64式戦記   作:カール・ロビンソン

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第2章:真実は素晴らしいものとは限らない
第2章:真実は素晴らしいものとは限らない(上)


 この基地にやってきて丸一日が過ぎた。

 FALと共にやってきたこの基地で、64式はまず整備班の修復用ドックに放り込まれた。そして、体中の傷の本格的な修復と異常個所の検査が行われた。整備員の腕自体は良く、修復にはさほど時間はかからなかった。

 

 それでも時間が異様にかかったのは検査が物凄く入念に行われたからだ。身体の中に怪しいものが仕込まれていないか、電脳内に異常なプログラムはないか。そうした点を徹底的に調べられたのだ。

 64式にとっては苦痛な時間であったが、我慢した。彼らの立場としては妙なものが仕込まれていたらたまったものではないからだ。

 実際、グリフィンはこの事態に関して非常事態宣言を出して、各基地に警戒を強めるように呼び掛けている。それを鑑みると、厳重な検査は当然といえるのだ。

 

 朝起きて、カプセルベッドから降りた64式は苦痛な時間が過ぎ去ったことを実感した。だが、それは一瞬でげんなりした気分にとってかわられた。すぐにFALがやってきたからだ。

 

「身体の調子はもういい様ね?」

 

「…ええ。お陰様で」

 

 明るく笑って言うFALに憮然とした態度で返事をする64式。

 そんな自分の態度に違和感を感じる。どうして、自分はFALに拗ねたような態度をとってしまうのだろう。曲がりなりにも命の恩人で、かつ向こうは気負いなしに友好的に接してくれているのに。ほんの少しだけ自分が嫌になる。

 

「さて、準備がいいならすぐに指揮官のところに行きましょう」

 

「…分かったわ」

 

 FALの言葉に、64式は頷いた。特に準備するものがあるわけでもなく、それよりもいろいろ知りたいことがあるからだ。

 まず、自分の元の基地と仲間達、それに指揮官がどうなったのか。グリフィンを襲うあの連中はいったい何なのか。奴らをどうにかする手段はあるのか。等々。ここの指揮官は敏腕で有名であることから、それらの情報に関しては期待できそうだった。

 

 廊下を歩いて指揮官室の前に辿り着く。FALはノックもなしに扉を開けて部屋に入る。そのあまりの不遜な態度に一瞬気後れしたが、シンプルだがシックな部屋にいる、30代前半の男性、この基地の指揮官、天野晶は特に咎めたりはしなかった。

 

「連れてきたわよ、指揮官」

 

「ご苦労、FAL」

 

 執務机の向こうにいる晶に、FALはなんだかぞんざいな口調で報告し、晶もまた雑な口調で応じる。この二人の間柄はそういうものなのかもしれない。

 

「さて、64式」

 

 そう言って、晶は64式に視線を向ける。それはFALに対するそれよりもいくらな柔和な印象であった。

 

「この基地の指揮官、天野晶だ。今後、君の指揮を執ることになる。よろしく」

 

「はじめまして、64式自動小銃です。あの、指揮を執るって…」

 

 挨拶をした64式は晶の言葉に違和感を感じる。彼が自分の指揮を執るということはすなわち…

 

「ああ。君は正式にうちの基地の所属になった。通達も来ているから後で目を通しておいてくれ」

 

 そう言って、晶は机から取り出した書類を64式に手渡した。ざっと目を通すと、それがグリフィンの正式文書であることが分かった。

 

「あの…もしかして、私の基地は…」

 

 64式が呆然とした様子で言う。声が震えるのを抑えることができなかった。最悪の予想が脳裏を駆け巡った。

 

「数日前に襲撃を受けた、と連絡が入ったきり音沙汰はない。生還者も俺が知る限り君だけだ」

 

 その最悪の予想が晶の言葉で現実のものとなった。64式の頭が真っ白になる。

 基地は、仲間たちは全滅。生き残ったのは自分だけ。そんな悪夢のような現実に打ちのめされそうになる。

 

「…ショックだとは思うが、事実は事実として受け入れて欲しい。その上で俺に力を貸して欲しい。君の仲間達の仇を討つために、な」

 

 晶は気遣いつつも、奮起を促すようにそう言ってくる。64式はその言葉を飲み込み、顔を上げる。今はそう考えて踏ん張るしかない。

 64式は隣に立つFALを見る。彼女は憐れむようでもなく、至って平静な視線を向けてくるのみだ。それを見て、64式はなんだかほっとした。妙な憐みを受けたら何だか惨めになるからだ。

 

「分かりました。ここに来た以上、慣れるまで頑張ってみます。よろしくね、指揮官」

 

「ああ、よろしくな」

 

 改めて、彼を指揮官と呼んで挨拶を交わす。それに応じた彼に、さっそく質問をぶつける。知りたいことが幾つもあるのだ。

 

「指揮官、あの連中は何なの?」

 

 64式は早速最も聞きたいことを聞く。あの敵の正体。仲間を殺した奴らがどんな奴らなのか。それを知りたかった。

 

「あいつらはな…人間だった何か、だ。そうだな、ゾンビとでも呼称しようか」

 

「ゾンビ?」

 

「そうだ。まず、こいつを見てくれ」

 

 そう言って、指揮官は端末のディスプレイに画像を映す。それを覗き込んだ64式は不快気に眉をしかめた。悍ましいものが映っていたからだ。

 それはミミズのような身体に無数の短い脚がついた、毒々しい色の蟲だった。これがなんだというのだろうか。

 

「指揮官が回収した蟲ね。…これの正体、分かったの」

 

「ああ。昨日の深夜に戦術研究所から連絡があったよ」

 

 FALの言葉に、晶が頷いて言う。何気なく発せられた言葉に、64式は度肝を抜かれる。この指揮官は未だに軍との繋がりがあり、彼らの助力が得られるのだ。それにしても、一体いつ戦略研究所の者と接触して、回収した蟲を引き渡したのだろう。

 

「こいつはな、人間を兵器に変える恐ろしい蟲だ。戦略研究所はこいつにゾンビ・ワームって呼称を付けたらしい」

 

 安直だよな、と晶は笑う。その様子を見て、64式は晶に尋常ではないものを感じた。やはり、彼もどこか常人ではない、と思う。なんとなくFALに似ている気がする。そう思った。

 

「こいつの幼虫は経口摂取で人や動物に寄生。脳に達してそこで急速に成長し、宿主の脳の機能を奪い取るのさ」

 

 64式は晶の説明に、だんだん気分が悪くなってきた。まるでホラー映画に出てくる寄生生物みたいな蟲と、それを意にも介さず淡々と話す晶の異様さに。隣を見ると、FALは平然とした顔でそれを聞いていた。彼女にしてみれば、もはや慣れっこなのだろう。この基地で今後もやっていくことに、一抹の不安を感じる64式だった。

 

「ということは、襲ってきた奴らって全員こいつに寄生された人間なの?」

 

「そういうことになるな」

 

 64式の言葉に、晶は頷いて言う。信じられない。あの悍ましい敵は元人間だというのだ。だが、それにしては幾つか疑問な点がある。

 

「でも、あのタフネスは? それに筋力なんかもかなり強かったように感じたわ」

 

「そこがこいつの恐ろしいところなんだよ」

 

 64式の言葉に、晶はそう前置きしてから答える。

 

「生物の脳に取りついたこいつは、分泌腺を操作して大量の薬を流すんだ。筋力増強剤とか、止血剤とかをな。また、戦闘プログラムはワームの脳にインプットされていて、それを用いて寄生対象の身体を動かす。それによって、生物を一個の兵器に仕立て上げる。そういうものなんだよ、こいつはな」

 

 晶の言葉に、64式は信じられない思いで画面の蟲を見る。こいつは外見以上に悍ましい存在だ。人の尊厳だとかそういうものを完全に歪める許し難いものなのだ、と理解した。

 

「でも、こんなの一体誰が…」

 

「それに関してはまだ言えん。些か不確定要素があるからな」

 

 64式の呆然と呟いた言葉に、晶ははっきりという。後々分かったことだが、彼は不確実な情報を伝えるのを嫌っており、確証に近い答えが得られるまでは話さないのだ。とはいえ、目星はついているのだろうからそれぐらい教えてくれてもいいのに、と思う。

 

「まあ、焦るな。3日もすれば、向こうから正体を明かしてくれるさ」

 

 晶は不敵に笑って言う。彼は不確実なことは言わない。だが、裏を返せば彼の言っていることはほぼ確実に起こる、ということだ。どうして、先のことが分かるのだろう。ラプラスシステムでもそんなことは予測できないだろうに。

 

「予想、というより指揮官が仕組んだのよ。敵がそうせざるを得ないようにね」

 

 また人の思考を読んだかのようにFALが言う。未来が読める指揮官に、人の心が読める戦術人形。とんでもないところに来てしまった、と64式は思った。

 

「というわけでだ、3日後には恐らく出撃の要請が入る。君にはそれまでにここの隊での連携や作戦に慣れてもらう」

 

「分かったわ」

 

 晶の言葉に64式は頷く。彼はあくまでも自分をこの件に関わらせてくれるつもりのようだ。そうでなければ、連携に慣れない新人を、重要な任務に用いたりはしないだろう。その心遣いには感謝したい。

 

「それでだ。当分の間、FALとバディを組んでくれ」

 

「はい…って、ええええええ!?」

 

 晶の言葉に、つい64式は素っ頓狂な声を上げてしまう。なんでだろう。さっきの感謝を取り下げたくなった。

 

「あの…何で…」

 

「FALはこの基地の筆頭戦術人形で、作戦や連携に最も精通している。急速練成をするなら一番デキるやつにくっつけるのが普通だろ?」

 

 戸惑う64式に被せる様に言う晶。有無を言わせない口調だが、確かに反論の余地はない。晶の言うことは全面的に正しいからだ。

 

「ということで、すぐに訓練に移ってくれ。時間が惜しい。FAL、任せたぞ」

 

「ええ。この娘のセンス、直してあげるわ」

 

 晶の言葉にそう言って、とっても嬉しそうな顔を向けてくるFAL。64式は元のおうちに帰りたくなってきた。だが、もうそこはない。ここで頑張るしかないんだ。そう自分を励ますのだった。


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