けものフレンズR  Returning a favor   作:社畜狂戦士

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……油断していた、んだと思う。


そばに、お友達がいてくれるから。
イエイヌちゃんが、支えてくれるから。



…だから、大丈夫。
何があっても、きっと。


あたしは大丈夫。

あたしは、「あたし」のままでいられる。



…そう思ってた。



薄暗い通路を抜けて。


ばちん。


大きな音と一緒に、広がった空間に光が差して。



………どくん。



目の前の光景に、心臓が跳ねた。


乳白色の、なめらかな不思議な石の柱。
茶褐色の模様が不規則にグラデーションをつけて。

…「見覚えのある」、くり貫かれた鍾乳洞。



《……ッ………ザ……ァア………》



…水の音。
足のすぐ下を、勢いよく流れるそこから伝わる冷気。

……この感触も、「知っている」。



《………ザ…ッ……ザァ………ザッザリッ……》



耳鳴りとめまい。

聞こえる音に混ざったノイズ。
一つのモノが、二つにも三つにもぶれて見える。



『………、…………?』

誰かの、声。
分からないけれど、知っている声。



……それが、懐かしくて。
安心できて。

………その事が。
とても、怖い。



「………っ……は、ぁ……っ」



繋いだ手に、力が入る。

イエイヌちゃんの、手。
優しくて、安心できる手。



……力を、入れているはずなのに。

温かさも、柔らかさも。


あたしには、感じることができなかった。


フラジイル

――――ザァァァァァァアアァァァァァァ………

 

 

 

……水の音が、する。

 

こんこんと、とうとうと。

走るように、急ぐように。

 

せせらぎと呼ぶには騒がしい水の流れが、足場のすぐ下を駆け抜けていく。

 

 

…生き物の匂いは、しない。

 

清らかな…

ただただ、清らかな。

 

 

コケのような植物の匂いさえしない、清らかすぎる水。

 

 

降り積もった雪が解け、岩肌に染み込み。

岩盤の隙間を潜り抜ける度に、ろ過され、浄化され。

 

徹底的に不純物を取り除かれた冴え切った水は、靴底に脈打つようなリズムを伝える。

 

 

どこからか注ぎ込む地下水脈はまるで川のよう。

悠々と流れて水車を回し、繋がれた歯車が重いうなりをあげて。

 

 

 

ごぅぅん……ごぅぅん……ごぅぅん……ごぅぅん……

 

 

 

低く、低く。

遠雷のように、心音のように。

 

発電機を動かし、水を汲み上げ。

不自然に整った地底湖へと水を注ぐ。

 

 

 

……ぽたり、、、ぽたり。

 

 

 

天井から滴る雫。

その中に含まれるわずかな成分が、気が遠くなるほどの時間を掛けて結び付き。

 

つららのように垂れ下がり。

やがて柱のように立ち並び。

 

 

一滴、、、、、また一滴。

 

 

小さな雫が波紋を広げ。

 

その音は、不思議なほどに大きく。

無数の音の反響する中で、耳に心地よく響いた。

 

 

 

「………っ……は、ぁ……っ」

 

 

 

…ともえさんの、様子がおかしい。

 

 

苦しそうな呼吸。

つないだ手も冷え切っていて。

もう片方の手は、何かをこらえるみたいに胸を押さえていて。

 

 

何よりもおかしいのは、顔色。

 

通路を抜け、大きな機械が光るまで分からなかったけど。

どこか具合が悪いのは、ひとめですぐに分かった。

 

 

血の気の引いた頬。

真っ青な唇。

 

…それでも。

どことなく焦点の合わない瞳で、あちらこちらを見まわし続けてる。

 

 

 

「…長」

「んむ、分かっておる」

 

 

声をかければすぐに返ってきた返事。

 

 

 

…じゃらり。

 

「鍵を開けてくるのでの。…無理せず、ゆるりとしておれ」

 

 

 

そう言い残して、ボスを抱えて長がいそいで走り出す。

 

 

「ともえさん。少し、すわってましょ?」

「……う、…ん……」

 

 

…反応も、鈍い。

肩を支えながら、ゆっくり腰を下ろさせる。

 

その間にも、ともえさんはうつろな目をさまよわせ。

 

 

 

「………ぁ、あ」

 

 

 

オコジョさんの方を向いて、視線が止まった。

 

頭から、足の先まで。

じっと、すみずみまで眺めるえんりょのない視線。

 

 

 

「……あ、あなた。ひとをじろじろ見る趣味でもあって…?」

 

 

 

あきらかにふつうじゃない視線に気圧されたのでしょうか。

歯切れの悪いオコジョさんの声。

 

……たぶん、冗談にしたかったのかな。

ほんにんも予想できないほどに、きつくなってしまった口調。

 

 

オコジョさんの目が、泳いでいる。

 

 

「…ともえさん?」

 

反応の薄いともえさんに、ささやくように、なだめるように。

声をかけて、反応をうながして。

 

 

「…………け、………」

「……だいじょうぶ、です。もう一回いってください」

 

 

…少しだけ。

さっきよりも大きく、ともえさんの口が動く。

 

 

 

「……くびだけ…おばけ……」

「………はい?」

 

 

 

思わず聞きかえしてしまった。

 

……くびだけおばけ…?

 

 

そのまま、ぐったりと体から力が抜けて。

あわてて支えるけれど、もう、ともえさんははんぶん意識がない状態で。

 

 

………

……

…。

 

 

…なんとなく、いやな予感がしてオコジョさんの方を見る。

 

 

雪のように白い肌。

ただ頬っぺただけが赤く染まり。

 

くりっとした大きな黒い瞳はちょっと涙目で。

泣いてるのか、怒ってるのか。

 

…どうしていいか、分からないのか。

 

何か、言おうとして。

言葉に、ならなくて。

 

 

……きりっ、

 

歯を食いしばる音がして。

 

 

 

「何なのですのおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」

 

 

 

行き場のない感情と思考をはきだすみたいに。

オコジョさんの絶叫が、鍾乳洞に響き渡って。

 

こだまする叫び声、耳がびりびりするくらいの大音量。

 

……それでも、ともえさんはぐったりしたままで。

 

 

…口に出さないですけど。

同じ気持ちです、オコジョさん。

 

心の中で、わたしもオコジョさんに同意したのでした。




『……あなた。ひとをじろじろ見る趣味でもあって?』



からかうような口調で、「オコジョちゃん」が言った。

トゲのある言葉、でも、冗談だってわかる。
ユキヒョウさんみたいな、余裕のある…なんかちょっとドキドキする口調。


《……ザザアッ……ザッザリッ……ザザァア……ザザッ》


頭から、足の先まで。
雪のように真っ白で。

白い大型ライトの光が照らす、乳白色の鍾乳洞の中で。
まるで溶け込むみたいに見えにくくって。


「…く、くびだけおばけ……」


黒い前髪のある顔の部分だけ、浮かんでるように見えて。
あたしは思わず、そう言ってしまった。


『す、すみません、長……ほら、ともえちゃん?』


「イエイヌちゃん」が「オコジョちゃん」に謝るけれど。


『子供の言う事ですもの…よろしくてよ♪』


「オコジョちゃん」はむしろ楽しそうに笑って。
あたしの顔の高さに合わせて、膝を曲げて。



『わたくしは、オコジョ。……くびだけおばけですの♪』



にっこり、笑って。

あたしの頭に、羽のついた帽子をのせてくれて……



《ザッ…ザリザリザリッ…ザザザッザァ……ザァアアァァァアアアアアアアア》



………そこまでが、限界だった。

重なり合った、今と記憶。
まったく違うのに、奇妙に一致してしまった「それ」。


頭も、心も、何もかもが混ざりあって、裏返ってしまうようなおかしな感覚がとまらない。


…大きくなっていく、ノイズとめまいに飲み込まれて。

あたしは、意識を手放した……

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