異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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お待たせしました。

2020年6月15日にコミカライズ第一巻が無事に発売されました。

僕も個人的に色々と環境の変化があったので、もう少し更新頻度は上げられそうです。

今回ちょっと短いので次はすぐ出せるように頑張ります。


第86話 変わる街 半分以上 俺のせい

風香る春の訪れとともに、ついに俺の元へと王都からの審判者がやってきた。

 

重そうな勲章を胸元にぶら下げた軍服のメッセンジャーに告げられた面会場所は、魔導学園の学園長室だ。

 

俺は実家へと走り、泣きながら親父と水杯を交わし、チキンを呼び出して「俺が戻らなければ読め」と後の差配を記した手紙を手渡した。

 

そのままほうぼうに顔を出した後は屋敷に戻り、庭に据え付けられたハンモックでお昼寝する双子を見に行く。

 

暖かな風に鼻先をくすぐられてご機嫌な顔で眠る双子を、これが最後とばかりに心へと焼き付けた。

 

その後は一杯の麦粥を食し、身を清めてベッドへと入り、まんじりともせず朝を迎えた。

 

冬の間に覚悟を決めたと自分では思っていたが……そう簡単なことではなかったようだ。

 

 

身支度をしてから、きっちりと正装を着込んだお義兄さんに連れられ、夫婦共に面会場所へと出頭することになった。

 

今朝は、双子には会わなかった。

 

今際の際に顔がちらつけば、未練がましくまた来世に意識を残すかもしれない。

 

なぜ俺がこの世界に生まれ直したのかは未だに謎のままだが、さすがに三度目はもう御免だ。

 

悪い後は良く、いい後は悪いとも聞く。

 

記憶を持ったまま虫にでも転生したらやり切れないからな。

 

目も眩むような将官の階級章をつけた警備兵(・・・)が立ち並ぶ魔導学園の廊下を、恐怖に足を震わせ、ローラさんに老人のように介護されながらえっちらおっちら歩いた。

 

ほんの十メートルほどの廊下が永遠に続くような思いで、何度も何度も再生魔法で胃の粘膜の修復をしながら辿り着いた学園長室。

 

その中では、とんでもない大物が俺達を待っていたのだった。

 

 

「貴様がサワディか」

 

 

部屋の真ん中に置かれた学園長の椅子に座る人物の服装を見た瞬間、迷わず跪いた。

 

特別な家系のみに許された黒、金、朱色のロイヤルお仏壇カラー。

 

周りをがっちりと固める高序列勲章持ちの男達。

 

そう、俺を待っていたのは、この国の王族だった。

 

 

「私は元陸軍元帥のイクシオである。名乗りを許す」

 

「はっ! トルキイバ魔導学園、造魔学研究所准教授、サワディ・スレイラであります!」

 

「その妻にしてトルキイバ魔導学園、造魔学研究所客員教授、ローラ・スレイラであります」

 

「うむ。ここにおわすはクラウニア第二王子、ジェスタ殿下であるが……ゆめゆめ、顔を上げることのないように」

 

「はは〜っ!」

 

 

王族は一言も発しない。

 

当たり前だ、貴人からすれば一代目の魔法使いなんか下民も同然。

 

貴人は下民と話さない。

 

俺が跪いて顔を上げないのも、学校で厳しく教えられた通りの作法だ。

 

こうすれば、顔を上げていいと言われて顔を見るまで貴人は存在しなかったことになる。

 

貴人は下民と会わない。

 

だから、このまま顔を見せないと言うならば、それは人に漏らせない内々の話ということになるのだ。

 

 

「先だっての貴様の魔結晶生成造魔の発明、クラウニア大学校のソロパス侯爵のものとなることに相成った。これについて、異存はないな」

 

「はは〜っ!」

 

「良し。国家反逆罪級の発明を勝手に進めた旨、言語道断であるが……私的な研究成果を国家のためと王家に捧げるその姿勢、人品自体は卑しからぬものと理解しておる」

 

「…………」

 

「して、それを加味し、これより先の貴様の身の扱いを決めた……」

 

「はっ!」

 

 

やべぇ、また胃が痛くなってきた。

 

いや、死罪ありきで準備はしてきたけど、まずそれはないはず!

 

マリノ教授も「あっても超巨大造魔完成後の地位剥奪ぐらいだろうね」って言ってたし。

 

死罪なら王族なんか絶対に来ない!

 

頼む……!

 

頼みます!

 

 

「サワディ・スレイラ。貴様はトルキイバに生涯据え置きとする」

 

「…………はは〜っ!!」

 

 

全身から、どっと汗が吹き出た。

 

安堵のあまり失禁でもしてしまいそうだったが、歯を食いしばって持ちこたえる。

 

そんなことをしたら今度こそ本当に死罪だ。

 

 

「感謝せいよ、貴様の義兄がほうぼうに手を打ったおかげだ」

 

「はっ!」

 

「それと、退役軍人達からの熱心な口添えもあったそうだ、人助けというものはしておくものだな」

 

「はは〜っ!」

 

 

出世欲バリバリな人ならトルキイバ抑留も罰になるんだろうけど、俺としてはもともとこの街で死ぬまで暮らすつもりだったからな。

 

ある意味ラッキーだ、今後も王都には行かなくて済むってことだし。

 

緊張の連続で物理的に胃がボロボロだったが、ここで俺はやっと安堵の息をつくことができたのだった。

 

 

「…………アレックスよ、これで満足か?」

 

 

だがその時突然、部屋の中にイクシオ元元帥のものではない、渋くて低い声が響いた。

 

それに「無論にございます」と返事を返したのは、うちの義兄。

 

じゃあこれってもしかして……第二王子殿下の声か!?

 

 

「功が足りぬなどといつまでも理屈を捏ねよって……おかげで娘はもう二十歳、危うく行き遅れになるところよ」

 

「ははぁ、言葉もございませんな」

 

「まぁ良い。これで貴様もやっと余のものになるわけだ」

 

 

第二王子殿下はくっくっと喉を鳴らすようにして笑い、カツンと床を踵で打ち鳴らした。

 

 

「では、この件の取りまとめの完遂をもって、アレックス・スレイラにわが娘、カリーヤを降嫁させる。皆のもの、異存あるまいな?」

 

 

返事は部屋中からの拍手だった。

 

なるほどね、ロイヤルファミリーからの予約があったから、お義兄さんはイケメン貴族なのに三十歳で独身だったんだ。

 

ていうかよくわかんないけど、俺たち派閥政治のど真ん中に巻き込まれてないか?

 

そういうの、俺とローラさんを下がらせたあとでやってくんないかなぁ……

 

 

「さて、アレックスの妹よ」

 

 

急にローラさんに向けられた第二王子殿下の言葉のすぐ後に「直答良し!」とイクシオ元元帥の声が飛んだ。

 

 

「はっ!」

 

「超巨大造魔建造計画の完遂後には子爵位を許す、トルキイバのスレイラ家としてこの都市を治めよ」

 

「……有り難く、承ります!」

 

「これは余からのアレックスへの祝儀である、ゆめゆめ忘れぬよう」

 

「ははっ!!」

 

 

都市を治めよ!?

 

マジかよ!!

 

ローラさん、ここの領主になっちゃうの?

 

もちろん派閥にガッチリ組み込んだスレイラ家への強化策なんだろうけど、領地までってのはちょっと貰い過ぎな気がするな。

 

 

「励めよ」

 

「ははーっ!」

 

 

ま、いっか。

 

疲れと緊張で今は頭がうまく働かない。

 

俺は生き残れた幸せを存分に噛み締めよう。

 

帰ったら双子にキスしてお風呂に入れてあげるんだ。

 

そんで酒飲んで、死んだように寝よう。

 

俺、再生魔法使いに生まれてきて本当に良かった。

 

今日ばかりは再生魔法がなきゃ、ストレスで胃がなくなるかと思ったよ。

 

 

 

 

 

そんな裁きの日を乗り越えた数日後。

 

庭の花もすっかり綺麗に咲いた我が家に、再びお義兄さんが訪れていた。

 

王都で流行りの幼児服を手土産に現れた彼は珍しく軍服を脱いでいて、ストライプのジャケットに渋いハットを合わせたスタイルが涼し気でオシャレに見える。

 

もちろんそんな格好でも、軍人さんだから腰にはごついサーベルがあるんだけどな。

 

魔法で戦うはずなのに、軍人さん達は絶対に刃物を手放したがらない。

 

なにかそういう教えがあるんだろうけど、うちの嫁さんも寝る時は常にベッドのわきにでっかいナイフを吊っているからな。

 

やっぱ一般人とは意識が違うね。

 

そんななんとなくおっかないお義兄さんを応接室に案内して、暖かな紅茶で口を湿らせ、俺はようやく話を始めることができた。

 

 

「お義兄さん、ご結婚おめでとうございます」

 

「まだだ」

 

 

彼は俺の祝いの言葉に、プイとそっぽを向いてそう答えた。

 

照れてるのか生真面目なだけなのか俺にはイマイチわからないが、妹のローラさんはそんな彼の様子にクスクスと笑う。

 

 

「長兄、目出度いことだ。別にいいじゃあないか」

 

「けじめだ」

 

 

ムスッとした顔でそんなことを言いながらも、どっかりと床に座り込んだお義兄さんはハイハイで突撃してくる双子を両手であやしている。

 

 

「だぁ」

 

「きゃあ」

 

 

子供の成長というのは驚くほどに早いもので、冬の間から離乳食も食べるようになった二人はぐんぐん大きくなった。

 

最近ではその元気さを持て余しているのか、毎日小飛竜造魔のトルフの尻尾やミオン婆さんのスカートの裾なんかを引っ張りまくって困らせている。

 

そんなわんぱく二人を両脇に抱えながら、お義兄さんはキリッとした顔で俺達に話を切り出した。

 

 

「今日わざわざ来たのは他でもない、この間の謁見の種明かしをしておいてやろうと思ってな」

 

「はい」

 

「明かすほどの種があるのかい?」

 

 

お義兄さんはもぞもぞ動くラクスを膝の上に移しながら「まあ聞け」と意味深に笑った。

 

 

「まずサワディ、貴様だが……治療した退役軍人どもに礼を言っておくんだな。彼らとその家族が掻き集めた四百名からの嘆願書がなければ貴様は死んでいた」

 

「えぇ……」

 

「おいおい」

 

「お前はな、やりすぎだ。切れすぎるサーベルは鞘にも収まらん。それで怪我をするぐらいならば別のなまくらの方がマシだ」

 

 

ぞぞぞっと背筋が寒くなった。

 

ほんと良かったよ、人助けしといてさ。

 

 

「それで、ローラの件だが。これはまぁ、色々だな」

 

「どういうことだ?」

 

「痩せても枯れてもトルキイバはテンプル穀倉地帯の一角だ、本来祝儀で頂けるようなものではない事はわかるな?」

 

 

それは俺も気になってた、大盤振る舞いすぎるもの。

 

 

「超巨大造魔建造計画が成れば、陸軍はこの地に魔結晶と造魔建造の工廠(こうしょう)を作るつもりだ。しかし、ここを治めるスノア伯爵は第三王子の後見人であるライズ侯爵の寄子(よりこ)なわけだ」

 

「第三王子は海軍出だからな、つまりそういうことか」

 

「それも理由の一つ、というわけだ。まあ、お前達は知らなくていいこともある。とりあえずありがたく頂戴しておけ」

 

「そうしよう」

 

 

お義兄さんは構ってもらえてご機嫌なノアとラクスを床におろし、すっくと立ち上がった。

 

胸ポケットから煙草を取り出し、火を付けながら窓際に歩いていく。

 

 

「それからな、言うまでもないかもしれんが……工事で外に出るぐらいならいいが、他の都市なんかに行こうとするなよ。」

 

「あ、はい」

 

「できれば予定はきちんと立てて、思いつきの行動もあまりするな」

 

「えっ、なぜですか?」

 

「大変だろう、見張るほうが」

 

 

お兄さんは煙草の煙を外に吐き出しながら、ちらりと家の向かいの平屋へと視線をやった。

 

 

「ええっ!?」

 

「当たり前だ、この都市に据え置きってのはそういうことだ」

 

「なんだ、気づいてなかったのかい? 冬の間から外にいる間は造魔で見張られていたじゃないか」

 

 

ローラさんまで不思議な顔をしているけど、そんなもん気づくわけないでしょ。

 

軍人でもないんだからさ……

 

はぁ、これから超巨大造魔の開発が全部うまく行っても、嫁さんは領主、俺は牢人かぁ……

 

 

「当面は行動予定をフランク・マリノあたりに提出してその通りにしていれば問題あるまい」

 

「でも僕なんかにそんな厳重な監視必要なんですかね? まるで重犯罪者扱いじゃないですか」

 

 

お義兄さんは「へっ」と吐き捨てるように笑い、少しだけ短くなった煙草を指でピンと投げ捨てた。

 

そのまま指先から放たれた熱線が空中の煙草を焼き切り、灰だけが春の風に吹かれて飛んで行く。

 

 

「トルキイバを爆弾庫にした大悪人が何を言っている」

 

「え?」

 

「元々この都市は大陸横断鉄道の完成時点から注目されてはいたんだがな、今回の魔結晶生成造魔の件で完全にクラウニアの最重要拠点だと認識された」

 

 

お義兄さんはもう一度外をちらりと眺め、今度は二階建ての宿の部屋へと視線を送る。

 

 

「今だって様々な派閥の間者が入り乱れていて、裏の人材の見本市みたいな状況だ。重犯罪者なんかよりもよっぽど手厚い監視だぞ」

 

 

そう言いながら肩をすくめて笑うお義兄さんは、窓から差し込む光に照らされてまるで若手俳優のように輝いていた。

 

話の内容もあってさながら映画のワンシーンのようだが、自分がその中心にいると思うと違う意味でワクワクドキドキだ。

 

ノアを抱きかかえたローラさんも、棒付きキャンディを舐めながら苦笑いしている。

 

まぁ、トルキイバの騒動のど真ん中にいるんだもんな……保護の意味でも監視されないわけがないか……

 

ほんとに俺、やりすぎたんだなぁ……

 

 

「それに……」

 

「ま、まだあるんですか!?」

 

「ここは土着の組織の結束が異様に強いようでな、どこの派閥もなかなか主導権を握れず困っているようだ。こういう場所は混乱が長引くぞぉ」

 

 

膝にしがみついてくるラクスの頭を撫でながら、お義兄さんは何がおかしいのかヘラヘラと笑っている。

 

色々なことを突きつけられた俺は、フラフラとよろけながら崩れ落ちるように椅子に座った。

 

燃え尽きたように項垂れる俺の頭の上に、部屋の隅から飛んできた黄色い小飛竜のトルフが乗っかって丸くなる。

 

こいつは気楽でいいな……

 

ゆらゆらと目の前に揺れるトルフのしっぽをちょいと摘み、膝の上に引き下ろす。

 

大悪人かぁ。

 

膝の上でもぞもぞ動く小飛竜を撫でながら、足を組んだ。

 

貫禄なんか付く間もないままに、変なところに来ちゃったなぁ。

 

葉巻も煙草も吸えない俺の細く長い溜息が、口には出せない後悔の代わりに陽光の中へと溶けていった。




中古クソボロ10万円アルトを買うか、中古ゴミ寸前5万円スーパーカブを買うかでしばらく迷ってます

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