星詠みの皇女外伝 Edge of Tomorrow   作:ていえむ

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六日目その3 遠い空の彼方に

浜辺を仕切るように立てられたネット、砂に描かれたコート。

ワイキキビーチの一画に設けられた即席のビーチバレー会場において、四つの影が忙しなく動き回っていた。

片やゲシュペンスト・ケッツァーの風雲児こと牛若丸とそのマスター、藤丸立香。縦横無尽にコートの中を駆け回る牛若丸を、立香は的確にサポートしパスを回していく。

片や女王メイヴとクー・フーリン。コンビネーションはバラバラだが、お互いの身体能力と技量がずば抜けており、連携の甘さを補って余りある。

そして、炎天下で白熱した攻防を繰り広げる両者を、周囲のギャラリーは真剣な面持ちで見守っていた。

どちらが勝つのか賭けていた野次馬も、そろぞれのサポーターも、飛び交うボールの行方を固唾を飲んで追いかけている。

現在の点数は20対19とゲシュペンスト・ケッツァーが僅かにリードしており、ここでメイヴ側が点を入れれなければ立香達の勝利となるのだ。

何故、こんな事になっているのかと言うと、簡単に言ってしまえば孔明の罠であった。

ロード・エルメロイⅡ世が立香に授けた策とは、メイヴを騙ってコンテストの内容を美の競い合いからビーチバレーに変えるというものであった。

ティーチを始めとした、メイヴのサバフェスに参加するにあたっての態度が気に入らない面々に協力を仰ぎ、会話などで足止めをしておいてもらう間に、メイヴへと変装した新宿のアサシンがコンテストをビーチバレーへと変更するよう宣言する。

その言葉を信じたメイヴの配下達は、急ピッチでコンテスト会場をビーチバレーのコートへと整備し、本物のメイヴが駆け付けた時には既に手遅れの状態であった。

もちろん、主催者であるメイヴにはそれを拒否する権利がある。しかし、敵対者や敗北者の不平不満ならいざ知らず、自らの信奉者達の羨望の目を裏切ることはできなかった。

己に傅く者に対して、彼女は苛烈ではあるが寛容だ。そして、彼らが思い描く理想の女王足らんとするのだ。

即ち、逃げず、媚びず、敗北しない。完全無欠の女王足らんとするが故に、この誤りを正す事ができなかったのだ。

結果、決して勝てなかったメイヴとの勝負に、僅かな勝機を生み出せたのである。

 

「キャッ!?」

 

「……っ! 牛若丸、跳んで!」

 

「はい! 主殿!」

 

「させるかよ!」

 

メイヴが砂地に足を取られた瞬間を見抜き、立香の指示で牛若丸が跳ぶ。

主が打ち上げたボールをその手で捉え、渾身のアタックを敵陣へ。無論、そうはさせまいとクー・フーリンが跳ぶが、それは罠であった。

彼が砂浜を蹴った瞬間を見計らうかのように、ボールにかけられた回転が空気を飲み込み、あらぬ方向へと捻じ曲がる。

気づいた時にはもう遅く、ボールは虚しくメイヴ陣営のコートの中に着地するのであった。

 

「あー! く・や・し・いいいいいいいいいいい!」

 

最後の最後で自身のミスが敗北に繋がった事を悟ったメイヴが、砂の上で地団駄を踏む。

一方、相対した牛若丸は勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

「はーはっはっは! 紙一重で我らの勝利だなメイヴ!」

 

とはいえ、メイヴはよく戦った。

身体能力が人外の域に達している牛若丸を相手に、クー・フーリンと二人がかりとはいえギリギリまで食い下がってきたのだ。

もしも、彼女が事前にビーチバレーの為の練習を積んでいれば、まだ結果は変わっていたかもしれない。

 

「さすがは手練手管で光の御子を追い詰めた女だけはあるな」

 

「ええ、あそこで足を取られなければ、逆転されていたかもしれません」

 

共に応援していたアナスタシアが、こちらの言葉に頷いた。

 

「はい……あの、ところでカドックさん」

 

「なんだ?」

 

「その旗はいったい……」

 

マシュが指差したのは、試合中にカドックが振っていた旗であった。

長いポールに結われた白い旗で、真ん中にはでかでかとカルデアの記章が塗られている。

どう見ても応援旗だが、もちろん市販品ではないし、カルデアから取り寄せた訳でもない。これは試合が始まる少し前にカドックが自作したものである。

 

「投影魔術で作ったんだ。応援に旗は必須だろう」

 

役目を終えた旗から記章が消えていく。無から有を生み出す投影魔術で生み出したものは、世界の修正力をモロに受けるのですぐに消えてしまうのだ。

 

「はあ……いえ、カドックさんが時々、変な方向に暴走する癖がある事は分かっていますが……はあ……」

 

言いたいことは何となく分かる。自分もまさか、こんなことの為に魔術を使うことになるとは思わなかった。ただ、この夏の間くらいはそういう固い話はなしでいこうと決めたのだ。観光も漫画作りも応援も、やるからには全力で楽しもうと決めたのだ。

 

「あー、もう! 屈辱だけど、三下の台詞で締めてあげるわ……これで勝ったと思うなよー!」

 

明日のサバフェスで挽回してやると言い残し、メイヴはクー・フーリンを伴って砂浜を去っていった。

彼女のファン達も、大急ぎでコートの片づけを済ませて彼女の後を追いかけていく。

 

「やったな、立香」

 

「ああ、応援ありがとう」

 

カドックと立香が、頭上でハイタッチを交わす。

 

「これでメイヴの人気も少しは落ちるかな?」

 

「ああ……彼女一人に集まる筈だった注目が、分散しているはずだ」

 

メイヴは正々堂々と戦ったので、完全に地に堕ちるということはないが、活躍した自分達にも注目が集まるはずだ。

後はジャンヌ・オルタがどれだけ客を惹きつけられる漫画を書き上げるかにかかっている。

 

「全てはオルタ殿次第という訳ですね」

 

「調子の方は?」

 

「今朝から修羅場だよ。とはいえ、このままのペースでいけば間に合うだろう。今はロビンがついている」

 

「じゃ、俺達も早く帰って手伝わなきゃだね」

 

泣いても笑っても、後数時間で全てが終わる。

人知を尽くして天命を待つというが、正にその時が迫ってきているのだ。

このルルハワで起きている真の異常――BBの企みを阻止するためにも、自分達は持てる全てを出し切らなければならない。

そうしなければ、この夏はきっと永遠に終わらないのだ。

寂しさが胸を去来する。

騒々しかった夏がもうすぐ終わる。いや、終わらせる。

必ず終わらせると、後ろ髪を引かれる思いを振り払ってカドックは改めて決意した。

夏の終わりが、近づいていた。

 

 

 

 

 

 

ホテルに戻ると、ジャンヌ・オルタがタブレットに向かって必死に原稿を描き上げていた。

机の上には打ち出した漫画の原稿が並べられている。進捗を確認しながら印刷機を操作していたロビンは、こちらが戻ってきたことに気づくと、原稿の束をこちらに手渡してきた。

 

「まずは読んでくれ」

 

原稿を受け取ったカドックは、ベッドの端に腰かけて描き上がったばかりの漫画に目を通した。

既に大部分が出来上がっており、後はクライマックスの部分を描き上げるだけとなっている。

これまで何十という漫画を描き続けてきたこともあり、画力も構成も素人の域をとっくに脱していた。

淡いながらも迫力があり、一つ一つのコマに引き寄せられるものがある。

特にキャラクターの心理描写は圧巻だ。ただの文字の羅列でしかないはずが、そこに絵と物語が加わる事で一個の人生へと昇華されている。

一方で、物語としては少々、ありふれたものだ。

怪物と出会った少女が紆余曲折を経て結ばれる。人間性の獲得と人生への賛歌がそこにはあるが、同時にそれはあまりにも使い古された陳腐なものであった。

 

(……ん? この辺り……どこかで見たような…………)

 

読み進める内にデジャビュを感じ取り、カドックは首を傾げる。

以前、似たような話を読んだことがある気がするのだ。しかし、残念ながら思い出すことができない。

これまで自分達が描き上げてきた漫画の内容は、全て記憶している。もちろん、同じジャンルに挑戦することもあったが、これと似たような話はなかったはずだ。

なのに、自分はこの漫画に目を通してどこか懐かしい感覚に襲われた。まるで、誰もが知っているお伽噺を改めて読み返したかのようだった。

 

「カドック、俺も」

 

「ほら」

 

デジャビュの正体が分からず、首を傾げながら立香に原稿を手渡し、ジャンヌ・オルタを見やる。いつの間にか、彼女は執筆の手を止めてこちらに向き直っていた。

 

「ねえ、今の漫画だけど……面白いと思う?」

 

直球な質問である。無論、面白くない訳ではない。

気持ちは引き込まれるし、キャラクターも魅力的に描かれている。

だが、少しだけ物足りないと感じてしまうところもある。

それがどこなのか、カドックは上手く言葉にできなかった。

 

「どうだ、立香?」

 

「……結末かな。怪物が人間に戻ってハッピーエンド……悪い訳じゃないんだけど……」

 

「そこ突いてくるか……確かに定番すぎて引っかかるわよね」

 

立香の感想を聞いたジャンヌ・オルタが静かに頷いた。

なるほど、確かにその通りだ。円満なハッピーエンドではあるが、それ故に訴えるものがない。

様々な苦難に見舞われながらも障害を乗り越えた二人は人間となって結ばれる。誰もが求める陳腐(クラッシック)な結末だ。

もちろんハッピーエンドが悪い訳ではない。その人が善性であるなら、不幸に釣り合う幸福を得るべきだ。代価に対する報酬があるべきだ。

しかし、人というものは悲劇の中に悦を見い出す厄介な習性も持っている。

絶望に屈した者を、災禍に翻弄される者を、理不尽に成す術がない者を、人はただ娯楽の為に嘲笑う。ならばこの漫画もまた、バッドエンドで終わるべきなのだろうか?

 

「いや、笑える話だが残るものがない。二人は報われるべきだ」

 

「じゃ、二人はこのままってこと? 怪物は怪物のまま、姫は姫のまま、二人は理解し合えると思う?」

 

「……このお姫様ならやってのけるんじゃないかな?」

 

恐らくは、この中で誰よりも多くの異形と触れ合ってきたであろう少年は、確信を持ってそう言った。

手足が人と異なる者、人間とは異なる種族の者、精神に異常をきたしている者。そういった手合いを立香は受け入れ関係を構築してきた。

ジャンヌ・オルタは怪物との相互理解に不安を抱いているが、何よりも確かな成功例が目の前にあるのだ。なら、怪物と姫がお互いをそのまま受け入れる展開だってありではないだろうか。

 

「でも、そうなると少し描写を足さなきゃ説得力に欠けるわね。いえ、いっそ構成自体を見直した方が……」

 

タブレットを前にして、ジャンヌ・オルタは眉間に皺を寄せる。

エンディングの改変だけでなく、描写の追加を行えばページは確実に増えることとなる。

加えて整合性を取る為にネームの見直しやコマ割りの整理。実質、一から描き直すのと同じである。それでは入稿の締め切りに間に合わないかもしれない。

 

「全体のコマ割り構成に戦争の背景モブ……うーん……あーもー! ごめん、ちょっと外に出るわ」

 

煮立った頭を落ち着かせるように振ると、ジャンヌ・オルタは席を立った。

漫画のエンディングをどうすべきか、彼女の中で大きな葛藤があるのだろう。

良い話を作りたいという思いと、きちんと描き上げたものを出品したいという思いがせめぎ合っているのだ。

ああなってしまえば端から何を言っても意味がない。気持ちを切り替えるなりして自分の中で決着を付けねば、先に進めないのだ。

 

「大丈夫かしら、ジャンヌ?」

 

部屋を出て行ったジャンヌ・オルタを見送ったアナスタシアが、不安そうに聞いてくる。

 

「さあ……僕達にできるのは、彼女が満足できる結果を出せるよう、サポートするだけだ」

 

彼女は弱い女ではない。必ず自分の中で答えを見つけてくるはずだ。それまでに、こちらも備えをしておかなければならない。

 

「そうね……じゃ、私はマシュと買い出しにいけば良いかしら?」

 

「茨木童子と牛若丸も連れていけ。手分けして、タブレットと飲み物……ああ、摘まめるものも何か頼む」

 

「了解です、カドックさん。すぐに行ってきます」

 

「俺はみんなに声をかけてくるよ」

 

「任せた。僕は……」

 

時刻を確認し、部屋に備え付けの電話の受話器を取って番号を押す。

数回のコール音の後、回線が繋がって目当ての人物が受話器の向こうに現れた。

 

『はいはーい。こちらゴージャス印刷株式会社。謎の美人秘書のドルセント・ポンドでーす』

 

聞こえてきたのは陽気な女性の声音だった。

いつも漫画の印刷をお願いしている印刷会社の社長秘書だ。

本名は別にある癖に、何故か偽名を名乗っている獣耳の女王様である。

 

「あー、サバフェスに出品する原稿を持ち込みたいんだが……最悪、明朝にもつれ込むかもしれない」

 

『おっと、当日入稿とは外道も外道。もちろん弊社はお客様のニーズには完璧にお応えしています。例え当日入稿であろうと、印刷機を虚数空間に沈めて因果を逆転させればあら不思議。印刷も製本も忽ちの内にご用意ができまーす。が、すこーしご費用がかさみますよー』

 

「用意はある」

 

『わお、太っ腹! どこでそんなに貯め込んだんですか?』

 

「鶏を絞めたのさ」

 

『それはそれは。では、いつでもお待ちしておりますので、頑張ってくださいね』

 

にこやかに笑いながら、ドルセントは電話を切った。

これで、明日の朝までリミットを伸ばすことはできた。後はジャンヌ・オルタ次第である。

 

「顔がにやついてますぜ、マスター」

 

受話器を置くと、椅子に腰かけたロビンがこちらをからかうように言った。

 

「そう見えるか?」

 

「ええ、そりゃね……ここ一番って顔だ。うん、この夏で初めて見た顔かもな」

 

「そうか……そうだな……」

 

「修羅場を楽しめるくらいが丁度良いのか、そこまできたらもう手遅れなのかはオレには分かりませんし、分かりたくもないですけどね」

 

そう言って、ロビンは自嘲気味に笑って見せる。

彼の言う通り、今の自分がこの状況を楽しんでいるのか、感覚が麻痺してしまったのかは分からない。

ただ、今までにないくらい、心が躍っているのは確かだ。

時間も残り僅か、成し遂げられるかどうかも未知数。しくじればこれまでで最悪の痛手が待っている。

これは大きな賭けだ。

 

「あんたの人生がかかっているんだが?」

 

「ま、その時は大魔女様のお世話にでもなりますよっと」

 

「助かるよ、皐月の王」

 

それから三十分程して、ジャンヌ・オルタは戻ってきた。

どこで気分転換をしてきたのかは分からないが、派手に暴れてきたのか顔のあちこちに傷ができている。

こちらがタオルを差し出すと、彼女は乱暴にそれを引っ手繰って顔の汚れを雑に落とす。

そして、一度だけ深呼吸をすると、澄み切った迷いのない目でこちらを見つめてきた。

 

「描くわ……もう一度、ネームから描き直す」

 

そう宣言するジャンヌ・オルタの言葉は、まるで兵士を鼓舞する聖女のように凛とした響きがあった。

どうやら、迷いは吹っ切れたようだ。

 

「間に合わないかもしれない。無茶で無謀なのも承知している……けど、描きたいの」

 

「良いんだな?」

 

「あの監督英霊……あいつは下手くそだけど、自分の作品にだけはどこまでも真摯だった。もっと拘れる部分、改善の余地はあっても、彼にはあれが精一杯だった。ええ、私も同じでしょう。未熟な素人よ……でも、ここで妥協したら、今以上のものはもう描けない……そんな気がするの」

 

彼女の言葉で、三日目に出会った監督英霊とのやり取りを思い出す。

一日を棒に振る形になったが、彼との出会いは彼女の中でプラスに働いたようだ。

今のジャンヌ・オルタは、今までにないくらい真剣で、熱意とやる気に満ちている。

よい作品を何が何でも生み出したいという、創作家にとって最も大切な思いで溢れ返っていた。

 

「ああ……なら、やろう」

 

直後、勢いよく部屋の扉が開いて、大勢の人が雪崩れ込んできた。

買い出しに出ていたマシュ達と、助っ人を呼びに行っていた立香が戻ってきたのだ。

 

「ただいま、みんな快く引き受けてくれたよ」

 

「こちらも準備万端です。人数分のタブレットとエナジードリンク、軽食も完備です」

 

「あんた達……って、なんで? ちょっと、何? 何なの?」

 

状況についていけず、ジャンヌ・オルタは戸惑いを見せる。

立香と共に部屋に入ってきたのは、反転していない方のジャンヌに刑部姫、そして北斎の三人だ。

全員、サバフェスにおける同人仲間にしてライバル達である。

 

「いようし、どこから手をつけたもんかねェ?」

 

「うーん、この感じだと一からコマ割りを切り直した方が分かりやすいかも」

 

「じゃ、手分けして始めちゃいましょうか」

 

戸惑うジャンヌ・オルタを尻目に、三人は好き勝手に言い合いながらマシュからタブレットを受け取る。

机の上には補給物資が並べられ、邪魔になる家具の類はカドックとロビンが手分けして部屋の隅へと押しやった。

そうしてできたスペースに各々が陣とっていき、即席のアトリエが完成する。

 

「まさか、手伝うつもりなの? 止めてよ、頼んでもいないのに……」

 

「ええ、その通りです。だから、これはお節介ですね」

 

らしくない弱々しい声を漏らしたジャンヌ・オルタに、ジャンヌは笑顔で応える。

 

「マスターからお話を伺いました。オルタならきっと、素晴らしい本を作るだろうと……私も、あなたの描いた本が読んでみたいのです」

 

「まあ、おれは命を救われた縁もあるしなァ。ここらで恩を返しておかないと寝覚めが悪いや」

 

「オルタちゃんが隣にきて、色々と刺激ももらえていい本が描けたから、そのお礼くらいわね」

 

「あんた達……」

 

口々に言う三人の顔を見まわし、ジャンヌ・オルタは言葉を失った。

この七日間、交流しながらも競い合ってきたライバルたちであった。

全員がジャンヌ・オルタなど及びもしない、サバフェスの常連。熟練の絵師達だ。

その彼女達が今、未熟なジャンヌ・オルタを奮い立たせんとしている。その手を取って、更なる高みを目指さんと促している。

 

「オルタ、この本は完成させるべきだ。死に物狂いでやってみる価値はある」

 

「藤丸……うん、それは……確かにそう思うけど……あんた達は良いの?」

 

全員が、無言で頷いた。

思うところがない訳ではない。誰だって自分達の作品が一番だと思いたい。

けれど、それ以上に譲れないものがこの世界にはある。

生れ落ちようとしているより良い作品を、埋もれる前に掬い上げる。

素晴らしい作品をこの目で見たいという欲求だけは、誰にも抑えることなどできないのだから。

 

「……どいつもこいつも、お節介ねまったく」

 

「うん、そうだね」

 

「まったくだな。で、どうする?」

 

こちらが改めて聞き返すと、ジャンヌ・オルタは白い歯を剥き出しにして笑顔を見せる。

 

「――やるに決まってるでしょ。さあ、アシスタントリーダー&パシリ一号……やるわよ!」

 

そして、壮絶な修羅場が幕を明けた。

何しろ半ばまで完成していた原稿を、一から作り直すのだ。

大まかなストーリーはそのままだが、新たなアイディアを付け加えるためにコマ割りを整理し、そこに新しいネームを書き加えていく。

少しでも手間を節約する為に、使い回せそうなコマの切り貼りも並行して行われた。

そして、ジャンヌ・オルタが必死の思いで描き上げたネームに各自が手分けして色を塗っていく。

人手が増えたとはいえ、これがアナログな手作業であったのなら、間違いなく間に合わなかったであろう。

 

「ひええ! 部屋に戻ったらまさか修羅場だったなんて!」

 

途中、観光から戻ってきたXXも悲鳴を上げながら作業に加わり、下書き状態のページがどんどん上書きされていく。

時間経過と共に用意しておいたエナジードリンクも次々に空けられ、ごみ箱は空き缶とお菓子の空き箱でいっぱいになっていった。

それは、後になって振り返ると、漫画と殺し合うような作業であった。

刻一刻と迫るタイムリミット。熟練者達が集ったとはいえ、一晩で漫画を描き上げるというのは土台からして無茶な話であった。

途中でまず茨木童子が力尽きて眠りに落ちた。

牛若丸が腱鞘炎を起こした。

バカンス疲れと修羅場に当てられてXXが幻覚を見始めた。

アナスタシアがタコ足配線に引っかかってとと様を押し潰した。そして、カドックが胸に沈んだとと様にキレた。

トラブルが起こる度にロビンが走り、物語の展開を巡ってジャンヌ同士が舌戦を繰り広げる。

全員が、魂を削って一つの作品を描き上げようと邁進していた。

 

「ああ! ダメ! ブリトーよ! あの店のチキンブリトーが食べたいわ!」

 

「突然、何を言い出すんだオルタ!?」

 

「ブリトーが頭から離れなくて、ペンが進まないのよ!」

 

「ロビン、ここは僕がやるからブリトーを!」

 

「マスター、店はもう閉まって……」

 

盗ってこい(ピンクパンサーだ)!」

 

ブリトー買ってくる(ブリトー攻撃)!」

 

様々なすったもんだあった末に――。

 

「おい、客に空からゲロを降らした馬鹿はどこのどいつだ! 連れてきたからちゃんと謝りやがれ!」

 

「こいつよ」

 

「食い過ぎて吐いたのはお前だろ! ええい! 誰に謝れって!?」

 

「■■■!」

 

「呂布奉先!? それにフラン!?」

 

「しょーぐんは、まあよいゆるす、とおっしゃっているのである。ただしこの『軍神五兵(ごっどふぉーす)』がゆるすかな!? とおっしゃっているのである」

 

「おい、マスター……」

 

「任せろ……フォーリナーハンターズ!」

 

「アッセンブル! 私以外のセイバー……後、その保護者も一緒にぶっ飛ばす!」

 

「■■■■!」

 

「しょーぐんは、『鉄拳制裁タイムだ(むっしゅむらむら)』とおっしゃっている」

 

「今の内に、部屋に戻れ!」

 

多くの地獄を乗り越えた果てに――。

 

「……あの……だな……その……でーたってえの、どうやったら復活する?」

 

「ちょっと見せて……ギャー! 消・え・て・る!?」

 

「おっきー、ステイ!」

 

「と、とりあえず修復作業! ロビン、バックアップあるわよね?」

 

「ああ、十五分おきにしてますよ」

 

「面目ねえ」

 

「デジタル作業にマシントラブルはよくあることよ! マスター!」

 

「ああ、あのタクシーを手配しておく。あれで会場入りするなら、ギリギリまで作業に回せる!」

 

「間に合うでしょうか?」

 

「必ず間に合わせるの! 諦めず、最後まで見捨てずにやりましょう!」

 

遂に――。

 

「か、完成……したわ……」

 

みんなで考えた、最高の本が完成した。




残る話は1ないし2話。
ルルハワは連続したストーリーだけじゃなくて枝葉の話も多いから、書こうと思えば延々と書けるのが辛いところ。でも、長々とやればいいってもんじゃないと思うので、きっちり終わらせたいと思います。

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