翌日。
新しいクラスになったとはいえ、生徒数が少ないから大抵の人は見知った顔ぶれになる。おはよう副会長とか、おはよーゆーちゃんとか。
生徒会に属する人間として、全校生徒の代表として。礼節を欠かないよう、挨拶はしっかりとしなければならない。
一人一人挨拶を返しつつ、高海さんにゆーちゃん言うなと返しつつ席に着く。これ、席順ってどうやって決めてるんだろう。名前の順が基本だと思ってたけど、それなら渡辺さんの隣に高海さんは有り得ないし、高海さんの前に僕も有り得ない。
つんつんと、おそらくシャーペンか何かで背中をつつかれる。
「ゆーちゃん」
「ゆーちゃんと呼ぶなと何度もだね…」
「作曲出来ない?」
「作曲?」
一瞬言われた意味がわからず、振り返って高海さんを見る。表情は真剣そのもの。本気と書いてマジと読むタイプの顔。
しかし、作曲ときたか。なるほど。確かにスクールアイドルが始めにぶつかる壁でもあると聞く。
「出来ないけど」
「だーよねえ……」
「参加規定にあったね、そういうの」
「そうなんだよねー、せっかくよーちゃんも入部してくれたのに…」
「え、そうなんだ」
意外というほどではない。けれど、少しばかり状況が変化している。当の渡辺さんはほんの少し頬を染めつつはにかんでいた。二人の間にどんなやりとりがあったのかは知らないけど、好転していることは確かなようだ。さて、僕も実はタイミングを見計らっていたのだ。好機逸すべからずと言うし、乗るしかない、このビッグウェーブに。
「高海さん、ちょっと申請書貸して」
「? いいけど…」
受け取って見てみると、生徒氏名欄には高海千歌、渡辺曜とそれぞれの字で記されている。新規に部活動を設立するには最低五人必要で、下の三つは空欄のままだ。一つにボールペンで漢字を三文字書き足して、高海さんに返却した。
「どしたの?」
「不備がないか見てたんだけど、なさそうだなーって」
「まあ名前書くだけだからね。生徒会長には人数が足りないからって突っ返されちゃったけど」
「あと二人だね」
「そう、あと二人…………二人?」
「僕も入部する」
「「「えっ!?!???」」」
「!?」
説明しておくと、高海さん渡辺さんのみならず、周囲のクラスメイトまで声を出して驚きを露にしたので僕もひどく驚いた図である。なんで聞いてんの。
「渡辺くん生徒会は!? やめるの!?」
「やめないけど……ていうか渡辺さんも水泳部と掛け持ちでしょ?」
「それはそうだけど…」
「ゆーちゃんもアイドルやるの!?」
「やんねーよバカ」
どんな思考回路してんだこのオレンジ頭。
「部費の管理やら宣伝広報やら、活動に関するサポートを僕がやるんだよ。高海さん事務的なこと苦手だろうから」
「「「ああ……」」」
「なんで納得するの!? みんなひどくない!?」
仲良いなこのクラス。
なんだか盛り上がってきたところで担任の速水先生が教室へと入ってきた。教員歴二年と、うちの先生のなかでは断トツで若くて可愛いと男子の間では大人気。女子からも少し年上のお姉さんみたいな感じで人気がある。総合的に見れば、浦の星学院での人気は嵐やSMAPを上回るに違いない。なんの話だこれ。
先生が来たことでみんなも一旦席へと戻っていく。朝のホームルームが終わればすぐに授業。一限目は確か英語だったかな宿題忘れたやべえなと、余計なことを思い出してしまった思考を明後日にぶん投げようとしたところ、先生が扉を閉めなかったことに気が付いた。やや寒いから閉めてほしい。
「はーい、みなさん。ここで転校生を紹介します」
なんと。
俄にざわつき出す教室。それもそうだろう。こんな田舎の、小さな町の小さな学校に転校生である。TOKYO MXとかサンテレビとか静岡放送とかで深夜に放送されるアニメみたいな展開だ。これで入ってくるのが美少女だったら劇場版まで製作決定だろう。
先生が目線を廊下へと移す。促されるまま転校生が入ってきて、僕は一瞬言葉を失った。
葡萄酒色のロングヘアーを揺らし、淀みない足取りで教壇まで進むと、クラスの面々へと向き合う。つり目だが眉が垂れているので、大人しそうとか、優しそうとか、清楚とか、そういった印象を受ける上に鮮烈なまでの美人。すげえなこの学校。女子のレベル高すぎる。シロガネ山のレッドの手持ちかよ。
「東京の音ノ木坂という高校から転校してきました。桜内梨子です」
よろしくお願いします、と微笑んだ桜内さんに、僕はしばらくの間ただただ見惚れていた。
* * *
お昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。教室の空気が弛緩し、学校全体へと広がっていくような感覚。先生の声だけが晏然と行き渡っていた校舎は、約百人の生徒たちのざわめきで満たされつつあった。
「渡辺くん、お昼どうするの?」
「んー…あー、仕事残してるからなあ…」
普段ご一緒することが多い渡辺さんに声をかけられて、昨日の自分に託された報告書が残ってたなと思い出してしまう。何で昨日やらなかったかなこの男は。
「悪いけど、今日は生徒会室で食べるよ」
「んん…そっか…」
「あれ、そういえば高海さんは?」
「千歌ちゃんは、ほら」
あっち、と、渡辺さんが視線をやるのと同時に廊下から響いた「桜内さーん!!」という声で、何となく察した。
――転校生、桜内さんが挨拶をした直後。後ろの席で「奇跡だよっ!!」と歓喜の声と共に立ち上がった高海さんに、僕はひどく驚かされた。桜内さんの反応から見て、どうにも面識があったらしいけど詳細は不明だ。その後もなんの前触れもなく手を差し伸べ、「一緒にスクールアイドル始めませんか!?」である。完全にやばい奴。僕はおろか、渡辺さんすら若干引いていた。桜内さんの「ごめんなさい」も当然だ。
「桜内さんも大変だなあ」
「そうだねえ」
他人事みたいに話す僕らだけど、実際のところは他人事ではない。僕も渡辺さんも、高海さんを部長とするスクールアイドル部のメンバーだから。
どうして桜内さんを勧誘したのかはわからないけど、高海さんがそうしたいのであるならば、そうさせておいた方がいいだろうと思う。そもそもあの子は諦めが悪い。
「まあ桜内さんすごい美人だしね。勧誘したい気持ちもわかる」
「……へー」
「……え、何?」
「べっつにー? 渡辺くんはああいう子が好みなんだなーって思っただけだけど?」
「……………………そんなことは」
「間が長いよ渡辺くん」
「……いや、ほら、どっちかっていうとカワイイ系の方が好きだし…」
「千歌ちゃんがそうだもんね」
「おいマジでやめろ」
閑話休題。
目下の問題としては、あと二人の部員の確保、次いで作詞と作曲、それぞれ担当者の確立。振り付けや衣装なんかは後回しでいいだろう。人数が足りなければそもそも活動が出来ない。人員が充足していても、曲がなければライブは出来ないし、ライブが出来ないならダンスも衣装も必要ない。
「僕の方でも入ってくれそうな人は探してみるよ。あんまり期待はしないでほしいけど」
「友だち少ないもんね」
「何で一回話す毎に僕をディスるの?」
そんな馬鹿な会話を終え、生徒会室へと足を運ぶ。途中鍵を取りに職員室へ寄ったけど、会計くんたちが先に来ているらしく無駄足になってしまった。ついでに英語の宿題を忘れた件で先生からお小言を賜ってしまった。来るんじゃなかった。
少しげんなりしつつ生徒会室の扉を開けば、会計くんと書記ちゃんがご飯を食べ終えたところだった。
「お疲れ、二人とも」
「んー」
「お疲れさまです」
会計くんこと会沢計くんはパンを咥えたまま、書記ちゃんこと書上記さんはきちんと頭を下げて返事をしてくれた。一年の時は同じクラスで、加えて生徒会に所属しているという理由もあり、渡辺さん高海さん含めて仲良くご飯食べたりとかしてたんだけども。残念ながら二人とは別のクラスになってしまった。まあクラス二つしかないから不便はないんだけどね。
ふと業務連絡があることを思い出した。
「書記ちゃん、庶務さんと一緒に仕事お願いしていい?」
「本庶先輩と?」
「うん、部活動の視察」
「承りました」
「ありがとね。会計くんは今回お休みで」
「んー」
庶務さんには今朝連絡して了承を得ているし、これで業務連絡は一通り済んだ。
二人はしっかり働いてくれるだろうし、あとは僕が仕事すればいいだけ。冷静に考えたらめんどくさいな。なんで二つも引き受けちゃったんだろう。各々の能力を鑑みて決めたけど、やっぱり一つくらい会計くんに回そうかな。
「そういえば優、スクールアイドルやるんだって?」
「やらねえっつってんだろ」
パンを飲み込んだ会計くんの言葉に、思わず荒い口調になってしまった。いけないいけない。礼節を欠くと会長に叱られる。
「活動に際するサポートをするんだよ。マネージャーみたいなもん」
「渡辺くんならアイドルでもやっていけると思いますよ」
「書記ちゃん?」
事も無げに告げる書記ちゃん。この子は真顔で天然発言をするから、いつも度肝を抜かれる。
「優はなー、顔はともかく声は完全に男だもんなあ。そこさえ隠せばなんとか……」
「無口でミステリアスなキャラを演じてみてはいかがでしょう」
「それだ。さすが記」
「ふふ、ヒントをくれたのは計くんですよ」
「よし、早速優のアイドルデビューに向けて予算編成を」
「では私はアイドルらしい自己紹介文を」
「……自己紹介したら男だってバレるんじゃない?」
「「あー」」
その後、再びチャイムが鳴るまで議論を繰り広げた結果、三人でグループを組むならセンターは書記ちゃんという結論に落ち着いた。仕事は進んでないしごはん食べてないしこれ何の時間だったんだろうか。
なんと執筆データが全て消しとんで2年も更新しないという。