異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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大変お待たせいたしました。
ようやく修羅場が終わりました。
書籍2巻が6月頭ぐらいに発売されるようですので、来月再来月で10万文字ぐらい更新できたらなと思っています。
がうがうモンスター様でのコミカライズ連載も始まっていますので、そちらもどうかよろしくお願いします。



第81話 異世界の 嫁の兄貴が やってきた

年があけてしばらくした頃、トルキイバの外に掘っていた穴が完成した。

 

もちろん完成といっても最終段階じゃない、穴掘り用の百メートル級造魔を作るための仮設ドックのようなものだ。

 

深さが十メートルほどもあるその穴は、縁に立って下を眺めるとくらくらしてくるようなスケール感だ、下は土とはいえコンクリート並に固めてあるから落ちたら絶対助からないだろう。

 

作業員たちも全員命綱装備だ、俺だって即死じゃ治せないんだよ。

 

雪がちらつく中での完成式典では作業員達に酒を振る舞いながらも「酒飲んだら穴には絶対に近づくなよ!」と注意勧告をすることになったのだった。

 

一応柵は立ってるが、酔っ払いは柵を壊してでも乗り越えかねないからな。

 

ともかく、計画は順調に進んでいると言っていいだろう。

 

あとは地下の秘密の魔結晶工場から魔結晶を運び出して素材と一緒にドックに敷き詰めるだけだったんだが……そこで物言いが入った。

 

この勢いに水を差す人物だ、一体誰だと思う?

 

身内も身内、超身内だ。

 

そう、この計画の一応の看板になっている、元陸軍少佐のうちの嫁さんからだった……

 

 

「それでこの時計塔級造魔の素材なんだが……魔結晶の数が間違っているように見えるんだが」

 

「え、ほんとですか?」

 

 

夫婦の寝室、その中で時計塔級造魔建造計画の詳細を読みながら不思議そうな顔をするローラさん。

 

そんな彼女に対して心配そうな顔で「ほんとですか?」なんて言いながらも、俺の心臓はバクバクと早鐘を打っていた。

 

暖房と加湿器がガンガンに回されて快適なはずなんだが、背中には一筋の冷や汗が流れていく。

 

 

「ああ、多すぎる(・・・・)んじゃないか? これはこの街が一年は維持できるような量だぞ」

 

 

いや、よくよく考えたらローラさんが疑問を持つのは当然なんだ。

 

魔結晶というのは魔物由来のエネルギー資源であって、本来そうおいそれと手に入るものではない。

 

都市部の燃料だって未だに薪やコークスで賄われている。

 

魔結晶とは本来、贅沢品で、軍需物資なのだ。

 

極秘魔結晶工場(・・・・・・・)を持つ俺以外にとっては……だが。

 

 

「え? あ、いやー、それはそれでいいんですよ。それぐらいかかるんです」

 

「かかるったって、こんな量……どこから持ってくるんだ? 金で買えるような量じゃないぞ」

 

「あ、その……」

 

 

言い訳が上手く走らない。

 

失敗した。

 

正直言って、俺は魔結晶に対する感覚が麻痺していたんだろう。

 

ここまで最短コースを走ってイケイケでやってきた弊害というべきか、功を焦ったつもりはなかったが、結果的にそういう事になっていたというべきか。

 

とにかく、俺はいつでも魔結晶がジャブジャブ手に入るという状況に慣れすぎて、ローラさんにその異常性を指摘されるまで何も疑問に思っていなかったのだ。

 

もっと数を小出しにして、慎重にやっていくべきだった……

 

なんとか今この場だけでも取り繕おうとしたが、どうにも言葉が出てこなかった。

 

 

「…………」

 

「……これは君、やったな(・・・・)?」

 

 

ククッと悪役のように笑うローラさんはバサッと書類を机の上に放り出して、俺の顔を見据えた。

 

 

「え? なにがですか?」

 

「おとぼけはなしにしようじゃないか……」

 

 

彼女は煙草の代わりに胸ポケットに差し込まれた棒付きの飴を取り出して、トントンと机を叩く。

 

 

「そうだな、小心者の君がダンジョンの盗掘をやるとは思えない……また何か変なものを作ったというところかな?」

 

 

苦笑しながらそういう彼女は、多分俺がなんとかこの場を誤魔化そうとしているなんてことはお見通しだったんだろう。

 

二人が揉めないように、大人になってくれたんだと思う。

 

たとえそうでなかったとしても、うちの夫婦は彼女の器の大きさに救われている部分が大きい。

 

感謝の思いだけは切らさないようにしよう。

 

 

「負けました……ローラさんは何でもお見通しですね」

 

「君は自分で思っているよりもずっとわかりやすい人間だよ」

 

 

その言葉に苦笑しながら、俺は立ち上がってコートかけからコートを取った。

 

もう夜だが、こういうことはすぐに済ますのがいい。

 

 

「それじゃあ、これから案内しますよ。こればっかりは、見てもらったほうが早いので」

 

「案内、どこへ?」

 

「……シェンカーの、本当の秘中の秘、魔結晶工場にですよ」

 

 

その言葉を聞いて、ローラさんはぽとりと飴を取り落した。

 

 

 

 

「とんっ……でもないものを地下に作っていたんだな君は」

 

 

トロッコのレールが二本引かれた地下坑道に、ローラさんの声が反響した。

 

壁にずらっと吊るされた魔結晶生成造魔は光りながら怪しく蠢き、地面に置かれた籠には大ぶりの魔結晶が無造作に盛られている。

 

実家から伸びた地下道に油田が湧いているようなものだ、作るのも大変だったが、そこから定量的に儲けを生み出すまでの調整も大変だった。

 

俺だってこうして辻褄が合わなくなってバレるまではローラさんにも言うつもりがなかったからな。

 

 

「まあ、それほどでもありますかね」

 

「別に褒めてるわけじゃない、いったいいつこんなものを?」

 

「いやまあ、それは別にいいじゃないですか」

 

 

計画自体は彼女と出会う前から動いていたものだ。

 

あの頃は自分が貴族になるだなんて思ってもいなかった。

 

 

「あまり危ない橋を渡らないでほしいんだがね……」

 

「結婚してからは自重してますよ」

 

「やはり……」

 

 

ローラさんは額を揉みながら大きく深いため息をついて、また真剣な顔になって言った。

 

 

「とにかく、この技術はすぐに公開する、いいね」

 

「やっぱり公開しなきゃダメですかね、誤魔化せたりしません?」

 

「別に私は君と心中しても構わんが、子供たちが可哀そうだろう」

 

 

やれやれと笑いながら話す彼女だが、目つきはどこまでも真剣なままだ。

 

え、そんなにすぐ命にかかわるぐらい駄目だったの?

 

俺としては施設と技術全部接収されて、トルキイバ追放ぐらいで終わりかなと考えてたんだけど。

 

 

「え、そういう話ですか?」

 

「そういう話になる、この国は今、パンよりも魔結晶を欲している。この技術はあまりに問題の核心を突きすぎているから……公開の仕方にだって気を使わなければ、一体何人の面子を潰すかわからない」

 

「あ、そりゃまずいですね」

 

 

面子という言葉が出てきてしまっては俺も頷くしかない。

 

平和な日本なら人の面子を潰したって失職や左遷で済むだろうが、この国では他人の面子を潰すことは死に直結している。

 

そしてそれは王都にも行ったことのない田舎者の俺にはわからない部分でもある。

 

元々そこを補うために、王都からローラさんが派遣されたのだ。

 

彼女の決定に文句を言うつもりはさらさらないとも。

 

俺はただただ深々と頭を下げた。

 

 

「ローラさん、ありがとうございます。命を助けられました。調整をお願いします」

 

「気にするな、今は私もシェンカーの人間なんだ……」

 

 

そう言ってから彼女は数秒黙り、いきなり俺の襟首を掴んでグッと引き寄せた。

 

 

「……一応聞くが、この他にこういう隠し事はないだろうな?」

 

「ないです、ここは結婚前に資金稼ぎに作っただけなんです」

 

「うむ、今後はないように」

 

 

気にはしていないとは言ったが、ムカついてないってわけじゃないんだろう。

 

 

「……これの発表には私の実家に協力を頼む。君の名誉は大きなパンから麦のひとかけらほどに減るだろうが、命には変えられん」

 

「もちろんかまいません。ローラさん、重ね重ねご迷惑をおかけします、よろしくお願いします」

 

 

これまで頑なに実家との交流を避けてきた彼女に、ついに実家というカードを切らせてしまった。

 

その自分の至らなさが、なんだか背中に重くのしかかるようだった。

 

 

「仕方のないことだ。それに……何があるかわからない世の中、丁度いいから子供たちも私の実家と顔ぐらいは繋いでおくべきだろう」

 

 

俺はもういちど深々と彼女に頭を下げた。

 

家族だからこそ、近い存在だからこそ、それ以外に何もできない遣る瀬無さがあった。

 

 

 

 

なんていうか、本当にローラさんの実家は生粋の軍人の家の人なんだなと改めて驚いてしまった。

 

展開の速さがめちゃくちゃだ。

 

彼女が手紙を送ってから一週間後には、王都からやってきたお兄さんがトルキイバ入りしていた。

 

 

「お前がサワディか」

 

「お初にお目にかかります閣下、よろしくお願い致します」

 

 

ローラさんの兄は彼女と同じ金髪の偉丈夫で、いかにも軍人らしい人だった。

 

まだ三十歳なのに階級章は少将で、実家が太いから当たり前だがバリバリの出世株。

 

くわえ煙草で真っ赤な大陸間横断鉄道から降りてきた彼は、不満げにこちらを睨めつけた。

 

 

「こんなひょろっちい学者が義弟とは業腹だが、ま、いいだろう。妹はどうした?」

 

「実は学校の方でちょうど外せない会議がありまして、そちらに参加しております」

 

「そうか、迎えに顔も出さんとは嫌われたものだと思ったが、職務ならば仕方あるまい」

 

 

うーん、結婚する前にローラさんが実家を『追放』されたなんて言ってたんだけど。

 

お兄さんのこの口ぶりだと、やっぱり大げさに言ってただけなのかな。

 

 

「…………」

 

「なんだ?」

 

 

そんなことを考えていたのが顔に出てしまったのか、怪訝そうな顔をしたお義兄さんに顎をしゃくられてしまった。

 

 

「いや、ローラさんからは実家とは縁が切れてるという話を聞いてたんですが、案外そうでもなかったのかなと……」

 

 

俺がそう言うと、彼は空を見上げながら大きくため息をつき、官製煙草を深く吸い込んだ。

 

 

「うちの家はな……痩せても枯れても北方最前線を任された武門の家だ。魔臓をなくした娘を勘当なぞするか。あれが勝手に飛び出したのだ」

 

「あ、やっぱりそうなんですか」

 

「あれも女だ、自分の老いさらばえていく姿を晒したくなかったのだろう。妹なのだ、今となっては咎めるつもりはない」

 

 

努めてこっちを見ないようにしながら、お義兄さんはそんなことを早口で言い切った。

 

ちょっと不器用な人なのかもな。

 

 

「ありがとうございます」

 

「なぜ貴様が礼を言う」

 

「今は私の家族でもありますので」

 

 

お義兄さんはローラさんによく似た、悪役のような笑い方でふっと笑い、大股で歩き始めた。

 

俺も先導するために慌てて動き、小走りで彼の前を行く。

 

足の長さが子供と大人ぐらい違う、根本的にフィジカルエリートな家なんだろうな。

 

 

「まあ……それで生き延びたのだからよくよく運の強い女だ」

 

 

ぽつりと、お義兄さんが独り言のようにそうこぼしたのに「はい」と応えた。

 

 

「そういえば子も生まれたそうだな。甥も姪も初めて持つが、一つ顔を見てやろう」

 

「ありがとうございます、是非見てやってください」

 

「子は軍人にするのか」

 

「本人に決めさせるつもりであります」

 

「もうしばらくすれば西方諸国との停戦条約が解ける。そうなれば四方八方全てが戦線だ。子が可愛ければ軍には入れるな」

 

「ありがとうございます」

 

 

その後も厳しいようで意外と饒舌な彼に色々と話をされながら、待たせていた人力車に乗って家へと戻ったのだった。

 

 

 

 

「で、これが件の魔結晶の密造所か」

 

 

先週ローラさんを案内したのと同じ場所で、お義兄さんは仏頂面のままそう言った。

 

魔結晶生製造魔からぶら下がる魔結晶を手でもいで、光に照らしてしげしげと見つめている。

 

 

「これはここでしか作れんのか?」

 

「まだ実験はしていませんが、理論上ダンジョンに近い土地ならばどこでも作れると思います」

 

「ふーむ、思っていたよりもとんでもないものを作ったな。妹の夫でなければ今ここで殺していたぞ」

 

「…………」

 

 

顔色も変えずにそう言い切ったお義兄さんは、魔結晶をハンカチに包んで懐にしまい込んだ。

 

 

「で、ローラ、お前はどうしたい」

 

「……長兄、ひとつ穏便に頼む」

 

 

ぎろりと、ローラさんと同じ瑠璃色の瞳が俺のことを睨む。

 

お義兄さんは俺の事を人差し指で指しながら、諭すようにローラさんに言う。

 

 

「こういう馬鹿をやらかす人間はまた同じことをする、そのたびにお前はこうして尻を拭うのか?」

 

「馬鹿は馬鹿でも、常人とは桁違いの馬鹿だ、拭い甲斐のある尻さ」

 

 

ほんのりと、額が暖かかった。

 

お義兄さんの指から漏れ出るように放たれた針のように細い魔法の熱線が、じりじりと俺の皮膚を焼いていた。

 

ぽっと、彼の胸にもオレンジ色の光が灯る。

 

ローラさんが彼に向けて真っ直ぐに指した人差し指の先から、同じようにレーザーが照準されていた。

 

二人共、にこりともしない。

 

猛獣の檻に閉じ込められた気分だった。

 

 

「ま、いいだろう」

 

 

お義兄さんがそう言うと、額からスッと熱が消え、彼の胸に向けられていた熱線も霧散して消えた。

 

額の火傷は常時発動している再生魔法で消えていくが、心臓はバクバク早鐘を打ったままだ。

 

おっかねぇよ~!

 

この兄妹よぉ~!

 

 

「ここまでのものとなると……遡って軍から開発命令を出していたということにしなければならん。派閥を超えた工作が必要だ」

 

「長兄、ちょうどうちの旦那には派閥を超えた支持組織がある、たしか『動く死体の会』と言ったか……」

 

 

動く死体の会というのは、俺がこれまで再生魔法で魔臓を治してきた退役軍人達のサロンだ。

 

王都にあるらしいから俺は顔を出したこともないが、時々会報のようなものが届く。

 

最新号ではみんなでテニスをしたという話と、会員の爺さんの孫自慢が延々と書かれていたが……

 

あんなお気楽な集まりが果たして助けになるんだろうか。

 

 

「うむ、当たってみよう。退役軍人は暇だからな、こういう話にはうってつけかもしれん」

 

「ではまとめ役のゴスシン男爵へ手紙を用意する」

 

「あれに書かせんでいいのか?」

 

 

そう言いながらお兄さんは俺の方に顎をしゃくったが、ローラさんは首を横に振る。

 

 

「うちの旦那は少々商売っ気が強すぎる、今回の話では逆効果にもなりかねない」

 

「大陸間横断鉄道を作ってクラウニアを小さくした男だ、そんなものだろう」

 

 

なんか褒められてんだかけなされてんだかよくわかんないけど、商家の出なんだからしょうがなくない?

 

おっかないから何も言わないけどさ。

 

 

 

 

結局帰りの鉄道待ちのためにトルキイバに三日ほど滞在することになったお義兄さん。

 

案内人を務めることになったのはいいが、連れて行く場所がなくて困ってしまった。

 

なんてったってスレイラ家は超大物、辺境伯様だ。

 

大抵のものは地元にあるし、地元になくても王都にある。

 

今回の話は内々の話だからトルキイバ領主のスノア家に出向いたりはしないし、もちろん魔導学園にも用はない。

 

ひとしきりノアとラクスのご相手をなさるのを見守ったあと、俺はお義兄さまを苦し紛れに野球場へと連れて行くことにした。

 

まあ、スレイラ領には絶対にないものだろうからな。

 

青い空、吹き付ける寒風、飛び交うヤジ、この世界じゃなかなか見れないほどの平民の群れ。

 

高台に作られた魔法使いしか入れないVIP席からの眺めは素晴らしく、試合の様子だけじゃなく観客の騒ぎ回る姿まで丸見えだ。

 

 

「なんなのだここは、なにをする場所だ?」

 

『バッター、5番、カクラ』

 

「やかましいな、なんの声だこれは」

 

 

お義兄さんは初めて見た野球場に、すっかり面食らってしまっているようだった。

 

 

「ここは野球っていう競技をする場所なんですよ」

 

「野球……といえば、棒で球を叩くというあれか?」

 

「ご存知なんですか!?」

 

「王都のサロンで南の野蛮な遊びとして話題になっただけだ」

 

 

お義兄さんはなんだか不満そうな顔で煙草を吸いながら、唇を尖らせてそう言った。

 

 

「こっちじゃあ伯爵様だってやる競技なんですよ」

 

「ふん、暇そうで結構なものだ」

 

「ああそうだ。今試合してるのは、ちょうど僕が経営してる団とローラさんが経営してる団です」

 

 

今日はちょうどシェンカー大蠍団(スコーピオンズ)とスレイラ白光線団(ホワイトビームス)の因縁の試合だった、魔法使い抜きだから練習試合みたいなもんだけどな。

 

 

「経営? なんだそれは」

 

「団の資金を出して団員を維持してるんですよ、たまに本人も混じって試合したりもします」

 

「妹も田舎に来て妙な道楽を覚えたものだ……」

 

 

彼はやれやれと溜息をつくように煙を吐き出し、紙コップのエールを飲み干した。

 

金髪でマッチョでイケメンだからハリウッドスターの休日のようにも見える。

 

やっぱり顔がいいってのはただただ得だな。

 

 

「しかしあれは真面目にやってるのか? あんな球も叩けんとは情けない」

 

「あれでもやってみるとなかなか難しいんですよ」

 

「そんなことはなかろう」

 

 

フンと鼻で笑うお義兄さんだが、たしかにローラさんも初見でバカバカ打ってたしな。

 

もしかしたらスレイラ家の人はナチュラルボーンハードヒッターなのかもしれん。

 

 

「閣下も試してごらんになりますか?」

 

「球遊びをか? くだらん」

 

「うちの団、ローラさんともなかなかいい勝負をする選手がいるんですよ」

 

「ふん、いくら軍属を退いて鈍ったとはいえ、平民相手に梃子摺(てこず)るような女ではないはずだ」

 

「まあ……魔法抜きならそういう番狂わせも起こりうるっていう競技なんですよ」

 

 

別に煽ってるつもりもなかったんだが、結果的にその言葉がお義兄さんの中の何かに火をつけてしまったようだった。

 

ふうっと、上から顔に紫煙が吹きかけられ……なんだろうと思ってお義兄さんの顔を見ると、ローラさんと同じ色の目が不敵に笑っていた。

 

 

「いいだろう、愚弟、挑発に乗ってやる」

 

「え、おやりになるんですか?」

 

「用意したまえ、貴様の団の一番の選手でな」

 

 

ピンと指先で弾いた紙巻き煙草が空中で光の塵となって消えた。

 

彼がぐっと軍服の上着を脱ぐと、白いシャツに包まれた鋼のような体が姿を表す。

 

俺のヘナチョコ球ぐらいなら、初見で月までぶっ飛ばされそうな貫禄だった。

 

 

 

 

『静粛に願います。お客様に申し上げます、一時試合を中断いたしまして、これより特別打席が執り行われます。静粛に願います。お客様に申し上げます、一時試合を中断いたしまして、これより特別打席が執り行われます』

 

 

毎週ってほどではないが、たまにこういうことはある。

 

観戦に来た貴族が『俺でもできそう、ちょっと打たせて』などと言いだした時に、こういうアナウンスが流れるのだ。

 

以前は危なっかしくて貴族の前になんて選手は出せなかったのだが、俺が走り回って色々とルールを決めた結果野球に関しては無体を働きづらい空気になったので一安心だ。

 

もちろん誰にでもというわけではないが、ローラさんの兄貴ならうちの奴隷を出しても大丈夫だろう。

 

とはいえ、さすがにこういう時に野次られると庇うこともできないので、観客の方も静かにさせている。

 

できない奴は警備員が退場させる。

 

貴族への気遣いは平民を守るためのもの。

 

守れないものは出禁だ。

 

 

『ピッチャー、『魔術師』ボンゴ』

 

 

うちの最強の投手が、この鳥人族のボンゴだ。

 

もちろん魔術師ってのはただのあだ名。

 

彼女の変化球が、魔法抜きではトルキイバ中の誰よりもキレるからそう呼ばれているのだ。

 

 

『バッター、気高き金髪の紳士』

 

 

負けるかもしれないから、貴族側の名前は明かさないのが礼儀だ。

 

お義兄さんの甘いマスクに若干観客席の町娘達がザワついてるようだが、正真正銘星の王子さまなんだからそれはしょうがないだろう。

 

 

『スリーアウト、または三安打で試合終了です。ホームランも安打に数えます。では、プレイボール』

 

 

うぐいす嬢のその言葉でボンゴはセットポジションを取り、放たれたストレートがお義兄さんの膝近く、内角低めギリギリに突き刺さった。

 

ボールがぶつかりそうな場所を通っても微動だにしなかったお義兄さんは一つ小さく頷き、またボンゴの方を向く。

 

もし本当にローラさんと同じポテンシャルなら、もう一度同じコースに投げ込んだらたやすく打たれてしまうだろうな。

 

 

次の球はお義兄さんの土手っ腹目がけて放たれた。

 

完全に体にボールが当たる、いわゆるデッドボールとなるコースだ。

 

もちろんお義兄さんも後ろに大きく下がって避ける。

 

だがボールは体にぶつかる直前に壁にぶつかったようにカクンと曲がり、ストライクゾーンの端に収まった。

 

不敵に笑うボンゴと、鋭い目つきで睨みつける少将閣下。

 

二人の間には、身分の垣根を越えた冷たい勝負の空気が流れていた。

 

 

結局勝負は一安打スリーアウトの奮戦で七色の変化球を使いこなしたボンゴが勝ち。

 

観戦に来ていたトルキイバ(もの)たちも、声には出さないが謎の金髪イケメンの敗北に大いに溜飲を下げた。

 

 

「なるほど、これは『勝負』だな。面白い」

 

 

そう言って朗らかに笑い、ポケットから銀貨を取り出した彼を慌てて止めた。

 

 

「閣下、お待ち下さい……」

 

「なぜだ? あの者とて木石ではなかろう。良き働きにはきちんと報いるものだ」

 

 

そりゃ軍隊ではそれでいいんでしょうけど……野球だと引き抜こうとしてると思われちゃうんだって!

 

 

「あれは私の配下ですので、それはどうか私にお任せください……必ず手厚く報いますので」

 

「そうか、では私はどうすればよい」

 

「勇士には栄誉を、どうか拍手でお讃えください」

 

「うん」

 

 

素直に頷いたお義兄さんがボンゴに大きな拍手を送ると、まるで呪いが解かれたかのように会場中からの大拍手と、口笛、歓声が鳴り響いた。

 

ボンゴは客席に手を振りながらぐるりと一周回り、お義兄さんに向かって深々と頭を下げた。

 

うん、と頷いて大股でVIP席へと戻っていくお義兄さんを慌てて追いかける。

 

なんだか、機嫌は良くなったみたいで良かったよ。

 

 

接待大成功!

 

と浮かれていたのは良かったのだが、結局次の日もお義兄さんの望みで朝早くから野球場へと通うことになり……

 

彼がホットドッグのケチャップをこぼして真っ赤なシェンカー大蠍団のユニフォームを着ることになったり、良さげな投手を見つけては「あれともやってみたい」と試合を止めまくったり……

 

挙句の果てには三日目には「最初から試合をやってみたい」と言い出した彼のために急遽チームを集めて紅白試合を行ったり……

 

なんか、どっと疲れた。

 

身から出た錆とはいえ、嫁の家族の接待はもうこりごりだよ……

 




コロナでご家族共々家から出れない人もいると思いますので、動画配信サービスのネットフリックスなんかで明るい映画を見るのはどうでしょうか?
テレビは暗いニュースばっかりですので、ずっと見ていると気が滅入りますから、なるべく意識的に明るいものを見ていくのが精神衛生にいいかと思います。
一応個人的におすすめなものを三本あげておきます。

・シェフ 三ツ星フードトラック始めました
Twitterで批判を書かれたのにブチ切れちゃって炎上しちゃった一流レストランの凄腕シェフが、今まであんまり遊びに連れて行けなかった一人息子と相棒の料理人と一緒にフードトラックで再起をはかる話です。
とにかく明るくて、心の底から悪いやつっていうのが出てこない、料理も美味しそうで最高です。

・星の王子ニューヨークへ行く
アフリカの王子様がニューヨークへ花嫁探しに留学、惚れた女の子のために身分を隠してマクドナルドでアルバイトを始めるが……っていう話です。
古い映画なのでちょっと下ネタもありますけど、子供でも楽しく見れる範疇でしょう。
もちろん超ハッピーエンドで、いい気分で寝られると思います。

・殿、利息でござる!
ストーリーを色々書いてもややこしいので書きませんが、とにかく金がないからお上に金貸して利息でなんとかしよう!って仙台の町民達がドタバタ走り回る話です。
2016年に作られた時代劇なんですけど、やはり最近の作品だけあって映像が綺麗ですね。
ハッピーエンドの楽しい映画なんですけど、ドラマとしてもちゃんと面白い作りになっています。

他にも男はつらいよ、釣りバカ日誌、水曜どうでしょうや、アニメなんかもあるのでお子様も退屈しないと思います。
暗い話題が多いですが、こんな時代ですから娯楽には不自由しないのが嬉しいですね。
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