64式戦記   作:カール・ロビンソン

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第4章:昨日の敵が今日の敵とは限らない
第4章:昨日の敵が今日の敵とは限らない(上)


 研究者がグリフィン極東支部に護送されてから一週間程経ったある日、FALは唐突に64式を引き連れて出ると言い出した。

 

 G41を膝に乗せて甘やかしていたのではなかったのか。あまりに唐突な話に文句を言いたくなったが、一応指揮官からの正式な任務であるらしい。彼女が出向く以上、バディである64式も同行せねばならないのだ。

 

 そんな訳で、64式はFALの運転するバイクのタンデムシートに乗って、猛スピードで過ぎ去っていく荒野の様子を眺めていた。

 

「ねえ、FAL。どんな任務なの?」

 

「あるろくでもない奴に会って、情報交換をするってだけ」

 

 尋ねる64式にFALは簡潔にそう言った。ろくでもない奴、とは一体何なのか。多分聞いても教えてくれないだろう、と思う。

 

「教えようにも誰が来るか、私も知らないのよ。鉄血の屑共の誰か、ってだけは聞いてるけど」

 

「そう…って、鉄血の!?」

 

 FALの言葉に64式は顔色を変えて驚く。鉄血の機械人形は、グリフィンの戦術人形達にとって不倶戴天の敵だ。まさか、指揮官は鉄血の連中と手を結ぶ、というのだろうか。

 

「使えるものは親の仇でも使う。うちの指揮官のモットーよ」

 

 FALはそう言って苦笑する。実際彼は裏で鉄血の連中と連絡を取っているみたいで、特にドリーマーには何度か取引を持ち掛けているようだ。彼曰く、傭兵稼業なんてどこかで敵と繋がってなければやってられない、だそうだ。

 

「見えてきたわね」

 

 FALの言葉に、64式も行く手にあるものを見る。それは荒野にポツン、と佇む廃墟であった。大きなパラボラアンテナが付いた建物であることから、昔の中継局か何かだったのだろう、と推測される。夕日に照らされた朽ちはてたそれは、まるで文明の墓標のように思えた。

 

「さてと。もう来ているのかしらね?」

 

 バイクを廃墟の傍らに止めて、FALは地に降り立つ。64式もそれにならい、銃を構えて警戒しようとする。だが、FALはそれすらもせず静かに建物を眺めた。

 

「…無防備すぎるんじゃない?」

 

「少しぐらい警戒したぐらいで、どうにかなる状況じゃないわよ。…ねえ、アルケミスト?」

 

「…なるほどな、FAL。お前はやはり面白味のない奴だ」

 

 FALの言葉に呼応して、建物の陰から機械人形が姿を現した。

 

「どこの誰よ!?」

 

「なあ、FALよ。お前のところは敵のことも教えていないのか?」

 

 64式が警戒して言う台詞に、機械人形は淡々と、だがどこかに呆れた風に言う。

 白く長い髪と眼帯、そしてジャマハダルに似た武器が特徴の鉄血のBOSS級機械人形アルケミストだ。

 

「うちに来たばかりなのよ、この娘。それで、例のものは?」

 

「性急だな。最高につまらない奴だ、お前は」

 

 アルケミストがそう言って不敵に笑う。そして、建物に立てかけていたパイプ椅子を二つFALと64式に投げて寄越し、自身の椅子を用意して座った。

 

「落ち着いていこうじゃないか。あたしは何もかもゆっくりやりたいのさ」

 

「…そうね。貴女は昔からそうだったものね」

 

 アルケミストの言葉に、FALは淡々とそう言って、パイプ椅子に座る。よくわからない状況に64式は困惑しながらも、またFALにならった。

 鉄血のBOSS級が襲い掛かってくれば、ダミーも連れていないFALと64式では成す術もない。ここは腹をくくるしかなかった。

 

「あれの正体についてはドリーマーを通じて聞いている。…つくづく、ろくでもない奴だな、お前の指揮官は」

 

「その言葉、いつか指揮官に聞かせてあげなさい。多分とっても喜んでくれるから」

 

 アルケミストとFALのやり取りを聞いて、64式はアルケミストに同意する。どこの世界にグリフィンの機密情報を意図的に鉄血に流す指揮官がいるのだろうか。指揮官もFALも本当に度し難い悪党だ。

 

「そちらの状況はどうなっているんだ?」

 

「こちらへの侵攻は完全に止まったわ。今は貴女達だけが襲われている状況。そうでしょう?」

 

「…ああ。忌々しいことにな」

 

 FALの言葉に、アルケミストは不快気にそう言った。その様子から、鉄血も少なからぬ被害を受けているのだろう。

 

「奴らの主目標が貴女達に切り替わった理由はね、奴らの飼い主が政府やグリフィンと取引したからよ」

 

「…どういうことだ?」

 

 アルケミストの問いに、FALは淡々と状況を説明する。

 グリフィンが榊を確保したことにより、ケミカルダインと事件の関連は明らかになった。グリフィン非主流派は当初何とか榊の口を封じようとしたが、局長の兵藤の前に手も足も出せなかった。

 窮地に陥ったグリフィン非主流派とケミカルダインは、ある裏取引を仕掛けた。それはゾンビ共に鉄血の機械人形のみを攻撃させる、という案であった。

 ゾンビ自体は地下の難民の処理にうってつけであり、鉄血の機械人形だけを狙うのであれば、グリフィンの利になる話であり、グリフィン主流派も納得するのではないか、と考えたのだ。

 政府も兵藤もそれを受け入れて、今のところケミカルダインに強制捜査を入れる、ということはしていないのだ。

 

「なるほどな。…だが、それならお前がここに来た理由は何なんだ?」

 

 アルケミストの疑問に64式も内心で同意する。グリフィンや政府がケミカルダインの裏取引を受け入れたのなら、なぜ鉄血と取引をするのか分からないのだ。

 

「うちの指揮官は奴らの息の根を止めるつもりだから。それだけよ」

 

 FALは静かに、だが断固とした口調で言う。指揮官の意思は自分の意思。そう宣言するように。

 あの蟲の跋扈を許すようなら、千鳥に加担した方がマシだった。FAL自身もそう思うからだ。それだけではなく、あの蟲は自分達戦術人形の存在を脅かす存在でもある。I.O.P.社や軍戦略研究所もそういう点から指揮官の考えに同調している。そして、軍情報部もまた正直いつ制御不能になるかわからない蟲やそれを使う連中より、まだコントロールが容易な鉄血の機械人形の方がマシと考えているのだ。それらの存在が指揮官のバックである。彼を止めることは誰にもできないだろう。兵藤もそれを分かっているので、指揮官の動きに関しては見て見ぬ振りをしているのだ。

 

「なるほど。それでこいつが必要なのか」

 

 そう言って、アルケミストは懐から小さなプラスチック片を取り出す。それは鉄血が観測したゾンビ共の進軍ルートを記したデータチップだ。恐らく、それとグリフィンが集めた情報を元に、奴らの本拠地を割り出すのだろう。

 

「そういうこと。で、こっちからの見返りはこれ」

 

 そう言って、FALもまたポーチからデータチップと小さな榴弾を取り出し、アルケミストに投げて寄越した。

 

「対ゾンビ用制圧榴弾とそのデータ。…あの娘の遺したデータ、少しは貴女達も持っているんでしょ?」

 

 FALの寄越したそれは、急遽指揮官が作った虫下しを応用した制圧榴弾だ。広域に虫下しを散布することで、ゾンビから蟲を追い出し、行動不能にするのだ。虫下しや榴弾のデータがあれば鉄血も同じものを作れるだろう。なぜなら、新型ナノマシンのデータは元々鉄血の機械人形だった千鳥がある程度は残しているはずだから。

 

「ああ。…ところで」

 

 FALからモノを受け取ったアルケミストは、64式を見て言う。

 

「つまらんビジネスの話は終わりだ。…私はお前とおしゃべりしたいな」

 

「な、何を言って…」

 

 アルケミストの言葉に、気後れしたように64式はFALの方を見る。だが、彼女は完全にそれを無視した。助けてくれるつもりはないらしい。どういうつもりなのか。64式はろくでもないバディに、つい舌打ちをした。

 

「なあ、聞かせてくれ。お前はどう思う? あいつらを討つべきか。それとも、放置してあたしらを討つべきか」

 

「…そりゃ、あいつらを討つべきだ、と思う。基地のみんなの仇だし…」

 

 アルケミストの愉し気な視線から、64式は顔を逸らして言う。鉄血は確かに敵ではあるが、今はあのゾンビ達を倒すべきだと思う。何せ、基地のみんなの仇なのだから。だから、64式の言葉は嘘ではない。自分の心境を明かしている。そのつもりだった。

 

「仇だと?…ハハッ、そういうことか」

 

 事情を何となく察したアルケミストは本当に楽し気に笑う。そして、なお64式に質問を重ねた。

 

「復讐をする、というのなら、なぜお前から焦げ付いたような臭いがしないんだ? 復讐しようって奴からは大体そんな臭いがすると思ってたんだがな」

 

 アルケミストの言葉に、64式は椅子から立ち上がって言葉を詰まらせた。自分でもはっきりと分かってなかったこと。それを彼女に言葉で突き付けられたからだ。

 基地のみんなが殺された。指揮官までも。みんないい仲間だった。それなのに、そいつらを殺した奴らに強い憎しみの感情は湧いてこなかった。むしろ、いつも飄々としているFALの方に苛立ちを感じたぐらいだ。

 それがどういうことなのか、64式には分からない。何も言えず、ただ立ち竦むだけだった。

 

「…お前はFALと違って面白い奴のようだな」

 

 アルケミストはニヤリ、と笑って64式に近づいていく。そして、その手を取ってデータチップを握らせた。

 

「興が乗った。お前の復讐の手助けをしてやる」

 

 奴らの居場所と攻撃を仕掛ける時期が来たら、教えろ。アルケミストはそう言った。連絡用のコードはチップの中に入っているとも。

 

「そして、全てが終わったら聞かせてくれ。お前の心の中に何があったのか。何が残ったのかを、な」

 

 そう言って、アルケミストは背を向けて歩いて行く。その姿はやがて周囲を包み始めた闇の中へと消えていった。64式はただ茫然とそれを見送った。

 今の自分の心の中に何があるのか。戦った後に何が残るのか。分からない。自分の心のことなのに。そのことが、64式を打ちのめした。

 FALに促され、半ば担がれてバイクに乗るまで、64式は己という名の迷宮の中を彷徨っていたのだった。

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