64式戦記   作:カール・ロビンソン

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第1章:神様は優しいとは限らない(外)

 64式を整備班に引き渡したFALはその足で指揮官室に向かう。整備班の連中からはFALの傷も治した方がいい、と言われたがそれはまた後で、と断った。今はまず指揮官に報告しなければならないことがある。

 

 指揮官室は空だった。FALは不満げに荒いため息を吐いた。事前に連絡は受けており、帰りが遅れることは承知していた。だが、本来ならばここで待っているはずの指揮官がいないのは不満であった。

 

 とりあえず、FALは指揮官の机の上に座って雑誌を読み始めた。何度も読み返した雑誌だが、暇つぶしにはなる。それに指揮官の服装をコーディネートをするのは楽しいものだ。あの指揮官は仕事はできるし、よく見ればそこそこイケメンなのに装いにはまるっきり無頓着だ。そのセンスを直してやりたい、と思う。

 

 雑誌を適当に何度か見返した時、扉が開いた。そして、珍しく綺麗にアイロンのかかったスーツに身を包んだ男が入ってきた。少しドキッとした。やはり、私の指揮官は装いさえしっかりすれば中々いい男だ、と思った。

 

「…もう、出迎えてくれるはずじゃなかったの?」

 

「悪い。まさか、あんなトラブルに見舞われるとは思わなかった」

 

 そんな内心を隠して文句を言うFALに、指揮官である男―天野晶―は軽く詫びを入れて、席に座る。後で聞いたが、確かに遅れた原因は自業自得ではあるが、予測はつかない事態ではあったようだ。

 

「はい。出来高よ」

 

 そう言って、FALは一枚の書類を晶に渡す。それは自身がここ数日の活動で得た成果が記されていた。

 

「…見事だ。完璧、いや、その一つ上を行っているな」

 

 書類を見て、晶はニヤリと笑う。その言葉を聞いて、嬉しくなった自分を鑑みてFALは内心で苦笑する。結局、私も戦術人形なんだな、とある種の諦観を改めて思い起こした。

 

 FALの行った根回し。大きいのは二つ。

 一つはグリフィン極東支部の局長である兵藤に指揮官の後ろ盾になって貰うように秘密裏に交渉すること。この指揮官は呆れたことにグリフィンの金で、旅館に泊まったり、高級な食事をしたりしていた。だが、それらは全て裏工作のためであるという。FALは密かに兵藤の下へ訪れてその説明をし、経費が下りるように頼んだのだ。

 幸い、兵藤は現場主義の利口者であったため、二つの返事で支援を約束してくれた。そこらは流石クルーガーの盟友であるだけはあった。

 

 もう一つ。それは鉄血に接触して共同歩調の約定を結んだのだ。

 今回の謎の敵。その主標的は鉄血ある、と晶は読んでいた。そこで、以前接触してその通信モジュールのパターンを知っているアルケミストを呼びつけて接触したのだ。

 そして、話をしたところ晶の予想は大当たり。グリフィンを襲う数の数倍にも及ぶ恐るべき数の敵に押され、鉄血は防衛線を縮小せざるを得ない状況に追い込まれているらしい。

 そこで、FALはこいつらを潰すべく共同歩調をとらないか、と持ち掛けたのだ。

 アルケミストはすぐにそれに応じた。彼女らものっぴきならないところまで追い込まれているのだろう。

 

「私にとって、この程度の任務は大したことじゃないけど…指揮官からすればまあ、称賛する価値はあるかな」

 

「誰が見ても讃えるさ。流石、うちの筆頭戦術人形だ」

 

 FALが澄まして言う言葉に、晶は素直な称賛を贈る。つい口の橋がニヤついてしまうのをFALは抑えられなかった。この悪魔のような男にそこまで称賛されれば、嬉しくないはずはない。

 

「でも、何をさせるつもりなの?」

 

 嬉しい気持ちに浸ったのち、FALは晶に尋ねる。確かに工作は成功した。だが、その先のことをFALは何も知らない。敵の正体も、これからの展開も何もわからないのだ。

 

「そこらはドリーマー辺りと詰める」

 

 そんな晶の言葉にFALは不満を覚える。肝心なことは教えてくれないのか、と。

 この恐るべき男は以前に少しだけ通信の痕跡を残しただけのドリーマーの通信モジュールのパターンを解析し、見事彼女との直接回線を繋いだのだ。以後、裏で取引をしていることがある。

 ただ、それならば何故FALを態々行かせたのか。自分でドリーマーに言えばいい、そう思ったのだ。

 

「すぐにお前にも見えるさ、FAL。焦るんじゃない」

 

 そんなFALの心中を見透かしたように晶は言う。敵わない。そう思ったFALは両手を上げて、降参のポーズをする。

 

「お前はこの世界でたった一人、俺と同じ景色を見られる戦術人形だ」

 

「同じ景色?」

 

「ああ。戦略を立て、その推移を高いところから見下ろす、将の見る景色さ」

 

 晶の言葉を聞いて、FALは胸が熱くなるのを感じる。そう。それこそが自分が目指すべき場所。そこにたどり着いて初めて、自分は過去と決別できるのだ、と思うのだ。

 

「まあ見ていろ。馬鹿な野良犬が阿呆な飼い主に噛みつくさまをな。そうすれば見えてくるさ」

 

 晶は不敵な笑顔で言う。彼はもう十手先まで見えている。敵の正体も思惑も全て分かっているのかもしれない。恐ろしい、とFALは思う。ここから先の展開は全てこの指揮官の掌の上なのだ。グリフィンも鉄血も軍も全てが彼の操る駒に過ぎない。

 銃を撃つことさえなく、ただ知恵を働かせ、情報を操作するだけで全てを支配する。そんな悪魔が自分の指揮官。そして、目指すべき高み。

 

「ええ… せいぜい楽しみましょう」

 

「ああ。…パーティの始まりだ」

 

 そう言って、晶はFALを抱きしめる。顔を寄せてくる彼をFALは受け入れた。

 静かに口づけを交わす。その際、首に何かがつけられた。後で確認すると、宝石の着いたネックレスだった。センスは悪くない、と思った。

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