異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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大変お待たせしました。


第79話 まぼろしの おでん屋台を 追いかけて

木枯らしの吹くトルキイバの街で、近頃とみに流行っているものが二つある。

 

それはおでんの屋台と野球場だ。

 

おでんってのは、なんか噂によると鍋物らしい。

 

数量限定の試験販売で、サッと売り切っては感想を聞いてどこかへ消えちまうんだそうだ。

 

俺の勤めてるシェンカー家の屋台だって話なのに、俺はもちろん周りの仲間にだってありついたってやつはそう多くない。

 

屋台のやつも、同じ家に仕えてんならどっかで試食会ぐらいやってくれたっていいだろうよ。

 

妙な風味がしてそんなに美味いわけじゃないとは聞いたが、そんなもん、実際に食ってみないと気が済まねぇよな。

 

そんなことを考えて悶々としながら、勤め先の革工場で野球グローブを縫っていた俺の前に、飲み仲間のお調子者、猫人族のレプスがやってきた。

 

 

「よおクラフト、真面目にやってるか?」

 

「おめぇも飽きずによく来るなぁ」

 

 

こいつは鉄工部の人間なんだがうちの工場の事務の子に熱を上げてて、休みのたびにこうして土産片手に遊びに来るんだ。

 

えらい別嬪さんだから、通ってくる輩はこいつだけじゃないんだけどな。

 

当の本人は「茶菓子に困らない」って笑ってたぜ。

 

 

「こんなとこに油売りに来ないでよぉ、鉄屋は馬蹄でも作ってたらどうだ」

 

「馬蹄なんて古い古い、うちの工場は今線路の部品作ってんのよ。街の外の穴掘り現場に自動トロッコを通すんだとよ」

 

「あぁ? なんだそりゃ」

 

「ちっこい列車みたいなもんなんだと」

 

 

そんなもん勝手に作って大丈夫なのか?

 

うちのサワディ様も、街の外だからっていよいよやりたい放題だな。

 

 

「穴掘りで出た土をそれで運んで、魔法使い様方とうちの土木衆で煉瓦にするんだそうだ」

 

「へぇー、シェンカー大通りでやってる工事に使うのかね。本部の真ん前にでっかい建物作るんだろ」

 

「あそこはいっつも工事してっからなぁ……あ、そういや今日ここの近くでおでん屋台が出たってよ」

 

「ほんとかっ!?」

 

「柿の木辻を南に向かったのを見たって、さっきそこで会った郵便のラルネーが言ってたぜ」

 

「いよいよ読めなくなってきたなぁ、夜だけじゃなくて昼間も出るとは思わなかった」

 

「まぁ今日は夜に街を歩き回らずにすんで良かったじゃないか。鱗人族のクラフトくんよ、君ら寒さに弱いんだろ、風邪でも引いたらコトだぜ」

 

「俺は風邪引いてだって食いたいんだよ!」

 

「おーおー、おっかねぇ」

 

 

そう思っているのは俺だけじゃないだろう。

 

トルキイバの人間ってのは新しい物好きが多いからな、ここ最近は噂のおでん屋台を一目見ようって若い衆が夜の寒い中をぐるぐると練り歩いてるんだ。

 

なんせおでん屋台ってのは鍋一つを売り切ったらぷいと消えちまうらしいから、だいたい一日に食える客は一組か二組程度。

 

つまり冬の間に食えるのは百……二百……あれ?

 

何人だ?

 

数字は苦手なんだよな。

 

まあともかく、そういう貴重なもんを食ったとなりゃあ食い道楽の仲間内でも名が上がるってもんだ。

 

それによ、何よりも……

 

 

「夏の氷菓子屋台と同じ(てつ)は踏みたくねぇからな……」

 

「ああ、お前そういや夏にも同じようなことやってたな。なんだっけか、アイス……なんとかって屋台だったな。秋前に消えちまったやつ」

 

「アイスキャンディーだ! 毎晩毎晩探し続けたのに結局食えなかったんだよ! 俺ぁ仲間と本部前で朝まで張り込みまでしたのによぉ……」

 

「あの頃は俺らもここに来たばっかりだったからなぁ……今は土地勘だってあるんだし大丈夫だろ?」

 

「土地勘ぐらいで幽霊屋台が捕まるかよ、夜廻り連中の中には地元の奴も沢山いるんだぞ」

 

「男が大勢集まって屋台探したぁご苦労なこったぜ。何がお前らをそこまで駆り立てるのかは知らんが、せいぜい頑張れや! 俺は鍋なんかよりもあつーい一時を、愛しのメイソンちゃんと過ごしてくるぜ」

 

 

バカのレプスはそんな事を言いながらしっぽを揺らし、調子外れの鼻歌を歌いながら消えていった。

 

くそっ! 余計な話しやがって。

 

アイスキャンディーを食い逃した悔しさが蘇ってきて、しっぽの付け根が痒くなってきやがったぞ。

 

鱗付きはいやしい(・・・・)ってよく言われるけど、ほんとにそうかもな。

 

俺もこと飯の話になるとどうにも諦めがつかねぇ。

 

自分が来る前にあった幻の屋台の話なんかを聞くと、それがもう食いたくなってしょうがないんだ。

 

そう、シェンカーの試験販売ってのは何も今季急に始まったってわけじゃねぇのよ。

 

古参の鱗人族のメンチさんによると、春にはアメリカンドッグとかいうソーセージのドーナツみたいなのの屋台が出てたらしいんだよな。

 

甘いソーセージって一体何なんだ?

 

くぅ~っ! 食ってみてぇ~っ!

 

屋台はその前にも色々あったらしいんだけど、うちのサワディ様が考案してるって事は間違いないらしい。

 

うーん、なんとかして屋台の経路を教えてもらうことはできねぇんだろうか……幹部にでもならなきゃ難しいのかな?

 

硬い革に穴あけ道具を打ち付けながら、俺は上の空のままにそんなことばかりを考えていた。

 

 

 

 

 

『四番、テジオン男爵家、アルセリカ・テジオン嬢』

 

「うおーっ!!!」

 

「テージーオン!! テージーオン!!」

 

『この打席、ルールにより魔法の使用が許可されます。バックネット裏にも危険が及びますので、皆様自己責任でお願い致します』

 

「奥方様の光線球(ビームボール)が見られるぞ……」

 

「こないだキャッチャーのサワディ様が塊みたいな血吐いてたやつか? 大丈夫かな?」

 

「心配ねぇよ、あの人は即死しなきゃ不死身だって話だぜ」

 

 

貴族同士の対決にざわめく野球場の中を一人、山盛りのホットドッグを抱えて進む。

 

今日は同室のやつと野球を見にやってきていた。

 

最近じゃあ博打を打とうにも普通の賭場は閑古鳥が鳴いていてつまらねぇ、今じゃ博打打ちもみんな野球賭博に夢中なんだ。

 

つっても賭けられるのは貴族対貴族の試合だけだけどな。

 

平民チームの試合で賭けやるのはサワディ様の作った規則で禁止されてるらしい。

 

理由? んなもん知るかよ!

 

 

「おうカシオ、腹減ってるか?」

 

「うん」

 

「これ食え、うまいぞ」

 

「ありがとう」

 

 

受け取ったホットドッグにさっそくかぶりつきながらあどけなく笑うカシオは、まだ十二歳の小僧だ。

 

俺と同期で買われてきて以来、ずっと一緒の部屋にいる。

 

うちにも女の子供は多いんだが、男の子供ってのはこいつぐらいだからな。

 

一人じゃつまらねえだろうと思って、お互いの休みが合うとこうやって連れ出してるんだ。

 

こいつも放っとくとずっと部屋に籠もってなんか細かい事をやってるから不健康だしな。

 

 

「ねえ、奥方様が魔球を投げるよ」

 

「ん? ああ。めったに見られないんだろ、客が騒いでたな」

 

「あのね、球を投げるピッチャーと、それを受け取るキャッチャー、それを打つバッター、全員が魔法使いじゃないと魔球は投げちゃいけないんだよ」

 

「へぇ、そうなのか」

 

「だから今日はサワディ様が奥様のチームに入ってるんだよ。本部に置いてあった『貴族野球御作法』に書いてあったんだ」

 

 

こっちを見ながら嬉しそうに言う、その口元を拭ってやる。

 

ケチャップだらけじゃねぇか。

 

 

「野球御作法? なんだそりゃ」

 

「本だよ、サワディ様が纏めたの。貴族用と平民用があるんだよ、僕両方読んだんだ」

 

「本? お前そんな難しいの読めるのか?」

 

「まあね」

 

 

看板なんかの文字が読めるのは知ってたけど、まさか本まで読めるとはな。

 

近頃の子供ってのは末恐ろしいぜ。

 

 

「あっ! 投げるよ!」

 

 

カシオが指差すグラウンドではおっかない元軍人の奥方様が思いっきり振りかぶって、サワディ様に向かって球を投げたところだった。

 

奥方様の手からサワディ様へと真っ直ぐに光の線が引かれ、分厚い革鎧を着たサワディ様が後ろに吹っ飛んで何回転も転がっていった。

 

すげーな、ちっさい魔獣ぐらいならあれで殺せるんじゃないかな。

 

サワディ様はすぐに起き上がってヒョコヒョコ歩いて戻っていくけど、なんともないんだろうか?

 

やっぱり魔法使いってのはおっかねぇよ。

 

 

「頼むぞぉ、スレイラ白光線団(ホワイトビームス)……今日ハズしたら年が越せねぇ……」

 

「七回で五点も負けてんだから諦めろよ、俺ぁ明日から外の穴掘りに行くぜ、あそこは飯も出るしな」

 

「年末年始に寒いとこで穴掘りなんかやってられっかよ!」

 

 

奥方様は敵チームの四番打者を打ち取ったが、周りの酔っぱらいの話を聞いてると、どうも分が悪いみたいだな。

 

俺も敵方に賭けたほうが良かったか。

 

 

「ねぇ、クラフトはどっちに賭けたの?」

 

「俺は奥方様のチームだな」

 

「いま白光線団(ホワイトビームス)は勝率七割だ、終盤の逆転も多いし分が悪い賭けじゃないよ」

 

「勝率? なんだそりゃ」

 

「統計だよ」

 

「と……なんだって?」

 

「統計、数字で見ると強いチームがわかるんだ」

 

 

数字、こいつ数字もわかるのか。

 

近頃シェンカーでも子供達の教育をやってるが、こいつも俺もまだこっちに来てから半年も経ってないはずなんだけどな。

 

 

「お前さ、そんなことどこで習ったんだ?」

 

「実家だよ」

 

「実家? あ、そういや商家の出だって言ってたな」

 

「商家じゃないよ、時計職人さ」

 

「時計? 時計って貴族が魔法で作ってるんじゃないのか?」

 

「違うよ、ちゃんと僕の家みたいに職人がいて、一つ一つ手で作ってるんだ。実入りだって結構いいんだよ」

 

 

この話、前にも言ったじゃないかと笑うカシオ。

 

そうだったかな?

 

あんな細かく動く小さいもん、魔法も使わずに作れるとは思えないんだけどな。

 

 

「ああ、じゃあお前さんも病気で売られたクチか?」

 

「違うよ、僕病気なんてしたことないもん」

 

「あれ? じゃあなんでだ?」

 

「あのね、ひいじいちゃんに遺言で、トルキイバでサワディ様に仕えてくれって言われたの」

 

 

カシオはじっとグラウンドを見つめながら、口を尖らせて言った。

 

 

「ひい爺さんの遺言?」

 

「うん、うちの家は大昔にここらへんにいて、シェンカー家に仕えてたんだってさ」

 

「へぇー、でもそれなら奴隷になんかならなくても、普通に働きに来ればよかったのに」

 

「それがねぇ、色々調べたらしいんだけど、今は奴隷になるしか道はなかったんだって」

 

「そうなのか?」

 

「うん」

 

 

うんって……

 

そんな簡単に済ませていいことじゃないと思うがなぁ、ま、家庭の事情ってやつなのか。

 

 

「僕のひいじいちゃんはね、本当の本当に凄い人だったんだけどね……そのひいじいちゃんが、お酒を飲んではよく泣いてたんだ」

 

「泣いてた?」

 

「うん、もう耳にタコだよ」

 

 

ひいじいさんの真似のつもりなんだろうか、カシオは口をいがめて目尻を下に引っ張って話しはじめた。

 

「ああテンプルを出なければ良かった、自分さえお傍にいれば、一朝事ある時は今代様のために地獄の門だって暴いてみせるのに……ってね。毎度毎度、悔やんでも悔やみきれないって感じだったよ」

 

「地獄の門? なんだそりゃ」

 

「あのね、うちの家系はねぇ、元々盗賊で、鍵開け士だったんだって」

 

「へぇ~、鍵開け士。じゃあ察するに、ご先祖さんはここいらでヘマしちまって居られなくなったってことなんだろうな」

 

「さぁ、どうなんだろう……わかんないや」

 

 

空の向こうを見つめるその顔は、とても十二歳には見えないぐらいに大人びていた。

 

故郷を離れて……か、俺にはよくわからねぇな。

 

俺達みたいに奴隷になるような連中はほとんどが親なしで、故郷なんかないようなやつの方が多いんだ。

 

俺が何も言えずにいると、カシオはホットドッグの包み紙をくしゃっと丸め、渋く笑った。

 

 

「でも僕はね、こっちに来なきゃよかったとは思ってないよ」

 

「へ?」

 

「僕は結局自分で決めて、ひいじいちゃんの名前を貰ってここまで来たんだ。ここが、僕が選んだ……僕の街なんだ」

 

 

じっとグラウンドを見つめるその目には、なにか硬い芯のようなものが見えた気がした。

 

それは自堕落に暮らし、奴隷に落ちて、ただ年を食っただけの俺にはないものだ。

 

なんとなく気恥ずかしくなって、俺もグラウンドの方を向く。

 

野球場の喧騒が、なぜか一枚板を隔てたように聞こえた。

 

しかし、あの人が……こんな子供をわざわざ奴隷にしてまで仕えさせたいような人間なのかねぇ……

 

バッターボックスでは、ちょうどサワディ様が空振り三振をしているところだった。

 

 

 

 

 

それからしばらく、雪もちらつき出した年末のこの日、俺は鱗付きの仲間達と一緒に夜のトルキイバを練り歩いていた。

 

もちろん目的は幻のおでん屋台探しだ。

 

しっかり着込んで、湯たんぽまで腹に入れて、我ながらなんでこんなに必死なのかわからないが、どうしても一回食べてみるまでは諦めきれないんだよな。

 

 

「……だからさあ、そいつが言うには屋台が出る通りに決まりがあるんじゃないかってんだよ」

 

 

と、のっぽの鱗人族、ダッチがそう熱弁しながらツバを飛ばし。

 

 

「決まりねぇ、つっても昼に出たり夜に出たり、西に出たり東に出たりだろ? 気まぐれで決めてるんじゃないか?」

 

 

まだら鱗の鱗人族マルカスは、どうにもそっけない返事を返す。

 

 

「でもこうしてアテもなくうろうろしてるようじゃ、すぐ春が来ちまうぜ」

 

 

この二人に、俺を加えた三人で、半年前から良くつるんでいた。

 

みんなデキがいいわけじゃないが、食い意地の汚さだけはそこらの奴らには負けない三人だ。

 

そんな気の合う仲間どうしで頭を寄せ合い話しながら飲み屋通りを歩いていると、通りの向こうから顔見知りの連中がやってくるのが見えた。

 

幻の屋台を狙う宿敵であり、仲間でもある、シェンカーの輸送部の奴らだ。

 

 

「おっ、革工場の連中じゃんか、今日はもう終わったらしいぜ」

 

 

暗闇にキラリと光る金色の目が、キザったらしくウインクをした。

 

 

「ええ!? どこだったって?」

 

「南町の金物屋筋、魚養殖場の連中がありついたってよ」

 

「くそっ! やられた!」

 

 

ダッチの吐く悪態と一緒に、俺も小さく溜息を吐いた。

 

今日も空振りかぁ……

 

 

「かぁ~っ! どうなってんだよ! なんで毎日ひと鍋だけなんだ!」

 

「しょうがねぇだろ、なんだったか、ほれ……たしか特別な調味料が使われてるんだろ? たくさんは作れねぇんだって」

 

 

嘆くダッチをなだめるように輸送部の犬人族が言うが、俺たち鱗付きの冬の辛さは尻尾に毛が生えてる奴らにゃあわかんねぇだろうな。

 

空振り一回の重さが違うんだよ。

 

 

「しょうがねぇや、帰ろ帰ろ」

 

「飲み行く?」

 

「もうここんとこ毎晩だろ、たまにゃあ早く帰ろうや」

 

「チェッ、こう毎晩空振りじゃあ懐の方も寂しくならぁ」

 

 

すっかり意気消沈してしまった俺たちはその場で別れ、白い息を吐きながらめいめいの家を目指したのだった。

 

 

 

シェンカーが寮として借りてくれている作りの悪い集合住宅へと戻り、鍵を開けて部屋に入る。

 

同居人のカシオはまだ起きているようで部屋は明るく、湿り気を帯びた暖かい空気が冷たくなった顔を優しく撫でた。

 

 

「おう、帰ったぜ」

 

「お帰り、寒かったでしょ、今日はどうだったの?」

 

「駄目駄目、ほとんど運試しだよ」

 

「ふぅん、お茶飲む?」

 

「ああ」

 

 

俺一人ならお茶なんか飲まなかったが、カシオが買ってくるようになってからはよく飲むようになった。

 

別にことさらに美味いって感じるわけでもねぇけど、単なる白湯よりはそりゃまあ好きだ。

 

 

「はいどうぞ」

 

「うん」

 

 

部屋の暖炉の前に座って、麦の香りのするお茶を啜る。

 

背中の鱗がじわじわ温まってきて、なんとなく気だるかった体がシャキッとしてきた。

 

やっぱり冬は苦手だなぁ。

 

 

「そういや、カシオはこんな時間まで何やってたんだ?」

 

「ああ、時計の部品を作ってたんだよ」

 

「時計の?」

 

「うん、ひいじいちゃんに一通りのことは教わってきたからさ。お給料でちょっとづつ進めてるんだ」

 

「お前色んなことできるんだなぁ。数字もわかるって言ってたろ」

 

「ある程度ならね」

 

 

そうだ、知恵者のこいつなら幻のおでん屋台についても何かわかるかもしれねぇ。

 

子供に頼るってのもなんだが、少なくとも俺よりはよっぽど頭がいいしな。

 

 

「カシオよお、仲間がおでんの屋台が出る通りには何か決まりがあるんじゃないかって言うんだが……俺らなんにもわかんなくてよぉ。お前の得意の数字でなんとかならねぇか?」

 

「おでん屋台の出る通りが知りたいってこと? いきなりそんなこと言われてもなぁ……」

 

「まあ、そうだよな……いや、無理言ったぜ」

 

「あ、いや、でも、情報が集まればなにかわかるかもしれない」

 

「なに? ほんとか!?」

 

「前にクラフトが言ったことだけど、その屋台っていうのはシェンカーの人間がやってるので間違いないんだよね?」

 

「ああ、そうは言われてるが……」

 

「そこさえ間違ってなければ、あとはシェンカー家の管理物件で屋台をしまっておける場所を絞ればいいわけだからさ……ある程度はわかると思うんだけど」

 

「そうか!」

 

「あとねぇ、その屋台が何日何時にどこを通ったかってのがわかればもっといい」

 

「よし! 明日にでも聞いてくるぜ!」

 

「絶対じゃないよ、わからないかも」

 

「それでもいい、俺や仲間じゃあもう何がなにやらでよぉ、毎日宛もなくうろつくだけなんだ」

 

 

やれるだけやってみる、と嬉しいことを言うカシオの頭をくしゃっと撫でて、俺は寝床に潜り込んだ。

 

シャリシャリと、夜ふかしの子供が何かを削っている音を背中で聞いていると、眠気はすぐにやってきた。

 

 

 

 

 

次の日から、仲間と俺はおでん屋台の情報をほうぼうで聞いて回った。

 

仲間達は「こんなことして意味あんのかよ」とぶつくさ言っていたが、他に方法もねぇからな、結局やるしかねぇ。

 

壁塗りの猫人族のあんちゃん、養殖場の前髪の長い姉ちゃん、冒険者組の姫、ピクルスさん……

 

色んな人に怪訝な顔をされながらも、いつどこでおでん屋台を見かけたのかを聞いて調べていく。

 

つくづく、こういう時は字が書けたらなって思うよ。

 

字が書ける仲間のところに行くまで、聞いたことを必死で唱えて覚えてなきゃいけねぇからな。

 

 

「で、だ、これで……ひぃふぅみぃ、何人分集まった?」

 

「まぁ待て、十人以上は間違いねぇ」

 

「お前ら二人も指貸せよ、そしたらよん……三十までは数えられるってもんよ」

 

「んなことするより、このままカシオの坊主に見せた方が早いんじゃねぇか?」

 

「そりゃそうだ」

 

 

仲間の二人を酒場に待たせ、俺は夕暮れの街を歩いてカシオを連れに部屋へと戻る。

 

空からはらはらと落ちてくる白い雪が、街灯の灯りに照らされてキラキラと煌めく。

 

雪が降ってちゃ参るよなぁ。

 

今からこう寒くっちゃあ、年を越したらこの雪が道路に積もるんじゃないか?

 

湯たんぽのお湯が冷たくなってきたのか、服の中に巻き込んだ尻尾の先がじんじんと痛んだ。

 

 

 

「寒いのによく来てくれたなカシオ、なんでも頼んでいいぞ」

 

「ここの店はよ、生姜が効いた鶏の揚げ物が名物なんだよ。酒は水っぽいけどな、へへ」

 

「ありがとう、ダッチさん、マルカスさん」

 

 

仲間とカシオは前からの顔見知りだ。

 

一緒に魚釣りに行ったことだってある。

 

シェンカーじゃあ同室は兄弟分だからな、カシオは鱗付きじゃあねぇが、まぁ俺らみんなの弟分ってとこだ。

 

 

「それでね、地図を用意してきたんだ」

 

 

カシオが懐から取り出した紙を広げると、細かい線で書かれたこの街の地図が出てきた。

 

だいぶ簡単になってるが、街の主要な道は全部入っているようだ。

 

 

「こりゃすげぇな、自分で書いたのか?」

 

「うん」

 

「こんなの見たら冒険者組の観測手だって裸足で逃げ出すぜ、で、どうすんだい?」

 

「これにね、みんなの集めてくれた情報を書き込んでいくんだ」

 

「おいダッチ、書き付け」

 

「あれ? どこだ?」

 

「お前さっき皺を伸ばすとか言ってたじゃねぇか」

 

「あっ、尻の下にあった、へへへ」

 

 

そんな嫌な温みがありそうな書き付けを小さな手で捲り、カシオは赤の鉛筆で地図に印を付けていく。

 

印と印を結ぶように赤い線が引かれ、芝居で見た魔法使いの魔法陣みたいに奇っ怪な形が出来上がっていく。

 

 

「できた、こうしてみると丸わかりだね」

 

「え、なにがだ?」

 

「これでなにがわかるんだ?」

 

「おい、わかんねぇなら黙ってろよ」

 

「うるせぇ」

 

 

カシオは魔法陣の真ん中を指差し、ちょっと首を傾げて言った。

 

 

「たぶん、ここらへんが出発地点……だと思う」

 

「なにっ!?」

 

「ほんとか!?」

 

「ここって、南町の拠点のあたりじゃねぇか?」

 

 

小さな指が指しているのはトルキイバの中町からちょっとだけ南に外れた場所だった。

 

飲み屋街にほど近く、いろんな屋台がひしめき合う激戦区でもある。

 

 

「なんでそんなことがわかるんだ?」

 

「この屋台さ、この辺りから毎日別の方角に出てるみたいなんだけど、使う通りはだいたい決まってるんだよ」

 

 

よくわからないけど、三人一緒にうんと頷いた。

 

 

「でね、毎回夜と昼の出発時間が同じだと考えると、だいたいここらへんから出ると計算が合うんだ」

 

 

三人の「なるほど」という声が重なったが、多分俺以外の二人もよくわかってないだろうな。

 

 

「だからまあ、ここらへんの寮か何かが怪しいんじゃないかと思うんだけど。わかった?」

 

「わかった」

 

「もちろん」

 

「あたりめぇよ」

 

 

わかんねぇけど、多分合ってるだろ。

 

 

 

翌々日の昼、毛糸の帽子を被った俺とシェンカー大蠍団の赤い帽子を被ったカシオは、土鍋を持って南町をうろついていた。

 

仕事の後にやってきても屋台はもう出発した後だろうってことで、昼間から怪しそうなところを見張ることになったんだが……

 

仕事の休みが噛み合わなくて俺とカシオの二人になっちまった。

 

とにかく、屋台を捕まえて鍋一杯分買って、持って帰ってみんなで食おうって寸法なんだ。

 

これもカシオが考えた作戦だ、すげぇだろうちのお子様はよ。

 

 

「いざ来てみたが……屋台が仕舞えそうな建物ってなると、なかなか見つからねぇもんだな」

 

「でも南の拠点は違ったでしょ?」

 

「あそこは夏にも調べたんだけど違ったな、隠せそうな所もないしよ」

 

「だとすると……あっちの女子寮はどう?」

 

「まあ、時間もあるし手当り次第当たってみるか」

 

 

改めて回ってみると、この街はシェンカーの建物ばっかりだ。

 

倉庫、店、住居、工場、どこもかしこもシェンカーで、どこに行ってもお仲間に会う。

 

歩き回って足も疲れた。

 

だってのに、なぜかうちのお子様はニコニコと楽しげに笑っていた。

 

 

「全然それっぽいのがねぇなぁ」

 

「ねぇ」

 

「んー?」

 

「こういうのって楽しいんだね」

 

「何がだよ」

 

「こうして、知らない場所を誰かと探検すること」

 

 

ちらりとカシオの方を見ると、帽子のつばの向こうの小さい瞳と目が合った。

 

 

「もっと小さい頃は、こうして出歩いたりしなかったのか?」

 

「うん、地元にいたのはクラフト達みたいにいい人ばっかりじゃなかったから。家からなかなか出してもらえなかったよ」

 

「ここだって、いい人ばかりってわけじゃねぇよ」

 

「そうかな? みんないい人だけど。」

 

 

そんなことねぇさ、と言いながら、変な笑いが口からこぼれた。

 

 

「みんな今日食う物に困ってないだけさ」

 

 

奴隷だぜ、俺たちは。

 

子供からいい人だなんて言われるほど、器用な人間じゃねぇよ。

 

カシオの頭をぐいっと撫でて、灰色に滲む曇り空を睨みながら帽子を目深に被り直した。

 

寒いんだよ、昼間だってのによ。

 

 

「あっ! あれっ!」

 

「どうした?」

 

 

急に駆け出したカシオを追いかけると、赤い帽子は一軒のトルキイバ焼き屋の前で止まった。

 

 

「ねえ、これって屋台じゃない?」

 

「ん? これ……?」

 

 

カシオが指差したのは、店先に雑多に積まれた箱や椅子だ。

 

 

「よく見て、この下の布がかけられたやつ、これ机じゃないよ。車輪がついてる」

 

 

小さな手で捲られた布の中には、たしかに大きな車輪があった。

 

布のかけられた机のようなものの上の箱を手に取ってみると、中には何も入っていない。

 

たしかに偽装された屋台のようにも見える。

 

 

「中入って聞いてみよう!」

 

「うん!」

 

 

トルキイバ焼き屋の中に入ると、もう昼どきを過ぎていたからか客はおらず、チリチリ頭の猪人族のおばさんが椅子に座って煙草を咥えていた。

 

 

「あのっ! 外の屋台って……」

 

「ああ、夜まで待ってね」

 

「あれって、その、あれですよね?」

 

「あれって何?」

 

「おでん!」

 

「あんた達シェンカーの子らだろ? 人に言いふらすんじゃあないよ」

 

 

ぶっきらぼうにそう言ったおばさんを他所に、俺とカシオは人目をはばからずに抱き合っていた。

 

 

「やったーっ!! やったやった!!」

 

「やったー! 見つかったー!」

 

「乳繰り合うなら外出ておくれよ。あと、注文は?」

 

「おでん!」

 

「夜までお待ち、今煮てんだよ」

 

「じゃあ豚玉!」

 

 

俺とカシオはトルキイバ焼きを食べてからのんびりと夜を待ち、後日感想を言いに来ることを約束し、出来上がったおでんを土鍋いっぱいに入れて持ち帰った。

 

冷めて味が変わらないように着ていた革のジャケットに包み、寒さなんかそっちのけで歩いた。

 

今日は俺達の勝ちだ!

 

うちの小賢者、カシオのおかげだ!

 

 

部屋で仲間とつついたおでんは酸っぱいような塩っぱいような、妙な味だったけど、そんなことはもうどうでも良かった。

 

空っぽになった土鍋のトロフィーが、今だけは何よりも嬉しく感じる。

 

俺達四人が集まれば何だってできる、そんな気がした。

 

三人で鱗のない兄弟を肩車して、口直しにお高い肉料理屋へと足を運ぶ。

 

半年前から毎日毎日歩き回った町だ。

 

今じゃあもう、庭みたいなもんだ。

 

これまで住んだどの街よりも詳しいぜ。

 

俺の街だ。

 

ここが。

 

トルキイバが。

 

俺の街なんだ。

 

年の瀬の街に降り注ぐ粉雪に急かされるように、俺達四人は大通りを北へと走り抜けていった。




年始めからどうにも社畜活動がキツくてなかなか書けませんでした。

そちらが一段落したかと思うとエグいスランプが来まして、大変な難産に苦しめられました。

この話も一万文字ですが、ボツを含めると五万文字ぐらい書きました、ぴえん

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