64式戦記   作:カール・ロビンソン

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第2章:真実は素晴らしいものとは限らない(下)

 ラプラスシステム起動。撃鉄を起こし、射撃を開始する。

 ホップアップする鉄血の機械人形を模した標的を撃ち抜いていく。セミオートで的確に。硝煙の臭いと、鈍い銃声が電脳を揺らすが、それでも64式は的確に銃を操作する。

 スコアーは着実に伸びている。初めての訓練場での成果としては申し分ない。最も、同じグリフィンの訓練場なのでプログラムに大きな差があるはずもないのだが。

 

 プログラムが終了し、得られたスコアーは479/500。自己最高値と大差はない。ラプラスシステムの調子は今日も良好であった。

 

「見事なものね」

 

 後ろに立つFALが称賛の言葉と拍手を送ってくる。その言葉を少し誇らしく思って、でも表情には出さないようにして咳払いする。何故か嬉しがると負けたような気がしたから。

 

「貴女のスコアーはどうなの?」

 

「私は全然よ。同じプログラムで450行けばいい方ね」

 

 64式の言葉に、FALは肩を竦めて言う。そこの言葉には嘘の響きはないが、悔しそうだとかそんな色もなかった。訓練の結果などどうでも良いと言うことなのだろうか。そう思って、64式は少し鼻白んだ。

 

「余計なことを考えることはないわ。人にも人形にも得手不得手がある。それだけの話よ」

 

 また心を読まれた。64式はつい自身の顔を撫でまわしてしまう。自分はそんなに感情を顔に出してしまうのだろうか。

 

「それにうちのエースは490が平均スコアーだし。私は実戦ではそれとMVP争いをしているのだから、大したことはないわ」

 

 そう言って、FALはわざとらしく不敵に笑って見せた。64式はむっとする。FALの不遜な言い草に、ではない。その裏にある、ある種の気遣いに対してである。彼女はわざと負け惜しみのようなことを言って、64式を満足させようとしているように思うのだ。

 

「…どうしてなんですか?」

 

「さあね?」

 

 64式の言葉に、FALは惚けたように言う。逃げるつもりなのだろうか。そう思った自分自身に嫌悪を覚える。自分は何を彼女にそんな執着を覚えているのだろう。しかも、やっかみ半分の。

 

「全てを戦術単位として見て、効率的に戦術を組み立てる。…それが間違っていたとは思わないわ」

 

 唐突にFALはそう言った。

 

「…何のこと?」

 

「あら? 宗旨替えのことを知りたいのかと思ったのだけど?」

 

 64式の言葉にやはり、FALは惚けたように言う。どうして今そんなことを言うのか。分からなかったが、64式は黙って聞いた。聞きたい話ではあったし、もしかするとそれが今自分の感じている自己矛盾につながるかもしれない、と思ったからだ。

 

「昨日も言ったけど、別に浪花節じゃないわ。効率を鑑みた結果、今のスタンスの方が効率がいい、と判断したのよ」

 

 FALの言葉を聞いて、64式は首を傾げた。自分の命を危険に晒すようなことをしておいて、それが効率がいい、とはどういうことだろうか?

 

「…でも、危険だったんじゃないんですか?」

 

「私一人なら逃げる手段は確保していたわよ?」

 

 そういえばそうだった。64式は思い出してげんなりする。だが、それでも彼女にとって昨日の戦闘はリスクがないというものではなかっただろう。効率論でいうのなら、自分を無視して勅命だけをこなす方が良かったはずだ。

 

「貴女は警戒していたわね、私を。味方殺しって」

 

 FALの指摘に64式は頷いた。それはそうだ。グリフィンでも有名な味方殺しを警戒しないはずがない。彼女と404小隊はそれだけ評判が悪いのだ。

 

「それよ。そんな汚名を着ていては、後ろを警戒しながら戦わないといけない。それは物凄く効率が悪いことなのよ」

 

 FALは苦笑してそう言った。

 

「指揮官は言ったわ。味方を犠牲にして戦果をあげる、なんていうのは腹をすかせたタコが自分の足を食って満足するようなものだって。…先のことを考えられないといずれ自滅するだけだって」

 

 64式はFALの言葉にはっとする。味方を犠牲にして戦果をあげるという行為はその場においては効果的かもしれない。しかし、それによって悪評が広がれば、味方からの信用を失い後方を心配しながら戦わないといけない。そんなやり方が長続きするはずがないのだ。だから、味方を大切にすることにしたのだろう。

 

「もっと高みに立って、遠くを見て動け。それができないなら、お前は二流だ、一流には成れない。…カチンときたわね、あれは」

 

 FALは懐かしむように目を閉じて、何かを胸に抱く仕草をして言う。それはきっと指揮官との過去の記憶を抱きしめているのだろう、と64式には思えた。

 

「まあ、指揮官は自分の正しさを行動をもって示したわ。だから、信じているのよ。それが過去の私と決別できる道だって」

 

 自嘲的な口調で言うFALに、64式は一つ胸のつかえが落ちたような心地を覚えた。彼女とて、味方殺しの自分を肯定するつもりはなかったのだ。その業を償う道を探していたのだろう。

 

「だから、味方は大切にするわ。その方が効率がいいから。それにね…」

 

「FALさ~ん!」

 

 FALの言葉を遮るように、声が聞こえた。それは無邪気な少女の声だった。

 てててててて、と何かが駆けてくる。それは金色の髪の少女だった。よく見ると、頭に猫のような耳がついていた。64式は思い出す。彼女はGrG41。グリフィンの高級戦術人形の一体だ。

 

「あら? G41、どうしたの?」

 

「あのね、最高スコア更新したの。褒めて褒めて?」

 

「…本当にすごいわね、G41は」

 

 G41から紙片を受け取ったFALは、それを確認して本心から驚いてG41の頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細めるG41。彼女らの様子はまるで年の離れた姉妹か母子のように見えた。

 

「…FALさん、この人は? 新しい仲間?」

 

 撫でられているG41が64式に視線を向けて言う。無邪気だが、微かに警戒心のある視線に64式はたじろぐ。まだこの基地の人形と面通しはしていない。警戒されても当然だが、こんな無邪気な娘に警戒心のある視線を向けられると困る。

 

「昨日入ってきた64式よ。私のバディよ」

 

「…む~。FALさんのバディはG41じゃなかったの?」

 

 FALの言葉に、G41は不満げに唸って64式をジト目で睨む。あからさまなやきもちに、64式はうろたえる。そんな視線を向けられても困る。自分だって、好きで彼女のバディになったわけではないのだから。

 

「G41、大人気のないことを言わないの。新入りには優しくしなさいって、いつも言っているでしょう?」

 

「でも…」

 

「大丈夫。こんな可愛げのない娘なんかより、G41の方がずっと可愛いに決まってるでしょ?」

 

 FALはG41を窘めた後、そう言ってG41の頭をなでなでする。

 

「うん!」

 

 その言葉に満足したようにG41は笑った。その屈託のない笑顔は可愛い、と思えた。だが、64式は面白くない。可愛げがないとはどういう言い草なのだろうか。

 

「せっかくだし、G41。新入りを軽く揉んであげなさい」

 

「…上等ね」

 

 FALの言葉に64式は銃をとる。無性に対抗意識が沸いた。G41というより、彼女に目にもの見せてやる。そんな気持ちだった。どうしてそこまで彼女に拘るのか。執着に関しての答えは出なかったが、今は気にしないことにした。

 

「うん! 64式さん、手加減しないから!」

 

 そう言って、G41は銃をとる。無邪気な彼女と大人気なく争うのはどうかと思ったが、とりあえずFALをぎゃふんと言わせたい。その一心で訓練プログラムを起動させた。最も高難易度の奴だった。

 

 5分後、結果が出た。500対480でG41の圧勝だった。後で聞いたら、彼女こそがこの基地のエースであったらしい。いじわる。64式は傍らで喜ぶG41の頭をなでなでしているFALを恨みがましく見るのだった。

 

 


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