64式戦記   作:カール・ロビンソン

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第1章:神様は優しいとは限らない(中)

 FALの投げたパラシュートコードを握って、瓦礫の上に出た64式は、彼女と共に朽ちたビルのエントランスでつかの間の休息をとっていた。ホテルだったと思わしき建物の中には埃だらけのソファー等が並べられているロビーがあった。適当に埃を払い落として座ると、FALはリュックから手の平サイズの平たい缶と1ℓ用の水筒を投げてよこした。

 

 缶に入ったざらざらした舌触りのチョコレートと、水筒の少し苦めのお茶を下品にならない程度の速さで身体に収める64式。ただひたすらに燃料と冷却水を求めていた身体が歓喜をもってそれを迎え入れる。美味しかった。食べなれた合成チョコレートとお茶がこんなに美味しいとは思わなかった。

 

 ふと、64式はFALを見る。遠慮なく食べているが、これはFALが提供してくれたもので、自身の糧食でもあるはずだ。全部食べてしまうと不味いかもしれない、と思った。

 

「構わないわ。あとは基地に帰るだけだし」

 

 64式の視線を受けたFALは心を読んだかのように言う。64式は彼女が心を読むシステムでも搭載しているのか、と一瞬思ったが、馬鹿げたことだ、と思い直した。今の自分は余程物欲しそうな顔をしていたのだろう。恥ずかしくなって、つい俯いてしまった。

 

「…ありがとう。その…助けて貰ったり、食べ物を分けて貰ったり」

 

「気にすることはないわ。味方はたとえ死体であっても救出する。それがうちの部隊のモットーだもの」

 

 礼を言う64式にFALはごく当然のことのように淡々と答える。その言葉を64式は意外に感じた。噂通りの味方殺しであれば、隊の方針がどうであれ、助けても報酬も出ない他の部隊の戦術人形など放置するはずだ、と思ったからだ。

 

「…味方殺しが宗旨替えをしたの?」

 

「…命の恩人に対して随分な口の利き方ね?」

 

 自身の言葉に不興気に眉を顰めるFALを見て、64式はしまった、と内心で後悔した。歯に錦を着せられないのは悪い癖であった。

 

「まあいいわ。答えはYesよ」

 

 だが、FALはそれで怒るほど大人気のない戦術人形ではなかったようだ。軽く肩を竦めて、64式の指摘を受け入れて言う。

 

「成長したのよ、今の隊に来てね。…あの頃の私は、色々なものが見えていなかったわね…」

 

 FALはそう言って自嘲的に笑う。その様子を見た64式は、味方殺しと呼ばれた彼女がもういないのだ、と気がついた。

 その昔、FN隊の隊長であるFALは使い物にならない、と見た味方の部隊を餌にして戦果を上げる、ということを繰り返していたと聞いていた。今の彼女の様子を察するに、考えを改めたのだとしか思えない。

 

「さて、これ以上の昔話は基地に辿り着いてからにしましょう」

 

 64式の食事が終わったのを見計らい、FALはそう言って立ち上がり尻の塵を払う。64式もまたそれに倣った。彼女について、色々知りたいことはあるが、まずは生きてこの戦場から脱出することが優先だ。二人はそのまま歩いていく。

 

「さて、知ってるかもしれないけど自己紹介をしておくわね?」

 

 前を歩くFALは無造作に言う。その様子に周囲を警戒する色はない。

 

「私はFAL。今は極東支部所属の一〇〇式隊の副官よ。よろしく」

 

「…64式自動小銃。よろしく」

 

 FALの言葉に64式は答える。握手をしようという動作はなかった。なので、こちらから手を差し出すこともしなかった。そもそも今は戦闘中なのだから、握手をするのは非常識と言えた。

 

「…よければ、知っている状況を話して貰える?」

 

「いいわよ。といっても、私も断片的にしか知らないけど」

 

 64式の言葉にFALは軽く肩を竦めて言う。自身の知りうる事情を。

 FALの話によるとほんの一週間前程度から、グリフィン各支社と基地は正体不明の軍勢の襲撃を受けていたそうだ。敵は64式を襲っていたよくわからない連中。各基地ともあり得ないほどの数に襲われたようだ。

 そして、FALは他所の基地の応援に行った際、連中と交戦した。応援先の基地はすでに壊滅。指揮官は死亡。戦術人形は一部を残して全滅していた。待ち伏せを受けたFAL達も窮地にさらされたが、指揮官の起死回生の策で敵を一掃し壊滅させることができた。

 

「冗談じゃないわね、うちの指揮官は」

 

 ぶつぶつと文句を言いながらも、FALはどことなく楽しそうに指揮官のことを語る。余程無茶苦茶な作戦に付き合わされたらしいが、それでも表情が暗くないのは、絶体絶命の状況の中勝利を勝ち取ったことよる達成感のためなのか、指揮官のことを本当は信じていたのか。多分両方だと思えた。

 

「で、私は指揮官からの勅命を果たして帰る最中。感謝してよ?」

 

 FALの曰く、自分は指揮官から受けた極秘任務を達成した帰りで、救難信号を受けてついでに助けに来たらしい。それに関しては確かに感謝するより他にない。

 

「…感謝します。でも…!」

 

「何故、私を助けたのか? さっきも言ったわよ」

 

 FALの言葉に64式は口を噤む。FALに完全に先回りされてしまったからだ。

 FALの先ほどの言葉。味方はたとえ死体であっても救出する。それは確かに尊い理念かもしれない。だが、指揮官からの勅命を受けているときに果たすべきことなのだろうか。FALはそんな浪花節に流されるような、情的な人形には見えない。

 

「ご明察。別に浪花節じゃないわよ。うちの指揮官、浪花節にはまるっきり縁のないプラグマティストだしね」

 

 また思考を先回りされた。64式は憮然とした表情で口をへの字にする。本当に思考感知システムでも搭載しているのではないのだろうか、と思ってしまう。

 

「バレバレなのよ、貴女の表情。可哀相なぐらいに、ね」

 

「…はいはい、降参よ」

 

 そう言って、FALは64式の鼻先に指を突き付ける。完全に遊ばれている。64式はため息をついて両手を上げた。歴戦の戦術人形は化け物か、と素直に思えた。

 

「素直でよろしい。さて」

 

 そう言って、FALは道端に積まれているごみ袋の天辺を掴む。そして、それを大きく引いた。すると、それは幻のように剥がれ、その中から旧世代の大型バイクが姿を現した。どうやら、さっきのは光学迷彩マントをかけていたらしい。

 

「よかった。これで連中を振り切れるわ」

 

 バイクを見た64式は安どのため息をつく。バイクなら敵の追跡も振り切れるだろう、そう思ったからだ。だが、FALは

 

「だ~め」

 

 そう言って、もう一度迷彩マントをかけなおした。再び見えなくなるバイク。それは、まるで自分を乗せまい、としているかのようだ。

 

「これを使う前に一仕事よ。ねえ、貴女?」

 

 不敵に笑って、FALは64式にこう言った。

 

「走るのは得意?」

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