64式戦記   作:カール・ロビンソン

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第4章:昨日の敵が今日の敵とは限らない(下)

 基地に帰る頃には、すっかり遅くなっていた。一〇〇式が用意してくれていた夕食を食べ、シャワーを浴びた。そして、FALはさっさと部屋のベッドに潜り込んでしまった。交わした言葉はおやすみなさい、だけだった。

 

 誰もいない娯楽室の片隅で、64式は体育座りでただいじけていた。自分の思いが分からなくて。FALの態度が分からなくて。

 何も言わずに寝てしまったFALの後姿を思い出し、64式は顔を埋める。せめて、何か慰めの一言とかないのだろうか。

 

 分かってはいる。多分、FALに何か言われても自身の心に決着は着かないだろう。だが、何か縋れるものが欲しい。そう思うのはいけないことなのだろうか。

 

「やあ、64式。眠れないのか?」

 

 声がした。顔を上げると、娯楽室の入り口に指揮官が立っていた。両手にはお茶が入っていると思しき、マグカップを持っていた。

 

「指揮官…」

 

「隣いいかい? 俺もちょうど眠れなくてな」

 

「あ、うん…」

 

 指揮官の言葉に、64式は頷く。すると、指揮官は微笑んで64式にマグカップを渡して、その隣に同じように体育座りで腰を下ろした。

 

「今日は驚いたろ? 取引先が鉄血の屑共だとは思わなかっただろうからな」

 

「思わなかった… 本当にあんなことして大丈夫なの?」

 

「ノープロブレムさ、64式。何の問題もない」

 

 64式の言葉に、指揮官は笑ってお茶を一口啜る。その表情は悪戯を成功させた悪ガキのようだった。あまりの屈託のなさに、64式は戸惑う。この人が本当に今の事件の全てを掌で転がしている悪党なのだろうか。

 よく分からないまま、64式はお茶を啜る。甘い、落ち着く香りのする琥珀色のお茶だった。

 

「あいつにはずいぶん振り回されているようだな?」

 

「…ええ。本当にろくでもないバディよ」

 

「全くだ。あいつ、今日も勝手に俺のチョコレートを食いやがってな」

 

 そして、しばらくの間64式は指揮官と他愛のないFALへの文句を応酬した。延々と彼女に対する愚痴を指揮官にぶつけ、指揮官もまた64式に同意し、彼女のろくでもないエピソードを言う。

 そんな時間がしばらく続いたのち、64式はふと気づく。自身の心の中が少し軽くなっていることに、そして、指揮官の表情が何かを懐かしむような、慈しむような穏やかなものになっていることに。そう。指揮官も64式もあのFALという人形が嫌いではないのだ。

 

「…FALはずっと指揮官を信じているって言っていたわ」

 

「そうだな。俺もあいつのことは信じているよ」

 

 64式の言葉に、指揮官は照れた様子さえなく穏やかな表情のままそう答える。やはり、彼はどこかFALに似ている。いや、FALが彼に似たのだろうか。戦術人形は指揮官に似るという俗説は正しいのかもしれない。

 

「…FALが殺されたら、指揮官は怒る?」

 

「もちろんさ。そいつを地の果てまで追いつめて、八つ裂きにするだろうな」

 

 64式の問いに、指揮官は穏やかな表情のまま答える。あくまで穏やかな口調だが、そこには断固たる意志が宿っていた。FALが殺された場合、彼は本当にその言葉を実行するだろう。

 64式は内心で落胆する。やはり、それが普通の反応なのだ。仲間を、大切な人を失っても怒りが湧かない自分はおかしいのか、と思うのだ。

 

「もちろん、FALだけじゃない。一〇〇式(モモ)でも、G41でも、そして君でも、仇は絶対に討つさ」

 

「私…でも?」

 

「そうだ。君は俺の大切な仲間なんだから」

 

 指揮官が笑顔で言うのを聞いて、64式は更に落ち込む。自分はそう思えるのだろうか。いや、思えないだろう。自分を仲間と認め、温かい言葉をかけてくれているこの指揮官が誰かに殺されたとしても、きっと復讐しようという思うは生まれないだろう、と64式は思う。

 どうしてそうなのだろうか。自分の心はどこかで壊れてしまったのだろうか。そんな思いが64式を苛む。

 

「慌てるんじゃない。今の君には無理もないことなんだから」

 

 そんな64式の頭を指揮官は優しく撫でてくれる。ふと、64式の心が緩んだ。あのFALが答えとして追いかけている指揮官。彼ならば、きっと自分の心の内を教えてくれるのではないか。答えをくれるのではないか。そう思ったのだ。

 

「指揮官、私は…どうして…」

 

「64式、その問いに俺は答えるわけにはいかないんだ」

 

 64式が問う前に、指揮官は優しく、だが首を横に振って言う。どうしてなのか。64式は思わず顔を上げて食って掛かる。

 

「どうして…! FALには答えをあげるんでしょ!?」

 

「俺はあいつに答えをくれてやったことなんて一度もない」

 

 癇癪を起しかけた64式の言葉に、指揮官はあくまでも冷静に言う。そして、64式の肩を抱き、目を見つめる。その視線に、64式は吸い込まれるように目を合わせる。深い知性と思いやりに満ちた目だった。

 

「人であれ人形であれ、答えは必ず自分の中にある。それを最終的に探し出せるのは、自分しかいないんだ」

 

 思考停止して、人に答えを求めても偽りの安寧しか得ることはできない。自身が前に進むためには、最終的に自分の中にある答えを自分で見出すしかない。それは指揮官、天野晶という男が得た答えであった。そして、そんな彼にFALは答えを見出したのだろう。彼はFALに答えを与える存在ではない。答えを見つけるための鏡、或いは共に答えを探す連れ添いなのだ。

 

「俺は君の鏡であり続ける。共に答えを探す友であり続ける。傷ついた君を迎える家であり続ける。それを忘れないでくれ」

 

 指揮官の言葉を聞いて、64式はつい頬を赤く染めてしまう。彼は本当の真心を持って接してくれる。そんな彼に心惹かれてしまう。そんな自分を自覚していた。本当に優しくて、ずるい人だ、と思った。

 

「…はいはい、降参よ。そんな目で見られると照れちゃうから…もうやめてよ」

 

「おや、残念。もう少しで君の心に響いたかもしれなかったのに」

 

「…バカ」

 

 おどけたように肩を竦める指揮官に、64式は軽く悪態をついて顔を背ける。もうすっかり響いている。そのセリフは意地でも口にしない、と心に決めた。なんだか負けな気がするからだ。

 

「大体、指揮官はよく分からないわ! 鉄血と手を組んだり、企業を陥れたりする悪人なのに」

 

「悪人でも大切なものはあるのさ。君とかな」

 

「もう! どうしてそんな台詞を恥ずかしげもなく言えるの!?」

 

 しばらくの間、64式は指揮官とじゃれ合って過ごした。暗い気持ちはすっかりどこかに行っていた。信じようと思う。自分が答えを見つけられることを。そして、そんな自分の側にいてくれるという指揮官のことを。

 64式はお茶を飲んだ。すっかり冷めていたそれは、それでもどこか温かかった。

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