急に他のライダー世界が異聞帯化する可能性もあるけど。
…………
……
「――さて、最後の一人――園咲 リュウト。彼は――おそらくマシュの方が詳しいんじゃないかな?」
「え、ええ……彼は魔術には一切の関わりがない人でした。大学で考古学を専攻していて、前所長とは聖遺物の発掘が縁で知り合ったとか」
彼女は少しだけ頬を朱に染めながら答える。
「Aチームの中では誰よりも優しくて、面倒見がよくて――何より他人が傷つくことを嫌う方でした」
「それに加え異常なまでのレイシフト適正、戦闘能力、魔力値、すべてがずば抜けてる。人為的な操作が無かったのなら、まさに奇跡としか言いようがない」
自分と同じ境遇と聞いていた藤丸 立香(男)は盛られていく設定に呆然としていた。
「と言っても、魔術は殆ど扱えていなかったけどね」
「そ、そうなんだ」
彼はダヴィンチのフォローに苦笑いをするしかなかった。
「そして
マシュが僅かに表情を曇らせる。
「シールダー、つまりマシュのパートナーになるはずだったというわけさ」
…………
……
「――ロシアが消える。カドックがやられた、ってことか」
「ええ、それはもう無様に」
異星の神の使者に言われたが、リュウトの表情は変わることがない。
それは彼女が望んでいた物ではなく、ムッとしたように眉を顰める。
「思ったより取り乱さないんですねぇ……もう少し動揺するかと思ったんですが」
「…………」
無言で何の反応もない。
「もしかして、“クリプターはみんな家族”と言ってたのは信頼を得るための嘘だった? だとしたらあなたも相当な策士ですね♪」
「…………」
どんなに煽っても何も返答しない。
「やれやれ、私も嫌われたものですね」
「ああ、考えごとをしているから黙っていてほしいんだ」
ようやく沈黙が破られ、コヤンスカヤは口角を吊り上げる。
「考えごと……どうやって私たちを出し抜くか、とか?」
彼女はこの青年を“精神的なサンドバック”として扱おうとしていた。家族を失い、天涯孤独の身となった彼はさぞや面白い反応をするに違いない、と。
それに加え――叛逆の芽は摘んでおかなくてはならない。
「知ってるんですよ? 私。あなたが
「うるさいな」
\DISASTER/
リュウトはガイアメモリを使用し、その体を異形に変化させる。
そして彼女の細い首を鷲掴みにした。
「んっ!? これは、随分と手荒に――!?」
「だからうるさいって言ってるだろう? 君がいると鬱陶しくて仕方がない」
マグマのように赤化しているその手は、容赦なく彼女の首を焼いていく。
「大令呪は手放していない。隠ぺいしているだけだ。ここは現代に近い日本なんだから、普通の人間と同じようにふるまわないといけないからね」
「くっ……ん!」
見た目ほど華奢ではないようで、いくら強く掴まれても折れてしまう様子はない。
「それに、誰だって知られたくないことがあるはずだよ? 君だってそうだろう――妲己」
「!?」
余裕を保っていた彼女の顔が、凶悪に歪んだ。
「あまりナメないでほしいな。僕は家族を大切に思っているが、そうでないモノはどうだっていいんだ」
急に突き放され、霜の覆われた床に投げ出される。
「さて、と。カドックを助けに行くとしよう――君も用がないのならとっとと消えてくれ」
その様子を目つきの悪いブリティッシュショートヘアが見ていた。
低い声で呻ると、その猫は物陰へと姿を消した。
…………
……
『――前方に生命反応を感知! ってこのままじゃぶつかるよ!?』
虚数潜航艇シャドウ・ボーダーにダヴィンチの警告が響き渡る。
「も、もしや生存者か!? 今すぐブレーキを」
「Mr.ゴルドルフ、それはいささか楽観的すぎるでしょう。あれは――」
『その通り、解析したところ――Aチーム、クリプターの一人とデータが一致したよ』
「よしそのままアクセル全開で突っ込め!」
敵であるとわかるや否や、ゴルドルフはそれを轢き殺す決断を下した。
「はぁ!? さすがにそれは無茶苦茶すぎますって!」
『ゴルドルフ君……私もそれには賛成できないな』
「う――」
そうこうしているうちにボーダーは生命反応が出た地点を通り抜けてしまっていた。
「あれ……?」
藤丸は不思議そうに辺りを見回す。
「ぶつかった……?」
『ううん。奇妙なことに反応が消失してる』
その後も快調な走りを見せるボーダー。車内には不穏な空気が流れる。
「ほ、ほらみろ! 敵は恐れをなして逃げ出したに違いない!」
「……そう、なのかな」
藤丸はどうしても不安を拭いきれない。
首筋に刃物を当てられているような、ともすれば死んでしまうような感覚がある。
「これで終わりじゃない気が、する……」
「いいカンだね。さすがは人類最後のマスターだ」
背筋に悪寒が走る。
気が付くと空いていた椅子に、足を組んで座っている青年がいた。
『うっそだろ!? この私のセンサーをかいくぐって侵入したのか!?』
「その通りですよ、ダ・ヴィンチさん……少し若返りました?」
青年、園咲 リュウトは穏やかに微笑む。
どこにでもいそうな――目つきだけは鋭いが――平凡な男性。クリプターは良くも悪くも個性的と思っていた藤丸は、あまりの普通さに拍子抜けしてしまった。
「ふ、ふふふ……わざわざそちらから現れてくれるとは好都合! 怒りのゴッフパンチをお見舞いしてくれるわッ!」
ゴルドルフはボクサーの様に拳を構える。
心得のあるものが見れば、そこに魔力が纏われていることに気付くだろう。
「――喰らえ怒りのゴフッ!?」
技名を叫びながら彼は体をのけぞらせる。まるで何かに殴られたかのようだった。
「え――?」
『藤丸君、前の私が言ったことを覚えていないのかい? 彼は魔術はド素人でも――戦闘能力の高さからAチームに抜擢された男なんだ。このくらい想定の範囲内さ』
「くっ――ホームズ!」
現状戦闘能力を有しているのはホームズしかいなかった。
「うん、威勢がいいね」
「っ!?」
再び衝撃波が放たれる。藤丸は腕を交差させて受け止める。
「ミス・キリエライト、一刻も早く武装を。ここは私たちで食い止める」
ホームズの指示を受けるも、彼女は硬直したまま動かない。
(まさか……?)
ホームズの脳裏にとある可能性が浮かんでしまう。
「ミスタ藤丸、令呪を」
「――どうして、ですか……?」
敵の攻撃が止む。反撃のチャンスではあったがマシュの声がそれを躊躇わせた。
床に雫が落ちる。彼女の震える唇からは嗚咽が漏れた。
「誰よりも優しかったはずの貴方がッ! どうしてこんなことをしたんですかッ!?」
彼女の悲痛な叫びは敵の表情を曇らせる。
「私は……あなただけは、きっと違うと――信じていたのに……!」
マシュは園咲 リュウトに恋心を抱いていた。当時は自覚は無かったが、人理修復の過程でそれに気づいた。そして必ず彼を蘇生する――それが彼女の原動力となっていたのだ。
キリシュタリアは八人のクリプターと言った。その中に彼はいないと――最後の一人は敵の親玉なのだと勝手に思い込んでいた。そう思いたかった。
その男が、敵として現れたことに衝撃を隠せていなかった。
「そっか……僕の事を信じていてくれたんだね。でももう遅いんだ」
\DISASTER/
彼はUSBメモリに似たデバイスを掲げる。不気味な声が響く。
そして左手にはめていた手袋を外し、手の甲にあった蜘蛛の巣に似た
「レフ・ライノールがテロを起こし、僕達が瀕死になった時点で――この運命は決まってしまっていたんだ」
室内に突風が吹き荒れる。
異形の姿となった敵が起こす災害がブリッジの内部を荒らしていく。
『ま、マズいよ――ムニエルくんペーパームーンだけは何としても死守してッ!』
「んな無茶な――!?」
一般のスタッフである彼には酷な話だったが、他のメンバーが戦闘にかかりきりな以上仕方のないことではあった。
「ミスタ藤丸ッ!」
「――ンッ! 令呪をもって命令する――ッアグッ!?」
雹が藤丸を襲う。
辛うじてホームズに魔力が渡され、宝具の真名解放がなされる。
「――初歩的なことだ、友よ」
それはシャーロック・ホームズが持つ驚異的な観察眼と洞察力を昇華した技。
例え解読不可能な謎であってもその答えへ導く。
「“
だがすべてが凍り付いた。
「!?」
英霊の切り札たる宝具が封じられてしまう。
「藤丸 立香、君がマシュの運命を変えてくれたらしいね」
ボーダーの内部が凍り付き、使用不能となる。
「そこで僕なりのお礼をしてあげよう――」
車体は独りでに浮かび上がり、嵐の壁へ――北欧の異聞帯に向けて移動を開始する。
「オフェリアの担当地域は平和な場所だよ。余生を過ごす場所としては申し分ない」
外界とのつながりを断つ嵐の壁の一部に穴が開き、そこに向けてボーダーが放り込まれる。
いつの間にか異形は漂白された大地に降り立っており、カルデアの一行は第二の異聞帯へ放り込まれることとなった。
「――僕よりも、同じ女性の方が説得しやすいだろうからね」
彼は左手の甲からメモリを排出する。
表情はずっと、穏やかな笑みを浮かべているままだった。
…………
……
カドック・ゼムルプスの人生の中で、これほど死を意識した瞬間は無かった。
シャドウ・ボーダーの車内から急に体を投げ出され、命綱無しのバンジージャンプを行っている状態だったのだ。
(ああ……僕は死ぬのか)
短くも波乱に満ちた彼の人生が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
それでも最後の三カ月――サーヴァントと共に過ごした異聞帯での出来事が、何度も何度も再生された。
「アナスタシア……」
呼んだところで来るはずもない。
呼べたところで、覚えているはずもない。
英霊は座に還った時点で記憶が一旦リセットされてしまう。自分のような無力で何のとりえもない魔術師の記憶など、消え去ってしまうだろう。
柔らかい感触がした。
ゆっくりと、体が下ろされる感覚がした。
「――無事だったようね、マスター」
ああ、この目に見えている姿は幻なのだろうか。
凡才の自分が、こんな幸運に恵まれていてもいいのだろうか?
「なぁ――僕は今夢を見ているのか?」
彼の手が取られ、ゆっくりと彼女の顔へとあてがわれる。
「これでも、私の存在が夢だと思うの?」
「…………いいや……現実なんだな」
やっぱり天才には敵わない。
敵わないが――この瞬間だけはそれでいいと思おう。
大切なものを、取り戻させてくれたのだから。
…………
「ああ、上手くいってよかった」
家族を失う苦痛は耐えがたいものだ。
僕は離れたところから再開を喜ぶ二人を眺める。
「本当に、よかった――っ」
漂白された大地に赤い染みができる。
さすがに、
\TTTTTIIIIIMMMMMME----/
僕の手の中でメモリが砕け散る。
時間を逆行させる効果のあるこのメモリでカドックの大切な人を取り戻した。後は僕の異聞帯で平穏に暮らしてくれればそれでいい。
――――あなただけは、きっと違うと――信じていたのに……!
胸が痛む。
マシュの言葉が僕の心を深く傷つける。
「ごめんよ、マシュ……本当に、ごめん」
僕は血反吐を吐き出しながら、謝り続けた。
何度も、何度も。
あの子にあんな悲しい顔をさせたのは他ならぬ――いや、本当に僕のせいか?
そもそもマシュがカルデア側に付いているのは、彼女が人類最後のマスターと契約しているからで。
人類最後のマスターは汎人類史を護るために戦っていて。
そのせいで彼女は苦しい思いをせざるを得ない状況になってしまった。
「ああ、悪いのは藤丸 立香か……」
あいつが足掻いているから、彼女は戦っているんだ。
あいつがいるから、僕達の事を知る機会が無かったんだ。
なら――やることはただ一つ。
「藤丸 立香を、消せばいいんだね」
カドアナですって? カドアナですよ。
平和な世界が一番です。
続きは欲しい?
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