けものフレンズR Returning a favor 作:社畜狂戦士
「思うのじゃが。どうやってコレを頭に乗せたのじゃ?」
「ソレハ機密事項ダヨ」
「ラッキーは謎だらけじゃのう」
素っ気ないラッキービーストの返答、あっさりと笑って流すユキヒョウ。
頭の上にバスケットを載せて戻ってきたラッキービースト。
小高くジャパリまんを盛った、それを受け取って。
「…食べぬのかの?」
ひとりひとりの前に、遠慮するなというように差し出されるバスケット。
誰も手を出さない事を不思議がるように小首をかしげる。
「あの……長」
微妙な沈黙を破って、イエイヌはおずおずと手を挙げる。
発言の許可を求める…というよりも。
ささやかな抗議の意味合い。
「食べにくいです…すごく」
…これからまじめな話がある、そう分かっていて。
イエイヌだけでなく、ともえにもオコジョにも。
我先に手をのばす勇気はなかった。
「そう言うでないイエイヌや。わらわとて、もっと気楽に話したいのじゃー」
場の空気の固さをちゃかすように、愚痴るような口調でおどけてみせる。
いつも通りの穏やかな笑顔の中で。
笑っていない、アイスグリーンの瞳。
………、…。
…それに自分で気付いたのだろうか。
はぁ、とため息が一つ。
バスケットをローテーブルに置いて、空気をごまかすのもあきらめて。
「はて……話す事は色々あるが、の」
改めて切り出したユキヒョウ。
できるだけ明るく、気楽な声で。
…待っているだろう、「まじめな話」。
明るい声の裏にそれの存在がちらつくが、いつまでも引きずるわけにもいかない。
「まずは。コレが気になっておろう?」
じゃらり。
差し出された右手。
繋がれた枷、垂れ下がった鎖が無機質にきしむ。
なんの変哲もないほっそりした手、ゆっくりとじっくりと。
手のひらにも手の甲にも、何もないことを見せつけて。
…淡く。
揺らめく陽炎のように。
ぼう、と灯った不思議な光。
差し出された右手とアイスグリーンの双眸が淡く輝きを放つ。
輝きの中、姿を変えていく右手。
華奢な手は無骨に。
指先には鋭い爪。
ヒトの手指という原型を残しながら、戦士の武器へ。
野生解放。
動物本来の力を呼び戻す、フレンズ達のわざ。
イエイヌやオコジョにも出来る、戦うためのちから。
「…見ておるのじゃぞ?」
さらに姿を変えて行く右手。
うごめくように、波打つように。
アイスグリーンの瞳に一瞬だけ、紫色の光が妖しく奔る。
「……!!」
室温が下がるような錯覚。
冷たい何かが背筋を這うかのよう。
…見ているだけで身震いするような、強烈な圧迫感。
ヒトのそれの形から、獣のそれへ。
銀色に近い、灰色のぶち模様。
真っ白な、雪のようにやわらかそうな毛並が生え揃い。
指先と掌にはくすんだ肌色。
…ヒトの指には決してない、猛獣の肉球。
二度、三度。
拳を握る。
変貌した己の手指を、確かめるように。
「…の?」
…乱れた呼吸をゆっくりと整え。
どこか、自嘲めいてユキヒョウは微笑んで。
形を成した、肉球と毛皮の狭間から。
刃のように鋭い爪を、音もなく伸ばして見せた。
「……ユキヒョウ、さん」
とまどうように、ためらいがちにともえが声を上げる。
不安に揺らぐ深いブルーの瞳。
ややかすれた声。
続きを言おうか迷っている彼女をユキヒョウは目でうながし。
「その……ぷにぷにしていいですか?肉球」
「ともえさん!?」
「あなた、マイペース過ぎませんこと!?」
出てきた言葉に思わずツッコミを入れた、イエイヌとオコジョ。
「だって!こんなりっぱな肉球ぷにれるチャンス他にないよ!?」
「そうですけど!そうじゃないですー!!」
…切れる、緊張の糸。
張り詰めた緊迫感が変な方向へ崩れていく。
真顔で力説するともえを、イエイヌはどうにか方向修正しようとするが。
「ああ、もう!長からも何か言ってくださいまし!!」
どうにもならない、そう判断するのはオコジョの方が早い。
これ以上の脱線を食い止めるべく、長に水を向ける。
「…ともえや」
やさしく、なだめるように。
落ち着き払った声で、神妙な面持ちで。
語り掛けるユキヒョウに、ともえも耳を傾ける。
…が。
「そこはでりけえと、なのじゃ」
続く言葉はイエイヌの予想とも、オコジョの期待とも違っていて。
「じゃから……優しく、の?」
「はぁい」
悪ノリを始めた長、しかしそれでおとなしくなるともえ。
「……なんで顔が赤くなるんですか、長ぁ…」
「…肉球、そんなに触りたかったんですの…?」
なんとか絞り出したツッコミ。
毒気を抜かれてしまって、それ以上の言葉が出てこない。
…そんなふたりをよそに。
差し出されたユキヒョウの右手。
枷の先だけが獣へと変わり果てたそれを、ともえは両手でやさしく受け止めて。
マッサージをするように、両方の親指を動かしていく。
「わ、ぁ……♪」
「ん……、ふむ…」
つややかな見た目に反して、ざらついた表面はやや硬く。
ひやっとした感触、けれど血の通った、温かみのある弾力。
ともえの指に合わせて形をなじませ、硬すぎず、柔らかすぎず。
不思議な感触が、ともえを夢中にさせる。
「ともえや」
熱心に肉球をもむともえに、ユキヒョウが声を掛ける。
…顔は上げない、が。
聞いていると判断し、続きを口にする。
「怖くは…ないのかの?」
自嘲と不安に色づいた問いかけ。
ともえの手が、止まる。
顔を上げたともえ、裏表のないまっすぐな視線。
「怖くない、ですよ」
安心させるように、笑って。
瞳の色だけが、少し悲しげに揺れる。
「…ユキヒョウさんですから」
……ああ。
目の前の少女を、少しだけ理解する。
この子は、聡い。
隠しているものを感じ取り、応えてくれる。
きっと。
それこそが、ともえの「わざ」なのだろう。
…だけど。そのちからは……
「…ふふ。ならばよいのじゃ」
新たに浮かんだ不安を、思考から追い出し。
ユキヒョウは笑った。
奥底に隠していた不安。
それを、分かってくれる者がいる。
部屋を包んでいた重い空気さえ、このやり取りで薄めてくれた。
それで十分。
…好きにさせよう。
変貌した右手をともえに預け、ユキヒョウはそう決めた。