けものフレンズR Returning a favor 作:社畜狂戦士
言葉が、出ない。
目の前に広がった惨状。
何と言っていいのか分からない。
なぎ倒された木々。
あちこちに飛び散った枝。
踏み散らされ、根本から折れた茂み。
降り積もった雪と、隠しきれない傷跡。
稲妻のように鋭く、深く。
切り裂く、というより引き裂くに近い荒々しさ。
それでいて、力任せではなく。
奇妙なほどなめらかな爪痕が、獲物を追うかのように。
縦横無尽に駆け抜けて、曲がりくねりながらげれんでの方へ続いている。
冷徹で迷いのない、≪狩り≫の痕跡。
……『らんぺいじ』。
長に教わったばかりの言葉が脳裏に浮かんで。
じわり、と。
いやな汗が一筋、流れ落ちた。
「昨日までは…こんなの、ありませんでしたわ……」
絞り出すようにつぶやいたオコジョ。
さらに血の気が引いて、もはや青ざめて見える白い肌。
鼻の奥に、ツンとしびれるような刺激。
訳の分からない異臭。
…強いて何が近いか言うのなら。
サンドスターが、爛れたような。
セルリアンの匂いに近いけれど、決定的に違う。
生き物っぽい、不自然な生臭さ。
……その中に。
誰かが流した血の、いやな匂いが混じる。
「……ひどいね、これは」
近づく事もためらう惨劇の現場に。
迷いなく、しかし慎重に。
ともえは足を踏み入れる。
「っ、ともえさ…」
「大丈夫だよ、イエイヌちゃん」
軽い調子で遮られた声。
「……大丈夫」
ちらり、と。
こちらを安心させるように振り返りながら。
自分に言い聞かせるように繰り返した言葉。
わずかに震える語尾、強がりも含んだ言葉。
「新しい足あと、ついてないでしょ?だから、大丈夫……たぶん」
「たぶん、じゃないですかぁ」
「……あなた。無茶しますわね、ともえさん…」
結果的には、それは正解なのだろう。
けれど、やっていることは無策もいいところだ。
半ば慣れっこになってしまっているやり取り、もはや呆れているオコジョ。
それだけ信頼されてる、ということなのかもしれないけれど。
………あの、『目』。
深いブルーの瞳。
瞳孔だけが赤と緑のオッドアイ。
…おそろいだね、と笑ったあの瞳。
それが今は、怖い。
慎重なようで大胆不敵。
無鉄砲なようで小心者。
感覚的なようで理性的で。
人懐っこいようで臆病者。
矛盾するようで、芯のある。
けれど、その芯に不安定さを抱えた、一番のおともだち。
…優しい子だと知っている。
だから、怖い。
深いブルーの瞳。
底の見えない水のように。
水底に妖しく揺れるのは、赤と緑の光。
その揺らめきは、何かの意思を持っているように。
漠然と、唐突と。
ともえを突き動かしたかと思えば、なくしてしまった記憶のかけらを差し出してくる。
自分の知っている「ともえ」ではない何者かが、潜んでいるような違和感。
揺らめく赤と緑に、おぼろげに浮かんだ不安。
…そして、それは。
自分にも、当てはまるのかもしれない。
さり気なく触れた首筋。
やわらかな手触りの、ネックウォーマーの下。
自分にも分からない秘密が、そこにある事を確かめて。
「せめてですけど。なにかする前に言ってくれませんこと?」
「それは、その……ごめんね?」
「…かわいく言ってもダメですー」
まずはともえに言うべき事を言いながら。
何気なく、オコジョと交差した視線。
「あなたも…大変ですわね、イエイヌさん」
「んー……まあ。慣れです、慣れ」
「あまり慣れたくないですわ…」
変なところで一致してしまった意見に、ふたりで苦笑して。
「イエイヌちゃん、ちょっとここお願い」
「うっ……何ですかコレ」
先にひとりで現場を調べ始めたともえに寄り添い。
積もった雪を払って、何があったかを調べていく。
……あの『目』が、怖い。
それは間違いない事実。
だからこそ、放っておけない。
そう思うのも、これもまた事実。
「ほら、オコジョちゃんも手伝って」
「へ?わたくしもですの?」
「あの……慣れてください、オコジョさん」
「慣れたくないですわ!」
オコジョも巻き込みながら、検分を始めていく。
「戻ってきたらどうするつもりですの!?」
「大丈夫だよ…たぶん。ね、イエイヌちゃん」
「あ、わたし鼻がききますから。こんなに強い匂いならすぐわかりますー」
「イエイヌさんもなんか毒されてませんこと!?」
(……選ぶ時が、くる…)
噛み締める、長の言葉。
…それが、何を意味するのか分からないけれど。
きっと、いつか。
いつか、どこかで。
やってくるのだろう。
自分の秘密にも、ともえの記憶にも。
…向き合う時が。
そして、何かを選ぶ時が。
……せめて、その時まで。
そばに、いたい。
できるなら、その後も。
心の底から、 そう思った。
深く刻まれた爪痕。
その鋭さとなめらかさに肝が冷え。
爪痕にこびりついた、粘液のような何かにぞっとする。
指先で、そっと。
採ってみた《それ》は、思ってたよりもさらりとしていて。
わずかな風に乗って、虹色にきらめきながら消えて行く。
……間違いない。
サンドスターが変質したモノだ。
「…ひどい匂いですわ」
残った異臭に顔をしかめ。
風に舞い散る《それ》を見送りながらつぶやく。
……あの子が。
アムールトラが。
昨日の吹雪の前に《何か》と戦っていた。
そう結論するしかない。
「傷は…深くはない、のかな?」
残された血の跡と量を調べながら、ともえ。
「ですね…たぶん。
大きな傷なら、きのうあったときに気づいてると思いますー」
血の匂いの行く先を追いながら、イエイヌがうなづく。
…手を止め、上げた顔。
恐怖と、困惑と。
不安の入り交ざった、複雑な表情。
「……うん。ちょっとだけ、ほっとした」
それが安堵したように、困ったように、ともえは笑って。
(…不思議な子、ですわね……)
その笑顔を見ながら、改めてそう思った。
――山から避難せよ。
長から下った命に、何かいやな予感めいたモノを感じて。
フレンズ達の最後尾、じゃんぐるを目指すみんなを尻目に、そっと抜け出して。
おうちに戻る、のではなく。
長が行きそうなところを探して回って。
吹雪が本降りになってきたころ、ようやく見つけた長。
赤い大きなセルリアンを仕留めたその顔が、驚きと呆れに染まる。
…吹雪の中、《けいぶべーす》で一夜を過ごし。
しこたまお説教と説得を受けて。
それでも無理やり、長に同行して。
見回り先の一つ、山小屋でふたりと出会った。
ともえと、イエイヌ。
なんだか不思議なふたり組。
まじめで、優しい子たち。
ちょっととぼけた感のあるともえ。
控え目で気配りのできるイエイヌ。
……少しずつ認識は変わってきたけれど。
『そなたと良い友達になれると思うのじゃ』
心の中、繰り返した長の言葉。
確かに気が合うし、見ていて飽きないというのもある。
それだけじゃなく。
放っておけない。
…放っておいては、いけない。
なんとなくそう思う。
どことなく似ているふたり。
…どことなく、影があるように思えるところまでよく似ている。
そして、それは。
長にも…ユキヒョウにも同じことが言えた。
さんにんに共通する、「過去の記憶」。
自分でない「自分」の、覚えのない記憶。
他にも「それ」を持っている子がいるとも聞くけれど。
(どんな気分…なのでしょう)
自分には分からない感覚。
でも、それでも。
辛そうな時がある事も分かるし、大事にしている事も、分かる。
…この子たちは、あの子を。
アムールトラを、どう思うのだろうか。
自分さえもなくしてしまった、あの子の事を。
なくしてしまった何かを探し続ける、あの子の事を…
……答えの出せない問を、頭から追い出して。
「ともえさん、イエイヌさん。何か見つかりましたの?」
「んーとね…」
ふたりに別の話題を振ってみる。
…願わくば。
長の決意とは違う答えを、ふたりが出してくれることを祈って。