星詠みの皇女外伝 Edge of Tomorrow   作:ていえむ

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一日目その2 僕達の七日間戦争

照り付ける太陽、舞い散る粉雪。そんな相反する要素がせめぎ合う常夏の楽園に、新たなヒロイン(問題児)が誕生した。

その名はアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。装いも新たにアーチャーとして、水着でこの夏に参戦したおしゃまな皇女様である。

その事実を前にしてカドックは――――酷く項垂れていた。

嬉しくない訳ではない。普段はドレスで隠れていた凶悪無比な白い爆弾を目にする事ができて寧ろ興奮しているくらいだ。目の保養なんて言葉ではとても足りない。これからこのメガトン級の核爆弾を毎日、拝めるのなら抑止力に契約を迫られても首を縦に振ってしまうかもしれない。そんなどこかの赤い弓兵が憤慨しそうな事を考えながら、一方でカドックはこんな危険物を世に放っていいものなのだろうかと自問していた。

言うならばサバンナに放り出されたA5等級の高級ビーフだ。飢えた野獣が目の色を変えて齧り付く事だろう。

その美しい雪のような肌を他人に晒すのも抵抗がある。ジリジリと焦がす太陽すら憎らしい。

そんなこちらの不安を知ってか知らずか、アナスタシアはにこやかに笑いながらこちらに近づいてごく自然に腕を絡めてきた。

 

「ふふっ、どうかしら?」

 

「え? えっ? うっ……ん?」

 

どう答えればいいか分からず、咄嗟に逃げようと腕を引くが、すぐに掴まれて二の腕に柔らかい感触を押し当てられる。

顔が耳まで熱くなった。きっと鍋で煮込まれる蛸か何かのように赤くなっていることだろう。

どうかしている。いつもの彼女ならこんなことはしない。夏の暑さと解放感はここまで女を変えるものなのか。

ふと視線を感じて振り返ると、立香とマシュが何やら含みのある笑みを浮かべていた。

“どうぞどうぞご自由に、どうかわたくし達は狸の置物とでも思っていてください”とばかりに、こちらの様子をジッと見つめていた。

どうやら助けは期待できそうにない。二人には後で目にものみせてやろうと、カドックは心の中で毒づいた。

 

「もう、どうしたの? 変な人」

 

「君って奴は……その格好で過ごすつもりなのか?」

 

「だって、暑いのだもの。ひょっとして、似合わない?」

 

「そんな訳あるか! いや……えっと……似合うよ。綺麗だ……ああ、くそ! 何を言わせるんだ!」

 

「もっと素直に言えば良いのに」

 

「よく言う。そんな格好で出歩かれるこっちの身にもなってくれ。変な奴に目を付けられたらどうするんだ」

 

「心配してくださるのね」

 

「……君だって、女の子だろ。心配するに決まっているさ」

 

「…………」

 

不意にアナスタシアは言葉を失い、見る見るうちに頬が赤く染まっていく。

そして、助けを求めるかのように視線を泳がせるが、そのまま特に何をするでなく腕を掴む力を強めてそっぽを向いてしまった。

いったい、どうしたのだろうか?

 

「カドック選手、渾身のカウンターがさく裂しました」

 

「先輩、これは負けていられませんね」

 

「そうだね……うん、そうだね?」

 

「そこ、変なチャチャ入れるな!」

 

外野から囃し立てる立香達に向かって、カドックは吠える。

この仲良し主従め、グランドオーダーが終わってから気が抜けているのではないだろうか。

 

「ま、まあ……心配はいりません。私もサーヴァントの端くれ、護身の術は身に付けています。そう、こんな風に……」

 

「あれ、マスター達? どうしたでござ……ぎやぁっ!?」

 

抜けるような青空に、男の悲鳴が木霊する。

気配を殺してこちらに近づいてきた外套の男に向けて、アナスタシアが手の平から冷気をお見舞いしたのだ。

哀れ、外套の男は真夏に吹雪の洗礼を受け、瞬く間に全身を氷漬けにして熱されたアスファルトへと倒れ込んだ。

地面の熱で氷が飛沫を上げながら溶けていく音が、まるで男の断末魔のようだ。

 

「おいおい、来て早々に揉め事は勘弁だぜ。って、こいつは黒髭の旦那じゃないか」

 

外套の下から露になった素顔は、豊かな黒髭を携えた偉丈夫のものだった。

そう、自分達がよく知る人物。カリブの海で思うがままに暴れ抜いた伝説の海賊、エドワード・ティーチであった。

ダ・ヴィンチに泣きついて夏季休暇をもぎ取り、どこかに出かけていったとは聞いていたが、まさかハワイに来ているとは思わなかった。

 

「なんてこった、ライダーが死んだ!」

 

「この人でなし! 生きているでござる! 拙者の根性(ガッツ)を舐めないで!」

 

むくりと起き上がったティーチが、凍り付いた外套を脱ぎ捨てる。休暇中だからなのか、いつもの海賊服ではなくジーンズにTシャツという極めてラフな格好であった。

 

「船長、すまない」

 

「まったく、酷い目にあったでござる。まあ、観光地ならこれくらい、神経質な方が安全なのかもでござるが……」

 

「すみません、何やら邪な気配が……」

 

「わお、まるで養豚場の豚を見るような目つき。拙者、いけないところが目覚めちゃいそう」

 

「死んで」

 

「直球! って、わっ、凍る! 指先からゆっくり凍る!」

 

慌ててアナスタシアから距離を取ったティーチは、再び熱されたアスファルトに倒れ込んで凍り付いた体の解凍を試みる。

どうやらアーチャークラスに変質したことで、キャスターの時のように物を瞬時に凍らせることはできなくなっているようだ。

 

「カドック氏……」

 

「本当にすまない」

 

「大一番を前に指先が壊死なんて起こしたら、恨むでござるよ」

 

「すまない……それで、ここで何をしているんだ?」

 

確か、どうしても行かなければならない用事があるとかで、ダ・ヴィンチに泣きついたとは聞いていたが、まさかその場所がこのハワイなのだろうか。

 

「もちろん、観光ですぞ。ご存知なかったでござるか? 今年のハワイは彼のイベントの開催地に抜擢されたでござる。そう、カルデア、非カルデア関係なくサーヴァント達が定期的に集まり――交流し、サークルで同人誌を作り、踊り、歌い、楽しむ。サーヴァント・サマースター・フェスティバル! 略してサバフェスね」

 

うきうきと笑みを浮かべるティーチに対して、カドックは逆にげんなりと肩を落とした。

フォーリナー、特異点ルルハワと来て更に頭の痛くなる単語の登場だ。いいかげん、もういっぱいいっぱいである。

 

「立香、後は任せていいか?」

 

「気持ちはわかるけど落ち着いて。君がいなくなると話が進まない」

 

「ああ――」

 

萎えていく気持ちを必死で奮い起こし、カドックはティーチにフォーリナーに関して心当たりはないか聞いてみた。

だが、彼から返ってきたのはあまり要領を得ない言葉とサバフェスに対する期待ばかり。とても人理を守る英霊とは思えないやる気のなさだ。

元々、オタク気質なところのある人物ではあったが、ここではそれが全開に出ているようだ。

 

「ご期待に沿えず申し訳ない。けど、サバフェスはサーヴァント達にとって、ありったけの夢と希望を搔き集めた宝の山よ?」

 

ある者は写真集で己の美を誇示し、ある者はライブDVDという名の悪魔的ミサを販売し、ある者は様々な冒険(イベント)で集めたネタで小説を綴る。

正にこの世の全てがそこに詰まっているといっても過言ではないと、ティーチは語る。そして、その言葉に偽りはないとばかりに今も続々と空港からは新たな参加者や観光目的のサーヴァント達がこの特異点ルルハワを訪れていた。

そこでふと、カドックは思いついた疑問を口にした。

ハワイ諸島の特異点化とサバフェスの開催。それが偶然にも重なったとは思えない。まさかとは思うが、そのサバフェスの主催者はBBなのではないだろうかと。

 

「もち、BB殿は今年のサバフェスの主催者でござる」

 

「おおーっと! 誰かがBBちゃんの噂をしたのかなー? お呼びと聞いて即・出現! 常夏の案内役BBちゃん、リターンズ♡です♡」

 

どこから聞きつけたのか、呼んでもいないのにローラースケートを履いて視界に滑り込んできたBBの姿を見て、カドックは辟易する。

隣ではロビンも同じように顔を顰めて愚痴を零していた。

 

「うっざ! いつにもましてハートマーク多いんですけどぉ!」

 

「え……この南国でテンションが上がらないとか、ロビンさん、もしかして更年期障害に……? その顔でシルバーモードとか、ギャップ萌えもしないし、とことんサブキャラ気質というか……」

 

「放っとけよ、内心じゃ盛り上がってるんですよー!」

 

「まったくだ! 君の方のテンションの方がおかしんだ! 熱暴走したPCじゃあるまいし、ここで少し冷やしていくか?」

 

「わー、魔術師とはとても思えない切り込み、ありがとうございますカドックさん。BBちゃん、少し傷つきました。でも、それはあなたなりの優しさなのはBBちゃん、よく知っています。どうしようもなくみみっちくてプライドだけは高いなんて、きっと将来は苦労しますよ」

 

褒めているのか貶しているのか分からない、絶妙なうざさで場を引っ掻き回すBBに対して、徐々に苛立ちが募っていく。

このまま放置していては延々と話が進まないと思ったのか、見かねたジャンヌ・オルタが割って入って話を引き戻した。

 

「ねえ、サバフェスってあんたが主催な訳?」

 

「はい♡ 今回は、のお話ですけど。今年、サバフェスは会場が決まらなくて困っていると聞いたので、力をお貸ししたのです。ハワイ諸島一帯を特異点化する事で神秘は秘匿されましたので、ここではどんな無茶もOK! サーヴァントの皆さんは何食わぬ顔でハワイをエンジョイできて、サバフェスもかつてない規模で開催。サバフェスが終われば特異点も消えますので、ハワイ諸島も元通り♡ 正に良いこと尽くめの催し物! ですよね! 邪悪なBBちゃんもたまには善いコトをするのです!」

 

確かに、それだけ聞いていれば問題ないようにも思えてくる。

元々、世界有数の観光地な上にイベントもあちこちで行われているような場所だ。よほど、おかしなことが起こらない限り、特異点の消失に伴う人類史への影響も最小限で済むであろう。

念のため、ハワイ諸島を訪れるサーヴァント達には原則として戦闘禁止のお達しも出ているらしい。その辺は運営として抜かりなく行っていると、BBは語る。

 

「今回はお祭り(コンペンション)ですから! わたしの好感度アップのイベントも兼ねています!」

 

(好感度上げる前に、胡散臭さをどうにかする方が大事だろうに)

 

善意が空回りするどころか明後日の方角に飛んでいくのがBBというサーヴァントだ。

加えて彼女の場合、良かれと思って裏目に出るパラケルススと違って善意の裏にも明確な悪意や打算が隠されている。

信用の出来なさではメフィストフェレスと同列タイと言っても過言ではないだろう。

 

「むー、またも邪なことを考えているようですが、今はBBちゃん、海のように広い心で流しましょう。はい、というわけで緑茶さんはカドックさんの分も合わせて覚えておいてくださいね」

 

「俺かよ! とばっちりじゃねぇか!」

 

「えーっと、そうそうサバフェスですね」

 

「聞いちゃいねぇ」

 

「ただのサバフェスではグレートイビルBBちゃんの名が廃ります。なので、六日後のサバフェスで一番人気になったサークルには、なんと! 聖杯を! プレゼントしちゃいまーす!」

 

「マジか!」

 

思わずその場にいた全員が唱和する。

万能の願望器を、たかが同人誌即売会の景品として用意するとは、BBも太っ腹と言うべきか、恐れ知らずというべきか。

その小さな杯を求めて数多の時代、平行世界で争いが起きていることを知らないはずがないだろうに。

 

「えへ、だってそっちの方が皆さん、やる気になるじゃありませんか。おかげでこのルルハワに来たサーヴァントの半数はサークル参加を表明していますよ」

 

そう言ってBBが差し出してきたのは、電話帳もかくやというほどの分厚い冊子であった。

表題にはでかでかとポップな字体で“サバフェス”と記されている。どうやらサバフェスの案内のようだ。

めくってみると、参加サークルの一覧や会場の間取りなどが記されていた。聞いたことのある名前もあればまったく知らないサーヴァントの名前も載っている。

サーヴァント界のお祭りという触れ込みに嘘偽りはないようだ。

 

「何々、作家コンビに刑部姫、北斎さんとお栄さんの親子コンビ……あっ、聖女の方のジャンヌも参加するんだ」

 

「何ですって、それ本当?」

 

先ほどまで興味なさげだったジャンヌ・オルタが、何気ない立香の一言に目の色を変えて食いついてくる。

その様子たるや、鬼気迫るといったところだろうか。そこはかとなく嫌な予感に駆られながら、カドックもまた些細な好奇心から参加者一覧に目を向ける。

すると、確かにそれらしいサークルの名前が記載されていた。

他にフランスっぽい名前のサークルがいないので、恐らくはこの『st.オルレアン』というのが聖女の方のジャンヌのサークル名なのだろう。

 

「はい、ジャンヌさんとマリーさんのコンビは今年の優勝候補です。前回の壁サークルで断トツのナンバーワン」

 

「嘘! あいつが!? サバフェスで壁サークルですってぇ!?」

 

「おや、ご存じでない? ジャンヌ氏と言えばサバフェスの超大手。開始一時間どころか前日搬入の時点で完売と言われるサバフェスの超勝ち組ですぞ。かくいう拙者もBB殿にお願いして既に一冊、キープしておりましてな……狙っているのか天然なのか、あの清純な絵柄でそれはもうどぎつい展開を繰り出してくるのでござるよ。ヒロインが遂に主人公に告白する時、まさか大量のスマホを大砲にぶち込んで撃つとか、戦場(ラブコメ)の作法を無視した展開に、ちょっとオルレアン世紀末過ぎると心胆サムシングで……」

 

恐ろしいものを思い出すかのように、ティーチはわなわなと指先を震わせながら、以前に呼んだのであろう聖女の万がの感想を述べる。

確かに聞いていて頭が痛くなるというか、話の展開がいちいち直球で前振りとか緩急と呼べるものがない。まるで最初から最後までクライマックスだ。終盤の畳みかけに至ってはピザとコーラにガロンアイスも付けた超ヘビー級の特盛セットもかくやという詰め込みっぷりである。ある意味、構成が破綻している。

生前も戦場のイロハを知らない農家の娘でしかなかったジャンヌは、誰もが思いついてもやらないような戦術をただただ効果的だからという理由で実践していたと聞いたことがあるが、その考え方が創作にも影響しているのかもしれない。

あまりこの手の業界に詳しくはないつもりであるカドックも、その超展開のバーゲンセールのようなジャンヌの漫画にほんの少し興味が湧いてきた。

案内によるとサバフェスの開催は六日後、それまでにフォーリナーの件を片付けることができれば、空いた時間に覗いてみるのも良いかもしれない。

他の面々も、概ねその意見には賛成の意を示してくれた。唯一人を除いて。

 

「待って…………るわ」

 

「オルタ?」

 

「……私、出るわ」

 

一瞬、煮え滾るマグマよりもなお熱い、地獄の業火を垣間見た来たした。

何故かはわからないが、ジャンヌ・オルタが目を見開いてサバフェスのパンフレットを握り締めていた。

その気迫たるや、分厚い冊子をすぐにでも素手で引き千切ってしまいかねないものであった。

 

「サバフェスに出てやるって言っているの! やったろーじゃないの!」

 

「待て待て待て待て、何を言い出すんだこの竜の魔女は? 頭の中まで爬虫類になったのか?」

 

「黙らっしゃい! あんた仮にも私のマスターなら、向こうのとっぽいのくらいは敬いなさいよ!」

 

「あつっ! 髪が焼ける! 火を出すな! 何をそんなにムキになっているんだ!?」

 

「当たり前よ! 一位があの女ってことは、あの本はアイツが描いたものなのよ! だから、私も描くの! 私達でサバフェスにサークルエントリーするの!」

 

「なにぃ!?」

 

サークルエントリー?

自分達が?

それはあまりにも無茶だ。ジャンヌ・オルタは何やら自身満々だが、他の面々は漫画はおろか絵だってロクに描いたことがない者達ばかりだ。そんな素人の集団が、たったの六日で他人様に見せられるような作品を作れる訳がない。

 

「いいえ、やるの! 私達はチームでしょう? なら、一蓮托生よ! サークル名は『ゲシュペンスト・ケッツァー』! これでいく!」

 

「君はフランス人だろ!」

 

「良いのよ、ドイツ語で!」

 

反論は一切、受け付けないとばかりにジャンヌ・オルタは強気の笑みを浮かべる。

それを議論の終わりと受け取ったのか、BBはにこやかな笑みを浮かべながらエントリー用紙を取り出し、半券のように千切りとってこちらに差し出してきた。

渡された半券にはサバフェスの持ち込みに関する細かなルールや販売スペースの番号などが記されている。本来ならば申込用紙の方にも記入が必要なのだろうが、そちらはBBが初回サービスですと代行してくれるようだ。

 

「む、皆が参加する流れになっているが、吾はやだぞ! 元々、ハワイに行くためだけについて来たのだからな。適当に美味しいものを摘まみつつ、酒呑を探すのでな!」

 

そう言って、茨木童子はこちらに背を向けて去っていった。

一瞬、一人で大丈夫かと声をかけそうになったが、そんなことをすれば茨木童子は子ども扱いするなと怒り出すだろう。なので、カドックは去り行く鬼の後ろ姿を黙って見送ることにした。

彼女も最低限の良識は弁えているので、少なくとも無闇に誰かに迷惑をかけることはないだろう。多分。

 

「あー、オレも抜けさせてもらいますわ。リゾート地に来てまで机仕事とかノーサンキュー。サークル活動ってのにも興味ねえし、絵心もありゃしねえしな」

 

ご自由にどうぞ、とばかりにロビンは手を振った。そのままクールに去る事ができれば穏やかな夏を過ごせたのかもしれないが、一人の悪魔が哀れな子羊を見逃す筈もなく、つまらなそうに唇を曲げたBBが立ち去ろうとするロビンを呼び止めた。

 

「え、いいんですか? サークル活動が上手くいかないと、ロビンさんはブタになってしまうんですが」

 

「…………なんで?」

 

もっともな疑問である。

 

「もちろん、わたしが決めたからでーす!」

 

そして、理不尽な答えであった。

 

「では、ロビンさんが実感できるように今の内に術式を組み込んでおきますね……えい!」

 

桃色の光線がロビンに向けて照射され、伊達男の悲鳴が青空に木霊した。すると、見る見るうちに緑色の外套が解けて消えていき、引き締まった義賊の腹筋が白日の下に晒された。

BBが放った光線は豚化する術式を組み込むだけでなく、彼の暑苦しい格好をハワイに相応しい軽装へと作り替えたのだ。

 

「マジでやりやがったコイツ! しかもこの水着、悪くないコーデじゃねえか……しかも何となく、お嬢の新刊が落ちるとブタになるってのが認識できる……」

 

恐ろしい魔術もあったものである。

ただ、少なくともBBの話では新刊が完成さえすれば術式が発動することはないらしい。

その仕組みについて問い質したいところではあるが、間違いなく藪を突く羽目になるので何も聞かないことが賢明であろう。

ロビンの境遇については同情するが、こうなってしまったからにはジャンヌ・オルタが言うように一蓮托生だ。何が何でも彼女の執筆作業をサポ―トし、新刊の脱稿に尽力しなければならない。とんだ夏季休暇もあったものだ。

 

「それでは、素敵な本をお待ちしていますね」

 

最後に可愛らしいウィンクを残し、BBはスケートを蹴ってその場を去っていった。丁度、茨木童子の後を追う形であった。

 

「マジかよ。一週間で一冊とか、とんでもない展開を目の当たりにしてしまった黒髭であった」

 

呆れたような、感心するかのような複雑な表情をティーチは浮かべていた。

彼の危惧ももっともだ。漫画にしろ作曲にしろ創作というものは凄まじいエネルギーと時間を要する。

そして、基本的に世の中は金と手間と時間をかければそれなりのものを生み出せる仕組みになっているのだ。

だからこそ、週刊誌に連載を持つ漫画家は文字通り血反吐を吐きながら作品を生み出し続けているのだ。

限られたリソース、限られた時間で、妥協することなく技術の粋を集めてたった一つの作品を世に送り出す。並大抵の執念でできることではない。やるからには覚悟が必要だ。

労力に関してはサーヴァントならば徹夜が続こうとも支障はないが、技術的な面やクオリティを維持しつつ作品を生み出すという環境に精神が追い付けるかどうかが問題だ。

 

「ところでオルタちゃん、今まで同人経験がお有りで?」

 

あれほどまで強気に啖呵を切ったのだから、僅かでも勝算が見い出せる何かを彼女は持っているのだろう。

例えばサークル活動は初めてでも、カルデアにいた頃に刑部姫辺りと一緒に絵を描いていたとか、そんな経験が少しでもあれば希望が見えてくる。

だが、悲しいかな竜の魔女から放たれたのは無慈悲なノーの一言だった。自分達と同じく、まったくずぶの素人だったのだ。これにはさすがのティーチも切れた。

 

「おう、舐めてんのかテメエ。オダイバに沈めるぞテメエ」

 

年季の入ったドスの利かせ具合に、アナスタシアは思わずマスターの背後で縮こまった。

だが、ジャンヌ・オルタは伝説の海賊相手でも臆することなく反論する。素人だからどうしたと。

 

「そうよ、素人よ。ド素人よ。それが何なのよ、私はアイツを超える。超えなきゃならないのよ。漫画の一冊や二冊、何が何でも描き切ってやるっつーの!」

 

技術も経験の有無など関係ない。自分はあの女――ジャンヌ・ダルクを超えねばならないと、竜の魔女は吠える。

その様はいつかにあった贋作英霊事件を髣髴とさせた。

元々、ジル・ド・レェが歪んだ願いの下で産み落とした虚構がジャンヌ・オルタという反英雄である。

グランドオーダーの際に敗れた彼女は、しかしギリギリで消滅を免れて芸術品の贋作を制作するという事件を引き起こした。

それは消滅を前にしたせめてもの抵抗。自分は例え贋作でもオリジナルを凌駕する存在であるという、譲れない思いをただただぶつけたいがための出来事であった。

その経緯の果てに彼女は復讐者としての霊基を獲得したのだが、どうやらその時の病的な熱意やジャンヌに対する執着がここに来て再びぶり返してしまったようだ。

 

「やる気だけはあるようだがよぉ、サバフェスはそんなに甘い戦場じゃねえんだよなぁ……」

 

ちらりとティーチがこちらを見やる。まずはカドック、そして立香の顔を順番に見回すと、小さなため息を吐いて背負っていた鞄を無造作に足下へと転がした。

 

「しょうがねえ、ここは一つ、サーヴァントらしく海賊らしい方法でプレゼンといきましょうや」

 

「船長、まさか……」

 

「おうよ、欲しいものは力尽くでも奪え! 宝だろうと情報だろうと、欲しけりゃ戦っていうことを聞かせねえとな! オーキャプテン! マイキャプテン!」

 

「ウィリアムズでも気取る気か?」

 

「今を生きろってか? おう、俺たちゃ死せる詩人様よ!」

 

どこからともなくわらわらを湧き出てきた海賊の亡霊達が、手に手に武器を持ってこちらを威嚇する。対してジャンヌ・オルタも不敵な笑みを浮かべて抜刀すると、切っ先を海賊達に向けて自信満々に言い放った。

 

「さあ、サバトの始まりよ。鴉が歌い……歌い……黒猫がニャンと鳴くわ!」

 

「何だい、それは?」

 

「いいの! クレイジー・マッド・ブシドー! とりあえずそんな感じよ!」

 

締まらない決め台詞に頬を赤く染めながらも、ジャンヌ・オルタは刀を構えて突撃する。

炎天下のハワイ。抜けるような青空の下で、ゲシュペンスト・ケッツァーと黒髭海賊団の戦いの火蓋は切って落とされたのであった。

 

 

 

 

 

 

エドワード・ティーチによる肉体言語を交えたプレゼンは苛烈の一言であった。

向こうは悪目立ちを避ける為に宝具である海賊船を呼び出すことができないが、その代わり数にものをいわせてこちらの連携を分断してきたのだ。

元より平地での正面切った戦いではロビンや牛若丸の持ち味を活かしにくく、アナスタシアもキャスターの時のような火力を発揮できない。

普段はふざけていても、やはり歴史に名を残した海賊なだけはある。ティーチは適確に部下を動かしてその隙を抉じ開け、まだバーサーカーの霊基に振り回されているジャンヌ・オルタを少しずつ追い詰めていった。

 

「ははっ! 動きが鈍いでござるよ、オルタちゃん! 慣れない刀に振り回されているでござるな!」

 

「この、うるさいっての!」

 

苛立ちを込めた一撃は難なく躱され、逆に執拗なボディタッチを繰り返される。

ティーチの立ち回りは正確だ。切り込もうにも切っ先が届かないギリギリの間合いをキープし、飛びかかれば逆に懐に潜られて攻撃を躱される。

老獪とはこのことを言うのだろうか。やっていることが痴漢行為でなければもう少し尊敬できるのだが、言い換えればいつでもジャンヌ・オルタを倒せるという事の裏返しでもある。

このまま戦いが長引けば、ロビン達が黒髭の部下を片付ける前にジャンヌ・オルタが地に伏すこととなるだろう。

 

「埒が明かないわ! マスター、宝具を使うわよ!」

 

「慎重にいけ! 船長はしぶとい、確実にやるんだ!」

 

「誰にものを言っているの! 行くわよ、『焼却天理(フェルカーモルト)……」

 

刀を鞘へと収めたジャンヌ・オルタの体から炎が舞い上がり、やがてそれは三匹の黒竜へと変化する。

炎の竜を身に纏った疾走からの神速の居合。それこそがバーサーカーへと転じたジャンヌ・オルタの宝具『焼却天理・鏖殺竜(フェルカーモルト・フォイアドラッヘ)』だ。

黒竜の炎はただの炎ではなく彼女の復讐心から生み出された呪詛の炎。それを身に纏っての斬撃は、こと破壊力に関してはアヴェンジャーだった頃の宝具を上回る。

如何なるサーヴァントであろうとこの直撃を受ければ無事では済まないであろう。

 

「おっと!」

 

「……鏖殺(フォイア)……きゃっ!?」

 

ティーチに向かって切りかからんとしたジャンヌ・オルタが、不意に悲鳴を上げてバランスを崩す。

ティーチが地面を蹴って砂を巻き上げ、目潰しにしたからだ。視界を奪われたジャンヌ・オルタは、それでも勢いのまま刀を振り抜こうとしたが、機先を制されてしまえば如何なる奥義も唯の所作に成り下がる。

彼女が踏み込むよりも前に自身の間合いへと捉えたティーチの回し蹴りがジャンヌ・オルタの手首を叩き、鞘から抜き放たれた刀が空しく宙を舞った。

 

「飛んだり跳ねたり鬱陶しいが、付け焼刃じゃその程度よ! 競わず自分の持ち味を活かすんだな!」

 

「くっ……この……」

 

「まずは一騎! でもって、今度は皇女様にリベンジでござる!」

 

ジャンヌ・オルタを下したティーチが、返す刀で海賊達と戦っていたアナスタシアを狙う。

視線を巡らせるが、ロビンも牛若丸も苦戦していて救援は期待できそうにない。かといって、実質的に弱体化している今のアナスタシアではティーチの相手は困難だ。

冷気を放ったところで、完全に凍り付く前に手刀が首を捉えるだろう。

 

「アナスタシア!」

 

「大丈夫! 任せなさい!」

 

「おお! どんと来いでござる! 今ならどんな攻撃も根性(ガッツ)で耐えられる自信がるでござるよ!」

 

「なら、遠慮なく味わいなさい。本邦初公開の私の宝具を…………」

 

爆風のような冷気が周囲の海賊達を吹き飛ばし、アナスタシアは迫りくるティーチに向き直る。

そして、右手を掲げて祈るように詠唱を読み上げた。

忽ち、パスを通じて体内から魔力を引きずり出され、魔術回路が悲鳴を上げ始めた。

 

「さあ鷲よ、鷲よ、宴を開け! ひと夏の夢! その幸福は同じでも不幸の形は皆それぞれ! なれど行きつく先は唯一つ! 陽気に笑って待ちましょう! 『残暑、忌まわしき夏の城塞(リェータ・ドヴァリエーツ)』!! 楽しい夜会にご招待!」

 

真名解放と共に、幻影の宮殿が出現する。それは暑い夏の青空には似つかわしくない雪と氷で形作られた美しき城。まるでキャンパスを侵食する絵具のように、現実世界に産み落とされた宮殿からは陽気な音楽が聞こえ、手に手に美味しそうな料理を携えたメイド達が貴賓を求めて手招きをしている。

招待客であるティーチは操られたかのようにふらふらとした足取りで幻影の宮殿へと吸い込まれていき、それと共に宮殿の扉が音を立てて施錠される。

直後、美しいロシア建築の宮殿から野太い男の恐怖と絶望に彩られた悲鳴が何度も聞こえてきた。

後に、この宝具で体験した出来事についてティーチはこのように述懐した。

 

『最初はね、美味しいご馳走や麗しいメイドさん達にお酌されていい気分に浸っていたでござる。正にお・も・て・な・し。けど、急に暗転したかと思うと凶悪な面構えの人形がカミソリ片手に襲い掛かって来たのよ。拙者、慌てて逃げ出したけど頭からタライが落ちてくるわ頭をバーナーで焼かれるわ落とし穴にハマるわでてんてこまい! そうしている内にホッケーマスクやカギ爪の夢魔に襲われたり、BBAが他人と結婚する夢見たり斧を持ったオッサンが素敵な笑顔で覗き込んできたりして最後には地下室でユダヤ人に射殺される幻覚を見せられた訳ですよ。もうSAN値がゴリゴリ削られるのなんのって。下手に体が傷つかない分、恐ろしい宝具だなって思い知らされたでござる』

 

それこそがアーチャー、アナスタシアの宝具。

蒸し暑い真夏の夜に細やかな涼しさを提供する魔の宝具。

残暑、忌まわしき夏の城塞(リェータ・ドヴァリエーツ)』が見せる幻覚の力であった。

 

 

 

 

 

 

『そら、このホテルに向かいなさいな。ワイキキ有数の高級ホテル、今なら一拍10万BB$! サバフェスのせいでホテルはどこも満室でござるよ』

 

戦闘が終わり、意識を取り戻したティーチは開口一番にそう言った。

何でも海賊仲間とドンちゃん騒ぎをするつもりでスイートルームを押さえていたが、相手の事情で流れてしまったらしい。

このまま泊ってもいいが、せめて執筆に集中できる環境だけでも整えておいた方が良いと言って、ティーチはホテルの使用権を譲ると言ってきた。

これにはさすがのカドックも困惑したが、他の面々に押し切られる形で承諾する事となり、ティーチはそのまま爽やかな笑みを浮かべて去っていった。曰く、サバフェスの当日を楽しみにしているでござるよ、と。

こうなってはホテルを譲ってくれたティーチの為にもよい作品を作らねばならない。

俄然、やる気を出し始めた面々を見たカドックは、本格的にフォーリナーの捜索が忘れられつつあることに危機感を覚え、彼らとは別行動を取る事にした。

ジャンヌ・オルタ達を先にホテルへと向かわせて執筆に専念させ、その間に自分とアナスタシアでフォーリナーを探すことにしたのだ。

断じて、二人っきりの時間を作りたかった訳ではない。

断じてない。

 

「カドック、調査と言うけれど、まずは着替えた方がよくないかしら?」

 

「そうだな……どこか、適当な店に寄ろう」

 

まさか南国に旅行に行けるとは思っていなかったので、夏服の持ち合わせはない。

なので現地で購入しようと考えていたのだが、色々とあってすっかり忘れていた。

確かワイキキビーチに向かう途中にハードロックカフェがあったはず。食事も兼ねてそこに行ってみるのも良いかもしれない。

そんなことを考えながら、ワイキキの街並みを見回していると、遠い空で雲を裂く謎の飛行物体がこちらに向かって来ていることに気が付いた。

 

「飛行機……いや、隕石か?」

 

「ん……フォーリナーの反応よ!」

 

「分かるのか!?」

 

「ええ、バロールセンスが反応したの。行きましょう、ディック!」

 

「君は蜘蛛なのか蝙蝠なのかどっちなんだ、まったく」

 

そうこうしている内に、空から降ってきた謎の飛行物体はホノルルの街へと落下し、数ブロック先から巨大な爆発音が聞こえてきた。

巨大な土煙が舞い上がり、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑っている。まるでパニック映画だ。前に進みたくとも人の波が邪魔をして中々、進むことができない。

漸く、波を掻き分けて目的の場所へと辿り着いた頃には、既に全てが終わった後であった。

 

「お手前様ァ、どこのどいつのどんな了見でぇい……」

 

襲撃者にやられたのか、葛飾北斎が地に伏したままその人物を睨みつけていた。霊核が砕けているのか、手足から塵に還っている。あれではもう治療も間に合わない。

そして、無慈悲にも銃撃者は光の槍を消えゆく北斎の体へと突き立て、彼女にとどめをさしながら手向けのように叫んでいた。

 

「無論、フォーリナー殺スベシ!」

 

機械を通して加工された甲高い声であった。

言葉の主は全身を鎧のような装甲で覆っており、素顔は定かではない。

ひょっとしたらそんなものはないのかもしれない。そう思えてしまうくらい異質な存在だった。

まず目がいくのが白と銀の甲冑。煌びやかに輝く美しい装甲は明らかに人の手によるものではなく、何らかの工業機械によって加工されたものだ。

そして、背中の噴射口や関節を動かす度に鳴る駆動音。光る双眸といい、まるで漫画か何かから飛び出てきたロボットのようであった。

その謎の戦士――仮称フォーリナーは、こちらを睨みつけると今にも襲い掛からんばかりに腰を落とすが、場違いなアラーム音が聞こえたかと思うとすぐに手にしていた槍を収納して戦闘態勢を解いた。

 

「勤務時間ガ 終了シマシタ。ダガ 思イ上ガル ナ 原生生物ドモ。 コンベンション ナド 私ガ 許サン。必ズ サバフェス ヲ 潰ス……! フォーリナーハンターXX ノ 名 ニ カケテ!」

 

両足からジェット噴射を吹かしながら、フォーリナーハンターを名乗った謎の人物は空へと消えていく。

後に残されたのは、戦闘の余波で破壊された街路だけであった。

呆然と立ち尽くしたカドックは、これが夢でないことを確認するかのように頬を抓る。

確かな痛みが現実であることを物語る。

これが、フォーリナーハンターXXとの、この夏の最初の出会いであった。




恐らく皇女様ここいちの活躍。
ジャンヌにもちゃんと見せ場は考えているので、まずは敗北してもらいました。
マテリアルも更新するので合わせてお読みください。
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