星詠みの皇女外伝 Edge of Tomorrow 作:ていえむ
時刻は太陽が西に傾き始めた頃合いだろうか。
普段はサークル仲間でごった返すスイートルームは、今は閑散としていてとても静かであった。
聞こえてくるのは冷房が噴き出す音と、ジャンヌ・オルタが走らせるペンタブが擦れる音。いつも騒々しい茨木童子も、今は大人しくベッドに横たわりながらアナスタシアとガイドブックを読んでいた。
他の面々は出払っている。XXの襲来やティーチからホテルを譲ってもらうなどの定例行事をこなしたゲシュペンストケッツァーの面々は、午後からは二手に分かれて行動することとなったのだ。
一方は兼ねてより申し込みを考えていたココヘッド射撃場での実銃射撃体験。そして、もう一方は突然、ネタが降りてきたとやる気になったジャンヌ・オルタを手伝うための居残り組だ。
銃嫌いのアナスタシアは居残り組を希望した為、当然の事ながらマスターであるカドックも残留。茨木童子も銃には興味がないということで、朝からずっとこの調子であった。
カドックはソファに腰かけて礼装の手入れをしながら、たまに話しかけてくるジャンヌ・オルタの相手をして一日を過ごしていた。
さすがに何度も繰り返していれば慣れたもので、最初の内はネームを起こすだけでも一苦労だったものが、今では余裕を持って入稿できるまでになっていた。
それだけ彼女の情熱が凄まじいという事であり、その上達ぶりにはただただ舌を巻くばかりである。
とはいえ、それでも未だサバフェスの上位勢には及ばない。前回も良いところまでいったのだが、優勝争いとは程遠いところであった。
「……どう?」
「……アイディアは悪くない、か? ああ、その流れだとうまく纏められそうだ」
「でしょ。今回のストーリーはこれでいくわ。けど、もうちょっとどうにかできそうなんだけど……」
少しばかり不満そうに、ジャンヌ・オルタは締めくくった。
彼女としても手応えは感じてきている頃合いだ。なので、自分が考えた作品がどの辺りまで食い込めるのかという事をある程度、客観的に見れるようになってきたのであろう。
本人としては更なるブラッシュアップを考えているようだが、生憎と今はこれ以上のネタは出てこない。後は描きながら可能な範囲で修正していくしかないだろう。
それに、彼女はまだまだ不満かもしれないが、先ほどまで語って聞かせてくれたあらすじは中々に引き込まれるものがあった。
「面白いとは思う。このジャンルにはまだ手を付けていなかったし、新鮮なものが作れるんじゃないか?」
「そうね……よし、この漫画で何度目かの鮮烈なサークルデビューを飾ってやるわ! そしてあの女の写真集に、何よりあの漫画に勝ってみせる!」
不敵な笑みを浮かべ、ジャンヌ・オルタは意気込んでみせる。
ふと、彼女の言葉が気になったカドックは、彼女が机に向かい直す前に呼び止めた。
以前から気になってはいたのだが、彼女はどうしてここまでサバフェスに拘るのだろうか。
度々、何かへの敵愾心というか反骨心めいたものを口にしていたが、それはいったい何なのか気になったのだ。
「ん――そうね、あんたになら良いか」
そう言って、ジャンヌ・オルタは手に取ったばかりのペンタブを机に置くと、足元の鞄から一冊の漫画を取り出した。
一般流通しているものではなく、サバフェスなどで出回っている同人誌のようだ。
表紙に描かれているのは、かなり抽象的だが女の子と動物の類であろうか?
「この漫画より、上のものを描きたいだけよ」
手に取ったそれは何故だかずっしりとした重みが感じられ、ページには何度も読み返されたのであろう跡がハッキリと残されたいた。
恐らくは、暇を見つけては読み返していたのだろう。例えば一足先に食事を終えて一人になる度に、夜にみんなが寝静まった後に、何らかの理由を見つけては最後の一ページに至るまで丹念に読み込んできたのであろう。
そうやって彼女は情熱を維持し続けてきた。この本だけに負けてはなるものかと、いつぞやの贋作事件の時のように。
果たして、彼女がここまで入れ込むこの漫画はどのようなものなのか。何気なくページを捲ったカドックは、その圧倒的な書き込みに思わず息を飲んだ。
「…………っ!?」
門外漢である自分でも分かる、確かな力がそこにはあった。
画力はかなりのものだが、これは上手いだとか下手だとかの次元を超えている。
洪水を真正面から受け止めているかのような気持ちだった。
ただただ良い作品を作ってやるという気概、熱意、焦燥、衝動めいたものさえ感じられた。
いつだったかアンデルセンは、本は作家自身の魂の切り売りであると言っていたが、ならばこの漫画の作者はどんな魂の持ち主だというのだろうか。
彼なのか彼女なのかは知らないが、この漫画の作者は世界はかくも残酷で、儚くて、それでいながら水晶のような美しさを見い出しているとしか思えない。
正にありのまま、受け取ったままの感情を克明に描き込んでいる。
作者はきっと余程の聖人か愚者に違いない。
「これを、超えたいのか」
自分でも驚くくらい乾いた呟きだった。
出来る訳がない、という気持ちがまずあった。これは才能だとか技術だとか、そんな生易しいもので比べられるものではない。積み上げられた情熱が違う。気持ちの重さが違う。ただの物好きが掲げていい目標ではない。
しかし、届かぬものに手を伸ばし続けるという思いを知らぬカドックではなかった。見据えた先へ至りたい、超えるべき壁を超えたい、ただ勝ちたい。そのためにがむしゃらに努力を重ねことの困難を、自分は誰よりも知っているではないか。
その先は地獄であることを知っている。
その先に栄光などないことを知っている。
折り合いを付けれねば、いつかは摩耗していくことを自分は知っている。
けれど、手を伸ばす事は間違いではない。その気持ちは誤りではない。進むことに貴賤はない。
ならば、答えは決まっていた。
「わかった、気が済むまでやるといい」
彼女が燃え尽きるその時まで、手助けをしようとカドックは心に決めた。
「なによ、応援するならもっと素直にしなさいよ」
斜に構えたこちらの態度が気に入らなかったのか、ジャンヌ・オルタは不満を漏らす。
「そうか? 応援歌でも歌ってやろうか? ロックの
「はあ? あんたもたまに変なことを言うわね。カルデアの時と何だか性格が違うわよ」
「言わせておいてあげて。自分がロックスターになる夢を見たみたいなの」
こちらのやり取りが聞こえていたのか、ベッドの方からアナスタシアがフォローにならない助けを寄越す。どことなく声音が辛辣で、彼女が自分に呆れていることは聞くまでもなかった。
放っておけ、とカドックは心の中で悪態を吐いた。どうせこっちでは叶わないのだ、夢くらい見たっていいじゃないか。
「まあ、いいわ。何だか変な感じになっちゃったし、気分転換でもしましょうか」
「お、出かけるのか? 何を食う? 氷菓子か? マカロンか?」
「あんたはそればっかりね」
いいかげん、ガイドブックと睨めっこするのにも飽きてきたのか、茨木童子が目を輝かせながらこちらを見やる。
だが、時計を見るとティータイムにはやや遅く、夕食には早いという時間であった。茨木童子には悪いが、こんな時間に腹を膨らませては夕食が食べられなくなる。
ジャンヌ・オルタとしてもそういった気分ではなかったのか、茨木童子のリクエストには応えずにしばしの間、瞼を閉じてルルハワの観光名所を思い返していた。
「そうね、自然が見たいわ。マウナケア火山に行ってみない? あそこの天文台はまだ、行ったことがなかったし」
「マウナケアか……」
元々はハワイ島にあった火山だが、今は島が合体しているので地続きで向かうことができる。
ただ、今から出向いていては夕食の時間までに戻れるかは微妙なところだ。
どうにかならないものだろうかと考えたカドックは、ふといつぞやの夜の出来事を思い出して背筋を震わせた。
「なに? どうかした?」
「あ、いや……」
歯切れの悪い返答をしてしまう。
確かにあれならば距離や渋滞なんてあってないようなものだ。以前の周回でも何度か出くわすことがあったので、普段はどの辺にいるのかも分かる。
だが、あの恐ろしさを身をもって味わったが為に踏ん切りがつかなかった。
「何よ、アイディアがあるなら言いなさい。もうそんな気分になっちゃったから、代案は受け付けないわよ」
「そうか? 分かった……ただ、文句は言うなよ」
前置きを置いて、カドックは支度をするように促した。
数分後、ルルハワの市内を白塗りのタクシーが爆走したのは言うまでもないことであった。
□
「……おっと、行き止まりか。お客さん、ここまででさ」
急ブレーキの勢いで前に体が飛び出し、シートベルトで思いっきり胸を圧迫される。
胃の底から込み上げてくる激流を必死で堪え、カドックは運転手に紙幣を握らせてタクシーの扉を開いた。
新鮮な空気が肺に流れ込み、憔悴している脳にも僅かではあるが活力が戻ってきた。
「……帰りも使うから、待っていてくれ」
「あいよ」
全員が降りるのを待って、タクシーは来た道を戻れるように方向転換を行う。
見回すと、アナスタシア以外の二人はどちらも顔を真っ青に染めており、この世の終わりのような表情を浮かべていた。
あの変態的なドリフトを味わって、吐かなかったことは褒めていいかもしれない。
「な、なによあれ……竜の背中の方がまだマシよ……」
「吾、もうダメ……菓子はよい、水をくれ……」
ぐったりと座り込む茨木童子を見かねて、アナスタシアは持参したペットボトルの飲料を差し出した。
あまり冷えてはいないが、飲めば少しは気分もマシになるだろう。
カドックもそれに倣おうと茨木童子が飲み終わったペットボトルを譲り受け、半分ほど残っていた中身を一気に飲み干した。
「あっ……」
「ん?」
「いや、何でもない……」
指先を弄びながら、茨木童子はこちらから視線を逸らした。
体調でも優れないのか、息が上がっていて頬も赤くなっていた。人外の身でもあの暴走タクシーはきつかったのかもしれない。
マウナケアは標高四千メートルを超えるので、高山病の危険も十分に考えられる。
「大丈夫だ。鬼の頭領が簡単に沈むか!」
「そうか?」
半ば食い気味に訴える茨木童子の態度を訝し気ながら、念のため魔術で解析してみたが、確かに異常は見られなかった。少し鼓動が早いくらいである。
「もし食えるなら食べてろ。気分もマシになるだろう」
ポケットから飴玉を取り出して茨木童子に手渡し、カドックは現在地を確認するために地図を取り出した。
ここはマウナケアではあるが山頂にはまだほど遠い。休憩施設も兼ねたオニヅカ・ビジターセンターを少し超えたところである。
ちなみに、たった今気づいたことだが、マウナケアに登頂する場合はビジターセンターで最低でも30分は休憩を取って高山に体を慣らすことが推奨されていた。
行き止まりがなければ危なかったかもしれない。
「それは悪かったわね。まあ、中腹とはいえここもマウナケア山であることは違いないし、今日はここで是としましょう」
そう言って、ジャンヌ・オルタは新鮮な高山の空気を目一杯吸い込んだ。
ふと見上げた空はどこまでも高く、もっと早い時間ならば海原よりも青く染まっていたであろう。代わりに今は水平線に沈んでいく夕日で黄昏色に染まっており、見る者に哀愁を誘う。
「不思議ね。ハワイはロシアよりも南国なのに、ここは麓とは雰囲気がまるで違うわ」
どこか感慨深げに、アナスタシアは呟いた。
緑がない訳ではないが、繁っているのは小さな木や芝ばかりで大木は一つも見当たらない。南国というイメージからは程遠い荒涼とした雰囲気であった。
それもそのはず。マウナケア山は休火山であり、地面は溶岩で覆われているので草花が育ちにくい。また雪の女神ポリアフの棲み処ということもあり、山頂までいけば一メートルくらいの積雪も珍しくなく、冬にはスキーを楽しむ者もいるらしい。
「そう、どうりで落ち着くはずね。ここの霊脈は私と波長が合うみたい。ねえ、ポリアフというのはどんな神様なのかしら?」
「ポリアフはペレとは敵対する関係にあって、何度か勝負をするのだけれど、ペレが勝てたことは一度もないそうよ。例えば二人がソリで勝負をした時、ペレが溶岩で妨害してもポリアフは雪で押し返したの。ハワイ南部の溶岩地帯はそうしてできたとも言われているわ。白いマントの女神ポリアフと黒いマントの女神ペレ。いつしか二柱はハワイを南北に分けて支配するようになったの」
アナスタシアの問いに、どこから仕入れてきたのかジャンヌ・オルタがすらすらと答えて見せる。そういえばカルデアからハワイに着くまで一心不乱にガイドブックを読み込んでいたが、その時にこういった情報まで仕入れていたのだろうか。漫画の一件もそうだが、良くも悪くも彼女は何かに情熱を向けると止まらなくなってしまうようだ。
「何よ、悪い? あ、あんた自分の役目を取られて悔しいのね?」
「ふん、知識をひけらかして悦に入る程、落ちぶれちゃいないさ」
「言うわね根暗。マスターだからって焼かれないとは思わないことね」
「ペレの二の舞にならないようにしろよ、オルタ」
「はいはい、二人とも喧嘩しないの、もう」
睨み合ったまま火花を散らす二人を見かねて、アナスタシアが割って入る。
「ポリアフがどんな女神様なのかは分かりました。それと敵対しているのが、BBに協力しているペレなのね」
「協力……というか半ば取り込まれている感じみたいだけど。とはいえペレがそこまで弱体化するというのは相当だ」
独自の神話体系と宗教を維持していたハワイ諸島も、聖堂教会の宣教によって十九世紀半ばには大半の伝統が廃れていった。
元々、厳しい戒律がまかり通っていたこともあって聖堂教会や他宗教への改宗は歓迎されたのだが、ペレ信仰だけはキラウエア火山の存在感の大きさもあり、失われることはなかった。
つまり、ペレはそれだけ強力な神格なのである。サバフェスの浮かれた雰囲気に紛らわされているが、そのペレがBBと合一しなければならぬほど弱ってしまったということは、かなりの一大事なのである。
「そういえば、ペレはイシュタル神みたいな女神様って言っていましたね。そんな方が弱っていたとはいえ、あのBBに力を譲るかしら?」
「確かに……けど、共通点がないこともないんだ。黒いマントもそうだが、何より異性の好みがね」
神話では、ペレはオアフ島の半神半人の神カマプアアに一目惚れしたらしい。
だが、いざ会ってみればカマプアアは美男子ではあったが同時に獰猛な豚の神としての側面も有していた。
或いは最初から豚の神であることを見抜き、嫌がらせを行ったが平然としているので一目置いたとも言われている。
ともかく二人は夫婦となったのだが、やはりそこは苛烈な火山の化身と半豚の神。事ある毎に対立し、ハワイ全土を巻き込んだ喧嘩をしていたらしい。
人によってはこれを噴火と農耕の関係に当てはめる者もいる。
「豚を伴侶にした神格と、好きな人を豚にしたくなるBB……おかしなところで接点があるものね」
「吾からすれば、どうでもよいことだがな。愛、怖いし」
幾分、調子を取り戻した茨木童子が、暇そうに小石を弄びながら言った。
その様子を見て、どこか微笑ましげに目を細めたアナスタシアは、不意に驚いたように跳ねてズボンのポケットに手を伸ばした。
彼女の携帯電話――一応、持ち主はカドックなのだが自撮り用として半ば私物化されている――が着信を告げていた。
「マシュからだわ。『お土産にチキンブリトーを買って帰ります』……ですって」
「もうそんな時間か」
水平線に沈み始めた夕日から時計へと視線を移す。今から下山すれば、夕食時には間に合うだろう。あのジェットコースターのようなタクシーを利用が前提ではあるが。
「げぇ、また乗るのか」
「我慢してくれ、茨木。僕の分も半分やるから」
「むぅ、揚げ芋もつけてくれたら許す」
「分かった、買って帰るよ」
まだマウナケアの空気を堪能していたジャンヌ・オルタにも声をかけ、下山を促す。
そこでふとカドックは、何者かの視線を感じて振り返った。焼けるような暑さとも、凍えるような冷たさとも取れる気配であった。
気のせいで済ますにはあまりにも強い害意。半ば無意識に魔術回路を励起させ、いつでも伏せれるように身構える。だが、振り返った先には誰もおらず、山頂へと続く荒地だけが続いている。
「……疲れているのかな?」
ほんの一瞬、赤い目のようなものが三つ、宙に浮かんでいたかのように見えたのだが、それも今は見当たらない。念のため他の者にも聞いてみたが、誰も見ていないとのことだった。では、やはり気のせいだったのだろうか?
「カドック」
「分かった、行くよ」
手を振るアナスタシアの後を追い、カドックは駆け出した。
きっと何度も周回を続けて知らず知らずの内に疲労が溜まってきていたのであろう。
明日も忙しくなるのだ、初日の今日くらいは早めに休んでもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、カドックはみんなに続いてタクシーに乗り込んだ。
そして、帰りは少し優し目に運転してもらうよう運転手に頼み込み、砂利道で揺れ始めた車内でシートに背中を預けるのであった。
□
白塗りのタクシーが走り去る姿を、燃えるような赤い三つ目が見つめていた。
あれに乗っているのはカルデアのマスターとその仲間達だ。
聖杯を手に入れる為、必死で漫画を描き続けている哀れな子豚達。彼らは本気で女神ペレを救おうとしているのだろうが、その願いが叶うことは決してない。
何十回、何百回と繰り返した果てに待っているのは、絶望への終着だ。
彼らは少しずつ正解に向かって歩んでいるつもりでも、最後の最後に踏み外すことになる。
自分はただ、その時が来るのをゆっくりと待つだけでいい。
だが、目障りな黒子は今も自分の足下をうろついている。
警戒していた巌窟王が静観を決め込んだ今、不確定要素はそれだけであった。
あの脆弱で貧弱で無力極まりない蟻のような英霊が、何度も何度も向かってくる度に苛立ちだけが募っていく。
どう計算しても結果は変わらない。彼が自分に勝てる可能性は万に一つもないのだ。
だというのに、あの蟻は諦めることなく愚直なまでに立ち向かってくる。
こちらの真意も知らないで。
この先に何があるかも知らないで。
ああ、早く終わって欲しい。
でなければ、何もかもをご破算にしてしまいかねない。
赤い三つ目は、絶望にも似た炎に焼かれながら、去り行くタクシーをいつまでも見つめていた。
□
そして、運命の日が訪れた。
例によって襲撃してきたフォーリナーハンターXXはカドック達の活躍で撃退に成功し、何とか時間通りに開催されたサバフェスは今回も以前と同じ賑わいを見せていた。
会場内ではあちこちのブースで創作物が販売され、外では思い思いのコスプレに扮した参加者が交流を深めている。
そんな中、ゲシュペンストケッツァーの面々は机の上に並べられたオフセット本を緊張した面持ちで見つめていた。
泣いても笑っても今日でこの七日間の是非が決まる。
無事に刷り上がったオフセット本はまだ誰の手にも取られておらず、第一号となる客が来るのを今か今かと待ち侘びていた。
「ほんじゃ、オレと茨木で買い出し行ってきますわ」
「どうして我が……なに、アイスを買う? ふっ、信じていたぞ緑の人」
足早に飛び出していった茨木童子を追って、ロビンも慌てて会場の人混みへと消えていく。
それと入れ替わるようにして、ラフなTシャツ姿の大男がブースへと現れた。
「お、やっていますな」
こちらの様子を見てにやりと笑うのは、我らが船長エドワード・ティーチだ。
見たところ手ぶらのようだが、やはり今回もいの一番に駆け付けてくれたようだ。
「なに、マスターの晴れ舞台ですからな。では、一冊……」
「いつも悪いな」
「ん? マスター達は初参加でござろう?」
首を傾げながらもティーチは紙幣を差し出し、代わりに本を受け取って後に来る客の邪魔にならないよう、一歩横にずれる。
そして、本が傷まないよう優しく指先で摘まみながら、ページを捲っていった。
「ほほう、サバフェス初参加にも関わらずこのジャンルで挑むとは、なかなかの度胸でござるな。群雄割拠する激戦区、言うならば同人誌界の修羅の国――
「ロックだろうとクラシックだろうと、音楽に妥協はしない」
「よっ、アーティスト! 描きたいから描いた結果がこれなら拙者はもう何も言わねぇ! ありがとう!」
白い歯を剥き出しにしてティーチは笑い、もう一度だけ礼を言って去っていく。
続いてやって来たのは挨拶周りをしている刑部姫だった。彼女は本を手に取って少し中を覗くと、あっという間に鼻息を荒くして舐めるようにページの隅々へと視線を巡らせた。
「いい! やっぱりいいわ! 古臭いかもしれないけれど、王道って大事よね!」
「そ、そう?」
興奮して食い気味に迫る刑部姫に対して、ジャンヌ・オルタは珍しく気圧されて後退った。
どうやら漫画の内容が彼女のオタクとしての魂に火を点けてしまったようだ。
「ここ、特にここの独白がね――だから、ここのやり取りが――普通はこう来るところなのに――だから――ここは――つまり、パッションね」
「あ、ありがとう……」
凡そ、十五分くらいは語り続けていたであろうか。さすがのジャンヌ・オルタも辟易していた。
「三冊頂戴。もちろん、観賞用と保存用と布教用に」
叩きつけるように紙幣を取り出し、刑部姫は本を受け取って去っていった。
次いでやって来たのはアマデウスだ。刑部姫が騒いでいたので気になって覗きにきたらしい。
「ははっ、こりゃいい……何だか昔の自分を見ているみたいだ。なら、こっちは……ははっ、
「ああ、どうぞ」
「どうも。ああ、それと僕がここに来たことは、彼には内緒にしておいてくれ」
唇に指先を当てて囁き、アマデウスは意気揚々と去っていった。
程なくして、アマデウスが言っていた件の人物が姿を現した。
普段のスーツ姿ではなく、赤い外装に身を包んだ戦闘形態。
アマデウスにとっては旧友にして恩人であり、同時に自らを殺さんと憎悪を燃やす青年。
アントニオ・サリエリだ。
「おおおおぉぉっ、ゴッドリープモーツァルトォォォッ! 殺してやるぞ、アマデウスゥゥ!」
アマデウスの気配を感じ取っているのか、今日はいつになく錯乱気味だ。周りの客も少し引き気味になっている。
「マスター、奴は……アマデウスはここに来たのか?」
「いや……来ていない……」
「……そうか」
いないと言われて、少しだけ落ち着いたのだろう。外装を解除して素顔を露にしたサリエリは、チラリと机の上の漫画を見下ろすと、徐にそれを手に取った。
「拝見しても?」
「……いいぞ」
胃を焦がすような緊張感だった。サリエリは静かにページを捲り、やがて山場となっているであろう見開きの部分で手を止めて、しばし眺め続けていた。
「……一冊頂こう」
「まいどあり」
紙幣を受け取ると、サリエリは漫画をしまい込んで再びアマデウスの追跡を始めた。
低い唸り声を上げながらあちこちのサークルを覗き込む姿は、異様な光景であった。
「お疲れさん、調子はどうだい?」
順調に漫画が捌け始めたところで、買い出しからロビン達が戻ってくる。
「ちょいとメイヴのところも偵察してきたんだけど、本来の島に戻ったとはいえ、まだまだ向こうの方が客の入りは多いぜ」
茨木童子が加勢してくれたおかげで、初日に北斎をXXから守ることができた。
それによってメイヴの壁サークル進出は何とか防げたものの、六日目に開かれたメイヴコンテストで注目を集めたこともあって、未だに向こうの売り上げは好調のようだ。
ロビンの見立てでは、あのペースが続けば今回もこちらの負けは確実だろうとのことだった。
「やっぱり、あのコンテストか」
「ああ……だが、どうする?」
立香の呟きに頷いたカドックではあったが、今の彼に打つ手はなかった。
あの女王メイヴに魅力のアピールで勝つことが不可能なのは明白なのだ。何か策を講じなければ、いつまでもこの繰り返しとなるだろう。
新たなキッカケが欲しい。何かとっかかりを見つければ、そこから新しい可能性を見つけ出すことができる。
果たして、次の周回でそれを見い出すことができるだろうか?
カドックは無言のまま、唇を強く噛み締めるのであった。
□
午後
サバフェスの終了と共に集計が取られ、売り上げ順位が発表される。
やはりというべきか、一位は女王メイヴのグラビア本。ゲシュペンストケッツァーは残念ながら参加賞だ。
「これでループは確定か」
残念そうにジャンヌ・オルタは肩を落とす。ここまでひたすらに漫画を描き続けてきたのだから、落ち込むのも無理はない。
だが、すぐに彼女は思い直して顔を上げた。過ぎた事を悔やんでも仕方がない。それよりも次に目を向けるべきだと。
何より、まだ解いていない謎は幾つもある。それを解き明かすまでは、こうして繰り返し本を描き続けるべきなのだと、ジャンヌ・オルタは不敵な笑みを浮かべてみせる。
そんな彼女とふと視線が重なり、カドックは自然と唇を釣り上げていてた。
自分でもどうしてそんなことをしたのか分からない。だが、カドックは確信めいた予感を持って、次の言葉を口にしていた。
「さあ、バカンスを続けよう」
その言葉が何を意味するものなのか、何故、始めようでもやり直そうでもなく続けようなのか。
それは口にしたカドック自身ですら分からなかった。
□
『レクイエムにはまだ早い』
名門音楽学校の首席である青年の前に現れた一人の転校生。
その天才的な音楽技術で瞬く間に主席の地位を奪われてしまい、青年は激しく嫉妬する一方で彼の才能に心を奪われる。
自分など足下にも及ばない、正真正銘の神の申し子。しかし、天才は重篤な病に陥っていた。
憎しみをぶつけながらも彼と心を通わせた青年は、日に日に弱っていく彼の為に、本心を押し殺して指揮棒を振るう。
奏でるは彼と共に作曲した鎮魂歌。その思いは果たして至高の頂きへと至るのか。
二人の音楽家の交流をメインに添えながら、色恋沙汰よりも音楽への拘りを強く描写した一冊。
特にラストのオーケストラの書き込みと鬼気迫る青年の指揮は圧巻の一言である。
イベント進めようと思ったらメンテナンス中だったので、こちらを書き上げました。
ケツァルマスクで石2個も使ってしまいました。
ブレイク後のチャージMAXはヤバいって。
今回、手持ちの特攻が術に偏っているからやりにくいです。