戦いが終わった明くる日。64式は手当てを受けたFALと共に、前の基地を訪れていた。
見慣れたはずだったその場所は、黒い煤と銃痕、そして赤い血に塗れ、いたるところが破壊されていた。入り口には黄色いテープが張られ、立ち入り禁止の札が掲げられている。
かつて自分が仲間達と共にあった場所。思い出の場所はもう見る影もなかった。
だが、64式の心は微かに揺れただけだった。胸に手を当て思い出す。在りし日のこの基地の姿を、指揮官や仲間達と過ごし、共に戦ったあの日々を。それはもう自分の胸の中にしかない。良い悪いではなく、それは受け止めなければいけない現実なのだ。
「復旧まで時間がかかりそうね」
だから、64式はそれだけを口にする。過去を忘れはしない。だが、振り返りはしない。そう決めたから。
「そうね。懐事情の侘しいこの国のグリフィン支部が、完全に破棄するとは思えないけど、ね」
そう言って、後ろから来たFALが64式の隣に並ぶ。そして、手にしていた花束を基地の前に置いた。それはいなくなった戦友達への手向けの花。生の花ではなく、紙で作られた造花だったが、基地のみんなが折ってくれたものだ。みんな戦いが終わったばかりだというのに、文句の一つも言わず付き合ってくれた。ありがたい、と思う。
「だから、今ここにこれを置いても誰も文句は言わないわ」
「そうね」
FALの言葉に、64式は頷く。仲間達の思いを込めた花なのだ。再びこの基地に手を入れるまで、この花を飾ることを許してほしい、と思う。最もうちの指揮官なら、誰にも文句など言わせはしないだろうが。
なんとなく、64式はFALと視線を合わせる。彼女は軽く微笑んでくれた。新たなる出発を祝福してくれているのかもしれない。そう。この基地に所属していた64式はもういない。今日から改めて前に歩みだす。新しい指揮官と仲間と共に。
「首尾は上々のようだな?」
背後から声がした。聞き覚えのある声。64式とFALはゆっくりと振り向く。そこには鉄血の機械人形、アルケミストが立っていた。驚きはしなかった。もうここは既にグリフィンの管理下にない。彼女がいてもおかしくはないのだ。
「お陰様でね。そっちも上手くいったようね?」
「ああ。忌々しいことに、お前のところの指揮官は実に有能だよ」
FALの言葉に、アルケミストは降参とばかりに両手を上げ、首を横に振った。指揮官のもたらした対ゾンビ用榴弾の効き目は抜群で、押し寄せるゾンビどもはそれをばら撒くデストロイヤーやドリーマーの操る航空ドローンによって次々に駆逐されていった。近年稀に見る活躍を褒められたデストロイヤーは大層な喜びようであった。すぐにドリーマーに揶揄われて、いつもの言い合いが始まったが。
「それで、64式よ」
アルケミストはFALとの会話を打ち切り、64式の方を見て話を振った。その表情に浮かんだ笑みは実に楽しそうで、かつどこか嗜虐的な雰囲気であった。
「聞かせてくれないか。あの時、お前の心の中に何があったのか。そして、今何が残ったのかを、な」
そんなアルケミストの言葉を聞いて、64式は思わず笑ってしまう。この鉄血の屑はそんなことを楽しみにこんなところにまでやってきたのだ。変な奴だな、と思う。だが、それはうちの指揮官もFALも、そして自分自身も変わらないのかもしれない、とも思えた。
「ええ」
64式はアルケミストに向かって頷く。答えはもう用意している。それはとても簡単なことだった。
「あの時の私にはね、馬鹿さ加減があった。どうしようもなく馬鹿だった。それだけ」
「ほう」
64式の言葉に、アルケミストは何気なく、だがどこか興味深そうに言う。64式の言葉が理解できたのか、そうでないのかは分からない。
64式は思う。本当はほんの少し目を開けば分かるはずだった答え。それを見つけられなかったのは、ただ過去に縋りついていたがため。今を受け入れられなかった馬鹿な自分があった。それだけだったのだ。
「そしてね。今はね、もっと尖った馬鹿になろうって、そんな思いがあるだけ」
「ハハッ! なんだそりゃ」
64式の言葉を笑い飛ばすアルケミストに、64式もつい笑ってしまった。自分の言うことがあまりにも馬鹿馬鹿しいから。でも、今の自分の思い、そして目指したいことはそれしかなかった。
新しい指揮官は、そして新しい相棒は、そして新しい基地での日々は常識外れのとんでもないものだ。世界の存亡に関わるような事件さえも解決したことがある。そんな連中なのだ。
彼らの中に混ざるのだから、自分も常識を超えられるようなある種の馬鹿にならないといけない、と思う。郷に入っては郷に従え。ローマの中にあってはローマ人になって生きるしかないのだ。
「すっかり面白くない奴になったみたいだな。つまらないな」
「そう。それは残念ね」
アルケミストの文言とは裏腹に、どこか楽しさを内包した言葉に。64式は軽口でさらり、と返す。彼女もまた64式が自身の心に決着をつけられたことを、彼女なりに祝福しているのかもしれない。そうであるのなら、彼女もまたこの瞬間だけは戦友と言ってもいいのかもしれない。
「お前達みたいなのに、何度も会うのはごめんだな。これっきりにして欲しいな」
「それはお互い様よ。…そうもいかないんでしょうけどね」
「全くだ。つまらない話だな」
FALと言葉を交わしたアルケミストは、こちらに背を向けて去っていく。64式はFALと共にそれを見送った。敵としてなのか、それとも今回のような形になるのか。いずれにせよ、またいずれ会う時もあるだろう。その時はせいぜい殺し合いはしない方がいいかな。と64式は思った。
「…そうだ、64式よ。もう一つ聞かせてくれ」
ふと、立ち止まったアルケミスト。彼女は振り返り、そして64式に一つ問うた。
「…本当に、答えは自分の中に必ずあるものなのか?」
それは鉄血の機械人形であるアルケミストが覗かせた揺らぎだったのかもしれない。彼女も、いや鉄血全体が実は道に迷っているのかもしれない。
だから、64式は穏やかな笑顔でこう答えた。
「さあね?」
そして、その言葉をFALが引き取る。
「鉄血の機械人形は私達よりずっと高性能で賢いんでしょ? 私達に聞かないでよ」
そうして、二人は彼女に背を向ける。それが答えだった。
「ハハッ! …それもそうだな」
そうして、アルケミストもまた再び彼女らに背を向ける。彼女らが自分の答えを持っているわけがない。それは自分で探すしかないものなのだから。
「探すことにするさ。自分の答えは自分の手で、な」
「見つかるはずよ。諦めさえしなければ、ね」
そうして、三人は背中越しに片手を上げて見えない別れの挨拶をする。それだけで十分だった。
誰も皆答えを探し続けている。FALも64式もアルケミストも、その旅路の途中なのだ。その道はどこかで重なり合い、そしてまた分かれて、またそれぞれの道を歩いて行く。そうして百代の過客として全ては流れていく。それが古より繰り返されてきた世界の営みなのかもしれない。
だから、64式も旅を続ける。今立てた目標を胸に、新たなる答えを求めて。隣に立つ相棒のFALと共に。素晴らしい旅立ちの日だ、と思えた。
「さて、帰りましょ。明日はハロウィーンパーティだし。準備しないとね」
「そうね。…ところで、FAL。お腹空いたんだけど、何か持ってない?」
「そうね。これとかどう?」
「え!? ウイスキーボンボン! しかも、見るからに天然物!? どこでこんなの手に入れたの!?」
「いらないの? なら、私が食べるわよ?」
「いるに決まってるでしょ!(もぐもぐ)」
「…美味しい?」
「それはね。美味しいに決まってるわ」
「そう。指揮官が後生大事にしまっておくわけね(もぐもぐ)」
「ぶっ!? ふぁ、FAL!? あ、貴女、もしかして…!!」
「食べたんだから共犯ね?(もぐもぐ)」
「ちょっと~!?」
…いきなり、先行き不安な64式であった。
64式戦記・完