星詠みの皇女外伝 Edge of Tomorrow 作:ていえむ
朝が来た。
新しい朝だ。
騒々しくも楽しい七日間を超えた先、始まりがあれば終わりもある。
無事にサバフェスを終え、特異点を生み出したBBも倒し、当初の目的であるフォーリナーの調査を終えたゲシュペンスト・ケッツァーの面々は、実に何週間ぶりにダイニエル・K・イノウエ空港のロビーを訪れていた。
「いやー、空港に来るのもすっげぇ久しぶりですわぁ。体感で何週間ぐらいルルハワを堪能したのかねぇ、オレ達?」
指先でパスポートを弄びながら、ロビンはしみじみと呟いた。
彼の言う通り、この廊下を通り抜けてルルハワへにやって来たのが遠い昔の出来事のように感じられた。
終わりのない七日間。永遠に繰り返される七日間。
みんなで騒いで、暴れて、悩んで、漫画を描き続けた七日間。
色々な事があったが、何だかんだで楽しいバカンスであった。
「ええ、人騒がせなBBでしたが、その点だけは素直に感謝です」
「うむ。吾もぐるめとやらを堪能できて満足している」
「む? 茨木は酒呑童子を探していたのでは?」
「結局、見つからなかった。まあ、酒呑がその気になれば吾如きでは見つけることなどできぬがな。うん、さすがは酒呑だ」
変な納得の仕方をして笑う茨木童子に対して、牛若丸は複雑な笑みを浮かべる。
そもそも茨木童子がハワイに同行したのは酒呑童子を探すためだったのだが、彼女が好き勝手に暴れたり途中からサバフェスに参加したりで結局、見つけ出すことができなかったらしい。
本人はそれを、酒呑童子がすごいからとよく分からない理由で納得しているようだった。
「結局、人的被害は何もなかったんだっけ?」
「はい、先輩。カルデアハワイ支部との連絡も無事に回復しましたし、特異点も後数時間で解除されるそうです」
「そっか……でも、BBは……」
BBはあの後、XXによって連行されていった。曰く、銀河警察の牢屋でしばらく反省してもらうのだそうだ。
最後の戦いで邪神の権能もごっそりと奪われたようで、今の彼女には抵抗する力も残されていないらしい。
「まあ、そのうちひょっこり帰ってくるでしょ。ほら、そろそろ搭乗の時間だから、みんなも急ぎなさい」
「分かった。何だか機嫌がいいね、オルタ?」
「そう? うーん、別にあいつのことはどうでもいいから……しいて言うなら、サバフェスに参加したからかしら?」
ただの憧れ、ただの反発から始めた漫画制作。この七日間で必死に描き続け、何度も苦渋を舐めながらサバフェスのトップを取った。
自分の技術がどこまで通用するのかを、彼女はこの夏を経て知ることができたのだ。その自信が今の精神的な余裕に繋がっているのだろう。
「戻ったらまた描くわ。ええ、サバフェスは夏だけじゃないもの。目指すは冬! 今度もてっぺんを取ってみせるわ!」
(できれば次は一人で頑張ってもらいたいものだ)
やる気に燃えるジャンヌ・オルタを、カドックは冷ややかな目で見つめていた。
バカンスは存分に楽しませてもらったが、あの地獄のような漫画制作だけは二度とご免だ。
今なら、あれを生業にしている人達を素直に尊敬することができる。
「ま、とにかくこれでルルハワともお別れだ。皆さん、忘れ物はねえですかー?」
「はーい」
ロビンの号令に一同、声を揃えて返答する。
そこでカドックは気が付いた。全員の荷物が、七日前にハワイを訪れた時よりも明らかに増えていることに。
「ちょっと待った。みんな、何でそんな大荷物なんだ?」
立香もマシュもバッグがパンパンに膨れ上がっているし、アナスタシアに至ってはキャリーケースが一つ増えている。
「え? 何って、お土産ですが?」
「ハワイに来れなかった人もいるしね」
「カドックも頼まれていたでしょ? あの子とかあの方とか……」
「……あ――」
忘れていた。
何かを手に入れてもループで初日に戻ってしまえばなくなってしまうので、全てが解決してからみんなのお土産を買うつもりだった。だが、BBとの決戦での疲れや帰還の準備ですっかりそれを忘れていたのだ。
慌てて時計を見やると、搭乗手続きの締め切りまで後三十分を切っていた。今から街に繰り出して買い物をする時間はない。かといって、空港内の土産物屋で必要な数を揃えられるだろうか?
「アナスタシア。こう、シュヴィブジックで飛行機のエンジンを……」
「いやです。日頃から悪戯で他人に迷惑をかけるなと、お説教しているのは誰ですか?」
「僕には容赦なく悪戯仕掛けている君が言っていい台詞じゃないな、それは」
アナスタシアの悪戯で飛行機のエンジントラブル作戦、敢え無く断念である。
だが、そうなると打つ手がない。ちゃんとお土産を買って帰らなければ、機嫌を損ねてややこしいことになりそうな面子もいるのだ。やはり、ダメもとで空港のお土産屋を買い漁るしかないのだろうか。
そんな風に迷っていると、不意に背筋に悪寒を覚えた。
覚えのある感覚だった。夏だというのに背筋が凍るような寒気。天地が逆転したかのように足下が不確かとなり、体がふらついてバランスを崩した。気持ち悪さから思わず手で顔を覆う。
それと同時に、背後から聞き覚えのある蠱惑的な声音が轟いた。
「ターイムストッープ!」
空気が変わる。
流れる風が止まり、青い空から光彩が消える。まるでネガとポジが入れ替わったかのような錯覚に、他の面々も何事かと振り返った。
すると、そこにはXXによって銀河警察に連行されたはずのBBが、困り顔のXXを伴って立っていた。
「お土産もいっぱい、思い出も胸一杯。それこそバカンスの醍醐味ですよね。ええ、分かりますともカドックさん」
「BB!? 捕まったはずじゃ……」
「それが、どうしてもお願いしたいことがあるからと駄々を捏ねられまして」
「よし、帰ろう」
XXの言葉を聞くや否や、カドックは踵を返した。
無性に嫌な予感がしたのだ。このままダラダラと彼女達と話をしていれば、何だかとても良からぬことに巻き込まれてしまう気がする。
カルデアでお土産を待っている者達には申し訳ないが、身の安全のためにもここはさっさと帰ってしまうのが得策だ。罰は甘んじて受けよう。
「そんなぁ、待って下さいってば、マスター」
「うるさい、そっちのセンパイにでも頼めばいいだろ」
「もちろん、頼みますけれど、お二人の協力が必要なんですぅ」
「知ーるーかー! だいたい、もう飛行機に乗らないといけない時間なんだぞ」
フォーリナーの調査のためとはいえ、あくまでハワイに来た名目は観光。さっさとカルデアに戻らなければ、国連や魔術協会がまた査察を寄越すかもしれない。今はカルデアも非常にデリケートな時期なのだ。
すると、BBは小生意気にも舌を出して可愛らしく微笑むと、片目をウィンクさせながら言った。
「あ、それナイです。フライトですが、ちょっと永久に止めちゃいました。ルルハワもそう簡単には解除されません」
「ロビン、ハワイってシャークケージあったか?」
「ありますね」
「沈めたまま引き上げないつもりですね、このヒトデナシめ」
「…………」
「あ、マジですか……」
さすがにこちらの本気を察したのか、BBは引きつった笑みを浮かべる。
「まあまあ。で、BB、何があったんだい?」
見かねた立香が割って入り、BBに事情を問い質す。すると、BBは目を涙で潤ませながら立香の胸に縋り付き、わざとらしく嗚咽しながら懇願した。
「はい、実は皆さんのお力をお借りしたいのです。実はその、わたし、元に戻れなくて」
「元にって……BBは何も変わっていないだろ?」
「邪神と同調しただけだから、霊基も変わっていないはずですよね?」
「マシュさんの目は節穴ですか? こんなにも見た目が違うじゃないですか!」
「それって……」
「はい! 女神ペレさんの霊基が馴染み過ぎて、聖杯を使っても! 日焼けが! 戻らない! のです!」
「あー」
確かに女神ペレは神話上の人格がBBと似通っている部分が多いが、こちらが思っていた以上に親和性が高かったようだ。
どうやらBBは夏も終わったので不要となった権能を削ごうとしたようだが、ペレの霊基がガッチリと食い込んでしまっていて普段の姿に戻ることができなくなってしまったらしい。
「BBちゃんといえば白い肌、月のヒロインを連想させる純白さ、これ重要。なので! 何としてもこの日焼けを直したいのです!」
切実な訴えであった。惜しむらくは、その発信元であるBBが胡散臭すぎて、どうしても裏を疑ってしまう。実はそれをダシにして更なる混乱を起こそうとしている。あわよくばXXから逃れようとしているのではないかと勘繰ってしまうのだ。
「そんな、皆さんの中でのわたしの扱いって……良いんですか! BBちゃんがこのまま日焼けしたサマーガールのままでも!? お二人好みの色白美人に戻れませんよ!」
「別に色白だからアナスタシアが一番な訳じゃない」
「ぼっ――!?」
何気ないカドックの一言に、アナスタシアは顔を真っ赤にして沈黙する。当然の事ながら、カドックがそれに気づくことはなかった。
「ジャブより早いカドックのクリーンヒットだ!」
「はい、こっちも負けてられませんね先輩!」
「はいはい。ややこしくなるから黙っていなさい」
俯くアナスタシアを見て主従二人が騒ぎ出し、見かねたジャンヌ・オルタが窘めた。
「それで、どうすれば良い訳?」
「さすがジャンヌ・オルタさん、バーサーカーの癖に話が分かる」
「あまりふざけ過ぎたら燃やすわよ」
「はい……えー、さっき霊基が馴染み過ぎていたって言いましたけど、それは単にBBちゃんとペレの親和性が高かったからだけではないのです。外部から圧力をかけられていて、そのせいでうまくペレの力を捨てられないと言いますか……」
「サーヴァントの霊基に圧力をかけるなんて、相当ね。というかあんたに干渉するなんてどこの物好きよ」
「ポリアフです」
ほんの少し、忌々し気にBBは言った。
ポリアフ。BBが取り込んだペレのライバルといえる女神であり、ハワイにおいては雪の女神として信奉されている。
昨日の戦いの舞台となったマウナケア山もポリアフの棲み処だ。
「ほら、ペレを取り込んだわたしが倒されたじゃないですか。それでハワイの支配権が弱ったのを好機と見たのか、ライバルのペレをハワイから追い出そうとわたしの中に封じ込めようとしているんです」
「つまり、女神ポリアフを倒すなり説得するなりをして、BBさんへの干渉を止めさせればいいのですか?」
「その通りです、マシュさん。お願いします。ポリアフからの重圧で、何だか常に肩こりに悩まされているみたいで落ち着かないんです」
いまいち真剣みに欠ける物言いではあるが、確かにそれを放置したままにはできない。
このままペレの権能がBBの中に残されたままでは、いつまで経ってもペレが復活できないからだ。
ポリアフも余計な事を仕出かしてくれたものである。
「はあ……仕方がない、さっさと済ませるか。ポリアフが相手ってことは、マウナケアにまた行けば良いのか?」
「いいえ、その必要はありません」
沈黙していたアナスタシアが、不意に口を開いた。
その声音は自信に満ちていて、それが逆に不安を煽る。
これはあれだ。虎視眈々と悪戯を狙って耐え忍び続け、その苦労が成就した際の喜ぶ姿に似ている。
彼女の本質、或いは遊び心。悪戯の為ならば目的を選ばない。
つまりはいつものポンコツな皇女様である。
「皆さん、ここまでご苦労様です。聞いての通り、後はポリアフを倒してBBへの干渉を止めるだけ。そしてポリアフ――その力を受け継いだアバターともいうべき存在は既にここに来ています」
物凄く嫌な予感がした。
そういえば、いつだったかアナスタシアは言っていた気がする。この常夏の島において、ポリアフの棲み処であるマウナケア山の霊脈は自分と相性がいいと。
そこから導き出される最悪の想像に、カドックは頭痛を覚えて思わず額を手で押さえた。
今すぐ胃薬と頭痛薬が欲しい。何ならアルコールでも構わない。
「ポリアフのアバターとは…………そう、私です!」
「あなただったんですか!?」
わざとらしく見栄を切るアナスタシアに対して、マシュが仰々しく驚きを体全体で表現する。お互い、これを演技ではなく素で行っている辺りが逆に痛々しい。
「前にマウナケア山を登った時、実はこっそりと意気投合していました。彼女は自分の棲み処で好き勝手しているBBを疎ましく思っていましたが、かといって反抗してもペレの二の舞になるだけ。BBとペレ、二人を同時に追い出せるこの時をずっと待っていたのです」
「つまり、BBさんを助けるにはアナスタシアを倒さなければならないということですか?」
「勘弁してくれ。悪戯も度が過ぎると目に余る」
仮にも人理を護るカルデアのサーヴァントなら、その辺の分別は弁えて欲しい。
BBの事が疎ましいのは分かるが、だからといってペレの力を封じ込める手助けをしていい理由にはならない。
これではペレ不在となったハワイ諸島の霊脈が不安定なままとなり、人理にどんな影響が出るのか分からないのだ。
「皇女様、穏便には済ませられないかな?」
「そうだ、ポリアフに協力なんてする必要ないだろ」
「カドック、私は何もおふざけでポリアフに協力している訳ではありません。彼女から借り受けた権能をちょっと応用すれば、きっとあなたは喜んでくれると思います」
「それはどんな……」
「聖晶片を自由に生み出せるようになります」
その言葉を聞いた瞬間、カドックは迷うことなく踵を返してアナスタシアを庇うように立香達と対峙した。
「悪いな立香、悲しいけれどこれも運命だ」
「それで良いのか、カドック!!」
「何だかクリスマスまでに石を貯めておかないといけない気がするんだ!」
「気持ちは分かる! 俺だってできれば――」
「先輩!」
「……もとい、だからといってBBをこのままにしておく訳にはいかない」
「なら、やるしかないな」
ズボンのポケットに両手を突っ込み、皮肉気に唇を釣り上げる。対する立香は一瞬、目を見開いて驚いたが、すぐにいつもの表情に戻って力強く頷いた。
そう、対立は避けられない。BBに封じ込められたままのペレを解放するためにはアナスタシアを倒さなければならない。それが避けられぬ運命ならば、この夏の最後の思い出となるのなら、せめて派手な花火を打ち上げよう。
互いの死力を尽くした、持てる知恵を振り絞った、マスター同士の競い合いで全てを決しよう。
「何よ、男同士で勝手に納得して。要するに暴力で解決するのが一番ってことでしょ?」
「皇女様を口実に、変な火が点いちまったみたいだねぇ。分かるような、分かりたくないような」
呆れながらジャンヌ・オルタとロビンはそれぞれの得物を取り出して戦闘態勢を取る。
その様子を見た立香は、ふと面白いことを思いついたとばかりに笑みを零した。
「丁度、六騎いるから3ON3でやらない?」
「チーム戦か。よし、茨木とXXはもらうぞ」
「じゃ、こっちはジャンヌと牛若丸とロビンで。マシュ、審判をお願い」
「は、はい」
人気のないダニエル・K・イノウエ空港前の大通り。
対峙するは二人のマスターと、六騎の英霊達。
細かいルールも制限もなし。互いの全てを出し切り、大将であるアナスタシアかジャンヌ・オルタのどちらかが倒れれば終わりというシンプルなルールだ。
「前衛は茨木とXXのツートップだ。向こうは守りが脆い、一騎ずつ確実にいくぞ」
「アナスタシア皇女のシュヴィブジックは放っておけない。ジャンヌで戦線に食い込んで、そこから一気に押し込んで大将を狙う」
互いのリソースを確認し合い、それぞれのマスターが対策を練る。
絶対に、負けられない戦いがここにはあった。
「それでは、始めます!」
マシュが宣言と共に掲げた手を勢いよく下ろす。すると、ジャンヌ・オルタは待ってましたとばかりに刀を抜いて意気揚々と口上を読み上げようとした。
最初のティーチとの戦いで締まらない口上を上げてから幾日と過ぎ去り、その時の失態を恥じた彼女は次なる機会に備えてとっておきの台詞を考えていたのだ。
残念ながらその機会にはなかなか巡り会えず煩悶とした日々を送っていたが、遂にチャンスが訪れたと彼女は喜び勇んでいた。
しかし、彼女がポーズを決めて口を開こうとした瞬間を見計らうかのように、別の口上が通りに木霊した。
「さあ、サバトの始まりだ!」
してやったりとばかりにカドックはほくそ笑む。
「鴉が歌い……」
悪ノリした立香がそれに続く。
「「黒猫がニャンと鳴くわ」」
アナスタシアと、何故かマシュも一緒になって唱和する。
「――――!!」
忽ち、周囲の空気が弛緩していく。
笑いを堪え切れないXXと複雑な表情を浮かべる牛若丸にロビン。茨木童子はよく分かっていないようだった。
出鼻を挫かれ、とっておきの口上も言えず、あまつさえ恥じていた黒歴史を掘り返されたことで、ジャンヌ・オルタの顔は忽ちの内に真っ赤に染まっていった。
「燃やす! もう敵とか味方とか関係なく燃やす!」
炎が南国の青空に舞い上がる。
それを合図に、彼らの最後の夏が始まった。
□
その光景を、少し離れたところから見守る者がいた。
黒い肌に蠢く刺青、赤いバンダナ。人知れずルルハワの闇で戦い続けてきたアンリマユは今、やっと戦いから解放されて自由を噛み締めていたのだ。
無論、彼自身も時が来ればカルデアに戻らなければならない。残された時間でできることといえば、こうして大きく伸びをして日光浴と洒落込むくらいである。
そんな報酬とも呼べない束の間の自由を満喫していると、傍らにそっとBBが近づいてきた。
「よお、さくらんぼ。あんたも横になる? ここからならマスター達との戦いがよく見えるぜ?」
「呑気ですね。あんなに一人で頑張った癖に、何も望まないなんて聖人気取りですか?」
「まあ、今回に関してはオレというよりも
このアンリマユという英霊には実体と呼べるものはない。座にいる限りは自我すら持たない悪意でしかないのだ。そのため、召喚される際に何らかの殻を被る必要がある。
今回の召喚では以前に纏ったある人物の殻が改めて採択されていたのだが、どうやらそのモデルとなった人物がAIであるBBのモデルとなった人物と接点があったらしい。
アンリマユはBBと何の縁もない他人同然の関係ではあったが、それ故に彼女が何かを企んでいると漠然に感じ取ることができたのだ。
「どこからわたしの計画を掴んだのかと思っていましたが、まさかそんな理由だったとは。言っておきますけれど、わたしと
「へいへい。オレだってあんたみたいなのに馴れ馴れしくするのはおっかなくて敵いませんよ」
そう言って唇の端を釣り上げながら、アンリマユは半身を起こした。
「それじゃ、あんたが言うところの
「あら、何のことですか?」
「とぼけるなよ。人類の幸福を望んだ割には、あんたの行動はマスターに寄り過ぎている。そういう女だって
「そこまで分かっているのなら、改めて説明する必要はなくありませんか?」
「オレは探偵じゃないからな。推理小説も最後から読むタイプだし」
感覚では分かっていても理屈までも察せられないと、アンリマユは締めくくる。
それを聞いたBBは、仕方がないとばかりに首を振って一冊の本を取り出した。
少しだけ色褪せた同人誌。それはジャンヌ・オルタが最後に描き上げた漫画とよく似ていたが、少しだけ細部が異なっていた。
それもそのはず。これは以前のループでジャンヌ・オルタが描き上げたもの。そもそも彼女が漫画制作を志したきっかけは、カルデアで拾ったこの漫画に触発されたからだ。
何れは自分が描き上げることになる漫画に憧れ、嫉妬した彼女はマスターを巻き込んでルルハワでサークル活動を始める。それが計画の第一段階であり、BBはこうして敗北する度に七日前の自分にジャンヌ・オルタの漫画を送り続けてまだ何も知らない彼女達をループへと誘い続けてきたのである。
「後は、カドックさんが余計なことをしないように記憶を消すつもりでした。あの人、引っかかりがあれば調べずにはいられない人ですからね。何もしなければ必ず真相まで辿り着くと分かっていました。だから、彼だけは何も知らないままこの七日間に留め、バカンスを楽しんでもらうつもりでした」
「珍しいこともあるもんだな、あんたがセンパイ以外に拘るなんて」
「センパイは何もしなくともハッピーエンドが確約されています。けれど、カドックさんは別です。あの人に待っているのは苦難と挫折の人生。思い人と別れ当てもなく彷徨い、その果てに叶うかも分からない願いを見い出して生涯を捧げるなんて、いくらなんでもあんまりではありませんか。栄光に対する代価としてはいくらなんでも酷すぎます。当人が納得してしまうのがなお、質が悪い」
「それでお節介を焼いちまったと。オレが言うのもなんだけど、善意が空回りすぎだろ。世界を滅ぼしかけているぞ」
「何とでも言ってください。ともかくわたしは彼がその結末に辿り着かないようルルハワに留めるつもりでした。彼のおかげでセンパイは無事に日本に戻れましたし、あの時の借りも返しておきたいと思いましたから。ここならば皇女様もセンパイもマシュさんもいる。彼にとっては理想の環境のはずでした」
永遠に続く七日間。大切な人達と一緒に過ごせるバカンス。どこで終わってしまっても幸福が約束されたハッピーエンド。それこそがBBが用意した人理修復に対する彼への報酬であった。
「まあ、その目論見は見事に潰された訳だ」
「まったくです。あなたさえいなければ―――その顔を見せられるとこちらも何だか落ち着きませんし、また両腕を切り落とされたくなかったら、しばらくは大人しくしておいてくださいね」
「おお怖っ。けど、オレなんかいなくとも何とかしたと思うぜ。何てったってあの二人は…………」
「ええ、あの二人は…………」
互いの視線を一度だけ絡ませ、二人は通りで向かい合った自分達のマスターへと目を向けた。
お互いのサーヴァント達が全力を出し切り、一進一退の攻防を繰り広げる様を必死に見守りながら、どこか楽しそうな笑みを浮かべている少年達。
何のしがらみもなく、邪気もなく、ただ思うがままに自由に闘争を楽しむ様はどこか爽やかで、まるでスポーツか何かのようであった。
どちらに勝敗が傾こうとも、きっと良い思い出になることだろう。
「人類最後のマスターで――」
「わたし達のマスター、ですからね」
A.D.201X 永久常夏祭壇ルルハワ
人理定礎値:-
以上を持ちまして、星詠みの皇女外伝は完結となります。
書こうと思えばいつまでも書けるルルハワ編。でも、それだとBBの思うツボといいますか、次のお話が書けなくなるのできちんと終わらせなければなりません。
BBの動機がメタに突っ込んでいることに関しては、アンフェアすぎるとも思いましたが、書いてみたいという欲求には勝てませんでした。
そもこの話を思いついた出発点は、幸福の絶頂で死ぬ事が一番の幸せであるという哲学をどこかで思い出したからです。白紙化を別のものに置き換えればいけるんじゃね、BBならこれくらいの無茶はOKかなと考えた末にこのルルハワ編は完成いたしました。
いかがだったでしょうか?
ではでは、配信間近の四章を楽しみにしつつ、刑部姫ピックアップを涙を呑んでスルーしつつ、また次の機会までしばしのお別れです。
ありがとうございました。