『攻勢の準備は終えたわ。後はいつ仕掛けるか、ね』
「後3日、というところか。それぐらいは持たせられるだろう?」
晶は画面に映る少女と言葉を交わす。小柄な体躯に黒い長い髪と白い肌。可憐な顔に世の全てを嘲笑うような笑みを張り付けた彼女は、ドリーマーと言う鉄血の上級モデル機械人形である。
『それにしても、アルケミストを上手く焚きつけたみたいね。あの子、独自で動くつもりよ』
「そうか。あわよくば、と思っていたが思いの外あっさり釣られてくれたみたいだな」
ドリーマーの淡々とした言葉に、晶もまたあまり感情のこもらない口調で言う。
FALと64式をわざわざ行かせた理由。それはアルケミストを決戦の際の戦力として使うことだった。グリフィンの戦術人形のメンタルモデルに興味のある彼女なら、迷える64式に興味を持ち、協力を得られる可能性がある、と考えたのだ。もちろん、ないならないで別にいいのだが、使える駒は一つでも多く欲しい。
『ふふふ。大量の小細工を仕掛けて、不倶戴天の敵まで利用する。…あんたの言う信念ってのはどうした、おい?』
「…お前はもう少し賢い奴と思ってたんだがな」
皮肉気な笑みを浮かべて嘲るドリーマーに、晶はワザとらしく肩を竦める。そして、まるで幼児を諭すかのように、噛んで含めるような口調で続けた。
「お嬢ちゃん。俺の信念はな、公共の害悪を排除して、この糞みたいな世界をほんの少しでもマシにすることなんだ。そのために使える策は全部使うし、使えるものは何でも使う。お前らを使うなんてのは大した問題じゃないんだよ。分ったかい、お嬢ちゃん?」
『…吐き気がするほど腹立たしい男ね』
「んじゃ、そこに吐けばいい。遠慮するな」
晶が平然と言うのに、ドリーマーは表情を消して舌打ちをする。可愛いもんだな、と晶は苦笑しながら話を進める。
「とりあえず、後3日もしたらあいつらはお前らに見向きもせずにケミカルダインを潰しにかかる。そこで一気に攻勢に出れば逆転できる。その間に俺たちは奴らの本拠地を潰すから、それであの糞共はデッドエンドだ」
晶は迫る決戦の大まかなプランを説明する。奴らがケミカルダインに噛みついたところで、鉄血は反攻を開始し、敵の戦力を引き付ける。そして、その隙に晶達は敵の本拠地を急襲し、そこにいるであろう実行犯を首魁ごと叩き潰す。後の掃討は鉄血とグリフィンがかち合わないように行えばすぐに終わる。それでこの騒動は終わりなのだ。
『…いくつか聞きたいことがあるのだけど?』
「どうぞ? 俺は素直な娘には優しいんだ。この事件に関することなら何でも答えるぜ?」
『…それは助かるわ』
芝居がかった口調で言う晶に、ドリーマーは普段の表情を崩さないまま言う。苛立ちを感じないわけではないが、それで何か言っても盛大に反撃を食らうだけだ。口の減らないこの男の軽口はスルーするに限る。
『まず、この事件の実行犯は何者なのかしら?』
ドリーマーは最大の疑問をまず尋ねる。晶から今までに聞いた話では、事件の裏にいるのはケミカルダインとグリフィン非主流派、それにそれらと繋がりのある政治家だと言った。だが、実行犯についてはいまだに何も聞いていない。ドリーマーとしては、銃火を交えるゾンビ共を操っている奴の正体が気になるのだ。
「ヒューマニス・ポリクラブ。その幹部の内の一人、だな」
晶はある団体の名を挙げる。
ヒューマニス・ポリクラブとは、数ある人権団体の中でも最も凶暴な組織であり、しばしばグリフィンの食糧庫を襲うなどの暴力事件を起こす。自律人形全般を憎悪し、それらを社会から排斥することを目標とした極めて危険な連中なのだ。
「軍情報部が捕まえた奴を尋問して、そこから得た情報を頂いて、手繰っていったらこいつらに行きついたのさ。上手く隠蔽してたつもりらしいが、相手が悪かったな」
晶は凶暴な笑みを浮かべて言う。面倒をこさえてくれやがってなぁ、と吐き捨てながら。
運動公園で捕まえた尾行者は、軍情報部による執拗な尋問を受け、数時間で知っていることを全て吐いた。旅館の女将を通してその情報を受け取った晶は、マークされている基地のではなく16Labの回線を使って捜査を開始したのだ。
複数の団体や企業をダミーとして、複雑なネットワークを構築していたが、晶は得た情報を手掛かりに探っていき、遂にケミカルダインとヒューマニス・ポリクラブの癒着にまで辿り着いたのだ。
「頭のおかしいあいつ等にしてみれば、ゾンビワームは人類のための聖戦を人間の手でやれる格好の道具だったってところさ。蟲を商売にしたいケミカルダインと結びついてもおかしくはなかったのさ」
『…糞以下な話ね』
「それには同意するよ」
吐き捨てるように言ったドリーマーに晶も頷いて言う。自律人形の排除、という理念に凝り固まったヒューマニスにとっては、例え人間としての尊厳が奪われようが、人形でないというだけでゾンビは肯定すべき存在なのだ。人権団体の名が聞いて呆れる。
『それで、奴らが3日後に飼い主に噛みつく、というのはどういう根拠があっての推測なのかしら?』
ドリーマーは次の疑問を晶にぶつける。彼らにしてみれば、スポンサーであり、ゾンビワームの供給源であるケミカルダインは命綱のはずだ。それに噛みつけば遠からず自壊する。なのになぜ、噛みつくという話になるのかが分からない。
「推測ってか、俺がそう仕組んだんだけどな」
それに対し、晶はしれっとそう言った。ドリーマーは目を細めた。それが本当だとしたら、この男は完全にこの事件を掌の上で転がしていることになる。
『どういうことなの?』
「まず、ケミカルダインとグリフィン非主流派、それに政治家共にはヒューマニスとの繋がりを示す証拠をチラつかせた。榊のおっさんの証言もあるから、逃げられやしない」
晶の掴んだ、証拠となるデータ。それが公安の手に渡れば、強制捜査は免れない。それがなかったとしても、悪名高いヒューマニスとの繋がりをIFNで公開されでもしたら、評判は致命的なまでに下がる。彼らはそうなる前に、ヒューマニスを切り捨てなければならないのだ。
「ヒューマニスには、ケミカルダインが政府と結託してお前らを切り捨てるつもりだ、って情報をリークしたのさ。あいつらこの国の政府には因縁があるからな。理性をなくして暴れてくれると思うぜ?」
晶は皮肉気に笑って言う。ヒューマニスは過去の移民騒動の件で、この国の政府に叩き潰された連中が作った組織であり、反政府運動を積極的に行っている。ケミカルダインが政府と手を取ったというなら、そちらに牙を剥くだろう。そうでなくても、ゾンビワームの生産プラントがないと、奴らは一巻の終わりだ。少なくとも、それだけは確保するべく、動くだろう、と確信している。
『…つくづく、恐ろしい男ね』
「お褒めに預かり、恐悦至極」
芝居がかった口調で言う晶に、ドリーマーは化け物を見るような視線を向ける。有能な情報員は、時に歩兵一個師団を遥かに上回る活躍を果たすというが、それはまさにこの男のような者のことをいうのであろう。まさに、悪魔と評されるに相応しい怪物だ。
『…あと一つだけ聞きたいのだけど』
「どうぞ?」
『この戦いが終わった後、あの蟲はどうするの?』
「完全に破棄するつもりだ。現物もデータも、全部な」
ドリーマーの問いに、晶は一瞬の迷いもなく答える。それは軍情報部や戦略研究所とも共通認識だ。後は、ペルシカだけだが彼女はこんな趣味の悪いものを量産しよう、などとはしないだろう。
『移民対策として有効なものではないのかしら?』
ドリーマーが再び皮肉気な笑みを深くして尋ねる。地下の移民はこの国の目下の悩みの種であり、解決すべき問題である。それを政府がやすやすと手放すとは思えなかった。
「そうでもない。戦略研究所の見解では、あれはそれほど重宝なもんじゃないんだ」
晶は一昨日、軍時代の同期であり、戦略研究所の部長である西博士から聞いた言葉を思い出して言う。
「まず、ゾンビ共は簡単な命令でしか使えない以上、用途が凄く限定される。考えられる使い道は、E.L.I.D発症者の進行を食い止める肉壁か囮、というところなんだが、それには物凄いリスクがあるらしい」
晶は淡々と言葉を続ける。確かに、とドリーマーは思う。政府があの気味の悪い軍勢を用いる用途はそれぐらいしかないだろう。鉄血の機械人形にも有効な兵器ではあるが、政府はその気になれば鉄血など片手間で片づけられる力を持っているのだから、その目的で使うことは想定しないないだろうし。だが、E.L.I.D発症者に対して使えない、とはどういうことなのだろうか。
「あの蟲は遺伝子操作で作られた歪な生物だ。故に遺伝子構造が不安定で、放射線や崩壊液の影響を受けやすい。そして、E.L.I.D発症者との交戦の場は概ね汚染地域だ。つまり…」
『あの蟲がゾンビごとE.L.I.D発症者になる…』
「そういうこった」
ドリーマーの言葉を、晶は肯定する。敵を食い止めるつもりで敵を増やしては逆効果だ。それにあの蟲がE.L.I.Dに発症して、その卵が人類の領域にまき散らされれば恐るべきバイオハザードが起きる。故に、あの蟲は人類にとって害にしかならない。排除すべきものなのだ。
「とりあえず、この事件について聞きたいことはこれぐらいか? んじゃま、3日後、お互い頑張ろうぜ?」
『…ええ。…いえ、もう一つだけ聞かせて?』
「うん?」
ドリーマーの言葉に、晶は通信回線を閉じるのを保留する。この事件について知らせることは全て知らせた。そのつもりだったのだが。
『…あんたが私達の立場だったとして…これからどうする?』
「…らしくねぇな」
ドリーマーの言葉に、晶は苦笑して言う。その言葉の裏にある彼女の心の闇に気づいたからだ。
エルダーブレインは休眠状態、切り札の復讐者もろくに活かせず、半ば使い捨てる形で失った。そして、今回の事件で深刻な被害を受けるに至った鉄血。その前途について、彼女は絶望を感じているのだろう。
だが、晶はそれに関して答えられることはなかった。
「そんなこと、俺に聞いてどうする? 仮に俺に投降すれば大事にしてやるって言っても、お前受け入れないだろ?」
『…それもそうね』
晶の言葉に、ドリーマーは目を閉じて、首を横に振って言った。そう。彼が答えを持っているわけがない。答えは己が見出すしかないのだ。
『…いつか見つかるのかしらね。私達の答えが』
「見つかるさ。諦めさえしなければな」
呟くように言ったドリーマーに、晶はそれだけを言い残し通信回線を切る。
答えは必ず自分の中にある。それは諦めなければ、いつかきっと見いだせる。それは人間も、グリフィンドールも、そして鉄血の機械人形も同じだ、と思った。
「だから、征くのさ。俺達は」
そう呟いて、晶は再びIFNデッキを立ち上げる。最後の仕上げを果たすために。いまだ迷っている64式が答えを見出すことを願いながら。