星詠みの皇女外伝 Edge of Tomorrow   作:ていえむ

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五日目その1 蝶々の羽ばたき

「バーベ!」

 

「Q!」

 

晴天のビーチで聖女と魔女が唱和する。

時刻は昼時、太陽が丁度南天に差し掛かった頃合いだ。

いったい誰が言い出しっぺなのかは分からないが、この日、カドック達は他の英霊達と共にバーベキューを開いていた。

砂浜に広げられたのはレンタル業者から引っ張ってきた大きなコンロと網。炭火で焙られた串刺しの肉は熱い肉汁を滴らせており、香ばしい香りが周囲に漂う。

待ちきれない何人かは既にコンロの前に列を作っており、それをエミヤが抜け駆けせぬよう必死に制しながら肉を焼いていた。

 

「はーい、焼き上がったのはこっちに並べるから、お肉どんどん持ってってねー」

 

エミヤから受けっとった串をテーブルに並べながら、ブーディカは叫ぶ。

すると、忽ちの内に野獣と化したサーヴァント達が群がり、並べられた串はものの数秒で平らげられてしまった。

一瞬、焦りを見せるエミヤではあったが、その惨状を挑戦と受け取ったのか、すぐにやる気を出して肉を焼く作業へと戻る。

今度は先ほどよりも多くの肉を用意し、しかも生焼けなど出さずにきちんと炭火で炙って皿へと並べていった。これには飢えた野獣達も大満足。百戦錬磨のエプロンボーイは伊達ではないのだ。本当に、どうして彼のような主夫が英霊となったのか今でも不思議でならなかった。

 

「こら、私の分の肉よ、それ!」

 

「あら、なら差し上げましょうか? はい、あーん」

 

「誰がするか、そんなこと!」

 

わざとなのか天然なのか分からないジャンヌにからかわれ、ジャンヌ・オルタがいつものように声を張り上げる。

どことなく微笑ましい姉妹喧嘩の様子はアナスタシアが一部始終をカメラに収めており、それに気づいたジャンヌ・オルタが今度は皇女に矛先を向けるも、そちらに辿り着く前に砂地に足を取られて盛大にすっころんでしまう。

無論、事故ではなくアナスタシアのシュヴィブジックによる悪戯だ。思惑通りに引っかかった姿を見て笑みを零したアナスタシアは、顔面を砂塗れにして恥辱に震える竜の魔女の姿をフレームに収めようと続けてシャッターを切る。

怒り心頭の魔女は今度こそ皇女を捕まえんと跳ね起きるが、残念ながら後は同じことの繰り返しであった。

 

「二人とも、その辺にしておいて食べようよー」

 

「お肉が固くなってしまいますよー」

 

立香とマシュが追いかけっこを続ける二人を嗜めようと追いかけていく。

その様子を少し離れていたところから見守っていたカドックは、クーラーボックスから出したばかりの炭酸飲料に口をつけ、半ばほど飲み干したところで一息を吐く。

楽しそうで何よりだと、苦笑する。

過去を引きずらずにはしゃぐアナスタシア、穏やかな日常を過ごす立香とマシュ。

こんな光景をずっと前から見てみたかった。未だ繰り返しの七日間から脱出する事は敵わず、XXの脅威にも晒されたままだが、一時でもこうして友人達が平和な時を過ごせることがとても嬉しかった。

そして、だからこそ以前にも抱いた疑問を再び己に問いかける。

この騒々しくも楽しい七日間を本当に終わらせても良いのかと。

ここにいれば、彼らは毎日を楽しく過ごすことができる。

XXとの戦いは自分が請け負えばいい。そうすれば彼らはずっと笑顔のままだ。

最近は、ここで奪われた青春を取り戻せるまで夏を繰り返すのもいいと、らしくもない事を考えるようになってしまった。

 

「――違うな、それは彼らを思ってのことではない」

 

こちらの考えを見透かしていたかのように、その男は鋭利な言葉を投げかけてきた。

振り返ると、ビーチに植えられた木の陰に暗い気を纏った青年がもたれかかっていた。

黒い水着と同じ色の帽子。傷だらけの上半身には同じく黒い上着を肩に引っかけており、所々に巻かれた包帯は全身の傷もあって見ていて痛々しい。

南国にはとても似つかわしくない、陰気に包まれたその男の名はエドモン・ダンテス。巌窟王エドモン・ダンテスであった。

 

「巌窟王か。珍しいな、昼間っから出歩いているなんて」

 

「ふん。闇の住人(immortal)を気取るつもりはないが、お前は色々と多忙のようだからな。手間を取らせぬよう、こうして市井に紛れて会いに来たという訳だ」

 

「…………」

 

至極、真面目な物言いの巌窟王に対して、カドックは思わず言葉を失った。

ひょっとして新手の冗談なのかとも思ったが、巌窟王はそのようなことを口にする人物ではない。

どうやらこの格好が本気で南国に溶け込めていると思っているようだ。

折角、涼しい格好に着替えているのに厚い上着を羽織ったままでは、結局のところ周囲から浮いていることに気づいていないのだろうか。

それとも彼なりのお洒落なつもりなのだろうか。いや、確かに格好いいが。

 

「どうした?」

 

「いや……」

 

何でもないと首を振る。

人の好みに不用意に踏み込むのはよくない。

だいたい、それを言うなら自分もださめなロゴ入りシャツである。

 

「それで、何の用なんだ?」

 

「情報の交換だ。マスター、ここまでの周回で脱出の目途は立ったか?」

 

その言葉を聞いて、カドックは表情を引き締める。

巌窟王はルルハワの七日間が繰り返されていることに気づいている。

それを知っているのは自分達とBB、そして好き勝手に暴れている茨木童子だけのはずだ。

最初に空港に降り立った面々だけがBBの能力の影響下にあるのだろうと思っていたが、まさか彼もBBと関りがあるのだろうか?

そう思って聞き返してみたが、巌窟王は静かに首を振った。自分はBBと無関係であると。

 

「不思議と、繰り返す世界というものに、俺は耐性があったらしい……個人、というよりはクラスとして保有しているスキルかもしれんがな」

 

「お前もか……」

 

ふと二度目の七日間が始まった時のBBとのやり取りを思い出す。

あの時、彼女はこちらの記憶を持ち越させないつもりだったようだが、どういう因果か自分は以前の記憶を有したまま初日に戻ることができた。

詳しくは追求していないので、結局どうして他のみんなと同じように記憶を持ち越せたのかは分からず仕舞いだが、その偶然がなければずっとBBの手の平の上で踊らされていたであろうと思うとゾッとする。

 

「何、そんな事が…………そうか……なるほどな……」

 

「何を一人で納得しているんだ?」

 

「いや、こちらのことだ。それよりもマスター、このループがBBの仕業ならば、彼女は何を企んでいる?」

 

「ああ、実は……」

 

カドックは手短に、女神ペレや聖杯の降臨に関する経緯を説明する。

加えて現在のゲシュペンストケッツァーの現状。打倒メイヴの為の目下の悩みである、葛飾北斎の救出に難儀している事も付け加えた。

すると、こちらの説明を聞き終えた巌窟王は、猛禽類のように凶悪な笑みを浮かべて身を捩らせた。

 

「フッ、引っかけだ。あの女が、そんな理由で世界を廻すものか」

 

「やっぱりか?」

 

傷ついた女神ペレを蘇らせる為に聖杯を降ろす。賞賛に値する行為ではあるが、それを目論んでいるのがBBという一点においてどうしても信用がならないところがある。

彼女は人類史に名を刻まれた英霊ではなく電脳世界の住人――AIであり、根本にあるのは人類への奉仕の精神だ。

だが、その精神構造はとても人間の物差しでは推し量ることができない。加えて彼女は嘘は口にしないが本当の事は言わない。

そんな彼女が素直に女神ペレを思って行動するなど、どうしても素直に信じる事ができない。

何か裏があると思っても、まず間違いない。

 

「そう思っていながら、ここまで世界を廻し続けたのはお前だろう?」

 

「言ってくれるな。なら、次から手を貸してくれても良いんじゃないか?」

 

メイヴの壁サークル進出を止める為には、何としてでも葛飾北斎をXXの魔の手から救わねばならない。

だが、彼女がXXに襲われるのは初日のループが始まった直後の事だ。スタート地点である空港からストリートにいる北斎のもとに駆け付けるまで、どうしても時間がかかる。

ここまでの周回で何度も北斎の救出を試みたが、どうしても時間が足らず北斎の襲撃に間に合わないのだ。

だが、巌窟王の宝具ならば時間や空間の概念を無視することができる。それならば北斎を救い出すことができるのではないだろうか。

 

「いや、俺が表立って動けばBBは目を付けるだろう。あの女は盲目だが耄碌してはいない。自分が課した法則(ルール)を逸脱した者に容赦はしないはずだ。BBと相対するには盲点を突くしかない」

 

公正を謳いながら堂々と違反(チート)を犯すのがBBというAIだ。

自分は良くても他人がズルをするのは許せない。そんな彼女が今のルルハワの支配者であるのなら、下手に動けば警戒される恐れがあると巌窟王は言う。

だが、逆に言えば彼女の思惑通りに動いている内は、向こうもおいそれと手を出す事はないということだ。

 

「故にマスター、与えられた駒を活用しろ。遺憾ながら此度の俺は彼女が用意した舞台の役者でしかない。先達がいる以上、俺は傍観者でいるしかないようだ」

 

「待て、巌窟王。言っている意味が分からない」

 

「他に頼れる者を探せと言っている。俺のような輪廻に巻き込まれた者でなく、己が意思で繰り返しを望む者を。先へ進むにはそれしかなかろう」

 

そうは言っても、この繰り返しに関する記憶は限られた者にしか残らない。BBからは禁じられているが、仮に繰り返しのことを周囲に明かしたとしても次の周回では忘れ去られてしまうため、結局は自分達だけで北斎の救出を行わねばならないのだ。

彼が言うような協力者をこれから先、果たして得る事ができるだろうか?

 

「案ずるな。いよいよとなれば虎も眠りから覚めよう。とにかく今は描き続けるがいい。盤面を引っくり返すのは、いつだって大一番と決まっている」

 

自分の言いたい事だけを言い捨てて、巌窟王はその場を立ち去ろうとする。

彼なりの助言なのだろうが、その物言いは抽象的で要領を得ない。少なくとも彼にはこのループの構造――BBの企みがある程度は推察ができているようだ。

先ほどの助言にならない助言は、それを踏まえてのものなのだろう。

 

「健闘を祈っている、マスター……我が共犯者の輩たる者よ。その友情が偽らざるものである限り、俺はお前の行く末を見届けよう」

 

「待て! 最初に言った事、あれはどういう意味なんだ?」

 

夏を憩う立香達の事を思うのは誤りであると、巌窟王は最初に告げた。あれはいったい、どういう意味なのだろうか。

すると、巌窟王はさっきよりも鋭く口角を釣り上げる。先ほどまでのそれが猛禽類だとすれば、今の彼は正に悪魔の如き風貌だ。

 

「このルルハワはBBが用意した遊戯盤だ。だが、それは何のために用意されたものだ? これは果たして――誰が楽しむ為の遊戯だろうな?」

 

溶けるように巌窟王は消えていく。

後に残されたのは背筋を走る悪寒と、砂浜の喧騒のみ。

まるで幽霊かなにかと話をしていたかのような気分だった。

こちらを試すかのような巌窟王の言葉が何度も頭の中で繰り返され、答えが出ぬままジリジリと太陽に焦がされていく。

どれくらいそうしていただろうか。こちらの様子に気づいたのか、浜辺でマシュとじゃれ合っていたアナスタシアが近づいてきた。

 

「何か考え事?」

 

「あ? ああ……少し、ね……」

 

「そう……」

 

彼女はそれ以上は聞いてはこなかった。

聞かずとも悩んでいるのは分かるし、こちらが告げないのならば聞くまでもないことだと言わんばかりに、アナスタシアは何も言わずにこちらに寄り添ってくる。

先ほどの巌窟王との語らいで少しばかり気疲れしていたのもあったのだろう。今は彼女の優しさがとても身に染みた。

夏の陽気に当てられていても、やはりアナスタシアはアナスタシアだ。共にグランドオーダーを駆け抜けた最愛のパートナー。

彼女が側にいてくれれば、今度もきっとうまくいく。不思議とそんな気がしてきた。

 

「あら? カドック、あれ……」

 

「茨木?」

 

アナスタシアが指差した方向に目を向けると、水着姿の茨木童子が物欲しそうにバーベキューの肉を見つめていた。

香ばしい香りに鼻を引くつかせ、焼かれた串が更に並べられる度に目線がそれを追いかける。

最早、睨んでいると言ってもいいほど目つきは鋭く、口の端にはうっすらと唾液が滲み始めている。

 

「む、主殿、どう致しますか?」

 

同じく茨木童子の存在に気が付いた牛若丸が聞いてくる。命令を貰えればすぐにでも追い返すと、暗に匂わせていた。

だが、カドックはそれを制すると、適当に空いていた皿と焼けた肉を持って茨木童子のもとへと近づいた。

小柄な彼女はこちらが持つ皿をジッと見上げており、鯉かなにかのように口をあんぐりと開けている姿は些か滑稽にも見えた。

 

「欲しいのか?」

 

「……ふっ、何を言い出すかと思えば。肉など生前食って食って食いまくったわ。筋張って固くて生臭いだけのシロモノだった。うむ。所詮はその程度の味、菓子の美味には程遠い!」

 

だろうな、とカドックは内心でため息を吐いた。

東洋の鬼の社会基盤がどういったものかは知らないが、少なくとも人類のように野畑を耕していた訳ではないだろう。

牛や馬、或いは人を彼女は生前に何度も口にしたはずだ。だが、それはきっと生食や雑に火を通しただけのもののはず。

一方でエミヤが焼いたこの肉はきちんと下処理をした食用部位だ。中までしっかりと火が通っているし、胡椒で味もつけられている。

事実、半ば無理やりに放り込まれた肉を咀嚼した茨木童子は、見る見るうちに表情を蕩けさせていった。

 

「うむ……ここのところ菓子ばかりだったから、この辛味は新鮮だ、うむ」

 

「それでよく胸焼けを起こさないな」

 

「ククク……吾をそこら辺の軟弱な輩と同じにするでない」

 

「何を威張っているんだ。虫歯になったらどうする? ほら、野菜も食え。ほら! ほら!」

 

「にゃんと! こら、その緑の苦いものを突き付けるでない! やーめーろー! やーめーろー!」

 

調子に乗って新たな肉に手を伸ばした茨木童子の手の甲を叩き、今度は焼けたピーマンを強引に口へと放り込む。

当然ながら抵抗されたが、すぐにアナスタシアがアシストしてくれたので、茨木童子はこちらのされるがままに肉や野菜を頬張ることしかできない。

 

「む、これは甘いな……むぅ、辛い……にがっ、水! 水!」

 

「はいはーい」

 

野菜の苦味で顔を顰めた茨木童子は、アナスタシアから手渡されたコップの水を一気に飲み干すと、大きく息を吐いてこちらを見上げてきた。

 

「汝、あまり吾を童扱いするな! こんなもの一人で食えるわ! ゴホッゴホッ!」」

 

「リスかお前は。そんなに頬張るからだ」

 

「きいぃぃっ!」

 

喉を詰まらせながら吠える茨木童子ではあったが、自業自得なので周りに当たり散らすこともできずに地団駄を踏むしかなかった。

 

「落ち着いたらこっちに来い。ブーディカがマシュマロを焼くそうだ」

 

「なに? あれを焼くのか? 美味いのか? いや、そもそも居て良いのか? 吾、今は汝らの敵であろう?」

 

「ほう、鬼の頭領ともあろう者が宴席の誘いを蹴るっていうのか?」

 

「……そうか。ふん、それは吾にここの肉を食い尽くせと言っているのと同義よ、マスター」

 

こちらの誘いに乗り、意気揚々と茨木童子はバーベキューの輪に入っていく。

基本的に彼女は鬼らしく気紛れで傲慢だが、根が素直で真面目な分、頭領としての面子にも拘っている。

上に立つ者として誘いを受けたからには威厳を見せねばならないと、今日までの遺恨をとりあえずは収めてくれたのだ。

断じて食欲の誘惑に負けたわけではない、と思いたい。

 

「むぅ、それは余が狙っていた肉だぞぉ!」

 

「ククク、早い者勝ちよ。欲しくば力尽くで奪うがいい」

 

そして、早速他の者と揉め始める鬼の頭領であった。

最早、何も言うまいとカドックは嘆息し、神妙な面持ちで二人の仲裁に入る。

結局、その後も茨木童子が起こす騒動の火消しに回る羽目となり、カドックはほとんど肉を食べる事ができなかった。

 

「……のう、マスター」

 

おやつ時も過ぎ、並べたコンロやパラソルを片付け始めていたカドックは、不意に茨木童子に話しかけられた。

たらふく肉やマシュマロを平らげた事もあってか、今の彼女はご満悦だった。

どれくらい満足しているのかというと、少し前まで牛若丸と競泳に興じる程には気分がいいらしい。いつもの彼女なら考えられないことである。

 

「何、この霊基の時は些か陽気でな。だが、まあそれは吾の事ゆえ気にするな。それよりもマスター……汝、いつも難しい顔をしているが夏を楽しんでいるか?」

 

「何を言っているんだ?」

 

「いや、吾も些か騒ぎ過ぎたと反省しているが、それは鬼らしく好きに振る舞ったからだ。ならば汝も人らしく吾を放逐したところで何の咎もあるまい。なのに汝は童を相手にするかのように世話など焼きおって……」

 

「それは……お前が問題ばっかり起こすからだろう」

 

「むう、反論できぬ。だが、他にもあるだろう。フォーリナーやサバフェスの事……汝、色々と抱え込み過ぎて楽しめていないであろう? 宴は煩わしいことを忘れて楽しむものだぞ、マスター」

 

それは確かにその通りなのだが、そうはうまくいかないのが人の世の常というものだ。

確かにこの七日間は騒々しくも楽しいものだが、自分達にはフォーリナーの討伐や女神ペレの救出という目的がある。

それを無視してまで夏を楽しむことはどうしてもできないのだ。例えこの夏が何度も繰り返すことを知っていても、それだけはできなかった。

それをすればきっと慚愧が胸を締め付けると分かっているからだ。

 

「分からぬ。そして、吾はそういう輩は気に食わぬ。宴は楽しむものだ……人であろうと、鬼であろうとな」

 

久しく見ていなかった真剣な面持ちで、茨木童子は締めくくる。

それがその日、茨木童子と交わした最後の言葉であった。

 

 

 

 

 

 

そして、時計の針は初日に戻る。

今回も売り上げ一位を成し得なかったカドック達は、初日に戻るや否や空港を後にして北斎の救出に向かっていた。

頭上には雲を裂いて飛来する一筋の光。まるで流れ星のようにフォーリナーハンターXXは光を纏って青空を疾駆し、必死で道路を駆ける自分達の頭上を追い越してストリートへと降りていった。

今回も間に合わなかった。

ティーチを無視して全力で走り出しても、足の速い牛若丸を先行させても、途中で何らかの乗り物を調達しても、あの光の速さで飛び回るXXに追いつくことはできない。

カドックは悔しさで歯噛みする。

きっとこの角を曲がって目にする光景は、前回と同じく消えゆく北斎の姿であるはずだ。

XXは目的の一つであるフォーリナーの討伐を成し遂げ、悠々と空へと飛び立つのだ。

そう思うとむかっ腹が立った。せめて、一矢でも報いねば北斎に申し訳が立たない。

怒りと自責の念が両足に力を入れ、より強い力で地面を蹴る。

すると、角の向こうから何かがぶつかり合う音が聞こえてきた。

北斎が戦っているのかと思い、すぐに否定する。

これまでのループで葛飾北斎はXXに手も足も出ずに敗北していた。だからこそ、自分達こうして彼女を救い出さんと走っているのだ。

では、いったい誰が戦っているのだろうか?

疑問を胸に抱いたまま、カドックは勢いよく角を曲がる。

そして、互いの得物を振るいながらぶつかり合う、鬼と機人の姿を垣間見た。

 

「クッ……コレマデノ 周回デハ ナカッタ事 デス」

 

「ククク……その程度か木偶人形? それではちっとも楽しめぬなぁ」

 

肉食獣の如き笑みを浮かべながら、槍を構えた茨木童子が言った。

その後ろでは、訳が分からずにおろおろと驚いている葛飾北斎の姿があった。

茨木童子がフォーリナーから彼女を守ったのだ。

 

「茨木!?」

 

「マスター、宴を楽しまねば損だ。故に汝が心から楽しめるよう手本を見せよう。さあ、酔狂の極み!」

 

槍を構えた茨木童子が敢然とXXに立ち向かう。

それは蝶の羽ばたきが起こした嵐の一端。

繰り返しの七日間に訪れた些細な変化が何をもたらすのか、この時点ではまだ誰も知らなかった。




XX「アナタの作戦目的とIDは?」
茨木「酔狂、茨木童子」

という訳で今回はシリアス気味にいきました。
巌窟王の出番はこれで終わりです。思わせぶりな事言うだけ言って行ってしまったよこの彼氏面。

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