星詠みの皇女外伝 Edge of Tomorrow   作:ていえむ

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一日目その5 知らなすぎた少年

太陽が沈み、時計の針が夜を差す。

刻限が来たことを確認すると、カドックは気合を入れ直すために自らの頬を叩いた。

その出で立ちはハーフパンツの水着にアロハシャツ、足もスニーカーではなく夏に合わせたサンダルだ。

この騒々しい夏の日々を終わらせる。彼なりの決意の表れともいえる衣装であったが、それに袖を通した瞬間、周りからはすわ何事かと驚かれたのは言うまでもない。

無論、言わせておけばいいと相手にはしなかった。

この七日間は底のない泥沼のようなものだ。どれだけ気を強く持っていても少しずつ精神が死んでいき、過失も挫折も己の未熟すらも感じなくなっていく。

躓いても次週で挽回すればいい。或いは、頑張ったところでどうせ先には進めない。

これはそんな弱気に陥らないように、気を引き締める為の衣装なのだ。袖を通したからには全力で夏を楽しみ、全力で遊ぶ。何事も形から入るのが一番である。

 

「いったい、何があったのかは知りませんが、カドックさんがいつになくやる気に満ちています」

 

「うん。俺もホテルに着くなり、いきなり『泳ぎに行くぞ』って誘われて、びっくりしたよ」

 

「はい。美味しいスイーツのお店があるから並びに行こうと、カドックさんの方からお誘いがあるとは思いませんでした」

 

後ろの方でこそこそと話し合う立香とマシュ。

カドックは今日、昼の自由時間に入ってから丸々、二人を連れ回していたのだ。

ゲシュペンスト・ケッツァーの活動としてではなく、プライベートの遊びに誘われたことが意外で仕方ないようだ。

 

「そんなに悪いか、僕が泳ぐのが?」

 

「いや、そんなんじゃないよ……えっと、それでどうしてここに?」

 

話を逸らすかのように、立香は転がっていた軽石を蹴飛ばした。

彼らは今、キラウエア火山を登頂していた。夕方になるなり、カドックが強引にみんなを連れ出したのだ。

もちろん、彼の目的は山頂に拠点を築いているであろうフォーリナー――謎のヒロインXXである。

昼間の内に、アンリマユから教えられた場所を使い魔で偵察してみたところ、確かにXXがテントの設営をしている姿があった。

今までは襲撃の度に撃退してきたが、棲み処が分かったのなら対応もまた変わってくる。

それに、この繰り返しの七日間における障害の一つを、ここで断っておけば漫画制作に集中できるとも考えていた。

 

「ほう、遂にこちらから乗り込もうというのか」

 

鬼らしい残虐な笑みを浮かべた茨木童子が舌なめずりをする。

彼女もこれまでの戦いで決着がついていないことに対して、座りの悪さを感じていたようだ。

だが、残念ながらXXとは戦うつもりはない。アンリマユの頼みを聞く訳ではないが、彼女とは可能な限り対話で決着をつけるべきだ。

これまでの周回でたまに感じていた違和感なのだが、XXはサバフェスの妨害を目的としていながらいの一番に北斎を襲撃した。主催者であるBBを狙うなり、会場そのものを破壊するなりいくらでも方法があるはずなのに、参加者をピンポイントで狙うという迂遠な方法を取っているのには何か理由があるはずだ。

それ如何によっては、アンリマユが言うように彼女をこちらに引き入れてもいいだろう。

 

「ふざけた格好だが、あのロボコップは至極真面目だ。僕達が掴んでいない何かを知っている」

 

ビジターセンターを超え、本来ならば侵入不可の場所へと入り込む。

辿り着いたのはキラウエア火山の主要噴火口であるハレマウマウ火口。4.7キロメートル、横3.1キロメートルにも及ぶ巨大カルデラであった。

 

「ここがキラウエア火山。本当に、見渡す限り岩の台地なんですね」

 

言葉とは裏腹に、マシュは感嘆の吐息を漏らす。

岩だらけで何もない、殺風景な台地ではあるが、足下から響く唸りのような音と熱は生命の躍動にも似たエネルギーを感じさせる。

それは即ち、女神ペレの息吹が今も尚、ここに根付いていることを意味している。

止むことなく活動を続けているこのキラウエア火山こそが女神ペレそのものとも言えるのだ。

 

「ハワイ島の観光名所の一つにして、今も活動し続ける活火山よ。女神ペレが住まう土地でもあるわ」

 

「古くからハワイの住民は火山の噴火をペレが姿を変えたものと捉えていて、ハワイ諸島はペレから借り受けているものと言い伝えられている」

 

ほとんど同時に、カドックとジャンヌ・オルタは女神ペレについて語り出していた。

被さり合った互いの声がまるで不協和音のように響き合い、思わず二人は視線を合わせる。

 

「何よ?」

 

「別に……」

 

しばしの沈黙。程なくして、二人はまたも同時に口を開いた。

 

「ビジターセンターに行けばお土産にペレグッズが置いているわ。私のお勧めはキラウエアの噴火を収めた写真集ね」

 

「ペレ信仰として火口に捧げものをする風習があるんだが、特にペレが喜んだとされるのは豚の揚げ物だったらしい。カマプアアの逸話に由来するのかもな」

 

再び、気まずい沈黙が両者を包み込んだ。

 

「あんた、喧嘩でも売っているの?」

 

「まさか? ただガイドブックを読み齧って覚えた付け焼刃じゃ足りないだろうと思って補足しているだけだ」

 

「この神話マニア、燃やすわよ」

 

「君だって、自分が語りたいだけだろ」

 

まだXXとも会えていないというのに、二人は一触即発とばかりに睨み合った。

直後、見かねたアナスタシアが二人の眉間を指先で弾いて仲裁に入る。

 

「はいはい、二人とも喧嘩しないの。すぐに姉弟みたいに喧嘩するんだから」

 

「痛ぅ……あんたねぇ、聖女の方と同じ感覚で馴れ馴れしくするの止めなさいよ」

 

「あら、私はあなた達を区別するつもりはなくってよ」

 

「いつか燃やしてやるわ、この雪女……」

 

恨みがましく皇女を睨みつけながらも、ジャンヌ・オルタは口を噤んで距離を取った。

苛立ちは残っているが、どうもアナスタシアが相手では余り強気には出れないらしい。

 

「それでカドック、勝算はあるの?」

 

ジャンヌ・オルタとアナスタシアがじゃれ合っているのを尻目に、立香が聞いてくる。

それに対して、カドックは自信満々に頷いた。

 

「ああ。Xとは知らない仲じゃない。説得は……何とかできるだろう」

 

「ちなみに、どのような関係で?」

 

「アーサー王の影武者を務めたこともあるガウェイン卿は果たして、アルトリア顔なのかどうかと一晩語り明かした」

 

「興味本位で聞いた俺が馬鹿だったよ」

 

ちなみに、最終的にはアルトリア顔ではないという結論で合意したことをここに記しておく。

 

「おい、皆様方。ふざけるのもここまでだ。お目当てが見つかったぞ」

 

そう言ってロビンが指差したのは、火口から距離を取った台地の端っこの方に張られたテントであった。

どうやらそこを拠点にしているのか、テントの前で焚火を起こしてお湯を沸かしているXXの姿があった。

今は勤務時間外なのか、あの暑苦しい鎧は着ておらず素顔を晒していた。

 

「はあ……そろそろ備蓄がなくなりますね。ループしているのに食料は戻らないとか……ああ、ルルハワの料理はあんなに美味しいのに、私ときたら夜はここで寂しくキャンプ。昼間はワイキキまでランチに行けますが、夜はさすがに……値段が高くて。まさか銀河警察ドルが使えないばかりか、両替さえできないとは……」

 

随分と大きな独り言である。周りに誰もいない生活が長く続いて癖になっているのかもしれない。だが、おかげで彼女の現状を知る事が出来た。

こちらが予想していた通り、彼女の生活はかなり追い込まれているようだ。さすがに困窮しているとは思わなかったが、これなら予定していたプランで問題なく懐柔できるだろう。

そう確信したカドックは、わざとらしく大きな咳払いをして物陰から姿を現した。

 

「随分と荒んでるな、X」

 

「え?」

 

アンニュイなため息を吐いていたXXの表情が一気に曇る。次いで羞恥からなのか頬が赤く染まり、口を金魚のようにパクつかせた。

隠れ家を突き止められた驚きで言葉を失ったようだ。まずはこちらの思惑通りである。

短気かつ単純な彼女のことだ。恐らく次は動転してこちらに攻撃を仕掛けてくるだろう。

そうなる前にカドックは用意していた言葉を投げかけ、彼女の気を逸らすことにした。

 

「まあ待て、まずは食べてから話をしよう」

 

片手を突き出してXXを制止しつつ、立香に背負わせていた鞄から包みを取り出して広げて見せる。

包装が剥がされると共に漂い出した香ばしい香りが鼻孔をくすぐり、今にも怒り出しそうな様子を見せていたXXが目の色を変えてそれを凝視した。

 

「それは、ハワイ定番のB級グルメ……ガーリックシュリンプ!?」

 

「それだけじゃない、今ならフリフリチキンもつけよう」

 

新たに取り出された骨付きの鶏肉を掲げて、挑発するかのように振って見せる。

まるで犬のようにXXは揺れ動くチキンを目で追いかけ、口からは唾液が今にも溢れそうになっていた。

 

「い、頂けるんですか?」

 

「食いたいか?」

 

「そ、それは……いえ、いくら大将さんといえど、今は敵同士。情けを貰うわけには……」

 

「ほれ!」

 

視線を逸らして己の欲望に抗おうとするXX目がけて、チキンを放り投げる。

まるで大空を羽ばたくかのようにチキンは大きな放物線を描き、それを見て目を丸くしたXXは思わず地面を蹴っていた。

メジャーリーガーもかくやというほどの鮮やかなキャッチを決め、地面を転がりながらもチキンだけは汚れぬよう死守して立ち上がる。

そして、徐に一口齧りつくと、食べ物を投げるという暴挙に及んだこちらをキッと睨みつけてきた。

 

「誰もいらないとは言っていません!」

 

「そうか。なら食え……どんどん食え……」

 

XXと話している間に広げさせたレジャーシートの上に、持参した料理を次々と広げていく。

ガーリックシュリンプ、フリフリチキン、ラウラウ、スパムむすび、アサイーボウル、ポキ、パンケーキ。

どれもハワイで定番のグルメばかりだ。

 

「いったい、何が目的なんですか?」

 

「まあ落ち着け。武器を突き付けられてはビビッて話もできやしない。君に危害を加えるつもりはない、少なくとも今のところはな。この先どうなるかは君次第だ。こいつを食いたければ、僕達の話を聞くんだ。オーケイ?」

 

「オッケイ!」

 

打てば響くように、コンマの躊躇もなくXXは即答する。

こちらが思っていた以上に追い詰められていたのか、料理に手を付けるスピードが尋常でなく早い。まるで大食い大会でも開いているかのようだ。それなりの量を持ってきたつもりだったが、これではあっという間に食べつくされてしまうだろう。

 

「うぅ……うう……本当は……本当はこんなご飯をいっぱい食べられるはずだったんです。なのに……なのに……」

 

「そんなに辛い職場なのか?」

 

「はい……時間外労働は当たり前。手当はそれなりにあっても休みなんてロクにないからほとんど使う機会もありません。今回だって、有給の申請を出すつもりが先手を打たれて出張させられる羽目に……しかも、両替ができないから朝からバイトしてランチで使い果たす毎日です……」

 

想像以上に過酷な職場のようだ。グランドオーダー中のカルデアも似たようなものだったが、それでも特異点の修復が終わった後はそれなりの休暇はもらうことができた。しかし、彼女には休みはなく休日だろうとサマーシーズンやクリスマスだろうと上司の命令であっちこっちを飛び回る日々。

いつしか自宅と職場をただ往復するだけの日々が続き、癒しといえるものは観葉植物の水やりや熱帯魚の世話くらいなもの。自分の人生はこれでいいのかと思い悩むことはあっても、仕事の疲れで深く考えるだけの余力は持てない毎日が続いていたらしい。

 

「そうか……辛いんだな」

 

「はい……とても……」

 

「……なら、転職するしかないな」

 

「……はい?」

 

こちらが切り出した言葉の意味が分からなかったのか、XXは首を傾げて見せる。

 

「転職だ。カルデアに来ないか、XX?」

 

「な、何を言うのですか! 私は銀河警察の人間ですよ! そう易々と仕事を変える訳には……」

 

「何を言っているんだ。より良い環境で仕事をすることは労働者の権利じゃないか。会社に飼い殺されるなんてご免だろう? もっとのびのびと、自由に振る舞って給料をもらう。仕事とはそうでないといけないな」

 

指を鳴らして合図を送ると、アナスタシアが懐から一枚の紙切れを取り出した。

そこに書かれている内容を目で追いかけたXXは、目を丸くしてこちらを見やった。

 

「これは……労働条件書!? 一日一回宝具をぶっぱするだけで、後は王の話を聞き流すだけでいいとは!」

 

「いくつか手伝ってもらいたいこともあるが、基本的に昼は自由行動だ。それに今ならホテルのスイートでの宿泊もつく。朝はビュッフェで夜はディナー…………全て経費(ツケ)で落ちる」

 

もちろん嘘は言っていない。スイートルームへの宿泊も食事も本当だし、昼の自由行動も制限するつもりはない。ただ、夜は漫画制作に付き合ってもらうことだけは濁している。

そして、最後の一言が決定打となり、XXはわざとらしく大きな声を上げて頭を抱えて見せた。

 

「おっと、手違いで本部への連絡アンテナを叩き折ってしまいました! これでは現地人の協力を仰ぐしかないですね! という訳で新入社員のヒロインXXです!」

 

あまりにもこちらの予想通りに動くXXを見て、カドックは内心で苦笑を禁じ得なかった。このヒロイン、乗せられやすいにも程がある。

 

「はあ……本当にXXを引き抜いちゃったよ」

 

「いつも崖っぷちに追いやられてばかりで活かす機会は少ないですが、カドックさんは攻めに転じれば強い人ですからね。それはもう、鬼のようにメタを張ってイニシアチブを握ろうとしますから」

 

何やら好き放題言われている気がするが、カドックは王者の貫禄を持って聞き流していた。

何とでも言えば良い。人間、腹が据われば何なりとできるものなのだ。

 

「それにしても、まさかこちらでも大将さんに手を差し伸べてもらえるとは思いませんでした。このご恩は一生ものですね」

 

「うん? そういえばさっきから大将、大将と……何でそんな風に僕を呼ぶんだ? 向こうの僕が何かしたみたいな言い方だったけど…………」

 

後にこの時のやり取りを思い返し、聞くべきではなかったと後悔の念を抱く事になるのだが、この時のカドックはそんなことなど知る由もなかった。

ただ純粋に、XXの言葉が気になったから問い質しただけだったのだ。

だが、彼女の口から語られたのは、予想だにしなかった内容についてであった。

 

「はい、まだ駆け出しで失敗続きだった頃、よくあなたの店で愚痴を聞いてもらいました。あの時にご馳走になったラーメンの味、今も忘れていません」

 

「店? ラーメン?」

 

「あなたはサーヴァントユニヴァースでは、下町でラーメン屋を開いている大将なんですよ。確か店の名前は…………そう、王者(レックス)!」

 

ガラスに亀裂が入ったかのような音を聞いた気がした。

脳裏に蘇るのは、ルルハワを訪れる前にヒロインXと交わした話である。

自分と同じ顔――恐らくは同位体である王者(レックス)。メジャー目前の人気ミュージシャン。ライブハウスは満員御礼、スキャンダラスにも事欠かない時の人。

大好きな音楽に携わり、しかも成功を収めようとしている。その事実が嬉しくまた励みになった。向こうの彼が頑張っているのなら、こちらの自分も少々の事ではへこたれている訳にはいかない。

趣味ではない漫画制作にしても、それなりに前向きに頑張って来れたのもその話を聞いたからこそだ。なのに、XXの口から飛び出したのは、ヒロインXが語ってくれた内容とは全く違う話であった。

 

「そういえばあの時のツケ、まだ返していませんでしたね。あんまり流行っていないと聞いていますが、大丈夫でしょうか?」

 

「流行ってない…………」

 

「割といつもガラガラでした。だから、大将さんの子ども達の遊び場になっていましたね。あんなにたくさんの家族に囲まれて、少し羨ましいです」

 

「な、何人くらい?」

 

「うーん、バスケットのチームは組めたと思いますよ。でも、奥さんが妊娠中だったから今はもっと増えているかも……」

 

「そ、そうか……子だくさんなのは良いことだな……ははっ……ちなみに、何か音楽活動とかしていなかったか?」

 

「え? 知りません。ああ、でもここ一番を前にして女性関係でやらかして、奥さんと逃げてきたとか言っていました。手打ちにするのに借金こさえて、それがまだ残っていたとか。あ、あなたに言うのも筋違いかもしれませんが、お酒には気を付けてくださいね。手が震えて上手くテボが振れないと言っていましたから」

 

「……は、ははっ……」

 

つまりはこういうことか。

メジャーデビュー目前に何かトラブルを起こして、業界にいられなくなったと。

そのせいで今もまだ完済できない程の借金を作り、しかも経営が芳しくないにも関わらずネズミみたいに子どもを増やし、挙句にアルコール依存症を患っていると?、

落ちぶれるにもほどがあるじゃないか。

せめて音楽業界に爪痕でも残せていればまだ救われるが、残念ながらXXはミュージシャンとして活躍していた頃の王者(レックス)を知らないという。

要するに、ヒロインXからXXへとなるまでの僅かな間に完全に世間から忘れ去られてしまったのだ。

その事実を察して、カドックは言葉を失い呆然と立ち尽くした。

夢にまで見たミュージシャン。憧れの業界暮らし。満員のフェスにスキャンダラスな夜。

夢物語と一笑しながらも、時に思い返して悦に浸っていた数々の夢想が塵のように崩れ去っていく。

世界が異なる別人といえど、同じカドック・ゼムルプスが成功しているという夢は希望と勇気をくれた。

向こうが頑張っているなら、こっちも頑張ろうと。

だが、その夢は儚く散ってしまった。

所詮、自分は凡人で成功など掴めないと、改めて思い知らされた気分であった。

 

「…………ずる」

 

静かに、カドックは言葉を紡いでいた。

握り締めた右手に熱がこもっていき、跳ね上がった心臓からの血流が殺到する。

まるで血管の中を針が流れているかのような痛み。しかし、構わずカドックは拳に更に力を込め、同じ言葉をもう一度、今度は腹の底から感情を込めて言い放った。

 

「令呪を以て命ずる……アナスタシア、今すぐこいつをぶっ飛ばせ!」

 

「えええええっ!」

 

驚愕するXX。

訳が分からず唖然とする面々。

そんな中、アナスタシアは機械のように冷静に、躊躇も迷いもなくXXに向けて吹雪を見舞っていた。

活火山に局所的な雪が舞い、カミソリにも似た烈風が吹き荒れる。

直撃を受けたXXは、まるで風に吹かれた凧のように宙を舞い、赤黒い岩肌へと叩きつけられた。

 

「いたた……いきなり何をするのですか? 聖槍甲冑(アーヴァロン)に乗着するタイムがマイナス一秒でなければ大けがをしていたところですよ!」

 

吹雪の向こうから、機械合成された声と共に白と青の機械甲冑に身を包んだXXが姿を現した。

その姿を垣間見たカドックは、更に激昂してアナスタシアに追撃を命じる。

とにかく一秒でも目の前の異星人を放ってはおけないと、普段の冷静さが嘘のように顔を顰めながら声を荒げて叫んでいた。

 

「納得できるか! ミュージシャンが……ミュージシャンが何で、ラーメン屋なんだ……!」

 

「怒るところそこですか!? 私って関係ないですよね!?」

 

「うるさい! 君を倒して、ここにいる奴の記憶をみんな魔術で消す! そうすればそんな惨めな未来を知る奴は誰もいなくなる! やれ、アナスタシア!」

 

再び吹雪がXXへと殺到し、機械の甲冑が表面から凍り付いていく。ここは何もないカルデラであり、周囲への被害を気にする必要はない。遠慮なく極寒の吹雪をまき散らすことができる。

無論、たかが外殻が凍り付いたくらいではXXの動きを阻害する事もできないが、アナスタシアの狙いは腕や足の関節部にあった。魔力がキャスタークラスに及ばないのなら、弱い部分を重点的に攻めればいい。如何に強固な鎧といえど人が着ている以上は隙間や脆い部分が存在する。そこを凍らせれば、さしものXXとて一たまりもなかった。

 

「止めるんだカドック、よく分からないけど、落ち着くんだ!」

 

流石にまずいと思った立香は、カドックを羽交い絞めにして押さえようとしたが、逆に物凄い力で振り払われて押し返されてしまう。

 

「放せ! お前に分かるか! 音楽で根源を目指そうとして、親に反対されてギターを取り上げられた、子どもの頃の僕の気持ちが分かるか!」

 

「分かるか!」

 

カドックの切実な叫びに対して、立香は反射的に叫び返す。その向こうでは、XXをどんどん氷漬けにしていっているアナスタシアを止めようとマシュが説得を試みていた。

 

「アナスタシアも止めてください! 令呪の命令なら先ほどの一撃で既に効力は消えているはず! カドックさんを止めてください!」

 

「ごめんなさい、マシュ。令呪がなくともマスターの命令には逆らえません。それに…………」

 

「それに?」

 

「彼女を倒して、私が華麗なる女スパイ、謎のヒロインXXXになるのも良いかもって」

 

「バーバラ・バックのつもりですか! 帝政ロシアの皇女としてそれはどうかと思いますが!?」

 

最早、収拾がつかない混沌とした事態を前にして、同行していたジャンヌ・オルタ達は茫然と立ち尽くすしかなかった。

本来であればマスターであるカドックを止めるべきなのだろうが、下手に介入すれば確実に飛び火する事は目に見えていたので、安易に手が出せないのだ。

 

「むう、もしやこれはいわゆる圧迫面接というやつですか? ですが、バカンスを目前にむざむざやられる訳にはいきませんよ!」

 

「やめろー、これ以上ややこしくしないでくれ!」

 

「ダブル、エーックス!」

 

全身からエネルギーを放出し、凍り付いた鎧を溶かしたXXはどこからか取り出した槍を構え、アナスタシアへと切りかかった。

対して果敢に冷気や氷柱を放射し、アナスタシアは距離を取らんとするが、甲冑の防御力にほとんどの攻撃が弾かれて徐々に追い詰められていく。

元々、水着霊基で無理やりアーチャークラスを獲得している事もあって、XXとの地力に差があることも大きかった。

 

「こうなったら、宝具に引きずり込め!」

 

「ええ! 『残暑、忌まわしき夏の城塞(リェータ・ドヴァリエーツ)』! さあ、ここではあなたの力は弱くなり、私は相対的に三倍にパワーアップができるのです!」

 

「なんの! 私はルルハワのループで既にこの宝具の洗礼を何度も受けています! そんなもので私は倒せません! ツインミニアドッ!」

 

幻影の宮殿から襲い掛かる数々の恐怖映像にも屈せず、XXは構えた槍の刀身に手を添える。すると、槍は根元の部分から光を発し始め、瞬く間に太陽の如き輝きがその刃へと宿った。

同時にXXの兜の目に当たる部分が光を発し、全身に漲るエネルギーが関節部からスパークする。繰り出されるは必殺の一刀。

雄々しく大地を蹴り、大上段から振り下ろされるは魔を断つ一撃は、違う事無くアナスタシアの痩躯を一文字に切り裂いた。

 

「エクス、ダイナミック!!」

 

「ッ――――――!!」

 

傷口から光が溢れ、視界を焼き尽くさんばかりの閃光を伴う魔力の爆発がアナスタシアの体を包み込む。

その光景を目にしたカドックは、糸が切れた人形のようにその場に膝を着いて嗚咽した。

その視線の先には、アナスタシアの声にならない断末魔の悲鳴を背に受けたXXが、無言で残心をしている姿があった。

 

 

 

 

 

 

どれくらいそうしていただろうか。

一応、手加減はしてくれていたようで、アナスタシアは負傷こそすれど霊基に問題はなかった。

今はマシュがXXのテントを借りて介抱をしており、しばらく休めば回復するだろうとのことだった。

一方、カドックはというと呆然と膝を着いたまま、その場を動こうとしなかった。

恐らくは彼の苦悩はこの場にいる誰もが理解できないものであろう。それがいっそう、彼を孤独へと駆り立てていく。

とうとう堪らず、カドックは人目も憚らず大きな声で慟哭した。

 

「うわああああぁっ! ふざけるな……ふざけるなッ! 馬鹿野郎ッ!! うああああああぁぁっ!!」

 

叫びながら、何度も地面を殴る姿は見ていて痛々しい。それはまるで、母の日に最愛の母親の命をその手で断つという非情な決断を下したかのようであった。

 

「カドック」

 

「放っておいてくれ! どうせ、どうせ僕は凡人なんだ! ドジでノロマな亀なんだ!」

 

「誰もそこまで言っていないって」

 

取り付く島もない様子に、立香は困り顔で頬を掻く。

すると、動けるくらいには回復したのか、マシュに連れ添られたアナスタシアがテントの中からごそごそと這い出してきた。

 

「顔を上げなさい、カドック。所詮は別の世界の出来事でしょう」

 

「うう……けれど、僕は……」

 

「気にする必要はないでしょう。あなたはあなたなのだから。それに、私は良いと思います、ラーメン屋さん」

 

「アナスタシア…………」

 

「だって、ロックと違ってお腹いっぱいになるでしょう」

 

「うあああああぁぁっ!」

 

嬉々としてパートナーにとどめを差す皇女様であった。

彼の苦悩も困惑も絶望も分かっているが、それはそれとしてこの機会を逃す訳にはいかないと、意地の悪い笑みを浮かべている。

これでは今夜いっぱいは再起不能になるだろうと、立香はため息を吐いてからXXへと向き直った。

戦いを終えた彼女は、今は甲冑を脱いで素顔を晒している。

 

「えっと、とりあえず面接? 突破おめでとう」

 

「はい、よろしくお願いします、マスター君。早速ですが、宿泊先のスイートルームへ引っ越すので荷物の片づけを手伝ってもらっても?」

 

「それは構わないけれど、その前に教えて欲しいんだ。君がこのルルハワに来た理由。どうして北斎さんを襲ったのか、教えて欲しい」

 

XXはサバフェスの妨害を目的に動いていたが、それと北斎の襲撃にどのような因果関係があるのか。カドックはここに来る前にそんなことを口にしていた。

彼女が最終手段としてサバフェス会場への実力行使に出たのは最終日である七日目のみ。やろうと思えばもっと早くに襲撃できたはずなのに、どうして警備が厳重なサバフェスの当日に襲いかかってきたのか。

その理由によっては、自分達は手を組めるのではないのか。今日まで争ってきたが、互いの目的は必ずしもぶつかり合うものではないのかもしれない。

 

「そうですね、協力する以上は話しておいた方が良いでしょう。私一人での捜査にも限界を感じていたところです」

 

そう言って、XXは真剣な面持ちで空を見やった。

キラウエア火山の真上には、地上で起きている騒動など露も知らない満天の星空が輝いていた。

 

「事の始まりは今日という日から少しだけ遡ります。太陽系第三惑星……地球のハワイ諸島において、第三の邪神反応が検出されたのです」

 

夏だというのに、冷たい風が肌を切る。

それは、ゲシュペンスト・ケッツァーが真実の一端に触れた瞬間であった。




カドック「僕は絶対なんだ」
XX「ならば、私はフォーリナーハンターです」パチンッ!

という訳でカドックくん、改めて挫折を知るの巻でした。
XとXXの関係を見て、この手の未来の歴史ネタできるなと思ったのでここまで引っ張ってきた次第です。
ここまで来たら、後少しで完結できそうです。
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