異世界で 上前はねて 生きていく (詠み人知らず)   作:岸若まみず

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超お待たせしました。
スランプで全然書けない日が続き、その日の最低気温が0度を割ると書けないということだけが判明しました。
長くなったので分割です。


第92話 黒と金 並んで歩く 夏の街 前編

一番暑い時期を過ぎたとはいえ、まだまだ夏真っ盛りのこの頃。

 

日焼けした子供たちは道を駆け、工事現場の作業員は浴びるように水を飲み、作りかけの劇場は真っ白な外壁を太陽に照らされてぴかぴかと輝いていた。

 

そう、劇場だ。冬から始まった俺の子供の頃からの悲願であるマイ劇場の建設はモリモリ進み、いつの間にやら五階建ての二階あたりまで完成していたのだ。

 

まだ作りかけとはいえ、背の高い建物の少ないこの街のことだ、白鷺のように美しい白壁を持つ円柱状の俺の劇場はさぞかし人口(じんこう)膾炙(かいしゃ)することだろうと思っていた……のだが、トルキイバの人々は新しくできる劇場なんかには目もくれず、毎日毎日別の大きなもの(・・・・・)の話題で盛り上がっていた。

 

 

「昨日よりちいっとデカくなったか?」

 

「なったなった。酒場の前からこう見るとよ、グレンの宿屋の屋根の端にちょうど巨人の顔がかかるのよ。昨日までは目のところにかかってたけど、今日は鼻まで行ってやがる、デカくなってんだって」

 

「ほんとかぁ?」

 

「ほんとほんと、俺毎日見てんだもん」

 

「お前ってほんと暇だよな」

 

 

 なーんて会話がトルキイバ中でされているって報告を昨日チキンにされたばかり。

 

要するに、街の外の巨人の話だ。別に巨人ったってこの星を守りに来たヒーローってわけじゃない、俺が作ってる例の時計塔級(デカい)造魔の事だ。

 

すでに工程も半ばを越え、建造ドックの天幕を突き破って天まで伸びたそれは、まるで本当の時計塔のようにそびえ立っていた。

 

前からうちの家が色々やっていることを知っていた街の人達は、街の防壁の上まで平気な顔で見物にやって来ているらしいが、トルキイバに詰めている諜報部員(スパイ)たちはそうでもなかったようだ。

 

造魔が天幕からひょっこり頭を出した日からしばらくは鉄道が超満員となり……

 

街の外から巨大造魔を監視する要員なんだろう、やけに装備と体格のいい魔法使いの(・・・・・)新人冒険者達が百人単位で街へと流れ込んできたそうだ。

 

彼らは連日連夜交代で街の外にキャンプを張り、巨獣や超巨獣を蹴散らしながら監視を続けているらしい。

 

暑いのによくやるよな、軍人さんってのは本当に大変だ。

 

 

夏なのに窓を締め切ったままの諜報部員の詰め所を自室の窓から眺めながら、俺は涼しい空気を浴びつつ双子のお兄ちゃんをあやしていた。

 

 

「あう~」

 

「あ~ひやっこいね~ノアくん良かったね~」

 

 

そう、涼しい空気だ。俺はついにやったのだ。

 

自作の冷房魔具と自作の温度センサー造魔を組み合わせ、魔結晶動力の冷房機(クーラー)を完成させたのだ。

 

 

「う~」

 

「ノアくんいいね~涼しいね~」

 

 

巨大な四角い箱の冷房機から出る冷風を顔に浴び、気持ちよさそうな表情をしているノアの背中をポンポンと叩いてゆっくりと体を揺らしてやる。

 

普段からご機嫌な双子も、冷房機の前ではもっともっとご機嫌だ。

 

パワフルに風を吐き出していたそれが急にパチンと音を立てて動作を止めると、その音を聞いたノアがキャッキャッと笑った。

 

よしよし、温度調節機能はしっかり働いてるな。

 

この魔具冷房機には室温が二十五度以上になると体を伸ばしてスイッチを入れる造魔がついていて、それが勝手にスイッチを入り切りして冷え過ぎを防止してくれるという、原始的ながらも確実な作りになっているのだ。

 

細かな温度調節はまだできないけれど、それはまた今後の課題だな。

 

 

「う?」

 

「もうノアは着替え終わったかい?」

 

「あ、終わりましたよ」

 

 

不思議そうな顔で動かなくなったクーラーをぺちぺち叩いているノアの背中を撫でながらそんなことを考えていると、部屋のドアが開いてローラさんが姿を現した。

 

開いたドアから流れ込んできたムッとした熱気でまた冷房魔具のスイッチが入り、送風口の先から冷たい空気が出始める。

 

よしよし、温度管理はちゃんと効いているようだな。

 

 

「また冷房の前にいたのか。 そろそろ居間に行かないとお姫様が拗ねてしまうよ、しばらくしたら長兄も来るしね」

 

 

涼しい顔でサマーニットを着こなした彼女は、開けた扉をコンコンと手の甲で叩きながらそう言った。

 

そう、今日はローラさんの実の兄であり俺の義兄であるアレックス氏がトルキイバにやって来る日なのだ。

 

どうも国は魔結晶密造工場の件で完全に俺を危険人物と見なしたようで……

 

内々に超巨大造魔建造計画の担当官にされたお義兄さんが、俺個人のお目付け役も兼ねて何ヶ月かに一度様子を見に来ることに決まってしまったのだ。

 

もちろん俺や現場の情報は逐一皇室付きの諜報部員が王都へ上げているだろうから、お兄さんの定期的な来訪は多分俺に対する脅しだ。

 

「次に何かやらかしたらこいつがすぐにでもお前の首を飛ばすぞ」ってことなんだろう。

 

もちろん俺だって最初から悪いことをするつもりなんか毛頭ないんだが、お兄さんの顔を見ると否応なく気が引き締まるというものだ。

 

おっかないからな、あの人。

 

 

「いま行きますよ。ほらノア立っちして~、伯父さんが来るよ〜」

 

「やぃ~」

 

 

後ろからノアの両脇に手を入れて立ち上げさせ、お母さんの方に向かおうとする彼を支えながら一緒に歩く。

 

ぴょこんと跳ねた頭の上の毛がゆらゆらと揺れるのを見ながら三歩ほど進んだところで、扉の方から聞き覚えのあるイケメンボイスが聞こえた。

 

 

「もう立つようになったのか、なるほど子供の成長というのは早いものだな」

 

「お義兄さん」

 

 

俺が顔を上げると、部屋の入口にはノアの妹であるラクスを抱っこした金髪イケメン、俺の義理の兄にあたるアレックス・スレイラ氏が立っていた。

 

 

「長兄、もう着いたのか。予定よりも早かったんだな、皆で出迎えようと思っていたんだが……」

 

「構わん。予定というのは立てた通りに進むことの方が少ないものだ」

 

 

そう言いながら部屋に入ったお義兄さんはラクスを抱えたままドカッとソファに座り、不思議そうに室内をぐるりと見回した。

 

 

「ここは涼しいな」

 

「旦那様の発明品さ」

 

 

ローラさんがなんだか自慢げにそう言って親指で冷房機を差すと、ラクスに金色の御髪を掴まれているお義兄さんの瑠璃色の瞳がギロリとこちらを向く。

 

 

「発明品?」

 

「いやー、その、あのですね……これはほんと、そんな大したものじゃないんですけど、魔結晶を入れておけばちょうどいい温度を保ってくれるっていう、へへ……ケチな道具を作りまして……」

 

 

別に今回は便利な魔道具を作ったってだけの話で、なんらやましいところはないんだが……なんとなくお義兄さんの前だとしどろもどろになってしまう。

 

彼はそんな俺の態度にフンと鼻を鳴らしてソファにラクスを残して立ち上がり、魔具冷房機の送風口をまじまじと覗き込んだ。

 

ラクスが乱した前髪が風に吹かれてもっと乱れたが……風に吹かれようが、雨に打たれようが、雪が積もろうが、絵になる人というのは絵になるものだ。

 

彼は乱れた髪を嫌になるぐらい格好良く掻き上げて、クッと冷笑的に喉を鳴らした。

 

 

「相変わらず、楽をするために苦労をしたがる男だ」

 

「ど、どうも……」

 

 

じっくりと機械を観察した彼から褒められているのかけなされているのかわからないお言葉を頂き、土産だと手渡されたノアとラクスの絵本の礼を言い、食堂で家族揃って食事をしてから一緒に家を出た。

 

お義兄さんの仕事は超巨大造魔建造計画の査察と俺への監視。当然、用事があるのは可愛い甥っ子姪っ子のいる妹の家じゃなく、街の外の建造ドックなわけだ。

 

というわけで、俺は甥や姪と遊び足りなかったのかなんとなく不機嫌そうな彼と一緒に、馬車に乗って町の外へと向かった。

 

今なら道の説明も簡単だ、「巨人まで」で通じるんだからな。

 

 

 

そうしてあっという間に着いたトルキイバの壁の外で、俺達はのけぞるようにして腰の部分を建造中の時計塔(100メートル)級造魔を見上げていた。

 

 

「こいつが時計塔級か。ここに来る途中の列車の中からも見えたぞ、たいした大きさじゃないか」

 

「ここからもっと大きくなります。これはまだ六割といった程度で」

 

「ほう、六割でこれか。やはり聞くのと見るのとでは全く違うな、もう少し小さいものかと思っていた」

 

 

そう言いながらまじまじと建造ドックの中の造魔のくびれた腰を見たお義兄さんは、もう一度全体を見回してから首を傾げた。

 

 

「ずいぶんと接地面が少ないようだが……これは作っている途中で転んだりはしないのか?」

 

「建造の手順に工夫がありまして、風程度ではビクともしないようになっています。倒れても問題ないように距離は取っているので、万が一があっても街に被害はありません」

 

 

プラモデルのように(ランナー)も一緒に作れたら簡単なんだが、そうもいかないので頭を悩ませ重心の位置を計算しながら建造しているのだ。

 

この一体が完成すれば、こいつに建造補助をやらせればいいからもっともっと速度が出せるんだけどな。

 

 

「そうか、これと同じものをいくつか作ると言っていたが……」

 

「一応時計塔級は四機の建造を予定しています。二機目からは一機目を製造工程に組み込めますので、今の八分の一以下の工数で建造できるはずです」

 

「……工程削減もいいが、できる範囲の半分程度にしておけ。やり過ぎればせっかく拾った命がまた誰かの天秤の上に乗るぞ」

 

 

お義兄さんは苦笑いで口の端から煙草の煙をふぅっと吐き出して、こちらを見もせずにそう言った。

 

あぶねぇ……またやりすぎるところだったか……忠告に従ってもっと手を抜くことにしよう。

 

全てを覆い尽くすような巨大な造魔の影の中、俺は流れ落ちる冷や汗をぐっと手の甲で拭ったのだった。

 

 

 

たっぷりと時間を掛けて巨大造魔の建造ドックを案内したその後、俺はお義兄さんを伴って建設途中の自分の劇場の外にいた。

 

移動途中に「お前の関わっている建物全てに案内しろ」と言われたので、どうも彼はこの街で俺が関わっているものの全てを見て回るつもりのようなのだ。

 

もちろん俺はすぐにこう答えた。

 

(シェンカー)の関わる建物って、かなりの数があるんですけれど……」ってね。

 

でも返ってきた言葉はこうだ。

 

 

「いいから案内しろ」

 

 

そりゃもうアイアイ・サーだ。

 

文句なんか言えるわけがない、俺には地下に魔結晶工場を作っていた前科があるからな。

 

見せろと言われて否とは言えないわけだ。

 

そんな彼と一緒にやって来た劇場建設予定地は、活気があるというか混沌としているというか……ひしめき合う人と資材で足の踏み場もないほどだった。

 

数え切れないほどの奴隷達がレンガや土を運び、振り下ろされるツルハシやシャベルの音に負けないように叫ぶような作業指示が飛んだかと思うと、それに対してもっと大きな声で返事が返る。

 

かと思えば、ちょっと離れたところでは作業員たちが日陰を作って弁当食って爆睡していたり。

 

こりゃあ現場監督も大変だろうな。

 

 

「しかし、ずいぶんと小ぢんまりとした劇場のようだな」

 

 

二階の窓のアーチ部分のレンガを積んでいる作業員達を見つめながら、お義兄さんはそう言って新しい煙草に火をつけた。

 

 

「それって王都の劇場と比べて言ってらっしゃいます? さすがに名だたる大劇場と比べられては困りますよ」

 

「そういうものか? 私はあまりこういうものには興味がなくてな、付き合いでしか行ったことがないが……国立劇場はもう少し……」

 

「ですから、それはこの国で一番大きい劇場なんですって」

 

 

シェンカーの土木部の人間たちが汗だくになりながらレンガを積むのを横目に見ながらお義兄さんにクラウニアの劇場の平均サイズを解説し、今できている場所をぐるりと回っていく。

 

舞台の奈落となる地下室から、役者たちのパウダールーム、いざというときのパニックスペースまで図面を見ながら一つ一つ説明していくが、お義兄さんはあまり興味なさげにそれを聞いていた。

 

 

「とまぁ、こういう形でせり上がりの装置がですね……」

 

「大体わかった、ここはもういい」

 

「そうですか?」

 

「まだ建築途中だろう、完成したらもう一度来ることになるだろうしな」

 

「その時はぜひ特等席にご案内しますよ!」

 

 

俺がそう言うと、彼は興味なさげにハンと鼻で笑い、胸元の煙草の箱を探る。

 

そして最後の一本だけ残っていた煙草に火をつけ、俺のことをチラリと眺めて首を傾げた。

 

 

「しかしなぁ、劇場なんかわざわざ自分で作らなくてもいいものだと思うが……」

 

「まぁその……人生の張りと申しますか、昔からの夢と申しますか……」

 

「張りだなんだのと言うような年ではなかろう? そんなことを言っていたら二十歳を超えればすぐに老け込むぞ」

 

 

言われてみれば、たしかに俺はまだ十七歳だったな……

 

前世なら制服着て学校に通ってる頃だけど、こっちじゃこれぐらいの年で働いてて子供もいてっていうのが普通だから、もう今となっては前世の感覚の方に違和感を感じるぐらいだ。

 

 

「まあ、劇場ぐらいならば平和なものか……」

 

 

お義兄さんは深くため息をつくように紫煙を吐き出してそう言い、首を左右にゴキゴキと鳴らした。

 

 

「そういえば劇団も自前なのだったな。演目は何をするつもりだ?」

 

 

地下から地上に上がる階段に繋がる通路を歩きながら、彼はそういえばという感じで俺にそう聞いた。

 

通路の向こう側からこっちに来ようとした作業員が顔を見せたが、俺達の事を見てすぐに引き返していく。

 

まあ別に十分すれ違えるんだけど、廊下でオーナーとすれ違うのもなんか嫌なのはちょっとわかる。

 

 

「演目はリルクスの『裸族の女』と……新作の劇を……」

 

「新作? お抱えの劇作家でもいるのか?」

 

 

意外そうな、ちょっと感心したような顔で言うお義兄さんには申し訳ないが、そんな立派なものではないのだ……

 

 

「あ、いや、その……お恥ずかしいんですが、自分で脚本を書きまして……」

 

「貴様がか?」

 

 

案の定、お義兄さんはなんとも言えない渋い顔になってしまった。

 

 

「ええ、以前からうちの実家の商会の商品なんかを紹介するような宣伝の劇を書いたりしていまして、その流れで……」

 

 

慌てて早口でそう付け加えるが、お義兄さんの顔は渋いまま。

 

当たり前だよな、自分で書いた脚本を劇団どころか劇場まで作って演らせるって、どんだけ道楽バカ貴族なんだよって感じだ。

 

実際は書きたくて書いたわけじゃなくて、うちの奴隷達に請われたから渋々書いたわけなのだが、外から見ればそんなことは関係のないことだ。

 

 

「宣伝劇……それはこんな劇場まで作ってやるようなことなのか?」

 

「あ、いやー……その……」

 

 

本当にその通り、ごもっともだ。

 

羞恥心に顔が赤く染まるのを感じるが、どうにも言い逃れができないのが悔しい。

 

返事をしあぐねたまま階段を登ると、その先のロビーに当たる場所でさっき引き返していった作業員たちに挨拶をされ、真っ赤な顔のままで小さく手を振って返す。

 

なんとなく気まずい空気のまま、まだ屋根がなく物理的に吹き抜けてしまっている吹き抜けを通り、門のないエントランスを抜ける。

 

外へ出たところで、お義兄さんがオホン!と咳をした。

 

 

「……あー、そうだな、そういえば貴様と妹の結婚祝いをやっていなかったな。どうだ、貴様にその気があるならば誰か脚本家を紹介してやるが?」

 

「……えっ! ほんとですか!?」

 

 

長い沈黙を破り、渋い顔のままのお義兄さんの口から出たその言葉に、俺は思わず大声でそう聞き返した。

 

 

「小さな劇場とはいえ、貴様の城だろう。城にはふさわしい宝がなければならない。貴様も仮にもスレイラに連なる者として、せめてもう少し格を持て」

 

「は、はぁ……ごもっともで……」

 

「それで、さっきの話はどうだ?」

 

「あ、是非お願いします! 是非是非!」

 

 

お義兄さんの提案は本当に渡りに船、大海の木片だった。

 

元々どこかの作家に劇場の目玉になるような脚本を発注しようとは思っていたのだ、大貴族のコネクションでそれを紹介してくれるのならばこんなに嬉しいことはなかった。

 

 

「どういう脚本家が好みだ、喜劇か? 歌劇か?」

 

 

俺の頭に、一瞬で数々の名作家達の名前が浮かんでは消えたが、それを精査する前にポロリと口から溢れた一つの名前があった。

 

 

「メジアス……あの、メジアスという脚本家をご存知でしょうか?」

 

 

メジアスというのは俺の世代の演劇ファンからすると、カリスマのような存在だった。

 

斬新な切り口、重厚な世界観、そしてどんなテーマでも薄れることのない濃い作家性。

 

思えば妻のローラさんと初めてデートした日も、メジアスの話をしたような気がする。

 

とにかく俺にとっては思い出深い、一番好きな作家なのだ。

 

 

「メジアス? ワーレン伯爵家の四男か、売れっ子じゃないか」

 

「やっぱ駄目ですかね? 大物すぎますか?」

 

「さあな、それは先方が決めることだ」

 

 

お義兄さんはそう言いながら、ポケットから取り出した手帳に何かを書き付けた。

 

 

「え、じゃあ……紹介して貰えるんですか!?」

 

「ちょうどワーレン伯爵家の三男が友人の部下にいる、なんとかしてみよう」

 

「やったっ!」

 

 

お義兄さんの言葉に、俺は思わず飛び上がって喜んでしまった。

 

もしこの夢の劇場で、大好きなメジアスの新作が公開できたら……もう死んだっていい!

 

いや、双子もいるから本当には死ねないんだけど……とにかく、これが実現するならばとんでもなく栄誉なことなのだ。

 

おっと、そういえばお義兄さんも今度結婚するんだったな。

 

貰ってばかりでは悪い、俺にできることならば何でもして恩を返そう。

 

 

「失礼しました……そういえば今度お義兄さんもご結婚なさるんですよね。実はうちで王都の女性にも大人気のお酒を作っているんですよ、是非贈らせてください」

 

「はっ、ローラ・ローラか……嫁の名前のついた酒をその兄の嫁に送ろうとは、気の利いたことだ」

 

 

お義兄さんは苦笑しながらそう言って胸ポケットを探り、煙草の箱が空なことに気づき、それを握りつぶした。

 

忌々しげにそれをポケットへとしまい込み……一筋流れた汗を不快そうに拭うが、そんな姿でも様になってしまうのがイケメンの羨ましいところだな。

 

しかし、やべーな……浮かれて調子に乗っちゃったよ、そうだよな、妹の名前のお酒送られても困るよな。

 

 

「そうですよね……すいません」

 

「かまわん、祝いの品を突き返すようなことはせん」

 

 

お義兄さんはそう言ってから顎に手を当て、それよりも……と続けた。

 

 

「本当に祝う気があるなら、あの冷房機も寄越せ、三台ほどな」

 

「あ、はい!」

 

 

あんな嫌味言ってたのに実は欲しかったのか……素直じゃないなぁ。

 

じりじりと照りつける太陽の下、俺はお義兄さんから細かな冷房機の仕様の希望を聞き出しながら、作りかけの白亜の劇場を後にしたのだった。




続きは出せたら明日出します

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