『随分と金を使ってくれたな』
そう言って、モニターの向こうで盛大にため息を吐いたのは、グレーの髪とモノクルが特徴の凛とした女性、グリフィンの上級代行官ヘリアントスだ。晶の直属の上司である彼女は文句が言いたそうな様子を隠す気はないようだ。
「お言葉ですが、ヘリアンさん」
そんな彼女の様子を気にも留めず、晶は不敵に笑って言った。
「今は悠長なことを言っている状況ではないのですよ。敵がチップを賭けてこっちの命を取りに来てるんです。こっちもレイズして敵の札をもぎ取らなきゃいけない。こいつは差し合いなんですよ」
そして、我らの指揮官はそれに勝ちつつある。FALはそう感じていた。例えヘリアンが彼を止めようとしても、彼は別口で許可を得て勝手に動いて勝利を勝ち取るだろう。すべては彼の手中にあるのだ。
『明細を見たが、個人的な遊興費が大半のようだが?』
「一番安い札を使ったんですよ。個人の遊興費でグリフィンの壊滅が防げるなら、安いものでしょう?」
苦虫を噛み潰したような表情のヘリアンに、晶はしれっと言う。この件に関しては、局長から許可が下りているので、ヘリアンの懐が痛むわけではない。ただ、会社の公費で遊んでいるように見えたのが気に入らないのだろう。
だが、指揮官とてただ遊んでいたわけではない。
彼が立ち寄った遊興施設は、運動公園と添え付けの喫茶店。そして、旅館であった。
それらは実は彼の元上司であり、師匠とも言える軍情報部の元締めともいえる存在との打ち合わせの上で行われていたのだ。
まず、見晴らしの良い運動公園では尾行者が隠れるのは難しい。案の定晶についてきていた尾行者は軍の情報員達に捕まって、現在執拗な尋問を受けている。万一のことがあっても、護衛についているのが精鋭のG41なら、まず間違いなく晶を守れるであろう。
次に喫茶店だが、あそこでは秘密裏の情報交換が行われた。ウェイトレスの運んできたコーヒーカップの底にはマイクロフィルムが仕込まれていた。それを受け取った晶は、文字を書き込んだ紙片をチップに挟んで手渡した。マイクロチップは既に解析済みであり、それによって晶は今回の事件の黒幕に目星をつけられたようだ。
旅館では更なる情報交換と今後のプランの打ち合わせが行われた。旅館の女将さんは実は軍の連絡員であり、晶とも顔見知りであった。彼女との何気ないやり取りの中には、隠語を用いた打ち合わせが隠されていたのだ。
「現に襲撃は止まったわ。ヘリアンさん、うちの指揮官は馬鹿だけど仕事はできる男よ?」
『それに関しては理解しているつもりではあったがな』
FALの言葉に、ヘリアンは苦笑する。彼女とて晶の実力は重々承知だろうが、彼の行動があまりに奇天烈であるため、理解に苦しんでいるのだろう。
FALもそのことに関しては理解できる。付き合いの長いFALも、指揮官の渡してきた明細書からどこで何をしたかは理解したが、敵の襲撃を止めた工作の内容までは理解できないからだ。
FALはそのことに臍を噛む。やはり、彼は自分よりもずっと高みから物事を見ている。私はまだ、彼の見る光景の一分も見えていないのではないか。そのことに焦りを感じるのだ。
「すぐに見えるさ、FAL。…そして、これからもあてにしている」
指揮官が肩を抱いて言うセリフに、FALはついドキッとしてしまう。ああ、ズルい人だな。FALはしみじみとそう思った。
『…分かった。私も信じるよ、お前達を』
ヘリアンはいろいろな感情を飲み込んで、一応納得してくれたようだ。彼女もまたいい上司であると思う。その表情に、なんだか羨ましそうな色があることは見ないことにした。
『だが、せめて今後のおおざっぱな予定ぐらいは教えてくれ』
「当初は後3日で事を起こすつもりでした。でもまあ、1週間後程度に延ばすことにしましたよ。64式が隊に慣れるギリギリまでは待つつもりです」
晶の言葉に、ヘリアンだけでなくFALも鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてしまう。彼は任意に今後の事態をコントロールしようというのだ。そんなことができるのか、FALには分からない。だが、彼ができるということは確実にできることだ。信じるしかない。
「あの娘をどうしたいの?」
「別に。ただ、彼女にとって奴らは仲間の仇だ。関わりもせずに事件が解決しました、では彼女の今後に悪影響を残すかもしれん」
晶の言葉に、FALはつい笑ってしまった。彼は損得勘定抜きに64式のことを思いやっているのだ。
64式にとって、この件は乗り越えるべき壁だ。それに関わりもせずに壁がなくなったとなると、彼女はきっと自身に決着をつけられないだろう。
「あのね、指揮官」
「なんだ?」
「貴方って、物凄く賢いのに、根本的な部分で馬鹿なのね」
FALは1割の可笑しさと9割の愛しさを込めてそう言った。嗚呼、この人は本当に馬鹿な人だ。プラグマティストを気取っていながら、その実途轍もないロマンチストなのだ。自分はそんな彼が大好きなのだ、と思えた。
「馬鹿っていう奴が馬鹿なんだぞ、FAL」
「そりゃ、馬鹿に決まってるでしょ? 戦術人形は指揮官に似るっていうものね」
「お前なぁ」
『…痴話喧嘩は後でやってくれ』
いつものやり取りを始めたFALと晶に、ヘリアンは甘酸っぱい苦笑を浮かべてそう言った。