星詠みの皇女外伝 Edge of Tomorrow 作:ていえむ
本シリーズにはクラス変更した既存キャラが登場します。半オリ鯖な扱いとなりますので、苦手な方はブラウザバックをお願いします。
それは夏も盛りの八月某日。世間ではバケーションだなんだと騒いで海やら山やらに出かけているが、ここカルデアでは無縁のこと。
グランドオーダーに関する査問は遅々として進まず、かといって今は微小特異点の発生も認められず、暇を持て余していたカドックはたまたま目についた一人のサーヴァントと朝のティータイムを過ごしていた。
いつもならアナスタシアか、そこに更に立香とマシュが加わったメンバーで席を設けるのだが、生憎と全員が用事があるとかでまだ食堂には来ていない。なので、先ほどから喋りっぱなしの彼女の相手をカドックは一人でこなしていた。
もっとも、面倒くさくはあっても不快感はなく、やや大げさな身振りも交えた彼女の話は所々で引き込まれる部分も多い。何気なく聞き返してしまい、そこから更にスケールの大きな話が引っ張り出されるなんてしょっちゅうだ。
つまりは、それだけ彼女が暮らしていた世界は波乱に満ち溢れていたのだろう。サーヴァントユニヴァースとやらは。
「ええ、いつものことながらヴィラン連合には手を焼かされましたが、それはそれは。なんやかんやとありまして、浮かび上がった街も元通りとなり、ここに新円卓は結成されました。ヴィラン達への正義の報復が始まったのです」
そう言って見栄を切る様にポーズを取ったジャージ姿の少女――謎のヒロインXが話していたのは、彼女の出身地であるサーヴァントユニヴァースとやらで起きた事件の一つであった。
曰く、凶悪なヴィランが暴れ回り、討伐に出た大英雄との戦いの余波で被害が拡大。紆余曲折を経て正義のチーム「新円卓」を結成するに至った流れである。
「明らかに敵よりも内ゲバで崩壊しかかってなかったか、新円卓?」
「超人ヘラクが暴走した時は、どうなることかと。ライオンヘッドがこんなこともあろうかと用意していた直流式駆動外装ヘラクバスターがあったから良かったものの、それはそれでまた色々と遺恨を残す結果となり……」
「創立メンバーなのに、次話で消えたのはそういう理由か」
こちらの歴史でもギリシャの大英雄は過酷な人生を送っていたが、向こうは向こうでかなり悲惨な目に合っていたようだ。
とんでもない暴れっぷりから切り札扱いはされど信用されず、白い眼で見られてばかり。挙句、遠い宇宙の彼方に追いやられてしまったらしい。
もっとも、そこで新しいヒロインと結ばれ、帰還後は自分に似たマッチョなサーヴァントを集めてチームを結成するなど、最近はうまくやれているようではあるが。
「それにしても、本当に同じ顔の人がいるんだな」
「ええ、もちろん。初めて赤いアーチャーと出会った時はびっくりしました」
カルデアにいるほとんどのサーヴァント達は、サーヴァントユニヴァースでも存在していて正義と悪に分かれて戦っているらしい。
興味深いのは、明らかにこちらの人類史とかけ離れた成り立ちであるにも関わらず、姿形や人格が似通っているということだ。
平行世界の同位体というだけでは、到底片づけられない事象ではあるが、生憎とカドックにはそれを解き明かす術はなかった。
ついでに言うと、向こうの宇宙にちょっかいを出す気もなかった。こうして話を聞く分には構わないが、首を突っ込めば貧乏くじを引くことになるのは分かり切っているからだ。
ただ、少しくらいなら質問しても構わないだろうと、カドックは頭に思い浮かんだ率直な疑問を口にした。
「そっちには、僕はいるのか?」
ここまで同じ顔の人物が溢れ返っているのなら、自分のような英霊でもないただの人間だっているのではないだろうか。そんな些細な疑問であった。
もちろん、荒唐無稽な絵空事のような世界でなら、彼ら英霊のように自分も活躍できているのではないだろうかという細やかな願いも含まれていた。
それはこの世界では決して叶わない願いではあるけれど、望むくらいの自由はあってもいい。そんな理由からの問いかけであった。
「マスターですか? ええ、もちろんいますよ。有名人です」
「え?」
自分で振っておきながら、それだけはありえないだろうと思っていた答えに対して、思わずカドックは真顔になって居住まいを正した。
自分のような凡人が有名人。いったい、何で有名になったのだろうか。そもそもそれは本当に自分なのだろうか。
色々と聞き返したい衝動を必死で抑え、カドックは彼女の次の言葉を待った。
「こちらでは無名でしたので、気づくのに時間がかかりましたが、マスターはサーヴァントユニヴァースでは知らない人はいないミュージシャンです。いえ、残念ながらメジャーデビューはまだですが、ライブハウスは常に満員、スキャンダルにも事欠かないお騒がせバンドとして世間を日夜、騒がせていますよ。向こうではレックスと呼ばれていますね。確か、メジャーデビューに向けた新曲を作っていると聞きました。きっと大ヒット間違いなし、ミリオンまっしぐらですね」
「そうか……
悪くない。むしろいい。
今の自分の境遇とかけ離れすぎていて実感は湧かないが、そんな可能性もあったっていいはずだ。
向こうの自分がそうして成功を掴みかけているのなら、こちらも大いに励みとなる。
何だか気持ちも羽根が生えたように軽くなってきた。
しばらくご無沙汰だったが、久しぶりに弦を引いてみるのもいいかもしれない。
そんな事を考えていると、不意に甲高いアラーム音が食堂内に鳴り響いた。
音の出どころは、ヒロインXがポケットに突っ込んでいた通信端末だ。
「あ、もう時間ですね。私はもう行きます」
「何か用事でもあるのか?」
「ええ、同窓会の誘いが来ていまして、一度故郷に戻ろうかと。あ、カルデアとのパスは繋がったままなので、セイバー討伐の際はいつでも駆け付けますよ……では!」
ビシッ、という擬音が聞こえてきそうなくらい、切れのいい動きで敬礼したヒロインXは、足早に食堂を後にした。
一人残されたカドックは、何となくその後ろ姿を見送りながら紅茶が残ったカップを口へと傾ける。
すると、ヒロインXと入れ替わるように自身のサーヴァントであるアナスタシアがやって来た。
だが、何だかいつもと雰囲気が違う。性根はともかくとして、普段の彼女はとても皇女らしくお淑やかで慎ましい姿を心がけているが、今の彼女はそんな皇女としての仮面が外れてとても浮足立っているように見えた。今にもスキップなぞし出しそうなくらい浮かれている。
経験から、カドックは嫌な予感を覚えた。ああいう時は絶対、何か悪戯を企んでいるのだ。そして、主に被害に合うのは自分だ。
「遅くなってごめんなさい。けど、お茶会は延期にします。急いで支度をしなさいな」
「支度?」
「もちろん旅行の支度よ。喜びなさい私のマスター、あなたにようやく夏休みが訪れるわ」
「君が相当に浮ついているってことだけはすぐに理解できた」
「ええ、何と言ってもハワイよハワイ。ふふっ、今から楽しみね」
「ハワイだって? いや、確かにカルデアは少し前から夏季休暇に入ったことは入ったが……」
それはあくまでスタッフの話であり、サーヴァントには関係ないのではないだろうか。
だいたい、特異点が発生しなければ各々が好き勝手に過ごしているので、夏季休暇も何もないだろう。
ましてやここは最南端の僻地、南極のカルデアベースだ。気軽に旅行へ出かけられるような環境ではない。外は猛吹雪なのだ。
「あら、ダ・ヴィンチちゃんから聞いていないの? 査問が長引いて音沙汰もないから、サーヴァントにも外出が認められたのよ」
曰く、カルデア式の召喚術式ならばマスター不在でも魔力を電池のように分け与えることで現界を維持できると聞いた黒髭の海賊が、ダ・ヴィンチに泣きついたのだそうだ。
どうしても出向かなければならない用事があるらしく、涙と鼻水を零しながら額で床を磨くほどの土下座で頼み込まれたとあってはダ・ヴィンチも無碍にはできない。
加えて他のサーヴァント達もほとんどが彼に同調して夏休みを要求してきた為、カルデアの英霊達はみんな思い思いの旅に出てしまったとのことだった。
(それでXも故郷に帰ったのか)
そういえば、今朝は嫌に廊下が静かだと思っていたが、それはサーヴァント達が既に出かけてしまって誰もいなかったからなのだ。
「……待った、ハワイに行くのは構わないが、僕も同行できるのか?」
さっきも述べたようにカルデアは気軽に外出できるような立地ではない。加えて秘匿機関である以上、職員の出入りは厳しくチェックがされている。
ここに詰めている者の中には、数年単位で帰国していない者もいるくらいだ。だから、休暇といっても大抵の場合は自室で過ごす職員が多い。
そんな疑問を口にすると、今度はいつの間に潜り込んだのか、立香が机の下から生えるように頭を出してきた。
「実は、これもお仕事なんだよ、カドック」
「うわっ、驚かせるな……って、何だその格好?」
這い出てきた立香の服装は、迷彩柄のハーフパンツに青いアロハシャツという非常にラフな格好であった。しかも腕に浮き輪を通し、首にはシュノーケルを下げ、右手にはウクレレ。まるでお上りさんの見本市みたいな格好だ。
その姿を見たカドックは、これが仮にも人類史を救ったマスターで、自分が尊敬する友人なのかと、軽い頭痛を覚えながら自問したが、生憎と反論できる材料はどこにも見当たらなかった。
この藤丸立香。ふざける時はとことんまで羽目を外す性格なのはこの長い付き合いで嫌というほど味わってきている。
「仕事の割には楽しそうな格好しているな、お前」
「早めに終わらせられれば後は自由にして良いって、ダ・ヴィンチちゃんが太鼓判を押してくれたからね。マシュも今、出かける準備をしているよ」
「そうか……で、ハワイで何が起きているんだ? 宇宙人がバーリアでも張って軍艦が孤立したか? 何ならミズーリでも動かすぞ」
何しろ去年はレース、その前は無人島でサバイバルだ。次は何が来たっておかしくはない。そんなつもりで冗談を口にし、カップに残っていた紅茶を全て飲み干す。
自分でもあまりうまくはない冗談だなと思って胸の中で自嘲していたが、次の瞬間に立香が口にした言葉でカドックは我に返った。
そして、自分の軽はずみな発言が、あながち間違いでもない事を思い知らされる。
「シバが探知したのは、フォーリナーなんだ。ハワイ諸島でフォーリナー反応が検出されたんだ」
これが、長い長い夏休みの始まりであった。
□
つい最近になって認定されたエクストラクラスの一つ。
この世界の外――外宇宙からやって来た異星人やそれに類するものと通じ合った存在。或いはそれそのものを指す。
カルデアでもまだ二騎しかその存在を確認できておらず、未だに謎の多いクラスだ。
その兆しがハワイ諸島にて観測されたらしい。
本来ならばカルデアが出向くような案件ではない。カルデアの職務はあくまで人類史の保証であり、歴史の観測か特異点の消去に限られる。
だが、フォーリナーはその内に人知の及ばない力を秘めており、かつてはたった一人のフォーリナーを生み出す為だけに特異点が形成されたこともあった。
放っておけば何が起きるか予測もつかないため、司令官代行であるダ・ヴィンチは調査の為にマスターとサーヴァントの派遣を決定し、その日の内にカドックと立香は機上の人となった。
しかも、特異点の発生は認められないのでレイシフトの使用が認められず、民間の飛行機を使って直接、現地へと赴くことになったのである。
アナスタシアがこの仕事を夏休みと称したのはそれが理由であった。
「大丈夫、観光ガイドは万全よ。楽しみね、カドック」
「一応、これも仕事なんだから気を抜かないでくれ、アナスタシア」
そう言いつつも、カドックは誘惑に抗えずリクライニングシートを倒して全身を脱力させる。
急な事態であったため、用意できた飛行機のチケットは座席のクラスが統一されていなかった。
そして、熾烈なじゃんけん合戦の結果、カドック達はファーストクラスを勝ち取ったのだ。
椅子は柔らかく、手足を大きく伸ばしても隣の客に迷惑をかけることはない。エコノミークラスのように狭苦しい思いとは皆無だ。
しかもワインアドバイザーが厳選した最上級のワインが飲み放題、食事も高級ホテルのレストランもかくやというほどの創作料理である。
こんな機会でもなければ、まず体験することもできないだろう。エコノミークラスにいる立香達には悪いが、これも勝者の特権というやつだ。
「そういえば、オルタは随分、大人しいな」
ファーストクラスの席を手に入れたのは自分達とジャンヌ・オルタの三人なのだが、彼女の席は少し離れたところにある。
元々、大勢で騒ぐような性格ではないが、離陸してから一切、音沙汰がないのも不気味である。
「眠っているわ。アイマスクに耳栓までして……ハワイに向けて英気を養っているのね」
「そのマジックペンはしまっておくんだ。こよりも捨てろ」
嬉々として悪戯を仕掛けに行こうとしたアナスタシアを制しながら、カドックは眠っているジャンヌ・オルタに思いを馳せた。
本来ならば存在しえない反英雄。聖杯によって生み出された虚像が復讐者としての霊基を獲得して生まれたあやふやな存在。それがジャンヌ・ダルク・オルタだ。
その出自故に彼女はあまり人となれ合わないのだが、どういう訳かこの一件にはかなり乗り気で強引に同行を申し出てきた。
ちなみに他の同行者はロビンフッドに牛若丸。そして、たまたま近くにいた茨木童子だ。彼らは立香やマシュと共にエコノミークラスで騒いでいることだろう。
ともかくジャンヌ・オルタは今回の任務にとてもやる気を出している。それは恐らく、責任感からくるものではなく単にハワイ旅行を楽しみたいという邪なものなのかもしれないが、存在そのものが虚構である彼女の場合、それもやむなしというものだろう。
オリジナルであるジャンヌ・ダルクのような故郷でのびのびと過ごした記憶すら彼女は持っておらず、胸の内は常に復讐の炎に焦がされている。少しくらい、それを忘れて羽目を外したところで天罰は下らないだろう。
「そろそろ到着ね」
「アナスタシアは、夏はどんな風に過ごしていたんだ?」
「家族みんなで避暑に出かけていたの。クリミア半島に宮殿があって、そこで……」
とりとめのない会話をしていると、やがて飛行機が着陸態勢に入る旨を伝えるアナウンスが聞こえてくる。
カドックは倒していた座席を起こし、シートベルトを締めて着陸に備えた。すると、静かに伸ばされたアナスタシアの右手が、ひじ掛けに乗せていた自身の左手に重ねられる。
視線を向けると、少しだけ頬を赤く染めたアナスタシアが俯いているのが見えた。
カドックはほんの少し胸が高鳴るのを覚えながら、そっと手の平を返して互いの指を絡ませる。
まるでこの場に他の人間などいないかのような錯覚。二人はいつまでも見つめ合いながら、飛行機がその翼を休ませる時を待ち続けた。
□
ダニエル・K・イノウエ国際空港へと到着したのは、太陽が顔を出してから数時間といったところだろうか。
南極からここまでほぼノンストップで運ばれてきたので、時差ボケで少し頭が揺れている。それは合流した立香も同じようで、合流した荷捌き所からここまで眠そうに目を擦っていた。
今も手近な柱に背中を預けており、放っておくとそのまま眠り込んでしまいそうだ。
「先輩、しゃきっとしてください。ハワイに着きましたよ」
「う、うん……大丈夫……」
そう言いつつも、先ほどから瞼が何度も落ちかけている。
これはさっさとホテルを探した方が良いかもしれないと、カドックは提げていた旅行鞄を担ぎ直した。
すると、鞄の中から持参した研究用の実験器具が中で転がる音が聞こえてくる。固定が甘かったのかと顔をしかめたカドックは、担ぎ直した鞄を床に降ろして中を検めようとした。
そこでふと、不思議そうに空港内を見回しているマシュの姿に気づく。
「……どうしたんだ、マシュ?」
初めての旅行に浮足立っている、という訳ではないようだ。気分の高揚とは違う、何か据わりの悪さのようなものを感じているようだ。
「え? はい。何だか、空港の様子が写真とちょっと違うような気が……」
「そういえば、入国審査もまだ通過していないわ。普通、荷物を受け取る前に行うものでしょう?」
アナスタシアの疑問に、カドックははたと作業の手を止める。
「……ロビン」
「……ああ」
言葉少なに目で合図を送り、カドックとロビンは周囲に気を配った。
もっと早くに気が付くべきだった。
ここは既に空港のエントランス。後、二百メートルほど歩けばそこはもう空港の外だ。
国際線の利用なんて数えるほどしか経験していないが、それでも入国審査も受けずにこんなところまで、来れるはずがない事はわかる。明らかにおかしい。
ひょっとしたら何かしらの攻撃を既に受けているのではないだろうか。今までも散々、予測もできないトラブルに巻き込まれ続けてきたので、どうしても神経質になってしまう。
だが、その緊張した空気はすぐに破壊されることとなった。
「――焼死。いえ、笑止。まったくなってないわね。これはフォーリナーの妨害かもしれない。まず考えるべきなのはそこよ」
長い髪を靡かせ、悩まし気なボディを惜しげもなく晒した竜の魔女がコツコツと床を鳴らしながらこちらに近づいてきた。
その姿はいつもの鎧姿ではなく、黒のビキニの上からジャケットを被った夏仕様だった。そして、何故か腰には日本刀が提げられている。
飛行機を降りるなり姿を消したようだったが、どうやら水着に着替えていたようだ。
射し色の赤や鋭い目つきも合わさって、オーソドックスなデザインの割にとても挑発的な印象を受ける。
元々、体型も引き締まっていて胸もなかなかのものを持っていたので、それが解放されたことでとても凶悪な凶器が誕生してしまった。
歩く度に揺れ動く様は目の毒以外の何物でもなく、この街の危ない輩も極楽へひとっ飛びであろう。
だが、何よりも恐ろしいのは、このコーディネイトを出発までの短時間で用意してみせた彼女の執念だろう。
ハワイに賭ける彼女の熱意がこちらに伝わってくるかのようだ。余りの熱意に霊基までバーサーカーに変質している。
「いい、ここは既に敵地。油断は即、死に繋がると思いなさい。呑気に観光に来たわけじゃないのです。わかりますか?」
「はあ、まあ……その通りですが」
話を振られた牛若丸が歯切れの悪い返事をする。
普段はあまり空気を読まない彼女も、ジャンヌ・オルタの勢いに呑まれてしまっているのだ。
それは他の面々も同じであった。第一、敵への警戒はいの一番に自分とロビンが行っていた。
ただ、それを指摘すると逆上されることは分かり切っていたので、自分もロビンも藪を突く事はなかった。
「相手は異邦の怪物、フォーリナー。遭遇次第、最大火力を叩き込む心意気で。なら、私達がやるべき事は何かしら? カルデアハワイ支部に連絡を取り、早急な状況認識でしょう」
「なあカドックよ。薄着でなに言っとるんだコイツ? というか、それ水着というヤツだな? なぜ日本刀を? カッコイイからか?」
渾身のドヤ顔を決めるジャンヌ・オルタに対して、茨木童子の鋭い言葉がナイフのように突き刺さる。
さすがは
「フン……ハワイにはハワイに相応しい装いがあるというものでしょう」
「ガイドにはそうあったな。理屈は分かる。だが、まだ着替える必要はないのでは? 我らは一般人に偽装して潜入しているのだろう?
「何でこの子、正論でビシバシ突っ込んでくる訳!?」
(何でバーサーカー同士がこうも理屈っぽい口論できるんだろうな、本当?)
これでは会話らしい会話ができないヘラクレスやランスロットの立つ瀬がないというもの。
聖杯戦争における狂戦士のクラスの定義について、改めて問い詰めたくなるカドックであった。
「い・い・か・ら! さあ、あなた達もハワイらしい姿に着替えなさい!」
結局、勢いで誤魔化そうとするジャンヌ・オルタをマシュが宥める形でこの話は打ち切りとなった。
「着替えるのはホテルに着いてからにしますから」
「では、私は両替に行ってきますね。お任せを、段取りは事前に覚えていますので」
そう言って、牛若丸は外貨両替所に向かって駆けていく。
ジャンヌ・オルタの登場ですっかり気勢を削がれてしまったが、よくよく考えれば既に攻撃が始まっているのなら何らかのアクションが起きていてもいいはずだ。それがないということは、少なくとも今はまだ身の危険もないということだろう。ひょっとしたら、違和感も単なる勘違いかもしれない。
とりあえず今は、ジャンヌ・オルタの言う通りハワイ支部と連絡を取ってハワイの状況を確認するのが良いだろう。
「あれ? 通信が……」
「どうしたの、マシュ?」
「先輩、ハワイ支部から応答がありません。回線は開いているのですが……」
「電波が悪いとか? 牛若丸には申し訳ないけど、先に外に出てみる?」
「待て待て、入国審査が先だ。税関を探せ税関を!」
眠そうに目を擦りながら、空港の出入口へと向かう立香を制し、カドックはそれらしき場所はないかと周囲を見回した。
すると、まるでそれを嘲笑うかのように、どこからか蠱惑的な少女の囁きが聞こえてきた。
「ふっふっふ、まだ悠長にそんな
一瞬、背筋が訳も分からず震え出す。
それは立香も同じだったのだろう。時差ボケの眠気も吹っ飛ばし、顔色を青ざめさせた少年は唇に指を這わせながら、震える声で呟いた。
「こ、この小悪魔後輩的な声は……!」
「後輩……?」
「マシュ、どうしてそこに反応する?」
そんなに大事なのだろうか、後輩という立ち位置が。
「もう、そういう無粋なツッコミはなしでお願いします!」
再び聞こえてくる猫なで声。それと共に現れたのは、自分達がよく知る人物であった。
だが、服装がいつもと違う。普段の黒い衣装は脱ぎ捨てられ、バレーボールのように弾む双丘は白い水着に強引に押し込まれている。
その上から羽織られた黄色のパーカーも肩を露出するように気崩しており、最早着ているのではなく体に結っているという表現の方がしっくりくる。
白い肌を惜しげもなく晒した艶めかしい夏のスタイルだ。
「はーい、憐れなマスターさん2名とサーヴァントさん6名ごあんなーい☆」
「君は……」
「はい、いまさら自己紹介は必要でしょうか? 必要ですよね? 必要ですとも! それでは張り切ってアピールしちゃいましょう!」
(まだ何も言っていないぞ。何だその三段活用は!?)
「止めろと言ったのに無粋な心の声が聞こえた気がしましたが、敢えて無視しますね」
(どうしてわかった!?)
思わず口を手で塞ぐが、そんなものは無意味ですとばかりに少女はウィンクする。そして、勿体ぶった踊りのようなポーズと共に、予め用意しておいたのであろう口上を朗々と読み上げていく。
「こほん……照り付ける太陽より熱く、蒼い海より清らかなみんなのアイドル――――月のスーパーAI・ムーンキャンサーBBちゃん、今回はセンパイ達を
そう、彼女の名はBB。本当は違うらしいのだが、誰も知らないし本人も語ろうとしない。
曰く、平行世界の未来からやってきた月のAIであり、いつの間にかカルデアに居ついていた謎のサーヴァントだ。
何でもできると自慢しながらも日々、いたずらを仕掛けてばかりのはた迷惑な英霊もどきである。
「はい、今回は皆さんのナビゲーターとして先回りしました。というかぁ――」
「主殿! 大変です、主殿!」
BBの言葉を遮り、血相を変えた牛若丸が駆け戻ってくる。
手には外貨両替所で交換してきたのであろう紙幣が握られていたが、何があったのか只ならぬ様子であった。
「見てください、この紙幣を! どうみてもアメリカ紙幣ではありません!」
そう言って牛若丸が差し出したのは、確かにアメリカの紙幣ではなかった。米ドルには歴代の大統領の顔が印刷されているのだが、その紙幣に描かれていたのは大統領でもエジソンでもなく、どこかで見たことがある金色の英雄であった。
「この、どこかで見覚えのあるプリントは――!」
「僕はもう、嫌な予感しかしない……」
別に機内で飲んだミネラルウォーターが合わなかった訳でもないのに、猛烈な胃痛が襲いかかってくる。
胃薬が欲しい。後、危険手当も。
先ほど、攻撃を受けているのではと危惧していたが、あながち間違いではなかった。既にこのハワイはBBの術中なのだ。
「これはギルドルッシュ? ふざけているんですか! こんなのは憧れのハワイではありません!」
「ふっふっふ。マシュさんにしては珍しく攻撃的な意見、ありがとうございます。わかります、わかります。夢にまで見たリゾート地、その観光に来てみれば、なにやら妙なコトばかり。これでは温厚なマシュさんも過激になるというもの。ですが、本番はこれからです」
「この上、まだあるのかBB!?」
その疑問に対する答えは、突然の地響きと揺れであった。
立っているのもやっとの大きな揺れだ。慌てて空港の外に駆け出すと、青空に浮かぶ白い雲がイワシのように流されていた。
嵐が起きているのではない。動いているのだ。このオワフ島が動いているのだ。
「さあ、いまこそ全てを一つにする時! ハワイ観光にも行きたい! ホノルルでのんびりバカンスもしたい! そんな皆さんのワガママな欲望にお応えするのがわたし、万能ヒロインBBちゃんの悦びですから!」
「全部乗せは後で後悔するって、僕は知っているからな! 君の善意の押し売りはノーセンキューだ! とっとと
「はーい、聞こえませーん! それでは気合をいれて、せーのっ……驚天動地、刮目せよ! 特異点、出来上がっちゃってくださーい!」
一際、大きな揺れを最後に、世界は静寂を取り戻した。
そのまましばらくの間、呆けていたが、お互いに顔を見合わせて揺れが治まったことを確認しし、恐る恐る立ち上がる。
唯一人、BBだけが愉快そうに笑っていた。
「――うふふ。これまで溜めに溜めたリソースを放出して完成した、夢のリゾート地ですよ☆ ここではどんな娯楽も思いのまま。絶景、絶望、享楽、快楽、酔夢に悪夢もお好きなように。皆さん、ようこそ特異点ルルハワへ。この島の支配者として歓迎しちゃいますね?」
「特異点だって!? いや、まさか……そんな……」
「あ――!」
違和感に気づいたジャンヌ・オルタが、素っ頓狂な声を上げる。こちらの考えていることを同じことに思い至ったのだろう。
BBが行った特異点の形成。それは単にハワイ諸島を時間の流れから隔絶するだけには留まらなかった。いったい、どれほどのリソースを注ぎ込めばこのような事ができるのかは分からないが、あろうことか彼女はオワフ島とハワイ島を物理的にくっつけて一つの島にしてしまったのだ。
「嘘でしょ、あそこに見えるのハワイ島のマウナケアよ。ガイドブックにもちゃんと形が載っているし。でもここはオアフ島のダニエル・K・イノウエ国際空港じゃない! 本来ならハワイ島まで飛行機で一時間はかかるのよ!」
「ハワイ諸島一帯がまるまる特異点に変わってしまったんだ。ハワイ支部と連絡が付かなかったのもきっとそれが原因だ」
恐らくハワイ支部は正常な時間の流れに置き去りにされたのだろう。
こちらからいくら呼びかけたところで応答がないはずだ。
「はーい、そんな訳でBBちゃんはいったん撤収☆ 皆さんはルルハワ観光にレッツGO!」
(ルルハワ……うん? そういえばそんな響きをどこかで……)
「あ、なんでルルハワ? って顔してますけど、ホノルルとハワイが合体したのでルルハワなんです。ステージ名だけは可愛くしようと努力した結果なので、そこは評価して頂ければ!」
聞いてもいないのに一方的に捲し立て、BBはどこかへと去っていった。
後に残された面々は、ある者は疲れ果てたかのようにその場に座り込み、ある者はどうしたものかと天を仰ぐ。
任務とはいえ観光気分がどこかにあったことは否めない。だが、それを抜きにしてもこの事態は突然すぎて衝撃を受け止めきれないのだ。
「いくらBBさんといっても、デタラメ過ぎませんか、マスター……」
「あー、するんだよ、アイツ。こういうコトする。基本的には悪意と勘違いした善意で動いているんだけどな、相手を喜ばせる為にパーティー会場を魔改造して地獄にするとか、やっちゃうんだよアイツ」
「私の兄上もよく言っていました。“過ぎたる首は私に迷惑。今度こそ覚えておけ”と……」
自覚があるのなら、どうして態度を改められなかったんだろうか、この狸侍は。
そんなんだから、最終的に東の僻地まで逃げ落ちる羽目になったんじゃないのかと、カドックは問い詰めたい欲求に駆られた。
もちろん、その辺りは彼女の人生の地雷なので、実際に踏み抜くつもりはなかったし、何よりも今はこの特異点の方が重大だ。
カルデアからのバックアップが受けられないのは痛いが、ハワイ諸島一帯が特異点化したのだとしたら、件のフォーリナーも特異点に閉じ込められている可能性が高い。
仮想敵を逃がす心配がなくなったと考えれば、このトラブルも許容範囲だろう。島が一つにくっついたのなら、移動の手間も省けるというものだ。
案外、悪い事ばかりではないのかもしれない。
「よし、考えていても始まらない。ここはまず――」
「
言い終わる前に、地団駄を踏むアナスタシアの叫びがこちらの声をかき消した。
「のわっ? 何だ、唐突に? 暑いのか? 当然だろう?」
ここは北太平洋に位置するハワイ諸島だ。この時期の平均気温は二十七度、日中ならば三十度を超えない日はない。それでも中東の砂漠に比べれば気温も低く過ごしやすいのだが、体感の問題なのだろう。
彼女がここまで取り乱したのはウルクのジャングルを探索した時以来だ。
「カドック、カドック。この暑さどうにかして欲しいのだけど!」
「無茶を言うな。僕だって暑いんだ」
立香やジャンヌ・オルタと違って、こちらは普段着のままだ。厚めの上着は熱がこもっており、脇の下に不快な汗が溜まってきている。辛いのは彼女だけではないのだ。
「そんなに暑いのなら、霊体化していれば良いんじゃないか?」
「もしくは……脱ぐしか……ないのでは?」
冗談交じりの立香の言葉に、カドックはすぐさま反応した。
流れる動作で腕を極め、へらへらと笑う顔が鎮座している首元に自身の腕を巻き付けて思い切り締め上げる。
「人のサーヴァントに何を吹き込むんだ」
低いドスの聞いた言葉と強烈なアームロックに、立香はジタバタともがきながら声にならない抗議を訴えるが、カドックは容赦なく首を締め上げて彼を落としにかかった。
だが、次の瞬間、アナスタシアが口にした言葉を聞いて思わず親友の体を地面に放り投げてしまう。
「そうね……彼の言う通りかも……」
「えっ? ちょっと、アナスタシア……」
「ガッデム……
そう言って、アナスタシアは徐に着ているドレスへと手をかけた。
まさか、この場で服を脱ぎ捨てるつもりなのだろうか。
そう思ったカドックは、慌てて彼女の暴挙を止めようとしたが、それよりもアナスタシアが上着をはだける方が早かった。
投げ捨てられるマントとドレス。一瞬、全員の視線がそちらに釣られ、すぐに一糸纏わぬであろう皇女の姿を求めて宙を彷徨う。
だが、何かの演出のつもりなのか、彼女がスモーク代わりに吹き上げた粉雪によって視界が覆われており、アナスタシアの美しい肢体を見る事が叶わない。
場合によっては、此処で屍山血河を築くしかあるまいと覚悟していただけに、カドックは心底から安堵した。
そして、ゆっくりと晴れていく粉雪のスモークの向こうから現れたのは、いつも通りの――それでいていつもと少し――いや、かなり違う――予想外な皇女の姿であった。
「ふふっ……スカサハ様に頼んで水着の霊基を用意しておいたの」
まず目に飛び込んできたのは、やはりと言うべきか豊かな二つの膨らみであった。
普段はドレスで体型を隠しているので分かりにくいことだが、彼女はマシュや清姫とも十分に張り合える――否、それ以上の魅力を秘めた逸材だ。
ネイビーカラーのビキニトップに包まれた双丘は、まるで新雪のように柔らかで、彼女が動く度に波紋のような震えが表面を走る。それでいて形が崩れることはなく、両手で余るほどの膨らみとなっていた。歩く度に揺れるその様は小細工など不要とばかりにストロングな破壊力を振りまいており、見る者を釘付けにする。
一方ですらりと伸びた下半身を包んでいるのは白いデニムのショートパンツだ。食い込みが見れない? 諸兄にはあの破壊力が分からないのか。
彼女が履いているズボンは超ローライズに加えて、丈も股上ギリギリまで切り詰められたベリーショートなものだ。間違っても誰かの前で足は広げられないし、屈めば何がとは言えないがナニかが見える。
もちろん、彼女にも人並みに羞恥心はあるのだろう。日差しと視線、それぞれから身を守るために淡い水色のラッシュガードを身に纏っている。
ただし、ジッパーはくっつけるだけに留めているため、白日の下に晒された彼女の小さなおへそが可愛らしくもハッキリと自己主張をしていた。
間違いない、あの小さな窪みは誘っている。そんな確信めいた何かが見る者を魅了させる。
そして、肝心のラッシュガードも何故か袖がないベストタイプのもので、伸びをすれば無防備な脇の下が衆目に晒されることになるだろう。
正に矛盾。攻めているのか守っているのかわからないアンバランスな魅力が最大限に発揮されている。アナスタシア、恐ろしい子。
「改めて自己紹介ね。サーヴァント、アーチャー……アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。楽しい夏を過ごしましょうね……マスター」
挨拶代わりとばかりに、アナスタシアは手にしたスマートフォンのカメラを自身に向けてシャッターを切る。
ひと夏の思い出の、最初の一ページであった。
夏イベの情報が出る前に投稿したかった。
ハロウィンや亜種特異点とも迷ったけれど、やっぱり公式に先を越される前に皇女の水着を勝手に描写してクラスも変えちゃおうという魂胆で書き始めました。
更新ペースは以前よりも落ちることになると思いますが、今回も最後まで頑張りたいと思います。