64式戦記   作:カール・ロビンソン

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最終章:誰も皆、今を受け入れて生きていくしかない(結)

「散開!」

 

 FALの号令と共に、64式達は散開し、それぞれ金属棚の陰に潜り込んで伏せる。次の瞬間、頭上を弾丸の嵐が通り過ぎて行った。鉄巨人が両腕に内蔵された軽機関銃で掃射したのだ。

 

『指揮官!』

 

『ああ、こちらでも確認した。鉄人(ティエレン)とはまた古風なものを』

 

 FALの言葉に戦術人形達の目を通して敵を確認した晶が言う。

 鉄人(ティエレン)とは、隣国で開発された二足歩行型歩兵支援用戦車のことである。第三次大戦前後で使用されたこの兵器は、元々僻地での使用を前提としており、データリンク等に頼らない簡素なFCSを用いており、またこの手の兵器としては堅牢な作りであることが特徴である。

 この性質から緒戦から核兵器が大量に用いられた結果、EMPが頻発し、データリンクに依存する精密兵器が早々に無力化されてしまった大戦において多大な戦果を上げたこの兵器は、以後戦術人形が主力になるまでの間、対E.L.I.D発症者との戦いであらゆる国で用いられた。

 旧式兵器ではあるものの、チタン合金でできた装甲は頑強であり、小火器ではまず対抗できない。大口径のライフル型の戦術人形がいれば装甲を打ち破ることもできるだろうが、生憎この場には居なかった。

 

『FALさん、後10分、いえ、5分耐えてください。急行します』

 

 レーヴァティンが通信を送ってくる。彼女は単騎とはいえ軍の最新型戦術人形であり、鉄人(ティエレン)を上回っている。彼女が来るまで耐えれば勝利は確実だ。

 

『ええ。お願いね、レヴァ』

 

 保険として、という言葉をFALは敢えて飲み込んだ。実際には彼女に頼らなくても、この敵を撃破する策はある。それが成らなかった場合は彼女に頼ることになるだろうが。

 

「このまま耐えればいいの?」

 

「そうね。それができればいいのだけど…」

 

 SOPMODの言葉に、ROは苦虫を噛み潰したような顔で言う。旧式でも多大な実績のある軍用兵器である鉄人(ティエレン)は、それが簡単にできるような甘い相手ではない。

 轟音と共に、両肩に装備されたランチャーから、それぞれ大型のロケット弾が放たれた。それはFAL達の潜む棚から少し離れた床に命中し、爆裂する。それは爆炎と爆風をまき散らし、棚や荷物、そして戦術人形達を吹き飛ばした。

 

「うあ!」

 

 吹っ飛ばされ、床を転がる64式。見れば、ダミードールの内2体が、吹き飛んできた棚に押し潰され戦闘不能に陥っている。他のメンバーの様子も似たようなものだ。隠れていても、遮蔽ごと吹き飛ばされる。立ち向かっても、2門のマシンガンで蜂の巣だ。そして、こちらの攻撃はほとんど通用しない。5分ももたせられるかどうかわからない、絶望的な状況と言えた。

 

『このままじゃ…一旦退きましょ?』

 

『駄目よ。敵の方が足が速いわ。下手に逃げたら、合流する間もなく撃ち倒されるわよ』

 

 TMPの提案をFALが却下する。鉄人(ティエレン)はローラーダッシュで、時速30km程度で走りながら射撃を行うことができる。そんな相手に背中を向けて逃げてもただ的になるだけだ。

 

『守ったら負けるわ。攻めるわよ』

 

 そう言ったFALから総員に圧縮されたメッセージが送られる。それは攻めるための作戦だ。64式はそれを瞬時に確認する。一か八かの手段だが、これ以外に手はない、とも思えた。

 

『了解。…TMP、3秒後に仕掛けますよ』

 

『はい…逃げちゃ、駄目ですよね…』

 

 ROの言葉に、TMPが悲壮な声で応える。彼女も覚悟を決めたようだ。

 

『3、2、1、スタート!』

 

 FALの号令と共に、TMPが倒れた棚の隙間から飛び出す。1体のダミーを犠牲にしながらも動きに加速をつけていき、敵の射撃をかわして引き付ける。

 

「お前の罪を数えろ!」

 

 その隙に、物陰から敵の背後に回り込んだROが手にしたメガホン状の妨害装置から、特殊なパルスを打ち出す。それは敵のFCSを捕らえ、その機能を削いだ。

 

「今よ! 好機を逃すな!」

 

「ええ! いただくわ!」

 

 同じく物陰から両サイドに回り込んだFALと64式がフルオートで射撃を加える。狙うは両腕のマシンガン。装甲に覆われているそれを破壊することはかなわないが、銃撃を受けている状態で射撃が出来る程の機能を、鉄人(ティエレン)は備えていない。これで敵の動きは封じた。

 

「砕け散れぇ!」

 

 そして、そこにSOPMODが殺傷榴弾を叩き込む。グレネードは狙いを誤らず鉄人(ティエレン)の胸部に殺到し、派手に爆発する。装甲は僅かにへこんだだけの様だが、それでも鉄人(ティエレン)の姿勢が大きく傾いだ。

 

「これが最後よ!」

 

 そこに目掛けて、FALが3発のグレネードを立て続けに撃ち込む。一発目の爆発で更に姿勢が崩れ、二発目で床に撃ち倒し、3発目で大きく吹き飛ばし、床に転がした。

 

「やった!?」

 

 その様子を見たSOPMODが歓声を上げる。確かに鉄人(ティエレン)はまだ大きく損傷はしていない。しかし、内部への衝撃は相当なものだろう。中に乗っているであろう人間が気絶か負傷してくれれば、動きは止まる。64式はそれを期待しながら、鉄人(ティエレン)を見る。立ち上がるな、と願いながら。

 

 だが、その願いも空しく鉄人(ティエレン)はゆっくりと立ち上がり、そしてロケットランチャーを構える。今度は4発のロケット弾が放たれた。

 最早音とすら認識できないような爆音が聞こえる前に、まるで巨大な鉄のハエ叩きで張り飛ばされるかのように、爆風が人形達を吹き飛ばす。多数の荷物や瓦礫と共に、床に転がる64式達。もはや無傷な者はなく、ダミー人形のほとんども破壊されてしまった。

 このままではレーヴァティンが来る前に全滅だ。打つ手を失った64式達の思考を絶望が支配する。

 

『ニンギョウメ…コロス…コロス…』

 

 歪な機械音声をまき散らしながら、鉄人(ティエレン)は瓦礫を踏みつぶしつつ進んでくる。人形達に止めを刺さんと。それは余りに恐ろしく悍ましい姿だった。まるで人形に対する怨念そのものが敵になったかのようだ。

 

『よしよし。いよいよ仕上げね』

 

 だが、そんな中でもFALは強気に笑ってそう言った。何が仕上げなのか。まだ何か策があるのか。この場にいる誰もがそう思った。

 

『後は私がやるわ。他のみんなは隠れてなさい』

 

『そんな…無茶です、FAL!』

 

 ROがそう言って、FALを制止する。だが、FALはあくまでも強気に続けた。

 

『大丈夫、勝利は私達の物よ。…貴女がしくじらなければ、だけどね』

 

 そう言ってFALは64式に水を向ける。この期に及んで一体自分に何をしろ、というのか。そう思いながらも、64式はFALの言葉を待つ。そこに希望があると信じて。

 

『いい? これから私と敵をラプラスシステムで監視し続けなさい。そして、それを通信モジュールで全員に共有する。それが貴女の役目よ?』

 

『それをして何の意味が…!?』

 

『考える暇があるならやる! いくわよ!』

 

 FALがそう言って瓦礫から飛び出す。そして、最後に残ったダミーを囮にして時間を稼ぎ、グレネードを構える。ダミーが撃ち倒されると同時に、FALの榴弾が鉄人(ティエレン)に命中する。派手に爆発するが、ダメージを与えているようには見えない。

 鉄人(ティエレン)がマシンガンで反撃する。ジグザグに走ってそれをよけようとするFALだが、避けきれず肩を撃ち抜かれる。そして、血のしずくを残しながら倉庫の奥へと逃げていく。鉄人がそれを追った。

 

 その様子を64式はラプラスシステムで観測し続ける。絶望と悲観に満ちた表情で。いけない、FAL。その先は行き止まりだ。64式には分かる。FALが通路の奥に追いつめられることが。

 地面に散乱した瓦礫や荷物のせいでローラーダッシュができない鉄人(ティエレン)、ガシガシと歩いて行きゆっくりとFALを追いつめる。もはやFALは逃げることもできない。反撃しても効果はない。

 64式は目を逸らしたくなる。FALが嬲り殺しに遭うところなど見たくはない。だが、それでも64式は見続ける。訪れる未来を。それだけが唯一自分にできることだから。

 鉄人(ティエレン)が銃を構える。そして、FALを脅すように銃弾を床に撃ち込む。だが、それでもFALの笑みは消えない。苛立った鉄人(ティエレン)の銃弾がFALの足を撃ち抜く。堪らず倒れるFAL。だが、それでも彼女の笑みは消えない。

 鉄人(ティエレン)はついにFALの頭に銃口を向ける。もはや、FALに避ける手段はない。終わりなのか。絶望の表情で64式は未来を見続ける。そして……………

 

 けたたましい音と共に足元に撃ち込まれる銃弾。FALは目の前の鉄巨人を見る。その視線に絶望の色はない。ただ、未来を信じ敵を睥睨する。そんな目だ。敵はそんな視線に苛立っているのだろう。

 

「オビエロ! スクメ! イノチゴイヲシロ!」

 

 歪な機械音声がFALを屈服させようと脅す。そんな様子にFALは思わず笑ってしまった。狂った怨念の塊。そんなのでも一応人間なのだな、とそう思えたからだ。

 

「獲物を前に舌なめずり? 三流のやることよ、それ」

 

 FALはまるで恐れる様子もなく言い放つ。こんな奴、恐れるに足りない。だから、絶望もない。確かに自分の力ではこいつは倒せない。だが、勝利は目前だ。FALはそう確信しているのだ。

 

「そんなことせず、淡々と撃ち倒していれば一人ぐらい道連れができたでしょうにね」

 

「ダマレ!」

 

 FALの言葉に激昂した巨人が彼女の足を撃ち抜いた。もんどりをうって倒れるFAL。笑える程に痛かった。

 

「運がなかったわね。喧嘩を売った相手が悪すぎたわ。あの指揮官に、悪魔に関わらなければもう少し上手くやれたでしょうにね…」

 

 FALは倒れながら、自身の頭部を捉える銃口を見つめる。そこから銃弾が吐き出されれば、FALは死ぬ。だが、それはないと確信していた。もう、勝ったのだから。

 

「悪魔には絶対関わるな。この鉄則が守れないから、貴方は死ぬのよ!」

 

 FALがそう吠えた瞬間、天井が裂けた。そして、1秒もしない間に鉄の巨人は袈裟斬りになり、地面に崩れ落ちたのだった。

 

「やった…!」

 

 64式は呆けたようにそう言った。そう。それは64式の見た未来。それがFALの描いた勝利のイメージ。そして、それに現実が追いついたのだ。

 

『こちら一〇〇式。命中を確認』

 

『よくやったわ、64式。お陰で何とかなったわね』

 

 通信モジュールを通じて、一つ上の階にいる一〇〇式とFive-sevenの声が聞こえた。彼女らは64式達が戦っている間に、すでにエレベーターでそこまで降りてきていたのだ。

 一〇〇式とFive-sevenを置いて地下に向かった理由。それは全て、この奇襲を成功させるためだったのだ。

 

 一〇〇式の銃剣から放たれる超電磁の刃は一撃必殺の威力を持つが、予備動作が大きく、発動までに時間がかかる。敵の正面からではそもそも放てないし、撃ったとしてもかわされる可能性が高い。

 故に64式のラプラスシステムで未来を観測し、敵が止まる位置を確認し、情報を共有するFive-sevenが観測手となって照準を行い、一〇〇式の刃を命中させたのだ。

 

『生きてる、FAL?』

 

『ええ。…できれば、もう少し早くやって欲しかったわね』

 

『ごめんなさい、FALさん…』

 

『いいのよ。一〇〇式(モモ)が悪いわけじゃないんだし』

 

 軽口をたたき合うFive-sevenとFAL。それに謝る一〇〇式。それを聞いて、ようやく全員の緊張が解けた。勝った。そう思えた。

 

「じゃあ、64式。仕上げはよろしく」

 

「うん! きっちり、殺ってきてよね!」

 

 ROとSOPMODが瓦礫の下から這い出してきて言う。仇を討ってくるようにと促しているのだ。64式はそれに力強く頷いた。

 

「あの…よかったらこれ、使ってください」

 

 TMPが短剣を差し出してくる。それは彼女が作ったという銃剣で、一〇〇式のそれに匹敵する切れ味があるらしい。あの装甲を切り裂くのに使えそうだ。

 

「ありがとう」

 

 礼を言いつつ、64式はそれを受け取る。そして、敵の方へと歩を進めていく。短剣とそして、手に入れた答えを持って。ようやく、ようやく分かったのだ。

 

 歩いて行くと、床に転がるFALとガラクタと化した巨人の姿が見えた。彼女はスカーフを脚に巻き付けて、応急処置を施していた。傷は深くはないようだ。それを見て、少しだけ安心する。

 

「ニンギョウメ…ニンギョウメ…」

 

 ガラクタはただただそう言い続けていた。歪な機械音声で。この世の全ての人形を憎むように。64式は何も言わず、その装甲に短剣を突き入れた。そして、遂に敵の本体を引きずり出した。

 電線がつながった金属製の球状の物。それは脳核と呼ばれるものだった。金属で保護され、培養液で生かされている脳だけの存在。それこそがこの巨人を操っていたもの。そして、この事件の実行犯だったのだ。

 

「哀れなものね」

 

 それを見て、FALは吐き捨てるように言う。この国で反乱を起こし、無残に敗れた者の末路。自分たちを殺した人形達への怨念の塊と化した彼らは、人間の身体を捨てて機械の化け物になったのだ。あまりにも愚かしく、そして悍ましいと思えた。

 

「コロスコロスコロス、ニンギョウヲスベテ…」

 

「…ねえ。私、分かったの。分ったのよ」

 

 怨念を吐き出し続ける機械の化け物に、64式は淡々と呟くようにそう言った。そこには憎しみも怒りもない。静かな悲しみとある種の悟りがあるだけだった。

 

「私はね、一歩も踏み出せてなかった。前に進めてなかったの…」

 

 64式は首を横に振ってそう言った。それこそが、64式の抱えていた心の矛盾そのものだった。

 

「私ね。みんながいなくなったって認められなかったんだと思う。基地に帰れば、きっとまたみんなが出迎えてくれて…ここはそれまでのかりそめの居場所だって、そう思ってたんだと思う…」

 

 64式はFALを見つめて言う。彼女らを心底仲間だと思えていなかった。そんな自分が少し前までいたのだ。仲間が全滅したことは、指揮官の話で頭の中では理解していたつもりだった。だが、心は納得していなかった。仲間はまだ生きていて、そして帰ればまた会える。そう心は信じていた。だから、復讐心など湧かなかったのだ。

 

「そんなはずないのにね。…未来を見る機能を持った人形が、過去ばかり見ていたなんて…笑えないよね…」

 

 64式は自嘲して言う。FALに懺悔するように。敵ではなくFALに苛立っていた理由。それは彼女が明白に未来を見続けていたから。今から考えるとそうなのだろう、と思えた。それは過去にしがみつく自分への苛立ち。そう。それに気づいていれば、答えはすぐそこにあったのだ、と思えた。

 

「だから…私は貴方のようにはならない」

 

 そう言って、64式は脳核に銃口を向ける。過去に縋りつく自分に決別するように。

 これは過去に縛られた亡霊。失った過去に縋りつき、怨念のみに生きるしかなくなった人間の末路。そして、それが引き起こした、あまりにも悲惨な事件。

 未来が見えない者を討ち、今の悲しみを断ち、自身の過去を乗り越える。64式はそう決意していた。

 

「私は皆を忘れない。でも、もう振り返らない。新しい仲間と一緒に、前に進むわ!」

 

 戦いの中で得た真実。FALが傷ついていくことに、痛む心が思い知った事実。今の仲間はここにいるみんな。この戦場で共に戦ったみんな。そして、基地で待つみんなだということ。そして、彼女らと共に指揮官の目指す未来へと進んで行く。そう心に誓った。

 

「だから、亡霊は消えなさい!」

 

 方向と共に引き金を引く。タァーン! という甲高い音が倉庫に響いた。

 銃弾に貫かれた脳髄。もう亡霊はわめくことはなかった。仇は討った。高揚はない。悲しいこともない。64式はため息一つ吐くと、銃を追い紐で肩に吊り、そしてFALのところへ歩いて行った。

 

「ほら、肩貸してあげるわ」

 

「あら、随分気が利くのね」

 

「こんなでもバディだからね」

 

 FALと軽口を叩き合う自分が微笑んでいることを64式は自覚していた。そう。私は進んで行く。未来へ。新しい仲間たちと共に。もう迷うことはなかった。

 

『状況終了。…総員、直ちに帰投せよ』

 

 みんなの耳に指揮官の声が響いた。

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