64式戦記   作:カール・ロビンソン

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第3章:人は善意に満ちているとは限らない(外)

『『虫下し』は完成したわ。データ上でのシュミレーションでは危険性はないけど…』

 

「リアルのテストは時間が足りなさ過ぎます。ペルシカさんの頭脳を信頼しますよ」

 

 指揮官室において、晶はI.O.P社の技術開発部門「16Lab」の主席研究員、ペルシカリアと通信による連絡を取っていた。彼女に依頼していた、件の蟲を人体から排除する『虫下し』の進捗状況を尋ねるためだ。それは既に完成しているらしく、一応使える状態ではあるらしい。

 本来なら入念にテストを行い、安全性を確認してから用いるべきだが、あの蟲が拡散している可能性がある以上、時間的な猶予はない。いくら蟲を殺せても、脳の変質が起こってからでは犠牲者は生存できないからだ。

 

「それに、あいつの遺志がきっと人を守ってくれる。そう信じますよ」

 

『…意外ね。天野指揮官はリアリストだと思っていたのだけど?』

 

「男ってのは概ね感傷的な生き物ですよ」

 

 ペルシカの言葉に、晶は自嘲的に笑う。そう。虫下しには数ヶ月前にこの世を去った戦友、千鳥が残した新型ナノマシンが用いられているのだ。

 愚かな人々の糞の様な争いに巻き込まれ、復讐の女神と化した少女、鳴神千鳥。彼女の残した新型ナノマシンは従来のものでは考えられないほどの汎用性を持っており、不可能だと思われることすら可能にする、まるで魔法のような代物だ。

 そのデータを手に入れた晶はペルシカと戦略研究所開発部門所長の西博士にのみそれを流した。晶にとって信頼できる研究者である二人ならきっと、この力を正しく使ってくれる、と思ったからだ。

 そして、ペルシカはそれを活用し、虫下しを作ってくれた。預けたことは間違いではなかった、と晶は思う。だが、次のペルシカの一言で二人の間にはやはり溝があるということを思い知る。

 

『…あの蟲自体は間違ってない、と思うのだけどね』

 

「…言いたい事はわからんでもないですよ」

 

 ペルシカの言葉に、晶は盛大にため息を吐いて椅子にもたれる。実際問題、地下の難民達の問題は大きい。それを解決するための策として、あの蟲が有効であることは疑いようのない事実なのだ。

 

「でも、それを認めるぐらいなら、千鳥の軍門に下ったほうが大分マシでしたよ」

 

 晶は吐き捨てるようにそう言った。千鳥は曲がりなりにも全人類の救済を目標としていた。そんな彼女の道を否定したのだから、それを超える答えを出さないといけない。晶はそう思う。そうでないなら、死んだ後彼女に顔向けできないだろうからだ。

 

「まあ、それもこれもペルシカさんや西の奴の働きに任せないといけないのは歯痒いですけどね」

 

『ううん。天野指揮官には例のOS構築でかなり貢献してもらってるし。…例の計画は順調に進んでるわ』

 

「…そりゃどうも」

 

 ペルシカの言葉に、晶は苦虫を噛み潰したような口調で言う。晶の開発しているOS。それは戦術人形にあのナノマシンを使いこなせるようにするものだった。

 新型ナノマシンをフレキシブルに扱うためには、人間的なアナログな思考ロジックが必要であり、現在あれを有効活用できる戦術人形は一〇〇式とM4A1ぐらいだろうと目されている。

 今のところ、一〇〇式はそれをごく限定的にだが使えており、その内M4A1でもテストするかもしれない、とペルシカは言っている。

 それと同時に進めているのが、あのナノマシンを使いこなすためのOSの開発だった。データから得た千鳥の思考パターンと、足りない部分を一〇〇式の思考パターンを用いて組んでいるこのOSならば、新型ナノマシンを使いこなせる鍵になりうるかもしれない、と晶は思っている。それの意味するところはすなわち、最強の機械人形である『復讐者』の量産である。

 

『あれが量産できれば、E.L.I.Dを駆逐して、崩壊液や放射能を除去して、世界を人類の手に取り戻すことができるかもしれないわね』

 

「…そうですね。それは可能かもしれません」

 

 なんだか嬉しそうに言うペルシカに、晶は暗い表情で沈んだ口調で言う。

 データから読み取れる『復讐者』のスペックは、既存の兵器では考えられないほどの力を有しており、彼女単体でも地球を1日で原初の状態に戻すことが可能で、ただ破壊するだけならば太陽系宇宙そのものを約一時間で消滅させる程の力を有しているという。それが本当であるならば、彼女が優しい少女であったことを神に感謝しなければならないだろう。そして、それが量産できた暁には人はE.L.I.Dと崩壊液、その他の脅威全てを退ける力を手にするのだろう。だが…

 

「でも、その後はそれを使った人類同士の戦争です。…どんな惨事になるのか見当もつきません」

 

 晶は遠い目をして、ため息を吐きながら言う。それは予測されうる最も可能性が高く、そして最悪の未来だった。

 世界が人類の手に戻れば、誰もが必ず勢力の拡大を狙うだろう。世界は人類の手で混沌に包まれることは疑いようがない。恐らく、量産型『復讐者』を有するこの国が覇権を得るだろうが、万一量産型『復讐者』の情報が漏れれば、それを使った戦争が始まる。それは核戦争を大きく上回る惨事になり、下手をすれば地球そのものがなくなるだろう。

 

『でも、それに対する策を天野指揮官は考えている。そうじゃないの?』

 

「そうなんですけどね…」

 

 ペルシカの信頼の言葉に、晶は冴えない表情で言う。もちろん、晶は先の先まで考えている。情報員は直接戦争を防ぐのが最大の責務だ。綱渡りにはなるだろうが、それを実現させる策を立て、今も布石を懸命に撒いている。

 だが、結局本格的に情報員としての力を振るうには、軍に復帰する必要がある。それは一〇〇式やG41、そしてFAL達グリフィンドールとの決別を意味している。彼女らと別れるのは、自身の感情が嫌がっていた。

 更に、このシナリオは完全にあの人の描いているものそのものだ。これに乗ると、結局自分はあの人の掌の上から出られないままになる。それは実に癪に障る。なんとかして、出し抜く策を考えたい。

 

「いずれにせよ、次の一手でこの事件は終わります。…ところでペルシカさん」

 

 晶はそう言って、急に揉み手をしてペルシカに言う。

 

「あのですね。虫下しは、俺の流した新型ナノマシンのデータで作れたので…その…分け前は…」

 

 晶は微妙に卑屈な態度でペルシカに報酬をねだる。晶としても借金返済のために金を稼がないといけない。虫下しは表向きはグリフィンからの要請で作成したもので、同社が買い取る形で費用と利益は出ることだろう。政府からも何らかの形で金が出るかもしれない。それだけの利益をI.O.P.社にもたらしたのだ。少し位は分け前があってもいい。そう思ったのだ。

 

『え? そんなの契約書に盛り込まなかったわよ?』

 

 晶の言葉にペルシカは首を傾げて言う。今回の契約に晶に関することはそこに何もない。何せ、あのナノマシンのデータは秘密裏に渡されたものだ。故に表向きにできず、晶の名前を出すわけにもいかない。従って、報酬などは発生する余地がないのだ。

 

「で、でもですね…その…人の道として、何かこう…」

 

『うん。今度、珈琲を奢るわね』

 

「相変わらずやっすいな…俺の仕事…」

 

 ペルシカの言葉に項垂れる晶。借金完済の道はまだまだ遠い。いずれにしても、俺の愛しい戦術人形達との別れはまだまだ遠い。それをせめてもの慰めとして、晶はまた顔を上げる。この事件を終わらせるために。

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