

 

 

「しゃーっ!!」

 

 

外角低めに投げたストレートをすくい上げるように打たれ、ボールは快音とともに外野の頭を超えて飛んでいった。

 

俺は負けた。

 

が、それ一回で解放されるようなこともなく……

 

 

「もっかーい!!」

 

 

当然のようにもう一度バットを掲げて投球を催促するアルセリカさんに向けて、俺はヘロヘロな魔球を一生懸命投げ込んだのだった。

 

 

 

何度ホームランを打たれただろうか、ちょっと肩が疲れるぐらいにボールを投げまくった俺に、アルセリカさんからお呼びがかかった。

 

 

「ちょっとーっ!」

 

「はいはい、なんですか?」

 

 

バッターボックスの方に歩いていくと、爽やかな笑みを浮かべた彼女に小声で話しかけられた。

 

小声と言っても、アルセリカさんにとっての小声ってだけだ、飲み屋のオッサンより余裕でうるさい。

 

 

「あの鳥人族の子の球も打ってみたいんだけど」

 

「えっ、うちのボンゴのですか? 駄目ですよ、駄目駄目」

 

 

さすがにこんな遊びで奴隷達に命を賭けさせるわけにはいかない。

 

三振取って無礼討ちとかされたらたまらんぞ。

 

 

「そうは言ってもあなた達はいろんな子達と勝負してるわけじゃない? ずるいわ! なんとかならないの?」

 

「つっても僕はあの子の身内なんで……」

 

 

いー!と歯をむき出しにする彼女には悪いが、身内が最優先だ。

 

やりたいなら騎士団で勝手にやってくれよ。

 

 

「今度うちの隊員も連れてこようと思ってたのになぁ……他のみんなも空から見て気になってるみたいなのよね」

 

「これは庶民の遊びですよ、勘弁してくださいよ」

 

「そうは言っても面白そうなものは仕方ないじゃない! あの観客達だって勝手に集まってきたんでしょ? 面白いものは何であれ人を集めるのよ!」

 

「ひぇー……」

 

 

無茶苦茶だ。

 

しかし、俺はこの世界の娯楽の層の薄さを舐めていたのかもしれないな。

 

この間のローラさんとの試合から、俺は奴隷達に野球を練習しろなんて一言も言ってないんだ。

 

それなのに非番の奴らが勝手に集まって遊んで、それに観客まで勝手に湧いて出てきて、今度は騎士団の人まで混ざりたいと言ってきた。

 

そういえばこの間は造魔研究室のマリノ教授にも野球の話を振られたんだったな。

 

体育会系ど真ん中の騎士団ならともかく、インドア系の巣窟である魔導学園の教授にまで噂が回ってるとなるともう駄目だ。

 

俺の厄介事センサーがめちゃくちゃに反応してる。

 

大事になる気配がビンビンだ。

 

 

「わかりました! 考えます!」

 

「やっていいってことね! おーい鳥の子ー!」

 

「違いますよ!! 考えるって言ってるでしょ!」

 

「あなたの話って小難しいのよ! これだから学者ってのは……!」

 

「とにかく! 近日中に騎士団の方に書面で回答しますから、上司の方と一緒によく読んで、それから返事してくださいね」

 

 

子供に言って聞かせるように話す俺が気に食わないのか、アルセリカさんは頬を膨らませるようにして顔を歪ませ、自らの不機嫌さをアピールしている。

 

彼女はひとしきり唸ってから、下唇をべっと出してそっぽを向いた。

 

この人たしか小隊長だから部下だっているんだよな、騎士団も大変だなぁ……

 

 

「わかったわよ! 出直せばいいんでしょ!!」

 

「明日来ても駄目ですよ!」

 

「明日出勤だから……三日後は?」

 

 

ドヤ顔で聞くアルセリカさんだが、やっぱり全然話がわかってない。

 

 

「手紙が届くのを待ってくださいよ! 絶対ですよ! 上司の方と一緒に読んでくださいよ!」

 

「しょうがないわね! 早めにね!」

 

 

一応念押しして言うが、果たして彼女は帰るまで覚えているのかどうか甚だ疑問だ。

 

手紙はトルキイバ騎士団の団長宛てに送ることにしよう。

 

グッと俺と握手をし、なぜかバットを持ったまま帰っていったアルセリカさんを見送り、自然と大きなため息が出た。

 

面倒だけど、これから野球に貴族が絡むなら最初に専用のルールをしっかり作らないとまずい事になるだろうな。

 

なんせ貴族の勝ち負けとなれば、関わるのは家と家だ、野球で揉めて内戦勃発なんて話になれば大変なことだ。

 

やだなぁ……

 

心底面倒くさい……

 

意気揚々と去っていった銀髪の竜騎士とは対象的に、俺は背中を丸めたまま、糠に漬けた茄子のようにしなびた顔で家へと帰ったのであった。

 

 

 

何事も、やると決めたら早いほうがいい。 

 

帰ってすぐ、俺は騎士団へと「細かいルールを決めるから、野球はしばらく待ってくれ」と手紙を出した。

 

そしてその翌日から、俺は妻のローラさんと一緒に各所を駆け回り、貴族のための野球ルール制定に尽力し始めたのだった。

 

野球の方のルールは俺が決め、貴族の面子問題についてはトルキイバにいる大物貴族たちに意見を求めて回る。

 

貴族からの横槍を防ぐには、別の貴族を使うのが一番手っ取り早いからな。

 

魔導学園の学園長に、ローラさんの親戚に当たる俺の指導教官でもあった名高い英雄エストマ翁、そしてたまたまアポイントが取れたトルキイバ領主のスノア伯爵……のご子息。

 

その他多数のそうそうたるメンツから、貴族の揉め事の事例や、それに関する意見、そして作成するルールブック原本への認め書きを頂いた。

 

ルールブックの内容は選手の引き抜き規定、報復規定、ノーサイド精神、審判の選出規定などなど、ほとんどスポーツマンシップの解説書のような内容となった。

 

そして『貴族野球御作法』と名付けられた一冊の原本が完成した頃には、もう季節は秋の終わり。

 

秋の祭りにはまるでタッチできず、奴隷達のお楽しみ企画である秋の大運動会ではあまりの激務に寝落ちしてしまい、嫁さんに叱られた。

 

しょうがないだろ、毎晩毎晩研究室か巨大造魔の作製現場に泊まり込んでたんだから。

 

ぶっちゃけ、もしかしたら今世で一番忙しかった時期かもしれない。

 

働きすぎで頭に十円ハゲできちゃったもん。

 

しかしそのおかげで、なんとか冬が来る前にトルキイバ騎士団の団長へと『貴族野球御作法』の写しを渡すことができ、俺は胸を撫で下ろしていた。

 

本当に自分の厄介事センサーを信じていて良かったと思う。

 

なぜならその頃、街は大変なことになっていたからだ。

 

 

 

 

『それでは、これよりシェンカー大蠍団(スコーピオンズ)と西街商店街緑帽軍団(グリーンキャップス)の試合を始めます』

 

「やったれー!!」

 

「今日はロースはダンジョンで仕事だー! 勝てるぞー! 西街ー!!」

 

「あエールぅ〜おつまみぃ〜」

 

「布屋ーっ! 元兵隊の意地見せろよーっ!」

 

「選手ぅ〜姿絵ぇ〜ぇ〜えぇ〜」

 

「予想どうだ! 予想売るよ! 選手の調子の情報揃ってるよ! 予想売るよ! 予想どうだ!」

 

「酒屋ーっ!! 負けたら酒の仕入れ変えるぞー!!」

 

 

今日は俺がオーナー兼名誉投手を務めるシェンカー大蠍団(スコーピオンズ)と、西街商店街の有志が立ち上げた草野球チームの試合が行われていた。

 

西街チームはほぼ素人だが、元兵士や冒険者をやっている店の倅なんかがいて意外と油断ならないらしい。

 

さっき予想屋が言ってた。

 

外もめっきり寒くなってきたというのに、球場は客でいっぱい。

 

それも客は町民ばかりじゃなく、明らかに貴族っぽい人達もちらほら混ざっている。

 

おそらく一生懸命変装したんだろうが、どの人も服が新品で上等すぎて周りから完全に浮いてしまっていた。

 

平民の遊びを貴族が見に来るというのだけでも異常事態なのだが、問題はそこからさらに踏み込んだ貴族達が何人もいたことだ。

 

なんと秋の間に貴族がオーナーの野球団が二つ立ち上がり、そいつらが平民に混じって試合を始めたのだ。

 

すでにうちのチームとも当たっていて、結構強くて普通に負けちゃったそうだ。

 

そして騎士団は騎士団で全員が貴族の球団を立ち上げ、二手に分かれて紅白戦をしているらしい。

 

まだ局地で盛り上がっているだけとはいえ、その盛り上がり方が半端ではない。

 

真紅に染めて背中じゅうに蠍の刺繍を入れたユニフォームのレプリカが、結構な値段なのにゆっくりと売れていっているらしい。

 

うちの野球場にナイター設備を設置して、練習のために昼と夜の貸し出しをし始めたんだが、そっちも意外と儲かってしまっているらしい。

 

なんだろうか。

 

歌劇なんかと違って誰でも無料で見れるのが良かったんだろうか。

 

それともこの都市で初めて行われた大規模なスポーツってところがウケたんだろうか。

 

俺は正直いって、野球がここまでトルキイバの人達を夢中にさせるとは思っていなかった。

 

ゆっくりと、何かとてつもなく大きなものが動き始めているような気がするが、俺にはこれ以上何もできることはないだろう。

 

ルール制定という手を打った以上、あとは流れに身を任せるだけだ。

 

冬のトルキイバ、夏秋の祭りも終わり、野良仕事も一段落、元々娯楽に乏しかった時期だ。

 

そこに野球という燃料を焚べられたこの街は、静かに、しかし高い温度で確実に燃焼を始めていた。




野球の話苦手な方はごめんなさい。

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