異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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日本全国の人修羅の皆様方こんにちは。

次回は30話に一度のまとめ回ですので、何か書いといてほしいことのある人は活動報告にお返事ください。


第90話 なぜだかな 観光客に 大困り

暖かいを通り越して最早ちょっと暑い気すらする晩春。

 

俺は最近つかまり立ちをするようになったうちの双子に上着の裾を捕まれ、玄関先で立ち往生してしまっていた。

 

 

「あばーっ!」

 

「うーっ!」

 

「こらこらノア、ラクス。お父様はこれからお仕事なんだよ、しがみついちゃいけない」

 

「そうでございますよ、ばぁばと一緒にお留守番をしてまいりましょう」

 

 

双子はキラキラした瞳で俺を見つめながら、二人仲良く俺の上着の裾をおしゃぶりのようにしゃぶっている。

 

 

「ごめんなぁ、お父さんこれから仕事なんだ……」

 

 

元気なことは素晴らしいことだが……上着は変えないと駄目だな。

 

 

「ミオン、旦那様に新しい上着を」

 

「かしこまりました」

 

 

俺が上着を脱ぐと、その上着でそのまま包むようにしてローラさんが双子を持ち上げた。

 

このわんぱくな赤ちゃん達はいつの間にかモリモリと体重を増やし、ローラさんはともかく俺の腕ではもう二人同時にだっこするのは厳しくなってきている。

 

俺が特別非力なわけじゃないと思いたい、そもそも元軍人と研究者を筋力で比べるのが間違っているのだ。

 

特にここ数週間は乳離れも進み、毎日三食も四食も離乳食を食べているせいか、双子はまるで土筆(つくし)(たけのこ)かといった成長の仕方だ。

 

成長と言えば、この間地下に作った牧場もそうだ。

 

造魔孵卵器(インキュベーター)にかけていた鶏の卵が続々と(かえ)り始め、今鶏小屋の中は黄色いひよこで溢れかえっているらしい。

 

やはり春というのは動物も人間もグングンと育つ、そういう季節なのだ。

 

そんな中、体の事ではなく実務者として、めきめきと成長を遂げているのがこの女。

 

俺の筆頭奴隷であるチキンだった。

 

 

「風呂が足りてないんですよ」

 

「風呂?」

 

 

建て替えのために解体され、綺麗な更地となった旧MSG本部前でそう話すチキンに、俺はオウムのように言葉を返す。

 

今日は魔法でここの基礎を固めるためにやってきていて、今は相談があるという彼女のために休憩がてら一旦そちらを抜けてきたところだった。

 

 

「近頃野球が凄い人気でしょう? あれを目当てに観光客が沢山来ていまして……」

 

「観光客ぅ? どうやって?」

 

 

ここは電車に乗ればどこでも行ける日本じゃないんだぞ。

 

こっちの世界じゃ平民は列車に乗れないし、そもそも魔獣の跋扈する街の外に出ること自体が大変な危険なのだ。

 

 

「それがですね、地道に国の乗合馬車で来てるそうなんです」

 

「乗合馬車ったって、三日に一本来るぐらいだろ。それぐらいの人数ならたかが知れてるんじゃないか?」

 

「その乗合馬車に乗ってくる人がみーんなトルキイバで降りるから大変なんですよ。新婚旅行だとか銀婚旅行だとか、傷心旅行だとか諸国漫遊だとか言って、入ってきた人達がなかなか出ていかないんで公衆浴場が大混雑なんです」

 

「宿は?」

 

「宿はうちが経営してるところもありますし、部屋の余ってる家の人が小銭稼ぎで泊めたりするんでなんとかなってるんですけど……風呂はなかなか難しいんですよ」

 

「つってもなぁ、俺にも風呂なんかどうにもならないよ」

 

 

俺は叩けばアイデアが出てくる打ち出の小槌じゃないんだ。

 

トルキイバはもう農業都市としてある意味成長しきった土地なのだ、不要な土地もないし、空き家率も低い。

 

急に言われたって俺にはどうにもできんぞ。

 

 

「ですので、増やそうかと思いまして」

 

「増やす? どうやって?」

 

 

空を切り抜いたような青いスーツを着たチキンは、五階建てのうちのマンションを指差して不敵に笑った。

 

 

「既存の公衆浴場をこのマンションと同じように上に伸ばします」

 

「既存のって言ったって、公衆浴場なんか誰も売ってくれないじゃないか」

 

 

まだまだ家風呂の少ないこの街の公衆浴場ってのは、普通にやってればまず赤の出ない商売なのだ。

 

当然誰も手放そうとしないから、ずーっと土地の買収を続けてるうちも公衆浴場はまだ買ったことがなかった。

 

 

「それがですね、少々値は張るんですが……中町の公衆浴場のオーナーのパドル氏より、シェンカー家になら売ってもいいとお話を伺っているんです」

 

「え、マジ? 公衆浴場売ってくれるの!?」

 

「あそこの店はロース副頭領が懇意にしているそうで、もう年だしたった一人の跡取り息子が王都に出ていってしまったので相続に困っていると相談を受けたらしいんですよ」

 

「ロースかぁ、あいつほんとに顔が広いな」

 

 

チキンは「面倒見のいい人ですから、いろんな人に好かれるんですよ」と苦笑しながら、かぶっているアイボリーのハットのつばを指先でツンとつついて空を見上げた。

 

俺もつられて空を見上げると、ぽっかりと浮かんだ雲がぷかぷかと西へと向かっていくのが見える。

 

そういえば一時期多かった超巨獣の襲来を知らせるサイレンも、近ごろはあんまり聞かなくなったな。

 

あれもダンジョンでロース達冒険者組が頑張っているお陰なんだろう。

 

 

「それでその公衆浴場なんですけど、野球場からもほど近いんで、そちらからの客入りも考えて風呂以外にも色々な機能を持たせたいんですよ」

 

「機能? どんな?」

 

「たとえば散髪ができるようにしたり、指圧師を常駐させたり、軽食を食べられる場所を作ったり……」

 

「なるほど、スーパー銭湯にするってことか」

 

「スーパー……? ですか?」

 

 

ああ、スーパー銭湯じゃあ通じないか。

 

俺はキョトンとした顔のチキンに苦笑しながら手を振った。

 

 

「いや、まあとにかく、一日潰せるような魅力盛りだくさんの施設にするってことだろ?」

 

「そうですね。一応お風呂自体は近隣の方の利用も考えて、これまでと同じお値段でということを考えています」

 

「それでいい、うちみたいな商売は街の人達がいてこそだ、前のほうが良かったって言われないようにしなきゃな」

 

「もちろんでございます」

 

 

しかし風呂屋ねぇ……いよいようちもなんでも屋が極まってきたな。

 

まあ、うちの母体は冒険者組だから、使える風呂が増えるのは組織的にも全然アリなのかな。

 

その冒険者組が熱心に管理しているらしい土竜(もぐら)神殿の方になんとなく目をやると、神殿の周りにござを敷いて商品を並べている人間たちがいるのが見えた。

 

いつもはあんまり気にしてなかったけど、あの勝手に店広げてる闇市みたいなのは放っといてもいいんだろうか。

 

 

「あの青空市場ってさ、どこが管理してんの?」

 

「一応うちのイスカが毎日一通りは見回りをしているはずです。あそこも好き放題やってるわけではなくて、うちの人間以外は商売できないようにしています」

 

「ふぅん、そうか。場所代とかはどうしてるの?」

 

「今の所は特に取ってませんけど、取ったほうがいいですか?」

 

「うーん」

 

 

別に小銭が欲しいってわけじゃないが……どうせなんかあった時にうちがケツを持つなら、そのための金ぐらいはプールしておきたいって気持ちはある。

 

いや、いっそのこと土竜神殿に正式に管理人をつけてそいつに闇市も直接管理させようか。

 

そんなことを考えながら土竜神殿の方へとプラプラ歩き、なんとなく商品を眺める。

 

漬物、古着、ちびた刃物や穴の空いた網、俺とローラさんみたいな見た目の木彫りの人形もある、雰囲気は完全にフリーマーケットだ。

 

これは別に見ていてもしょうがないなと踵を返そうとしたところで、キラリと陽光を反射する金色のものが目に入った。

 

 

「なんだ……?」

 

 

なんとなく気になって近づいてみると、それはピカピカに磨かれた金色の時計だった。

 

なんでこんなところに時計が?

 

時計というものは、間違ってもこんな地べたに置かれて売られているものじゃない。

 

工作機械もロクにないこの世界、こういうものは驚くほど高いのだ。

 

 

「いらっしゃい……って……えっ!? サワディ様!?」

 

「ああ、気にしないで」

 

「へ、へぇ……」

 

 

恐縮しきっている大柄な鱗人族に「触ってもいい?」と声をかけてから手にとってみる。

 

ずっしりと重い、形だけ真似たオモチャというわけではないようだ。

 

彫金も施されていないシンプルな真鍮の懐中時計だが、きちんと針が動いている。

 

自前の時計を取り出して比べてみるが、針の進む速度も同じ、ちゃんとした時計のようだ。

 

 

「これどっかで買い付けてきたの? 貰い物?」

 

「い、いえ……こいつが作ったんでさ」

 

「こいつ?」

 

 

鱗人族の彼が指差したのは、隣りに座っていた少年だった。

 

 

「その子もシェンカーの人間?」

 

「そうです、俺は革工場、こいつは縫製工場で働いてます」

 

 

少年はなぜか値踏みをするような目で俺を見つめているが、自分を雇っているのがどういう人間なのか気になるんだろうか?

 

俺は時計を持った掌を少年の前に出して、いくつか質問をした。

 

 

「これ、どうやって作ったの?」

 

「部品を一つ一つ削り出して作りました」

 

「どこで作り方を教わったの?」

 

「実家が時計屋だったので、曽祖父に」

 

「どれぐらい時間がかかった?」

 

「道具から揃えたので、半年ほど……」

 

「ふぅん……チキン、どう思う?」

 

 

俺が後ろに控えていたチキンにその時計を渡すと、彼女は色んな角度からそれを見つめて感心したように唇を尖らせた。

 

 

「いい出来です、奴隷の出自や経歴はもう少し詳細に調べるようにしたほうが良さそうですね」

 

「うん」

 

 

彼女から時計を受け取った俺は少年に向き直り「これ、いくら?」と聞いた。

 

 

「金貨五枚です、ご主人様」

 

 

しれっとそう答えた彼の姿に後ろめたそうな様子はまるでなく、いっそ気持ちいいぐらいだ。

 

 

「お……おいカシオ! 相手はサワディ様なんだぞ……」

 

「いいんだ」

 

 

鱗人族が少年を諌めるのを止め、俺は地面にしゃがみこんで正面から少年に向き合った。

 

金貨五枚、日本円にしてだいたい五十万円だ。

 

俺が使っている時計でも、だいたい同じぐらいの値段。

 

彫金もない、風防(ガラス)もない、これから先どれぐらい動くのかもわからない時計に、普通ならば金貨五枚をポンと払う人はいないだろう。

 

だが俺は彼の手に、金貨十枚を握らせた。

 

 

「おまえ、出世したいか?」

 

「はい、ご主人様」

 

 

そう答えた彼の瞳は、やる気と野心に燃えていた。

 

こういう人間は金と時間さえあればきちんと自分を磨く。

 

この金貨十枚は言わば先行投資だ。

 

金になる技術というものは得難いものだ、彼にならたとえ金貨二十枚やったってきっと元は取れるだろう。

 

 

「あ、金貨……ひぃふぅみぃ……カシオ、何枚?」

 

「十枚だよ」

 

「あの、サワディ様? ちょっと多いですよ?」

 

 

金貨の数を指折り数えている鱗人族に苦笑しながら、後ろに控えるチキンに時計を手渡した。

 

 

「名前は?」

 

「カシオです」

 

「チキン、カシオを時計屋として取り立ててやれ」

 

「かしこまりました」

 

 

俺と同じように苦笑するチキンがそう言うと、鱗人族は「やったなあ!」と大声を出しながらカシオに抱きついた。

 

 

「こいつ、文字も読めるんです、数字だってわかるし……あと地図も描けます、それとお茶を入れるのも……」

 

「わかった、わかったよ」

 

 

どうやら人望もあるらしい、将来有望だな。

 

しかし、風呂屋に時計屋か……一体全体、うちはほんとに何屋なんだろうか……

 

人材派遣をやってたはずなのに、いつの間にか雇う方になって、観光客の対応にまで腐心して……

 

観光といえば、今作ってる百メートルの高さの造魔が完成したら、野球場と同じようにあれもまた観光スポットになってしまうんじゃないか?

 

なんせ未だ高層ビルなんかない世界だ。

 

この街じゃ高さ二十メートルほどの魔導学園の本棟や、それよりちょっと低いうちの五階建てのマンションですら目立って目立って仕方がないんだぞ。

 

その五倍の高さのものなんて、もしかしたら王都にだってないかも……

 

もしそれを見に観光客がやってきたら、またうちが宿だ風呂だと苦労をするのか?

 

なんだかなぁ……しなくていい苦労をしてる気がするなぁ……

 

 

 

 

 

そんな巨大造魔建造用のドックの中から、ごぼりと大きな泡が浮き上がって消える。

 

俺はそのドックにかけられた橋の上から、建造途中の時計塔(100メートル)級アラクネ型造魔の後ろ首を見上げて(・・・・)いた。

 

第二段階まで建造を勧めたそれはちょうど十メートルの深さのドックから少し肩が出ているぐらいの大きさで、後ろから見ればまるで巨人が風呂に入っているようにも見える。

 

まぁ六メートルぐらいのフルフェイスヘルメットに八つの目玉を貼り付けたような顔だから、前から見れば沼から出てきた化け物って感じだろうけど。

 

 

「しかし、改めて見ると凄い大きさだねぇ。まだ肩から上しかできてないのに見上げなきゃいけないなんて」

 

「本番で作る都市級に比べたらこれでもまだまだ小さいんですよ、軍は最終的には造魔の背中の上に街を作るつもりらしいですから」

 

「うへぇ、動く街かい? 僕は結構乗り物酔いするタチでね、そこには住めそうにないな」

 

 

造魔研究室のマリノ教授と、その助手である俺はそんな事をくっちゃべりながらも手を動かし、こいつに打ち込む制御杭の最終調整を行っていた。

 

まだ原因は解明されていないが、造魔というのは人の手で作られながらも長生きすれば自我を獲得してしまうもの。

 

さすがにこのサイズの造魔だと、下手に動かれると街が壊滅するからな……

 

なので間違っても自我が芽生えることのないよう、最初から制御杭を打ち込んでリモートコントロールで動く造魔として運用する事に決まっているのだ。

 

 

「じゃあ……始めようか」

 

「はい」

 

 

マリノ教授の言葉で作業は始まり、俺は橋から渡した梯子で造魔の肩へと渡った。

 

 

「神経確認します」

 

「神経確認、よし」

 

 

造魔の首へと探知魔法をかけ、バイパスする予定の神経の場所を確認する。

 

蜘蛛の体の上に人間型の上半身が乗っかるアラクネ型は、神経や筋肉も人間と構造が近い。

 

俺は造魔の脳から背側へと走行する運動神経を確認し、制御杭を入れる切れ目にマーキングを施してから橋へと戻った。

 

 

「神経異常なしです」

 

「異常なし、よし」

 

「切開します」

 

「切開、よし」

 

 

教授の許可の言葉に、造魔研究室の後輩に当たる生徒二人が腕まくりで橋から造魔の肩へと移る。

 

一人はこのためだけに作った巨大な鉄板のメスを浮遊させて造魔の首へと近づけ。

 

もう一人はその浮遊する鉄板を超振動させ、二人がかりでそれを操りゆっくりとゆっくりと首に切れ目を入れていく。

 

なんせ太さが四メートル近くもある首だ、しかもアラクネは戦闘用造魔で作りが頑丈だから余計に力の塩梅が難しい。

 

もちろん頑丈とはいえ攻撃魔法に耐えられるような強度ではないから、こういう迂遠な方法を取っているわけだ。

 

切り込みを入れすぎて首を落としてしまっては意味がないからな。

 

魔法の利用法っていうのは向いてる分野と向いてない分野がバキッと分かれている、しょうがないことなのだ。

 

 

「切開完了です」

 

「切開完了、よし。制御杭、挿入」

 

 

いちばん大事な部分は責任者の仕事だ。

 

マリノ教授は魔法で浮かせた制御杭を、設計図通りに首の切れ目へと差し込んだ。

 

 

「挿入完了」

 

「再生魔法かけます」

 

「再生魔法、よし」

 

 

俺は造魔の皮膚の表面の方に、少しづつ再生魔法を流し込んでいく。

 

全部一気に治すと制御杭が弾き出されてしまうから、傷口の端だけ閉じてあとは自然治癒に任せるのだ。

 

そんな状態では普通の生き物ならそのまま死んでしまうだろうが、これぐらいじゃあ造魔は死なない。

 

なぜ死なないのかはまだわかっていない。

 

というか、俺が魔結晶交換式の長寿命造魔を作り出してから未だ十年も経っていないんだ、造魔に魔素切れと耐久限界以外の死があるのかどうかなんて誰も知らないのだ。

 

そもそも既存の動物と似通った構造をしていて自我を獲得するとはいえ、魔力のみで動く人造物(クリーチャー)である造魔に、治癒どころか生命という概念があるのかどうかというのも正直疑問ではある。

 

俺たちは正しくわからないものをわからないままに、欲望の限りを尽くして使い倒しているわけだ。

 

いつか人類がこの傲慢さに手痛い反撃を食らう時が来るのかもしれないが……その時が俺や俺の子どもたちの代でないことを願おう。

 

制御杭の突き刺さった傷跡から流れる、金の粒子の混ざった黒い体液を見ながら、俺は大して信じてもいない神様にそう祈ったのだった。

 




上前三巻は11月27日発売予定
コミカライズ二巻は12月12日発売予定です
なにとぞよろしくお願い致します

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