64式戦記   作:カール・ロビンソン

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第1章:神様は優しいとは限らない(下)

 朽ちたビルに挟まれた道。幅はかなり広めで、瓦礫で狭められている今でさえ、車が4台は通れそうな幅がある。かつての幹線道路の成れの果て、というところなのだろうか。そんな光景が64式の目の前に広がっていた。

 

「この道を走っていって。全力でね」

 

 この場に連れて来たFALが言う。

 

「この道を?」

 

「ええ」

 

 怪訝そうに尋ねる64式に、FALは当然のことのように言う。

 64式は疑問に思い眉を顰めた。これだけの道であればバイクで十分走れるはずだ。目の前には敵の姿もない。生身の足で走らなくても、バイクで走り抜ければ逃げられる…

 そう思っていた64式の背筋に冷たいものが走った。脳裏に横切る光景。バイクが銃撃され、道路に投げ出される自分とFAL。そして…

 

「ご明察。バイクで行くと危険よ」

 

 64式の表情を覗き込んで、FALがにやりと笑って言う。やはり、彼女はラプラス・システムのことを知っているのだろう。状況に作為的なものを感じ、64式は警戒心を表情に浮かべる。やはり、彼女は何らかの打算の元に助けに来たのだろうか。

 

「さて、質問よ? 袋の鼠を捕まえるには、どうするのが効率的?」

 

 FALはそんな64式の様子に気づかぬ体で、芝居がかった口調で尋ねてくる。食えない女だ、と内心で舌打ちをした。だが、ここまで来た以上付き合うほかはない。

 

「…袋をとじる、と?」

 

「正解」

 

 64式の答えを聞いて、FALはにこりともせずにそう言い、道路を挟む廃ビルを指差した。

 

「このエリアを抜けて人類の領域に向かうにはこの道を通るしかない。私が敵の立場なら、逃げ回る戦術人形を全員で追うより、一部に追わせて残りの戦力をここに伏せるわね」

 

 64式を追っている敵の総数はさほどの数ではない。いくら抵抗力を喪失しているとはいえ、巧妙に逃げ隠れされると取り逃がす危険もあり、援軍の可能性も否定できない。ならば、安全に葬れるように脱出口を塞いでしまう方が楽であろう、と考えたのだ。

 そして、64式が見た先ほどのビジョン。敵は確実に待ち伏せしているだろう。

 

「そして、私たちは廃ビルのどこに敵が潜んでいるか分からない。というわけで、囮を用意してそれを撃とうと尻尾を出した連中を狙い撃ちにする。そういう作戦よ」

 

 そう言って、FALは銃を見せ付ける。アサルトライフルにマウントされたグレネードランチャー。FALはその扱いが得意な戦術人形だ。狙いが少々雑でも、敵が見えた窓から榴弾を叩き込めば中の敵は倒せるだろう。

 

「幸い、遮蔽になる瓦礫もそれなりにあるわ。敵の射撃は下手糞だし、走って遮蔽を利用すればそう簡単に弾はもらわないと思うわ」

 

「貰わないと思う、って…」

 

 FALの言葉に64式は呆れた様に言う。彼女は自分を囮に使うつもり満々だ。しかも、割りと分が悪い。彼女は本当は自分を助けに来たのではなくて、脱出のために自分を利用しようとしているのではないのだろうか、と思えた。

 

「私はこれが最善の策だと思うだけ。他に案があるなら言って? それがより良い策で、現実的に可能であれば採用するわ。ただし、カップラーメンができるより早い時間でね」

 

 そう言って、FALは後方に視線を走らせる。64式ははっとする。敵の後続がないとは限らない。もしあるとすれば、進路も退路も塞がれている状況になる。囲まれる前に速やかに策を考えるなり、行動するなりしなければならない。そして、地理に疎い64式にFAL以上の策などない。後は行動するしかないのだ。

 

「一応言っておくわ。自分ひとりで逃げるつもりなら、今からでも逃げられるわ」

 

 指揮官からそういう切り札を与えられているもの。そう言って、FALは不敵に笑う。

 64式は臍を噛む。切り札を隠していることを非難したくなるが、同時に仕方ない、とも思う。救助活動において最も避けねばならないことは二次遭難だ。脱出の手段を残していても当然ではある。同時にそれを切らない、ということはあくまでもFALは自分を助けるつもりなのだ、と思うのだ。

 

「貴女が何を見ているのか、何を感じているのかは知らない。でも、怖がらないで私を信じて」

 

 FALは64式の両肩を抱いて言う。その目には信念が感じられた。その目には真実がある。その奥にどんな思惑があるかは分からないが、少なくとも自分を助けたいと願う心は本物だと思えた。

 64式は気まずい様子で視線を逸らす。さっき脳裏によぎった死のイメージ。バイクではないとはいえ、より遅い徒歩で死神から逃げられるとは思えない。そんな恐怖が64式を縛っていた。

 

「悪い予感は貴女の恐怖が見せた幻覚よ。運命なんかじゃない」

 

 そんな64式の心中を見透かしたかのようにFALは言う。自分がかつて彼から始めて教わった言葉を。

 

「本当に怖いものは自分の中にしかない。自分に打ち勝ちなさい」

 

 その言葉は不思議な重みをもって、64式の胸に響いた。きっと彼女もかつてこの言葉に動かされたことがあるのだろう。それ故の重みだと思えた。

 

「…分かりました」

 

 64式はそう言って、目の前に広がる虎の顎の様な道を見る。自分の量の頬を叩いた。気合を入れる。

 負けたくない。自分自身に。そして、あの人に嘲笑われたくはない。恐怖を胸の奥に押し込める。走ってやる。走って、走りぬいて、不連続線の様に走る希望に追いついてやる。そう思った。

 

「…行くわ」

 

「ええ。よろしくね、相棒」

 

 前に進み始めた64式にそう言って、FALはグレネードをセットする。それ以上言葉は要らなかった。

 次の瞬間、64式はアスファルトを蹴って駆けて行く。わずかに補給された栄養のすべてを使い切るつもりで、全力で走る。

 

 視界の隅で何かが光った。

 けたたましい銃声が響いた、と思った瞬間に足元のアスファルトが砕けた。即座に前に飛んで、自身のひざほどの瓦礫の影に飛び込む。無数の弾丸の嵐が頭上を通り過ぎ、瓦礫にも数発の銃弾が当たった。

 次の瞬間、凄まじい轟音と爆風が頭を撫でて行った。見上げると、ビルの窓の一角から煙が上がっていた。FALの放った榴弾が敵を吹き飛ばしたのだ。

 

『油断しないで走る!』

 

 通信モジュールに響くFALの声に弾かれた様に64式は立ち上がって走る。ここにとどまっていても狙い撃ちにされるだけだ。

 轟く銃声。掠める銃弾。弾けるアスファルト。それらが64式の恐怖を煽り、足を止めようとする。だが、それを振り払うように炸裂する榴弾の爆音と爆風が勇気をくれる。負けるな。FALにそう叱咤されているようだ、と思った。

 負けるものか。64式は懇親の力と勇気を振り絞り、走る。走り続ける。側面のビルが途切れた。ゴールだ。64式の目に希望が宿る。希望に追いついたのだ、と思った。

 

 だが、それはすぐに暗転する。目の前の瓦礫の影から現れた敵。数は5体ほど。それらがサブマシンガンを構えて待ち伏せていた。

 64式の表情が絶望に染まる。希望などないのか。運命には逆らえないのか。涙が零れた。

 

 次の瞬間、足元を何かが駆け抜ける。後ろから追いついてきた白い小動物。それは赤いマフラーをつけたイタチだった。

 イタチは手にした榴弾を精一杯の力で投げる。それは敵と64式の間で炸裂した。

 榴弾は閃光と轟音を撒き散らした。白く染まる世界。その中で、

 

「伏せて!!」

 

 FALの大音声が聞こえた。反射的に体が動く。頭の上を走り抜ける弾丸の嵐。それは容赦なく敵を打ち倒していく。そして、閃光が晴れたときに立っている者はFALと白いイタチだけとなった。

 

「ほら。 やってみれば、どうということはないでしょ?」

 

 そう言って、FALが手を差し伸べてくる。それがなんだか妙に大きく感じられ、64式は思わず掴んだ。強い力で引っ張られて起こされる。ああ、助かったのだ。この瞬間、ようやくそう思えた。

 64式は目の前で微笑むFALとその肩でふんぞり返るイタチを見る。後者はどうでもいいとして、FALの微笑みは優しくて、暖かくて、そして大きく思えた。なんだろう、彼女が大きく感じるのは。

 

「…死ぬかと思ったけどね」

 

 でも、口から出てくるのは悪態に似た一言だった。何だか、素直に彼女の大きさを認めるのが嫌だったのかも知れない。何だか、自分が妙に小さく思えて嫌だったのだ。

 

「憎まれ口を叩けるなら安心ね」

 

 FALはふ、と笑って64式の肩を軽く叩く。そして、来た道を戻っていく。64式もそれに続いた。

 

「さあ、行きましょう。新たな世界へ」

 

 それがFALとの出会いを締めくくる言葉だった。その日から始まったのだった。64式の相棒であり偉大な先輩であるFALと共に戦い、その背中を追い続ける新たな日々が始まったのだった。

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