星詠みの皇女外伝 Edge of Tomorrow   作:ていえむ

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一日目その3 ファインディング・メイヴ

ここまでのおさらいをしよう。

人理保障機関フィニス・カルデアはハワイ諸島において謎のフォーリナー反応を観測。調査の為にマスター2名及びサーヴァントチームを派遣した。

折しもサーヴァント界では年に一度の夏の祭典、サーヴァント・サマースター・フェスティバルの開催時期であり、ハワイ諸島が今年の開催場所として選ばれていた。

だが、その裏ではフォーリナーに倒された女神ペレを復活させる為にBBが動いており、サバフェス参加者の熱気を集めて聖杯を生み出そうとしている。

キラウエア火山で聖杯に願いを告げれば女神ペレは復活するが、サバフェスで売り上げ一位となったメイヴは私利私欲の為に聖杯を用いるので論外。

BBが時間を逆行させ、今度こそ売り上げ一位を達成して聖杯を手に入れるよう要請してきたのが、現在の状況だ。

 

「BBは割と簡単に言ってくれたけど、初参加の素人が一位を取るのって無茶だよね」

 

ホテル前の階段に腰を置き、持参したオペラグラスを覗き込みながら立香は言う。

集まったのは付け焼刃のアマチュア作家とずぶの素人が数名。対する競合相手は歴史に名を残した作家英霊やフィギュア(ゴーレム)に一家言あるカバリスト、昨年の壁サークルである聖女と比べるのも烏滸がましい強豪ばかりだ。

普通ならば逆立ちしたって勝ち目はない。BBの言を信じるなら勝てるまで何度でもリトライは可能なようだが、素人が何度挑んだところで天と地ほどある実力差のを埋める事は敵わない。トライ&エラーで何とかなるほど、創作の世界は甘くはないのだ。

加えて自分達が戻れるのはルルハワを初めて訪れた六日前までで、恐らくはそれ以前から準備をしてきたであろう彼らと比べて圧倒的に準備期間が短い。

 

「要点を整理しよう。最低限、やらなければならない事は3つだ」

 

いつもの厚着からルルハワで購入したロゴ入りのシャツとダメージジーンズに着替えたカドックは、近場の売店で購入した安物の双眼鏡を手にしたまま三本の指を立てる。

七日間を繰り返せる。漫画制作の技術も経験もない自分達にとって大きなアドバンテージではあるが、無条件という訳ではない。

第一に新刊は落とせない。原稿を落とせばロビンは哀れ、豚として生きていかねばならないのだ。きっとどこかの大魔女は喜ぶだろうが、本人にとっては抜き差しならない事態だ。

厄介なのは新刊を出さなければならないということ。以前に書いた作品を描き直しただけではBBの呪いは発動してしまう。

第二にフォーリナー――XXへの対応。本来の任務であり、サバフェスを妨害せんと暴れ回るあれを放っておけばルルハワに大きな被害が及ぶ。対策は急務と言える。

第三にサバフェスを無事に終わらせること。聖杯はサバフェスに参加した者達の思いで満たされる為、サバフェスが頓挫すれば聖杯は降臨しない。最悪、フォーリナーは倒せずともサバフェスの開催だけは死守しなければならないのだ。

以上を踏まえた上で七日間を繰り返し、サバフェスで売り上げ一位を目指す。フォーリナーと戦い、サバフェスを守り、漫画を描き、ネタ探しも兼ねて観光も行う。

 

「やることが……やることが多い……!」

 

「誰だったかな、漫画家は週二日は休めるなんて言ってたの」

 

それは一日でネームを仕上げるなんて荒業をこなせるからこそ言える台詞であって、大抵の漫画家志望はまずその時点で躓くものだ。

頭の中で思い描いたストーリーを形にする。ラフ、或いはコンテともいうその作業は漫画制作における設計図のようなものだ。

コマ割りの配分、台詞量、登場人物の配置や動き、それらをここで突き詰めておくことでやっと作画に入る事ができる。

どれだけ絵が上手くとも、これを疎かにしては良い漫画は描けない。ただ歩かせるだけでも漫画家は登場人物の動きを緻密に計算した上で描いているのだ。

そして、ゲシュペンスト・ケッツァーはそれを成さねばならない。やらなければこのルルハワから永遠に脱出できないのだから。

 

「……でもさ、これってそれと何か関係あるの?」

 

「大ありだ。敵を知り己を知ればって言うだろ」

 

七日間という準備期間の短さを考えれば、一日だって無駄にはできない。既にジャンヌ・オルタ達はホテルに向かい執筆作業を始めている。

またティーチの情報によればあのホテルにはサバフェス開催を前にして絶賛修羅場中の刑部姫も滞在しているらしい。

彼女は同人作家としてはそれなりに場数を踏んでいるが、自分達と同じアマチュアである事に変わりはない。彼女の実体験を聞ければ下手な参考書を読むよりも有益な情報を得ることができ、今後の執筆に活かすことができるであろう。

自分達に圧倒的に足りない技術と経験、それを補うためには何をしなければならないのか、そこに光明が見えてくるはずだ。

そして、同じくらい重要なのが敵の出方を知る事である。

前回のサバフェスにおいてメイヴは他のサークルと圧倒的な差をつけて売り上げ一位となった。プロの作家や昨年度の優勝者を押し退けてだ。

ただの人気や領布物の出来以外の何かがあるとカドックは踏んでおり、それを探らなければ自分達に勝ち目はないはずだ。

 

「いや、でもこれって覗き……」

 

「さっきからオペラグラス覗きっぱなしのお前が言うな」

 

そう、二人は今、太陽が照り付ける真昼のビーチに降り立っていた。

ホテル前のワイキキビーチ。ここでメイヴが取り巻きの男達を引き連れて撮影会染みたことをしていると知ったからだ。

向こうに悟られぬよう、観光客の振りをしてさり気なく動きを見張る。彼女が如何にしてサバフェス一位の座を勝ち取ったのかを探るためだ。

あくまで強敵の情報収集が目的であり、一国をも惑わす蠱惑的な肢体を堪能することは不可抗力である。

不可抗力である。

 

「うーむ、あれに惑わされないクランの猛犬って……」

 

「ああ、ある意味、尊敬に値するな」

 

望遠レンズの向こうでは、取り巻きに囲まれたメイヴが目まぐるしくポーズを入れ替えていた。

砂浜に座って反り返り胸を突き出したかと思えば、四つん這いになって臀部を差し出し、立ち上がって脇を強調したかと思えば、振り返って胸を持ち上げる。

笑顔、流し目、見上げに見下し、指をくわえ、サングラスを弄び、コケティッシュな唇がストローを噛む様が次々と写真に収められていく。

大胆で自信に溢れた所作はさすがとしか言いようがない。離れていても魅了の効果が感じられるほどだ。

あれが六日後に一冊の本になるのかと思うと、何とも言いようのない期待が込み上げてくる。

そして、そんな蠱惑的な女王の間近でグラビアの撮影を行っているのが、何を隠そうこのルルハワで現地徴収された百人にも及ぶカメラ小僧達である。

メイヴも考えたものだ。各地のイベントで鍛えられたカメラ小僧達は下手なプロを雇うよりも安上がりで済む。写真の出来こそまちまちだが、根っからの女王気質であるメイヴからすれば、仕上がりに拘ってあれこれ指図してくるであろうプロよりも従順なカメラ小僧(ファン)の方が色々と都合がいいのだろう。

質で足らない部分は数でカバーだ。加えて彼らは全員、メイヴの魅力に心酔しているスレイブ達。ファン心理を心得ているからこそ、需要をピンポイントで突いてくるはずだ。

彼らはこの六日間、メイヴに付きっ切りで撮影や出店の手続きを行い、女王のバカンスを盛り上げ、気紛れでぶってもらえるのだ。

何とも羨ましい、もとい恐ろしい集団だ。

 

「それで、どうするの? 撮影の邪魔をする?」

 

「いや、まずは様子を見よう。後を追うんだ」

 

「分かった」

 

波打ち際から木陰へと移動したメイヴ達に気づかれぬよう、物陰や人混みに紛れながら身を顰められる場所を目指す。

ジリジリと照り付ける太陽が憎らしい。額からは玉のような汗が流れだし、頬を幾筋も伝って足下へと零れ落ちる。

暑さで思考が鈍ってきたのか、どれくらい追いかけているのか分からなくなってきた。

レンズの向こうでは相変わらずメイヴが艶めかしいポーズを取り、カメラ小僧達が絶賛している。

彼女の肢体は魅力的だが、こう暑さが続けば集中力が続かない。砂浜の喧騒、波の音や海鳥の声、通りに響くクラクション。あらゆる自然音が脳を溶かしていく。

立香を連れてきて正解だった。誰かと話していれば、苦痛も少しは紛れるというものだ。

 

「……つまり、コンスタンティンはもう少し評価されてもいいと思うんだ」

 

そして、何故か話題はどうでもいい映画の話へと及んでいた。

語っているのはもう十年近く前の映画だ。一世を風靡したSF映画の主役が主演を張ったオカルト映画。

映像表現の巧みさに反して脚本は宗教色が強く、国によって評価が分かれる異色作である。実は漫画原作なのだが本国以外でそれを知る者はいるのだろうか。

 

「漫画とは別物だがあの脚色……特にオチは古典的な中にも皮肉が利いていて僕はとてもいいと思う」

 

「いやあ、予備知識ないとかなりややこしいよ。オチの良さは認めるけどさ」

 

「だろ。自分が救われたくて仕方なかった男が最後の最後で自己犠牲を認められるんだ。その上でラストのあれは息苦しさの中にほんの少しの清涼感を与えてくれる。もちろんエンドロールの後も見逃すな、マーベルで慣れてるだろ?」

 

「え、あれ続いてたの? テレビで見たからカットされたのか……」

 

レンズの向こうでは椅子に腰かけたメイヴが足を組んで下腹部を隠し、挑発的な笑みを浮かべている。爪先に引っかけたサンダルが実にいい味を出していた。

 

「……あれだね、スピーシーズだ」

 

「いや、ポルノと一緒にしたら駄目だろ?」

 

異星人と地球人の混血種が子孫繁栄の為に夜な夜な盛り場を訪れて濡れ場を演じる映画だ。嘘は言っていない。

 

「あれ、ホラーだよ?」

 

「あれがか? さんざんトップレスを見せつけてくるし、ベッドシーンも迫真だったぞ」

 

「女優さん綺麗だったよねぇ。あれがデビュー作なんだからびっくりだ」

 

「どっちかというとあれはカマキリで、メイヴは女王蜂だ。それに軽いように見えて根は真面目だから、彼女はそうそう同衾なんて誘わないだろう」

 

恋多く欲深い女だが、だからこそ一夜には真剣だ。でなければ生前もクー・フーリンにあそこまで執着しない。

自分に屈することなく、さりとて己から何も奪わずに手放したクランの猛犬。求めて止まない勇士でありながら最も彼女のプライドを傷つけてしまったクー・フーリンは策謀の果てに死へと追いやられてしまう。

女の執念とは実に恐ろしいものである。

 

「もっと万人向けな話しない? そうだ、カンフー映画は?」

 

「そうだな……レッド・ブロンクスは実に面白かった」

 

「分かる。でも、一番は酔拳2でしょ。酒を飲んでの大立ち回り、特に序盤の広場で戦うシーンは何度もリピートしたなぁ」

 

「何言っているんだ。ドランクマスターなら一作目だろ。伝統的なカンフー映画に革新的なコメディ要素を加えた傑作だぞ」

 

「いやあ、個々のキャラ立ちや終盤の鬼気迫る殺陣もあってこっちの方が良いでしょ?」

 

「前半と後半で話がちぐはぐだろ? 殺陣は認めるが母親だって悪目立ちしているし」

 

「一作目は話が地味というか、スケールが小さいでしょ」

 

「いやいや、完成度ならこっちだ」

 

「こっちの方が知名度あるって」

 

お互いにムキになり、次第に喧嘩腰になっていく。そのまましばらくの間、メイヴそっちのけで睨み合いが続くこと数十秒。ようやっと頭が冷えてきたカドックは、罰が悪そうに視線を逸らしてこの話題を打ち切ることにした。

 

「止めよう。真夏の炎天下に何をやっているんだ」

 

「そうだね。きっと、この暑さが悪いんだ」

 

照り付ける太陽の下で息を潜め続け、いい加減に我慢の限界だ。

背中も脇も汗だくで、喉はカラカラに干乾びている。水分が欲しい。水でも紅茶でも炭酸水でも何でもいい。冷たい飲み物をグイっと呷って一息入れたい。

 

「くそっ、メイヴの奴、メロンソーダなんか飲み始めやがった」

 

向こうはこっちの存在に気づいていないはずなのだが、挑発的なポーズも相まってまるで見せつけられているかのように思えてならなかった。

 

「僻まないの。こっちも何か飲もうよ」

 

「ああ……何でもいいから頼む」

 

「嫌だよ、買ってきてよ」

 

「メイヴを見張らなきゃだろ」

 

「俺の方が視力はいいよ」

 

「いざとなったら魔術で何とでもなる」

 

「……カドック」

 

「立香……」

 

お互いに視線をメイヴに向けたまま、同じタイミングでため息を吐く。

零れ落ちた汗がお互いの足下に幾つもの染みを作っており、意識も段々と遠退いてきている。

このままでは遅かれ早かれ熱中症を起こしてしまうかもしれない。

それでも二人はその場を動こうとしなかった。何故なのか。

 

「メイヴのおっぱいが見たいだけでしょ!」/「メイヴの水着を見たいだけだろ!」

 

苛立ち紛れに吠え、二人は双眼鏡を手にしたまま互いをけん制し合う。

視線はメイヴに釘付のまま、カニのように横滑りしながら後を追う様は端から見れば異様でしかない。

買い出し帰りの赤い弓兵は曖昧な笑みを浮かべて頭を振った。

砂浜で遊んでいた雷光の名を持つ少年は不思議そうに見つめていた。

同郷の女神をエスコートしていた授かりの英雄は無言で彼女の視界を遮った。

誰もがこう思っていた、近づいてはいけないと。

そんな中、一人の騎士が空気を読まずに二人の側でウクレレをかき鳴らした。

 

「私は悲しい……まさか我がマスターが斯様な趣味をお持ちとは……」

 

赤い長髪を靡かせ、糸目の奥で瞳を輝かせながら円卓の騎士トリスタンは嘆くようにウクレレをかき鳴らす。

どこから調達したのか、普段の騎士姿ではなくアロハシャツに水着という非常にラフな格好だ。元がかなりの美形なだけに、憂いを帯びた横顔も様になっている。

市井に紛れても問題ない溶け込みっぷりにカドックは思わず感嘆の息を漏らした。

 

「トリスタン……」

 

「ああ、お気になさらずに。私は肝要なつもりです……お二人が何をしていようと私には関係のない事」

 

そう言って、トリスタンはウクレレを鳴らしながらビーチへと視線を向ける。

ジッと、何かを探す様に砂浜を見回し、思い出したかのように弦を爪弾く。視線の先を追ってみるが、特に気になるものは何もない。

観光客で賑わう真昼のワイキキビーチ。泳ぐ者、浜辺で寝そべる者、ビーチバレーに興じる者。視界に映るのはそんな当たり前の光景ばかりだ。

いや、まさかとは思うがこの騎士、涼しい顔をして女性の水着姿を物色しているのではないだろうか?

恐る恐る聞いてみると、トリスタンはウクレレをかき鳴らしてから恥じる事も照れる事もなく笑みを浮かべて頷いた。

 

「はは……慧眼ですね」

 

「本気なのか……」

 

こめかみの辺りに痛みを錯覚する。

他人をとやかく言えるような立場ではないが、ここまで堂々と覗きを公言されては呆れるあまりぐうの音も出ない。

生前からこんな性格なのだとしたら、アーサー王も彼の奇行にはさぞや頭を痛めていたことだろう。べディヴィエールが苦労するのも無理はない。

ため息を吐いたカドックは再び見張りに戻ろうと双眼鏡を覗き込んだが、先ほどまでいたはずのメイヴとカメラ小僧の集団がどこにも見当たらなかった。

傍らで同じく見張っていた立香を見るが、彼も同じようにビーチを探している。どうやらトリスタンに気を取られている隙に見失ってしまったようだ。

 

「はあ……立香、そろそろ行こう」

 

見失ってしまったのならもうここには用はない。とりあえず向こうのサークルの現状が分かっただけでも十分な収穫だ。

それにいつまでもここにいるのは何だかバツが悪い。トリスタンに見つかったことで昂っていた気が落ち着いてきたのか、急に思考が冷静さを取り戻した。

ひょっとしたら、メイヴの魅了にほんの少しやられていたのかもしれない。

 

「おや、もう行かれるのですか?」

 

「別に僕達は趣味でやってた訳じゃない」

 

「そうですか……おや、あんなところでマタ・ハリ殿とブーディカ殿がサンオイルを……」

 

「え? カドック、もう少しメイヴを探してみよう!」

 

その場を立ち去ろうとした瞬間、立香が光の速さで取って返してオペラグラスを覗き込む。

メイヴを探すと言っているが、明らかにレンズの矛先はブーディカにサンオイルを塗ってもらっているマタ・ハリに向けられている。

 

「お前なぁ……」

 

「む、あちらには北欧の戦乙女達が……」

 

「……いいか、僕は海を見ているのであってそこに何が映り込もうと関係ないからな」

 

「カドック……この神様フェチめぇ……」

 

最早、メイヴの様子を探るという当初の目的は完全に忘れ去られていた。

既に太陽は中天を跨ぎ、日差しは一層強くなってきている。首や背中からは潮が噴き出し始め、段々を呼吸も荒くなってきた。熱された砂の上にいると、まるでフライパンで炒められる肉か野菜になったかのようだ。

一方でレンズの向こうは天国だ。

色取り取りの装い、跳ねる二つの膨らみ、肉付きの良い太もも、レジャーシートの上で潰れる臀部、眩しい背中、柔らかい鼠径部、挑発的なくびれ、砂で汚れた足の裏、笑顔、笑顔、笑顔。

ヴァルハラは北欧ではなく南国にあったのだ。

そんな美しい光景に熱中のあまり、暑さも気にならなくなってきた。雲が陰ってもいないのに汗がどんどんと引いていく。いや、肌寒いくらいだ。

 

「随分と、楽しそうね」

 

腹が底冷えする程の冷淡な響きであった。

思わず背筋が凍り、次にそれが錯覚ではなく物理的に背中が凍っている事に気づく。

恐る恐る振り返ると、額に青筋を立てている皇女と顔から表情が消えている盾の騎士がこちらを見下ろしていた。

 

「ア、アナスタシア……いや、これは……」

 

「マシュ……その……」

 

助けを求めるように互いを見やり、次に自分達の間に立っていたはずのトリスタンを探す。だが、見回してもあの赤い長髪はどこにもいない。恐らく逃げたのだ。この二人が近づいていることを察して。

 

(あの薄情者……)

 

心の中で何処かへと去った妖弦使いに毒づく。

怒りが沸々と湧いてくるが、残念ながら今はそれを吐き出す訳にはいかない。怒髪天を衝くという形容がぴったり当てはまるほどの二人をどのようにして宥めるか、それが問題だ。

 

「他サークルの情報を集めてくると言っておいて、ガールウォッチとは良いご身分ね」

 

「これには、訳が……いや、そもそもどうして、ここに……」

 

「もうお昼なのよ。お財布はあなたが管理しているのだから、探しに向かうのは当然ではなくて?」

 

カドック・ゼムルプス、一生の不覚である。

好き勝手に使って後で足りなくなったらまずいからと、一元管理を買って出たのが裏目に出てしまった。

 

「マシュ……」

 

「先輩最低です」

 

「ぁ…………」

 

傍らではとどめをさされた立香が真っ白に燃え尽きたまま膝を着いていた。

人を殺すのに刃物はいらないとはいうが、あの出荷される牧場の牛や豚を見るかのような冷め切った目で言われれば言葉一つでも聖剣の如き切れ味を誇るだろう。

心中を察するにあまりあるが、生憎と同情をしている暇はない。

これから自分達を待ち受けているのは、ランチタイムという名の拷問の時間だ。

針のむしろで有無を言わせず豪華な食事を奢らされるのだ。その後はお嬢様方の気が済むまで街へと繰り出すことになるだろう。両手いっぱいの荷物は覚悟しなければならない。

 

「さあ、行きましょう。一度、行ってみたかったのですハレクラニのレストラン」

 

にこやかに微笑みながらも目だけは笑っていないという寒気のする表情を浮かべ、アナスタシアはこちらの手を引いた。心なしか伝わってくる冷気がいつもより強い。

 

「一度、着替えに戻らなければですね。ドレスコード、大切ですし」

 

「ジャンヌさん達も呼びましょう、皆さんお腹を空かせています」

 

ガタガタと震えるこちらを尻目に、女性二人の話は弾む。

記憶が正しければ件のレストランはダイヤモンドヘッドを一望できる絶景が売りの高級レストランだ。確実に一人辺り五千BB$は飛んでいく。その後に待ち受けるであろうショッピングも考慮すると本日の出費は――――。

 

「ふぅ…………」

 

隊列を組んで飛び去っていくBBの姿を幻視し、今度こそカドックは意識を手放した。

意気消沈とばかりに両膝を着き、救いを求めて天を仰ぐ。だが、南国にいるのは信用ならない電子の妖精で救いの神はどこにもいない。

ゲシュペンスト・ケッツァー再起の週。最初の一日は、こうして過ぎ去っていったのであった。




特に何をするでなく、カドックと藤丸がだべるだけの話を書こう。
その結果、こんな形となりました。先週までのシリアスどこにいった(笑)
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