星詠みの皇女外伝 Edge of Tomorrow 作:ていえむ
今日も今日とて憎たらしいくらい快晴な空を見上げながら、カドックはストローの先を齧り潰した。
苛立ちの原因はたった今、机を挟んで対面に座る少女から聞いた話の内容だ。
サバフェスで売り上げ一位を目指すに当たって最大の障害である女王メイヴ。しかし、彼女の動きにはどうにも怪しい点が見受けられる。そこでカドックは、メイヴに販売ブースを譲った鉄棒ぬらぬらのメンバーから事情を聞こうと思い至った。
とはいえルルハワは狭いようで広く、また観光客も多くて人探しは困難を極める。彼が目当ての人物を見つけ出し、ワイキキビーチに程近いレストランに呼び出すことができたのは、既にサバフェスを目前に控えた六日目の事であった。
「あの、マスターさん……わたし……」
少女――アビゲイル・ウィリアムズは不安そうにこちらを見上げてきた。
自分の行いについて、酷く後悔しているようであった。
無理もない。彼女は今、鉄棒ぬらぬらというサークルを預かる立場にある。
元々、鉄棒ぬらぬらは葛飾北斎親子が立ち上げたサークルなのだが、アビゲイルは同じフォーリナーのよしみで手伝いを申し出たらしい。
だが、五日前――丁度、自分達がルルハワを訪れた初日にXXの襲撃を受け、敗北した北斎は未完成の原稿を残してカルデアへと強制帰還してしまった。
当日までにこちらに戻ってくることもできず、漫画も仕上がっていない。そんな状況でもひとり残されたアビゲイルは再販分などを纏めてサバフェスに参加しようとしたのだが、鉄棒ぬらぬらが壁サークルであることに目を付けたメイヴによって半ば強引に販売ブースを交換させられたのだ。
気弱な彼女はメイヴの勢いに呑まれて断り切ることができず、あれよあれよという間に交換の手続きを済まされてしまったらしい。今や鉄棒ぬらぬらに割り当てられていたスペースは正式にメイヴのものになっており、取り返すことはできないのだそうだ。
元々、彼女の性根は憶病で内罰的かつ自縛傾向が強い。一人で必死に頑張ってきたが、メイヴの横暴を許してしまったことに対して自身を責めているのだ。
「気にしなくていい、アビゲイル。北斎も許してくれるはずだ」
「はい……でも、やっぱり自分が許せなくて……」
「サークル活動は初めてだったんだろ、仕方ないじゃないか」
「いいえ、わたしが悪いんです」
アビゲイルは俯いたまま首を振る。彼女自身も頭では分かっていても、気持ちが許せないのだ。
子どもの頑なさを解きほぐすのはそう簡単なことではない。少なくともカドック自身は苦手であった。
幸いにも聞きたい事は全て聞き出す事ができたので、この話はここで打ち切るべきだろう。
カドックは近くを通りかかったウェイターに声をかけると、メニューの中からなるたけアビゲイルが好みそうなものを選び、最速で持って来るようチップを握らせる。
そうして、少しばかり居心地の悪い雰囲気の中で待つこと数分。色取り取りのフルーツが盛られたパンケーキがテーブルの上に運ばれてくると、俯いていた少女の顔に年相応の笑顔が戻ってきた。
「まあ、綺麗なパンケーキ」
感嘆の声を上げるアビゲイル。季節のベリーをふんだんに使ったパンケーキはここの人気商品だ。
どこまでも続く青い空と海を見つめながら、高級感漂うお洒落なレストランでパンケーキを突く。それはまるで映画のワンシーンのようだとカドックは思った。
「呼び出したお礼だ」
「そんな、悪いわ……」
「……なら、こう言おう。アビゲイル、パンケーキを注文したけれど、僕はお腹いっぱいだ。代わりに食べてもらえないかな?」
少々、出費はかさむがこちらの都合で呼び出したのだから、これくらいのお礼はしておかないと後で誰に何を言われるかも分からない。
やや硬い表情ではあるが、精一杯の笑みを浮かべてカドックは言った。やはりと言うべきか、立香のようにはうまくいかない。それでもこちらの意図はうまく伝わったのか、アビゲイルは口に手を当てておかしそうに笑うと、パンケーキの皿を手元に寄せてナイフとフォークを手に取った。
「ふふっ……食べ物を残すなんて、マスターさんは悪い子ね」
自分に言い聞かせるように呟き、アビゲイルは楽しそうにパンケーキを切り分けていく。
アビゲイルは清貧ではあるが年相応にわがままで自制が効かない。無邪気に微笑む様を見ていると、とても彼女が人類史に刻まれた英霊であるなどと思えなかった。
実際、彼女の英霊としての成り立ちは特殊な部類なので無理もないことなのだが。
「じゃ、僕は先にいくよ」
「はい、ありがとうございます、マスターさん」
口の周りをシロップで汚しながら、アビゲイルは無邪気に手を振った。
カドックは小さく微笑んで同じように手を振ると、彼女の分の会計も済ませて店を後にする。
外は相変わらず日差しが強く、近くのワイキキビーチからは海や砂浜で戯れる人々の嬌声がここまで聞こえてきていた。
道すがらカドックは、今後のゲシュペンストケッツァーの方針について考える。
ジャンヌ・オルタには悪いが、カドック自身は純粋に漫画の出来だけで売り上げ一位になれるとは思っていなかった。
元々、これは素人がオリンピック選手に挑戦するような無茶な所業なのだ。同じだけの努力を向こうも重ねている以上、如何に彼女が腕を磨いたところでスタートラインが違うのだから勝てる道理はない。
ならばどうするか? 無論、いつもと同じことをするだけだ。
こちらが逆立ちしても勝てないのなら、勝てる土俵に相手を引きずり下ろす。
完全無欠であろうと弱所を見い出し、そこに付け込むのが自分の戦い方だ。
そのためにもまずは初日のXXの襲撃から北斎を助け出す。あの喧嘩っ早い親子が無事ならば、メイヴからの取引にも毅然とした態度を取れるはずだ。
そうすればメイヴの壁サークルへの出店は阻止することができる。売り上げにも幾らか影響が出る筈だ。
(けど、いいのか?)
自問する声が聞こえる。
北斎を助け出す。それはこの繰り返しの七日間から脱する為に必要な事ではあるが、心のどこかでそれを惜しむ気持ちがあった。
彼女を助け出せば、ゴールに一歩近づくことになる。それはこの夏の終わりが近づくことを意味している。
この繰り返しの中で、漫画論をみんなと戦わせ、締め切りに追われながら原稿を書き上げ、空いている時間には思う存分にレジャーを楽しみ、問題を起こすXXや茨木童子を相手に気兼ねなく暴れる事ができる。
そんな、騒々しくて馬鹿らしくて、楽しい日々が終わってしまう。
この充実した七日間が終わってしまうことを惜しみ、寂しさを覚えている自分がいるのだ。
(……馬鹿な事を)
頭を振って思考を遮り、気分転換にビーチへと足を向ける。
このまままっすぐホテルに帰る気にはなれなかった。きっと今、自分はとても最悪な顔色をしている。
幸いにも時刻はもう少しで昼時だ。すぐに食事に出る事になるだろうから、ここで少しサボっていくのも悪くない。
それにビーチの木陰に見知った顔を見つけたため、少し話をしたくなったのだ。
「暇そうだな」
「ああ、マスター。いえ、楽しんでいますよ」
真夏だというのに見ているこっちが暑くなりそうな僧服に身を包んだ天草四郎が、色黒の顔でにこやかな笑みを浮かべる。
「今日はチビ共の引率じゃないのか?」
「ははっ、いつもいつも彼女達の保護者をしている訳ではありませんよ。私だってこうしてのんびりしたい時もあります」
「そうか……隣、いいか?」
「どうぞ」
丁度、四郎の両サイドに人が一人分座れるスペースが空いていたので、カドックは遠慮なくそこに腰かける。
そのまま何をするでなく、のんびりと水平線を眺めながら時が過ぎるのを待った。
穏やかな時間であった。耳に聞こえるのは浜辺の嬌声と車のクラクション、目に映るのは青い海と空。大自然に囲まれていると心が洗われていくかのようだ。先ほどの悩みもいつの間にかどこかへ消えていた。
ここ最近、サークル活動やら何やらで忙しかったので、その疲れが染み出していくかのように感じられた。このまま目の前の光景を一枚絵として持って帰りたい。そんな事を考えてしまう。
「お疲れのようですね?」
「ああ、まったくだ」
思えばグランドオーダーの時ですら、これほど充実した日々を送ったことはなかった。
あの時は目の前の出来事にいっぱいいっぱいで、人類史を背負うという重荷に押し潰されそうになっていた。
もちろん、ルルハワが抱える問題も重大ではあるが、踏み損なえばそこまでであったあの時とは違う。
ここでは苦労すら楽しい。
疲れる事が嬉しい。
時計と原稿を交互に睨みながら夜を明かし、アイディアが尽きれば煩わしいことは忘れて思いっきり遊ぶ。
そんな毎日が堪らなく愛おしい。
今までにない充実感だ。
「楽しそうで結構。サバフェス、頑張ってくださいね」
「ああ……ん? お前は参加してないのか?」
天草四郎は人となりこそ穏やかだが、同時に油断のならない英霊でもある。
彼にはどうしても叶えたい願いがあり、そのためならば時にマスターを裏切る事すら辞さない面もある。
以前もそれでひと騒動起こした事があるのだ。
そんな彼が、合法的に聖杯を手に入れられる機会を見す見す逃すとは思えなかった。
「ああ、サバフェスの景品ですね。もちろん、参加しようと思ったのですが……」
「我が止めたのだ」
不意に、凛とした女王の声音が背後から発せられた。
振り返ると、いつもの黒衣姿のセミラミスが仏頂面を浮かべていた。
何か運動でもしてきたのか、肌は高揚していて玉のようなの汗が浮かんでいる。
「セミラミス、ご苦労様です」
「汝……よくも我を置いてこんなところに隠れおって……おかげで小さき者どもの相手を我がする羽目になったのだぞ」
「ははっ、あの娘達もあなたには興味津々でしたからね。あ、飲みますか?」
「ふん、寄越せ」
余程、喉が渇いていたのだろう。四郎から手渡されたペットボトルの飲料を、セミラミスは乱暴に奪い取って一気に飲み干した。
いつもなら絶対に手をつけることのない安物だが、今は色々と気が高ぶっていて気にする余裕はないようだ。
「座るか?」
「よい、服が汚れる」
席を空けようとしたが、セミラミスは唇をへの字に曲げたまま首を振った。
そうは言ってもドレス姿のままこの暑さの中にいるのは辛かろう。しかも、聞くところによると彼女は先ほどまでちびっ子サーヴァント達の遊び相手になっていたらしい。
一人で彼女達の相手をしていたのなら、振り回されてへとへとのはずだ。それでもセミラミスは女王としての意地なのか、頑なに地べたに座ろうとしなかった。
代わりに手近にあった木を支えにして立ち、一息を入れる。
「大丈夫か?」
「無論だ……ああ、それと先ほどの問いについてだが、この男は当然のことながらサバフェスとやらに参加する腹積もりであった」
「ええ、そのつもりでした。ですが、多少の文才はあれど並み居る強豪を相手に勝ち残れるほどではありません。ですので、彼女の助力を乞うたのですが……」
「何が『基礎からできる空中庭園』だ。我の宝具を何だと思っているのだ」
(基礎から……それは基本って意味じゃないよな、きっと……)
きっと土台的な意味での基礎だろう。何故だか知らないがそんな気がしてならなかった。
「という訳で、我が参加を拒否したのでこの男も一蓮托生という訳だ。安心するがいいマスター、この男が万が一にもサバフェスの聖杯に手を出さぬよう、我が見張っておくのでな」
「ああ、助かる……」
放っておくとサバフェスの当日に会場の空から奪いにくるかもしれない。天草四郎とはそういう男だ。
「信用されていませんね。いや、逆に信用されているのかな?」
四郎は複雑な笑みを浮かべ、最後に小さなため息を吐いた。どうやら本気だったらしい。本当に油断のならない男だ。
念のため、BBには聖杯の警備に注意するよう伝えておいた方が良いかもしれない。
そんな事を考えながらカドックは何気なく海岸を見回し、不運なことにそれを見つけてしまった。
白い砂浜に打ち立てられたピンク色のテントとステージ。でかでかと書き記された『メイヴコンテスト』という看板。ステージ上で堂々と観客にアピールする女王メイヴの姿を。
「なっ……なんだ、あれ?」
例えるなら大自然の中に突如として現れた人工物。或いは田舎道のドラッグストアかアウトドアで火を点ける際のライター。つまりは浮いていて風情がない。
そもそもワイキキビーチは公共の場だ。明らかに主催はメイヴのようだが、彼女はきちんと許可を取ったのだろうか? そして、いったいあそこで何をしているのだろうか?
「ああ、美しさをアピールするコンテストだそうですよ」
「見れば分かる!」
壇上のあちこちでポーズを決め、審査員が採点する。どう見てもハイスクールの美少女コンテストだ。あれがそれ以外の何かであってたまるか。
自分が聞きたいのは、どうしてそれを今、この真夏の炎天下で、それも大事なサバフェスを控えた直前の日に行われているのかということだ。
「まあ、女王メイヴのすることですからね、他意はないと思いますよ。したいからする、やりたいからする。それが彼女という英霊ですからね」
「為政者として己が権威を示すのは当然であろう。それが己の美しさという点だけは理解しかねるが」
「まったく…………」
また一つ、対応しなければならない問題が増えてしまった。
このタイミングでコンテストなんて開けば、間違いなく優勝者が参加しているサークルに注目が集まる。
ただでさえ手強い相手だというのに、そこにネームバリューまで加わればもう手が付けられなくなるだろう。
彼女自身の魅力、カメラ小僧の技術、強引なサークルスペースの交換、そしてこのコンテスト。
なるほど、無名の新人サークルが売り上げ一位になれる訳だ。
何とかしてこの目論見を阻止しなければならないが、コンテストをぶち壊せば却ってこちらの心証が悪くなる。つまりは無謀でもメイヴを正攻法で破らねばならない。
果たして、そんなことが可能だろうか。
そう思った次の瞬間、カドックは壇上に上がったとある人物の姿を見つけて盛大に噴き出した。
「……番、アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ、十七歳。まだ誰のものでもありません」
「ぶっ!?」
壇上で盛大にアピールしているのは、自分のパートナーであるアナスタシアであった。
何故、彼女がコンテストになぞ参加しているのか。
訳も分からずパニックに陥ったカドックは思わずその場で地団駄を踏み、次に視力を強化してコンテスト会場の周囲を探る。
案の定という訳か、立香やマシュ、牛若丸の姿がそこにあった。佳境だから午前中はジャンヌ・オルタの手伝いをしていると言っていたのに、どうしてみんなこんなところで油を売っているのだろうか?
(いや、それは僕もか……)
人の事を言える立場ではないと思い、反省する。
とにかくここは深呼吸をして冷静になるべきだ。壇上で時間オーバーしてもまだパフォーマンスを止めず、それどころか持ち込んだラジカセで持ち歌を披露しているパートナーの姿なんて頭の隅に追いやらねばならない。
「あ、メイヴが苛立っていますね」
「あの手の手合いは自分より目立つ者が許せぬからな」
目立つにしても悪目立ちはないだろう、とカドックは顔を手で覆う。
前にグイグイと出過ぎて、観客が明らかに引いている。あれでは逆効果だ。
いや、それ以前に恥ずかしいからすぐにでも帰って来て欲しい。何なら令呪で命じてもいい。
「それは止めておきましょう、カドック。それよりもあちらを見てください」
穏やかな口調のまま、しかし真剣な面持ちで四郎が言う。
言われるがままに視線を海に向けると、青い海面を横切る何かが見えた。
それは波を掻き分け、ぐんぐんと砂浜を目指して泳いでいる。間違いない、あれは鮫だ。それもかなりの大型だ。
「こっちを目指しているのか?」
既に沖合にいた者達は鮫の存在に気づいて砂浜を目指している。
鮫の動きは速いが、あの距離ならば何とか逃げおおせるだろう。
そう思って安堵した瞬間、カドックは思わず言葉を失った。
浅瀬に近づいてきたことで、鮫の姿が少しずつ露になってきたのだが、海中から現れた頭は一つではなかったのだ。
最初、カドックは複数の鮫が群れをなしているのだと思ったが、よく見るとそれは違う事に気が付いた。
別々の個体だと思い込んでいた頭は全て同じ胴体から生えていたのだ。
そう、ワイキキビーチに現れたのはただの鮫ではなかったのだ。
「や、八つの頭? エイトヘッド・ジョーズだって!?」
「控えめに言ってヒュドラ種ですね。使い回しここに極まれりですか」
「何を言っているシロウ? あれは鮫だ。首が長いし尾びれも背びれもないし見た目はどう見ても蛇だが鮫なのだ」
「どっちでもいいだろ、そんなの!」
それは放射能による突然変異かそれとも神の気まぐれか。平和(?)なルルハワの海に現れたのは八つの頭を持つ多頭鮫、エイトヘッド・ジョーズであった。
首が八つならば凶暴さも八倍、食欲も八倍。しかも、信じられない事にこの多頭鮫は陸上にも適応しているのだ。
足もヒレもないというのに、八つの頭を器用に使って浅瀬を這いずり、砂浜に上陸しようとしている。
エラ呼吸は大丈夫なのかだとか、素直に足を生やす方向に進化しろという疑問やツッコミが脳裏を過ぎるが、馬鹿馬鹿しくも悍ましい光景に言葉が出ない。
ただ一つ言えることは、放っておくとビーチが多頭鮫のビュッフェ会場になってしまうということだけだ。
「くそっ、呑気にコンテストなんてやっている場合か! いくぞ、シロウ!」
「仕方がありませんね。バニヤンの宝具なら鮫には特攻なのですが……」
「片手間で良ければ手伝おう。あれは見るに堪えぬ」
四郎を伴い、カドックは砂浜へと駆け降りる。程なくして真っ昼間のワイキキビーチは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
この時、カドックは知る由もなかった。
この鮫は始まりに過ぎない。真の恐怖はこの後に訪れ、そして人知れず去っていったのだと。
ルルハワに迫る観測史上類を見ない巨大竜巻。数多の鮫を巻き込んだ鮫竜巻としか言いようのないそれを、ポール・バニヤンが自らの宝具である
□
そして、運命の日が訪れた。
例によって襲撃してきたフォーリナーハンターXXはカドック達の活躍で撃退に成功し、何とか時間通りに開催されたサバフェスは今回も以前と同じ賑わいを見せていた。
会場内ではあちこちのブースで創作物が販売され、外では思い思いのコスプレに扮した参加者が交流を深めている。
そんな中、ゲシュペンストケッツァーの面々は机の上に並べられたオフセット本を緊張した面持ちで見つめていた。
泣いても笑っても今日でこの七日間の是非が決まる。
無事に刷り上がったオフセット本はまだ誰の手にも取られておらず、第一号となる客が来るのを今か今かと待ち侘びていた。
「では、私とマシュで挨拶周り行ってきますね」
「店番はお願いします、みなさん」
そう言ってアナスタシアとマシュは会場の人混みへと消えていく。
それと入れ替わるようにして、ラフなTシャツ姿の大男がブースへと現れた。
「お、やっていますな」
こちらの様子を見てにやりと笑うのは、我らが船長エドワード・ティーチだ。
見たところ手ぶらのようだが、やはり今回もいの一番に駆け付けてくれたようだ。
「なに、マスターの晴れ舞台ですからな。では、一冊……」
「はいよ、まいどあり」
ティーチはロビンに紙幣を差し出すと、代わりに本を受け取って後に来る客の邪魔にならないよう、一歩横にずれる。
そして、本が傷まないよう優しく指先で摘まみながら、ページを捲っていった。
「ほー、動物パニック……いや、ホラーですか。規制も厳しい中、よくぞここまで描写できましたな。この手のものはやるべきところできちんと残酷な場面を入れないとチープになるでござるからな」
「まあ、その辺は気合入れて資料も集めたからな」
「カップルから死んでいき、最後に主役が残る。うんうん、お約束ですな。よく分かっていらっしゃる」
白い歯を剥き出しにしてティーチは笑い、もう一度だけ礼を言って去っていく。
続いてやって来たのはアンとメアリーの二人組であった。彼女達は本を手に取って少し中を覗くと、昔を懐かしむかのように微笑んで紙幣を差し出した。
「思い出しますわね、船で旅をしていた頃を」
「うん、小舟で島に向かう時に鮫に襲われたこともあったね」
「もちろん、きっちり仕留めてみせましたけれど」
嘘か真か、生前に生身で鮫と対峙し返り討ちにしたらしい。この二人なら有り得そうである。
「では、一冊頂きますわね」
笑って手を振りながら二人は去っていった。
次いでやって来たのはヘラクレスだ。大英雄は本を手に取ると、何やら闘争心を剥き出しにして一声吠えた。
どうやら漫画の中の鮫に敵愾心を抱いたらしい。他にもエイリークやアステリオスなどバーサーカー達は総じて敵役である鮫の活躍を見て闘志に火が付いてしまうようだ。
ただ、おかげで段ボールいっぱいに用意しておいた本は少しずつその数を減らしていった。
「少し、一息入れてくる」
流れが落ち着き出した頃合いを見計らい、カドックは席を立った。
といっても、目的は休憩ではない。売り子の最中に見知った顔を人混みの中に見つけたからだ。
「何をやっているんだ、茨木?」
物陰に隠れながらこちらの様子を伺っていたのは、あちこちで問題を起こしている茨木童子だった。
どういう訳か今日は大人しく、不服そうに顔を歪めている。これは寂しがっているのだろうか?
「ふん、どんな祭りか気になったから見に来ただけだ。ここには食える物もないし、吾はもう行く」
「待て、茨木。もう充分、遊んだだろ? そろそろ戻ってきたらどうだ?」
彼女が暴れ回っているのは、単に夏の陽気に当てられたからだ。だが、何日も一人で遊び続けていれば飽きも出てくる。事実、ここ最近は彼女が暴れる頻度も少なくなってきていた。
「……いいや、吾はまだ遊ぶぞ。お前達のまんがとやらに興味を持った訳ではないからな……!」
一方的に捲し立て、茨木童子は去っていった。
どうやら彼女の心を開くにはまだまだ時間がかかるようだ。
ただ、人混みに呑まれていく小さな背中は、何だかとても寂しそうに見えて仕方がなかった。
□
午後
サバフェスの終了と共に集計が取られ、売り上げ順位が発表される。
やはりというべきか、一位は女王メイヴのグラビア本。ゲシュペンストケッツァーは残念ながら参加賞だ。
「これでループは確定か」
残念そうにジャンヌ・オルタは肩を落とす。ここまでひたすらに漫画を描き続けてきたのだから、落ち込むのも無理はない。
だが、すぐに彼女は思い直して顔を上げた。過ぎた事を悔やんでも仕方がない。それよりも次に目を向けるべきだと。
何より、まだ解いていない謎は幾つもある。それを解き明かすまでは、こうして繰り返し本を描き続けるべきなのだと、ジャンヌ・オルタは不敵な笑みを浮かべてみせる。
そんな彼女とふと視線が重なり、カドックは自然と唇を釣り上げていてた。
自分でもどうしてそんなことをしたのか分からない。だが、カドックは確信めいた予感を持って、次の言葉を口にしていた。
「さあ、バカンスを続けよう」
その言葉が何を意味するものなのか、何故、始めようでもやり直そうでもなく続けようなのか。
それは口にしたカドック自身ですら分からなかった。
□
『Fate/sharknight』
鮫聖杯顕現。
聖杯戦争を目前に控えたある日、参加者である魔術師が何者かに殺されてしまう。
調査を行ったバゼットはそれが鮫聖杯によって呼び出された鮫英霊の仕業であることを突き止めるが、彼女の忠告を無視して御三家は聖杯戦争を続行。
逆に鮫英霊に令呪一画の懸賞を付け、マスター達を動かそうとする。
しかし、鮫英霊による被害は続出し、最早ガス会社の事故程度では隠蔽できぬほどの事態にまで発展してしまう。
このまま鮫英霊が勝者になれば、地球は鮫の惑星と化してしまう。果たして聖杯戦争の行方はどうなってしまうのか――。
陸地も空もお構いなしに襲来する鮫英霊とサーヴァント達の戦いを描いたパニックホラー。
イチャイチャしたカップルは死に、そうでない者も死ぬ残酷な捕食シーンは一見の価値あり。モーガンは死に黒人のコックは生き残る。
尚、鮫英霊のクラスは当然ながらシャーク、真名はメガロドンである。
さすがに皇女様にバーレスク風ダンスを踊らせる訳にはいかない。