星詠みの皇女外伝 Edge of Tomorrow   作:ていえむ

4 / 16
七日目その1 サマータイムループ・ブルース

そして、運命の日が訪れた。

年に一度の祭典だからなのか、会場がハワイという世界有数の観光名所だからなのか、サバフェス会場は開園前から参加者の列で賑わっていた。

ざっと見ただけでも万単位はいるだろうか。雰囲気は少し違うが、この人の多さとむせ返るような熱気はイギリスのロックフェスを髣髴とさせる。

しかも、来場者の列にはサーヴァントだけでなく、魔術や聖杯戦争とは何の関係もない一般人も混ざっていた。どうやらルルハワの各地に出没したサーヴァント達に注目が集まり、サバフェスの開催が知れ渡ってしまったようなのだ。

彼らはBBが施した神秘秘匿の為の術式の作用で、サーヴァントの存在については認識しておらず、サバフェスを純粋なお祭りのひとつとして見ているようだ。

魔術協会からすれば頭が痛くなる光景ではあるが、英霊と一般人が一緒になってお祭りを楽しむなど、特異点でなければまずお目にかかれないであろう。

 

「うーん、盛況ですねぇ。ハワイを選んだのはやっぱり正解でした」

 

会場の様子を見てBBは満足そうに頷く。

曰く、今年は例年よりも規模が大きく、これからもっと来場者が増える見込みらしい。何か問題が起きた時に備え、レオニダス一世以下混対スタッフが入念な打ち合わせをしている姿がここからでも見える。

 

「混対スタッフ、整列! よろしいですか、各々方。彼らを只人だと考えてはいけません。彼らは本やグッズを求めて生命の炎を燃やし尽くす、生きるF1レーシングカーのようなもの! しかし、それで会場を疾駆されては堪りません。我らの使命は人の流れを断ち切ることなく、混乱を回避し、パニックを押し止める事――我々はここに誓うのです! 押さない! 走らせない! 事故らせない! ですが、気遣いは忘れない!」

 

「お! は! じ! き! ウーラー!!」

 

「よろしい! それでは総員盾持ち、武器構え!」

 

何だか、物凄い矛盾を孕んだ真意を垣間見た気がした。

 

「今更ですが、お願いしたのが不安になってきました」

 

「大丈夫だろう、暑苦しいだけで……きっと……」

 

「だと良いのですが。ああ、それよりもカドックさん、センパイ達のサークル活動には結局、参加されませんでしたね?」

 

「素人の僕にできることなんてないからな。その分、本来の仕事に集中させてもらった」

 

この六日間、ジャンヌ・オルタは観光もそこそこにホテルで執筆作業を続けていた。

しかし、ロビンの豚化がかかった大事な仕事とはいえ、自分達の本来の役目はハワイ諸島で観測されたフォーリナー反応の調査だ。

なので、ジャンヌ・オルタのサポートは立香達に任せ、カドックとアナスタシアは各地で暴れ回る謎のフォーリナーハンターへの対処に専念していたのだ。

向こうは向こうで慣れぬ作業に苦戦していたようだが、こっちは同人誌制作に興味津々なアナスタシアを必死で宥め、どこからか水着霊基を調達して問題を起こしまくる茨木童子の尻拭いをしたりと、こちらはこちらで激動の六日間であった為、観光もほとんどできていない。

 

「まあ、いいですけど……じゃ、私は開催宣言がありますのでここで失礼しますね。楽しんでいってくださいね」

 

一瞬、不満そうな顔を浮かべたBBではあるが、すぐにいつもの笑顔を浮かべ直して人混みの向こうへ消えていった。

 

「何なんだ?」

 

「さあ? BBの考えってよく読めないからねぇ」

 

割り当てられた販売スペースの設営をしながら、立香が苦笑する。

いつも何らかの悪戯を仕掛けられているだけあって、中々に説得力のある言葉であった。

 

(うん? そういえばさっきのBB、僕にしか話しかけてこなかったな?)

 

いつもなら執拗に立香やロビンに絡み倒すのに、今日に限っては大人しくしていた。

主催するイベントの本番ということで、いつもより幾分か真面目になっているのかもしれないが、奇妙な違和感は拭えなかった。

ただの気まぐれ、単なる偶然と片づけていいものなのだろうか。

 

「ほら、ボーっとしてないで手伝いなさいよ! あんたは皇女様だけ働かせるつもり!」

 

思考に埋没しかけたカドックを、ジャンヌ・オルタの怒声が現実へと引き戻した。

その後ろで立香が運んでいるのは、ジャンヌ・オルタがこの六日間、必死の思いで書き上げた同人誌の入った段ボール箱である。

彼女の熱意は確かなものであったが、ティーチの言っていた通り、気持ちだけで何とかなるほど漫画制作は甘くはなく、平版印刷所(オフセット)を諦めてまで粘ってみたものの、期日までに作品を完成させることはできなかった。

なので、ゲシュペンスト・ケッツァーのサバフェス出店第一号は未完成のコピー誌である。

カドックも中身を拝見させてもらったが、全体的に話が間延びしていて台詞回しも固く、素人目に見ても出来がいいとは言えない。本来ならば落としてしまっても誰も文句は言わないだろう。

それでもジャンヌ・オルタ達が頭を捻り、意見を出し合って作られたこの同人誌には並々ならぬ熱量が込められていた。

何よりロビンの豚化がかかっているということもあり、この未完成品はこうして出店の運びとなったのである。

直前まで近所のコンビニに詰めて用意できたコピー誌は締めて50部。無料配布としてはまずまずの量であある。

 

「本当に良いのですか? これでは売り上げは望めませんが……」

 

机の上にPOPや可愛らしい飾りを並べていたマシュが、漫画を一冊、手に取ってジャンヌ・オルタに聞いた。

出来上がったコピー誌は無料配布にする。そう言ったのは他ならぬ著者である彼女だ。

せめて印刷代だけでも取ってはどうかという意見もあったが、彼女は頑なとしてそれを是としなかったのだ。

 

「いいわよ、売り上げなんて。私はあの本に……あの女に勝ちたかっただけ。でも、今回の本はそういうものじゃないから」

 

「と、いうと?」

 

「なんていうか、私達全員で作った、私達だけが楽しい本だった、じゃない。だから無料でいい。無料がいい。貰うべきものは先に貰ってるんだから」

 

売り上げも順位も関係がない。この本はみんなで意見を出し合い、協力して生み出した思い出の結晶。出来上がるまで苦労しかなかったけれど、思い返せば不思議と嫌悪は湧いてこない心地よい疲れであった。

その楽しい思い出こそが報酬であり、金銭には代えられないものなのだ。だから、この本は無料でいいと竜の魔女は語る。

それを聞いたカドックは、少しだけ自分が場違いであるかのような錯覚を覚えた。

任務にかまけて彼らの作業を手伝わなかった。それは誰も咎めることはなかったが、今になって後悔が湧いてくる。

自分ももっと彼女達に協力しておけば、この喜びを少しは分かち合えたかもしれないと。

すると、こちらの考えていることを察したのか、ジャンヌ・オルタがこちらを見つめて照れ臭そうに口を開いた。

 

「もちろん、あんた達にも感謝しているんだから。フォーリナーの件、二人が引き受けてくれたからこの本はここにあるの。それにほら、ちゃんと協力してくれたじゃない」

 

「……何を?」

 

「えっと……ほら、ジュース買って来てくれたじゃない」

 

「何だそれ」

 

「いいのよ、あんたはゲシュペンスト・ケッツァーのパシリ。それでいいでしょ!」

 

頬を染め、そっぽを向きながらジャンヌ・オルタは言う。

そんな彼女を面白がったアナスタシアがからかうように頬を突くと、ジャンヌ・オルタは嫌がる様に皇女の腕を払って距離を取った。

どうやら、柄にもなく素直な気持ちを述べて照れているようだ。

 

「もう、何を恥ずかしがっているの、ジャンヌぅ」

 

「止めなさいよ。聖女のアイツと同じノリで付き合うの、いい加減止めてよね」

 

「えー、どうしようかしら?」

 

「こら、抱き着くな! 冷た! 脇腹冷やすな! くすぐりゅなぁっ!」

 

そのまま揉み合うようにブースの奥へと二人は消えていった。

 

「後でお礼を言うべきか?」

 

「そうかもね。さ、俺達も準備しよう。後少しで開園……」

 

立香の言葉を遮るように、五分後にサバフェス開催の宣言を行う旨のアナウンスが会場内を流れる。

直後、爆発音と共に会場全体が大きく縦揺れを起こし、会場内に人々の悲鳴が木霊した。

 

「ば、爆発音!?」

 

「ちょっと! いまいい話で終わりそうだったのに、なによ!?」

 

騒ぎ出す参加者達を、混対スタッフが押し留めている。

見上げると会場の天井に大きな穴が空いていた。何者かがそこから飛び込んできたのだ。

そして、計測された霊基はこの六日間で何度か相対したあの機械の騎士のもの。

そう、謎のフォーリナー。フォーリナーハンターXXが襲来したのだ。

 

「ぬう、近くのスペースの方々は退避を! む、あれは……」

 

槍を手にXXへと飛びかからんとしたレオニダスは、後から飛来した黒い物体を見て動きを止めた。

まるで空を駆けるかのようにXXへと軽快なソバットを決めたその人物は、扇情的な衣装に身を包んだ少女であった。

ハードなレザー仕立てのズボンにトップビキニ。惜しげもなく黒い肌を露出させ、蹴りを放つ度に胸の膨らみが大きく揺れている。

そんな痴女めいた格好の少女は華麗に宙を舞い、生み出した炎の玉を投げつけてXXを牽制しつつ、こちらに向かって声を張り上げる。

 

「今です、この悪しきフォーリナーを皆さんの力でやっつけちゃってください!」

 

「お前は……BB!?」

 

XXと戦っていたのは、先ほどまで自分と話し込んでいたBBであった。

だが、見た目がさっきまでのスポーティーな格好ではなく、肌の色まで変質している。

霊基再臨したのだろうが、それにしたって変わりすぎだ。

 

「その姿は?」

 

「説明は後です。今はBBペレとだけ覚えてください!」

 

「ペレ? ハワイ島の女神か!?」

 

ペレとはハワイ諸島の伝説や民話に伝わる火山の女神。聖なる大地のペレとも呼ばれる非常に気性の荒い神格だ。

炎、稲妻、ダンス、暴力を司り、情熱的な愛と激しい怒りを併せ持つ二面性の激しい様はまるでハワイ版のイシュタル神である。

まさかとは思うが、BBはその神格を取り込んだとでも言うのだろうか。

今すぐにでも問い質したい衝動に駆られたが、動き出したXXがそれを許してはくれない。

装甲の一部を焼き焦がされながらもXXは立ち上がり、武器を構えて今にもこちらに飛びかからんとしている。

 

「宇宙秩序ヲ 守ルタメ……サバフェス 滅ブベシ!」

 

魔力を噴射させながら、XXは地面スレスレを滑空する。

手にした巨大な槍は食らえばひとたまりもないだろう。

咄嗟に立香はマシュを連れて安全圏まで下がり、ロビンと牛若丸がガードにつく。

 

「カドック!」

 

「分かっている! アナスタシア、狙えるか!?」

 

「……ダメ、早い!」

 

立て続けに放たれた氷の弾丸を、XXは持ち前のスピードを活かして強引に振り切ってしまう。

ならばとジャンヌ・オルタが正面から火球をぶつけるが、分厚い装甲が僅かに傷つくくらいで牽制にすらならなかった。

あのスピードではアナスタシアの宝具で足止めを狙おうにも洗脳効果が発揮される前に効果範囲から抜け出されてしまう。

攻防共に隙の無い、強力なサーヴァントだ。

 

「フォーリナー 潰ス サバフェス 滅ブベシ」

 

「アナスタシア!」

 

「っ……避け切れ……」

 

XX渾身の突貫がアナスタシアを襲う。ここに来て更に魔力噴射を増大させたXXの動きは暴走する機関車のように荒々しい。

あの攻撃を真正面から受け止める為にはマシュの盾に匹敵する守りが必要だが、生憎と彼女はもうサーヴァントとして戦うことはできない。

そして、ジャンヌ・オルタではあの攻撃を躱すことはできてもアナスタシアを守ることはできないだろう。

一人の男が槍を手に戦場へと駆け込んだのは、誰もが万事休すと思い込んだ正にその時であった。

 

「ふんぬ!」

 

迫りくるXXの突撃槍。その円錐の刃をレオニダスは真正面から受け止めた。

当然、マシュの守りのように特別な加護を持たないただの盾では容易く突き破られてしまうが、レオニダスは何と衝突の刹那を見切って盾を傾け、勢いを上へと逃がすようにXXをかち上げたのだ。

結果、バランスを崩したXXはその場で宙返りをするかのように引っくり返り、背部を強かに地面へとぶつけてもんどりを打った。

 

「『残暑、忌まわしき夏の城塞(リェータ・ドヴァリエーツ)』!」

 

すかさず、アナスタシアが宝具を発動して幻影の宮殿にXXを閉じ込める。拘束できたのはほんの数秒程であったが、宮殿内でよほど恐ろしいものを垣間見たのか、機械合成された悲鳴がサバフェス会場全体へと響き渡る。

解放されたXXは足取りもおぼつかず、全身の各所から煙を噴き出しながら地面に片膝を着いた。

勝負あったとばかりにジャンヌ・オルタが刀を突き付ける。

 

「くっ……出力が落ちています……やっぱり三食コスモヌードルだけでは……」

 

「あんた、普通に喋れ……」

 

「かくなる上は、この甲冑を爆破し、会場ごと全て爆散してもらうしか……」

 

強引に体を起こしたXXの体内から強烈な魔力が迸り、同時に軽快な電子音が鳴り響く。

この背筋を伝う冷や汗と下腹部を握り締められたかのような底冷えする圧は間違いない、XXは自爆しようとしているのだ。

 

「計測でました! カドックさん、このままではこの会場が丸まる、吹き飛んでしまいます!」

 

戦況を分析していたマシュが、焦りの声を上げる。

そうしている内にもXXの魔力反応はどんどん大きくなっていった。もはや爆発は秒読みの段階。急いでこの場から連れ出さねば大きな被害が出てしまう。

だが、それは誰かが犠牲にならねばならないことを意味していた。連れ出した当人は爆発から逃れる術はない。その事実がほんの少し、その場にいた全員の勇気を挫く。

すると、一人の男が名乗りを上げた。

 

「では、某が運びましょう」

 

何てことはないとばかりに、漆黒の暗殺者――呪腕のハサンが舞い降り、そのままXXを担いで天上の穴を目指す。そこから外に出るつもりのようだ。

 

「ハサン!?」

 

「皆様、サバフェスをどうかお楽しみあれ」

 

仮面の裏で優しく微笑みながら、ハサンは青空へと消えていく。

直後、彼方から巨大な爆発音と水飛沫が上がる音が聞こえてきた。

どうやら呪腕のハサンは人気のない海へとXXを運び出したようだ。

だが、爆発の前に投げ捨てたのだとしても、会場全体に及ぶほどの爆発の影響からは逃れられない。

お祭りの本番を前にして、呪腕のハサンはサバフェスの為にその命を散らしたのだ。

犠牲となったのだ。

 

「ただいま戻りました」

 

生きていました。

 

「あの状況でどうやって!?」

 

「ほら、私ってば『風除けの加護』持ってますし、爆風だけなら何とかこのように」

 

意外なところで意外なスキルが役立つものである。

加えてあくまで風が当人を避けていくだけであり、爆発によって生じた破片だとか炎などの二次災害は彼自身の技量で生還したのである。

日頃から得手がないだの平凡などと自分を卑下にする事が多い人物だが、こういう難題をサラッとこなせる辺り、やはり彼も人類史に名を残したハサンの一人なのだろう。彼もう少し、自分を誇っていい。

 

「ふう、何とか被害は最小限に抑えられました。これなら開始時間までに設備の補修もできそうでうす」

 

「BB? そうだ、その姿は……」

 

「はい、お察しの通り、ハワイにおける火山の神格。聖なる土地のペレ――ペレホアヌアメア。或いは土地を喰らうペレ――ペレアイホヌアの力です。一ヶ月前、今年のサバフェスはハワイで開こう、と現地視察にやってきたわたしは女神ペレと意気投合。諸事情あってとても弱っていた女神ペレから、その神核をコピー、インストールさせてもらったのです」

 

そうしてハワイ島の管理権限を借り受けた彼女は、その力を使って特異点ルルハワを形成。過去最大規模のサバフェスを開催するに至ったという経緯らしい。

意外なこともあったものである。人の幸福にはちょっかいをかけ、不幸には嬉々として蜜を塗り込む性悪AIにも人助けの心があったとは。恐らくこのサバフェスは一種の儀式なのだ。

ここに集まった観光客やサーヴァントの夢や思いを魔力へと変換し、女神ペレへと還元する。ペレが力を取り戻すために、BBはサバフェスをここまで盛り上げようとしているのだ。

 

「む、変なところで聡い人ですね」

 

「いや、少し見直したよ」

 

「まあ、こっちとしてもサバフェスを開くのに色々と都合が良かったので。かくしてBBちゃんは夢の褐色美女に生まれ変わったのです。どうです、見惚れちゃいました?」

 

「いや、日焼けは体に悪いだろ。皮膚ガンになりやすくなる」

 

「がくっ! そうでした……この人、雪国色白美人が好みでした……やはりここでセンパイに聞いた方が良かったのかもしれません。BBちゃん、痛恨の人選ミスです」

 

何が気に障ったのか分からないが、BBは肩を落として大きくため息を吐く。

 

「まあ、いいです。皆さん、次の為にも今日は思いっきり楽しんでくださいね」

 

「言われなくても楽しむわよ」

 

ジャンヌ・オルタが答えると共に、午前九時を告げるアナウンスが会場に響き渡る。開園時間だ。BBは本来の業務に戻るためにそそくさとその場を立ち去り、XX襲来によって退避していた他のサークル達もそれぞれの持ち場へと戻っていった。

色々とあったが、いよいよ始まるのだ。サークル『ゲシュペンスト・ケッツァー』、記念すべきデビューイベントが。

早速、入口の方では新刊を求めて駆け込んできた一般客と混対スタッフが衝突する音が聞こえてきた。

飛び交う怒号に床を踏み抜かんとする足音。ぶつかり合う金属音。何故、即売会のスタッフがファランクス陣形で来場者を押し留めているのかは甚だ疑問ではあるが、これも一つの風物詩なのだろう。

自分でも慣れてきたなと、カドックはどこか他人事のように思うのであった。

 

 

 

 

 

 

午後五時。

会場内にサバフェスの終了を告げるアナウンスが流れている。

充実した一日であった。

盛況とは言えなかったものの、ジャンヌ・オルタの本は中々に好評であった。

いの一番に顔を見せてくれたティーチ、こちらと聖女のブースを行ったり来たりを繰り返すジル・ド・レェ、北欧の戦乙女ブリュンヒルデ。拙い冊子は時間と共に少しずつ減っていき、残るは最後の一冊だ。

完売できなかったと悔やむべきか、記念の一冊が残ったと喜ぶべきか。

何れにしてもこれは大切な思い出だ。成功と失敗の――失敗の比率の方が圧倒的に多い――思いの詰まった大切な一冊である。

 

「ふふっ、色々な人達と写真が撮れました。ほら、どう?」

 

「いや、僕も一緒に行ったから知っているって」

 

「もう、私が誰かを呼び止める度に変な顔をするんだから」

 

「君が不用心に男性に話しかけるからだろ。フェルグスやフィン辺りに見初められたらどうするんだ」

 

色の多い連中だ。加えて観光地特有の解放感。間違いがないとも言いきれない。

 

「カドックさんはアナスタシアが心配なんですね」

 

「悪いか? 当たり前だろ、大切なんだから」

 

「おーっと、予期せぬボディーブローに皇女が撃沈!」

 

「へいへい、カドックも藤丸もその程度にしとけって。マシュ、ちょっと皇女様連れて外の空気でも吸ってきたらどうですかね?」

 

ロビンの言葉を受け、マシュが何故か顔を赤くしているアナスタシアを連れてその場を後にする。

 

「さて、フォーリナーも倒したし、オレの豚化も無事に免れ特異点も明日には消失。晴れて任務完了って訳ですかね?」

 

「そうね、カルデア次第にもよるけど、明日の便で帰還かしら?」

 

「それは残念ですね。まだまだ遊び足りないのですが」

 

確かにこの一週間、漫画制作やフォーリナー追跡にかまけて余りルルハワを観光できなかった。ハワイ島の火山やワイキキビーチでの海水浴、ネオン彩る夜の街、満天の星空。料理にショッピングにetc。

思い返すと無念が山ほど込み上げてくる。仕方がないといえば仕方がないのだが、せめて後何日かはカルデアへの帰還を引き延ばせないものだろうか。

今回の件はダ・ヴィンチとしても色々と裏技を駆使したものなので難しいかもしれないが、それでも願わずにはいられなかった。

もう少しだけ、みんなと一緒にこの夏季休暇を楽しみたいと。

そんな思いに蓋をして、カドックは自分に言い聞かせるように口を開いた。

 

「……何を言っているんだ。僕達は任務で来たんだから、終わったら帰るに決まってるだろ」

 

フォーリナーは倒した、サバフェスも終わった。特異点も消失する以上、もう自分達がここに留まる理由はない。

こちらの言葉に立香と牛若丸が残念そうに顔を俯かせ、ロビンもジャンヌ・オルタも複雑な笑みを浮かべていた。

 

「じゃ、せめて今夜はお祝いしよう。ゲシュペンスト・ケッツァーのデビュー記念ってことで!」

 

「そうだな……最後に思い出、作るか」

 

気を取り直した立香の提案に、カドックは小さな笑みを浮かべて賛同する。他の面々も皆、顔を綻ばせていた。

 

「夜まで騒げる店なら、私いくつか知っているわ」

 

「なら、そっちはお前に任せるよ。立香、アナスタシアとマシュを呼んでくるから、オルタと幹事頼む」

 

「分かった! オルタ、焼肉行こう焼肉!」

 

「あんたねぇ、もうちょっとハワイらしいものにしなさいよ!」

 

「えー、打ち上げといえば焼肉でしょ!」

 

どんなに楽しい時間もいつかは終わりを迎える。だからこそ、今を懸命に生きねばならないのだ。

彼ら英霊達とも何れは別れの時が来る。その時、今日という日の思い出がかけがえのない輝きを放つダイヤモンドになってくれればいい。

そんな、柄にもないセンチメンタルに浸りながら、カドックは彼らに背を向けてアナスタシア達を探しに向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

翌日。

これは夢かはたまた幻か。

自分達は確かに昨夜、ホテルへと戻って就寝したはずである。

だと言うのに、カドック達は今、ダニエル・K・イノウエ国際空港のロビーに立っていた。

時刻を確認すると、丁度七日前に飛行機から降りた時間になっている。ご丁寧に日付まで七日前のものだ。

まさか、この七日間での出来事は全て夢だったのだろうかと、カドックは思わず自分の頬を抓ってみた。

鈍い痛みが走る。

冷静に考えると、目覚めてから抓っても意味がないことに気が付いた。

それに全員の格好が、ホテルで就寝した時のままだ。

七日前ならアナスタシアやマシュは水着ではなかったはずだ。

 

「……先輩、これは……」

 

マシュも困惑の表情を浮かべながら立香を見やる。

アナスタシアもジャンヌ・オルタもロビンも牛若丸もみんな同じだ。ゲシュペンスト・ケッツァーの面々が全員、同じ夢を見ていたのだろうか。

そんな事が割る訳がないと、カドックは首を振る。

自分や立香達だけならいざ知らず、サーヴァント達も同じ状況なのだとしたら、酸欠やアルコールでの集団幻覚の線は薄い。

何らかの宝具の可能性も捨てきれないが、少なくともフライト中は何事もなかった。ならば考えられるのはハワイに到着してからだ。

その最大容疑者は――。

 

「BBか!?」

 

「ご明察です、カドックさん」

 

どこからともなく、人をからかうような蠱惑的な声が聞こえてくる。

 

「チックタック♪ チックタック♪ チックタック♪ チックタック♪ 電子時計を飲み込めば、体内時計をむせ返す。時間通りにこなしたところで結果が出せなきゃ水の泡。本を完成させただけで満足ぅ? 仲間との絆が最高の宝物だったとか言っちゃいます? なーんて、ルルハワのド甘いプディング並みに甘っちょろい展開、BBちゃんは許しません!」

 

スケートを履いたBBが、空港の床を蹴ってこちらに駆け寄ってきた。

勢いがついていたので思わず身構えるが、彼女はこちらに体がぶつかるギリギリのところで立ち止まり、困惑するこちらの顔をジッと見上げて不満そうな顔を浮かべている。

どうでもいいが、とても近い。距離にして後数ミリ。自分が一呼吸すれば彼女の体から突き出た丸い物体が胸に押し付けられる形になる。

アナスタシアが腕を引いてくれなければ、正にその通りになっていただろう。

 

「BBちゃん、あなた何をしたの?」

 

「え? 普通に時間を巻き戻しただけですけど。クリアできなかったらコンティニュー、ですよね?」

 

また恐ろしい事をサラッと言い出す娘である。

いくらルルハワが特異点化しているとはいえ、並のサーヴァントではそのような芸当はできない。

女神ペレの神核を取り込んだことで、このハワイ諸島限定で力を発揮しているのだろうが、それにして出鱈目な能力である。

今後のことを考えると、この欠陥AI、やはりすぐにでも廃棄処分にした方が良いのではないだろうか。

 

「うーん、でもカドックさん、記憶を持ち越しているんですね。サークル活動には参加しなかったですし、素直にルルハワ観光を満喫してもらおうと思って記憶は消しておいたんですが、片手間だったからうまく作用しなかったのかな?」

 

「ループ……記憶……ZEROに還る……うっ、頭が……」

 

今、何か思い出してはいけないものが頭を過ぎった気がする。

 

「まあ、その気があるのなら今後は記憶も残しますね。はい、という訳で今度こそはちゃんとオフセット本を作って、売り上げ一位を目標に頑張ってくださいね?」

 

その発言に対して、当然の事ながらロビンは抗議の意を示す。

彼にしてみれば自身の豚化がかかった案件なのだ。無理もない。

するとBBは、珍しく殊勝な態度で頭を垂れると、前回は隠していた事情を説明し始めた。

曰く、サバフェスは女神ペレの力を復活させる為の儀式も兼ねている。元々、女神ペレはBBと出会った時には死に体であったらしい。ひょっとしたらあのフォーリナーハンターXXによって倒されたのかもしれないが、BBはそれについては断言はしなかった。

そして、BBはそんな彼女を取り込むことで延命を図り、復活の為の手段として聖杯を生み出した。サバフェスによって生み出された熱気を魔力へと変換したものだ。

だが、それはそこにあるだけではただの魔力の塊に過ぎない。女神ペレが真に力を取り戻す為には、キラウエア火山で聖杯を使う必要があると言うのだ。

 

「キラウエア火山は女神ペレの住まいです。そこで世界の平和を願えば、聖杯の魔力は強い信仰となって女神ペレに届きます。ですが、売り上げ部門で優勝したメイヴさんにはそんな気が更々ないようでして……」

 

確かにあのコノートの女王は他人の為に聖杯を使うような人物ではない。

まず間違いなく自分の欲望の為に消費することだろう。

フォーリナーを倒しても女神ペレが力を失ったままでは、何れハワイ諸島の霊脈に何かしら致命的な瑕が生み出されるかもしれない。最悪、加護を失ったハワイが地上から消えてしまう可能性すらある。

 

「まずいな……」

 

「はい。なので、皆さんには何としてでもサバフェスで一位になってもらわないといけないんです」

 

そのためにはサバフェスで売り上げ一位を取らねばならないが、メイヴは強敵だ。

確か彼女が出店していたものは自身のグラビアだったはず。他人を魅了するという点にかけては彼女に並ぶものはそうそういない。

あれを超えるものを作るとなると、並大抵の努力では届かないであろう。

だが、ここに来てジャンヌ・オルタの闘志に火が付いた。

元より負けん気の強い性格だ。一度や二度の挫折で諦めるようでは竜の魔女など名乗らない。

 

「やってやろうじゃないの。ループさせてくれるっていうのなら、勝つまで描き続けるだけよ!」

 

方針は決まった。

フォーリナーを倒す、サバフェスで一位を取る。ついでに前回はできなかったルルハワ観光も思う存分に堪能する。

強く拳を握りめるジャンヌ・オルタを見て立香は苦笑し、ロビンも諦めたように首を振った。こうなったら彼女が満足するまでとことん付き合おうと。

ゲシュペンスト・ケッツァーの再出発だ。

 

「その意気です。では、わたしはこれで失礼します。七日目の夜、マウナケア天文台でお待ちしていますので、聖杯で女神ペレを救ったら報告しに来てくださいね」

 

そう言って、BBは何処かへと去っていく。恐らく、六日後のサバフェスの準備を改めて行うのだろう。

窓の向こうには外套姿のティーチが往来を歩いているのが見える。本当に七日前に時間が戻ったというのなら、向こうがこちらに声をかけてくるはずだ。

今度も彼に頼んでホテルを譲ってもらえれば、今日からの活動がしやすくなるはずだ。

 

「カドック」

 

「分かっているさ、アナスタシア。君も漫画を描きたいって言うんだろ」

 

「あなたもよ。みんなで思い出を作るの、いい?」

 

「……わかったよ」

 

未練がない訳ではない。心のどこかで彼らの漫画制作にもっと協力しておけばよかったという後悔があるのも事実だ。

だから、もう一度この七日間をやり直せると知って喜んでいる自分がいる。

挽回の機会を得たのなら、それを最大限に利用しよう。どこまでできるかは分からないが、ジャンヌ・オルタの執筆を全力でサポートするのだ。

 

「さあ、行こうか。僕達のサークル活動はこれからだ!」

 

改めてここに記そう。

これは挫折の物語だ。

人生なんて思い通りにいかない躓きばかりであるということを、少年はこの夏に嫌というほど思い知らされる。

そう、彼らの夏はまだ始まったばかりなのだ。

 




本当はここまでプロローグにしたかったくらいです。
やっと本題に突入ですね。ちなみに没案ではカドアナもサークル結成してサバフェス参入をして、「君はどっちを応援する」で締める予定でした。それやってもカドアナ孤立するだけで夏にワイワイやるお祭り感がないなと思いまして。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。