けものフレンズR  Returning a favor   作:社畜狂戦士

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ユキヒョウとオコジョ  5

「思うのじゃが。どうやってコレを頭に乗せたのじゃ?」

「ソレハ機密事項ダヨ」

「ラッキーは謎だらけじゃのう」

 

 

素っ気ないラッキービーストの返答、あっさりと笑って流すユキヒョウ。

 

頭の上にバスケットを載せて戻ってきたラッキービースト。

小高くジャパリまんを盛った、それを受け取って。

 

 

「…食べぬのかの?」

 

 

ひとりひとりの前に、遠慮するなというように差し出されるバスケット。

誰も手を出さない事を不思議がるように小首をかしげる。

 

 

「あの……長」

 

 

微妙な沈黙を破って、イエイヌはおずおずと手を挙げる。

発言の許可を求める…というよりも。

 

ささやかな抗議の意味合い。

 

 

「食べにくいです…すごく」

 

 

…これからまじめな話がある、そう分かっていて。

 

イエイヌだけでなく、ともえにもオコジョにも。

我先に手をのばす勇気はなかった。

 

 

「そう言うでないイエイヌや。わらわとて、もっと気楽に話したいのじゃー」

 

 

場の空気の固さをちゃかすように、愚痴るような口調でおどけてみせる。

 

いつも通りの穏やかな笑顔の中で。

笑っていない、アイスグリーンの瞳。

 

 

………、…。

 

 

…それに自分で気付いたのだろうか。

はぁ、とため息が一つ。

 

 

バスケットをローテーブルに置いて、空気をごまかすのもあきらめて。

 

 

「はて……話す事は色々あるが、の」

 

 

改めて切り出したユキヒョウ。

できるだけ明るく、気楽な声で。

 

…待っているだろう、「まじめな話」。

明るい声の裏にそれの存在がちらつくが、いつまでも引きずるわけにもいかない。

 

 

 

「まずは。コレが気になっておろう?」

 

 

じゃらり。

 

 

 

差し出された右手。

繋がれた枷、垂れ下がった鎖が無機質にきしむ。

 

なんの変哲もないほっそりした手、ゆっくりとじっくりと。

手のひらにも手の甲にも、何もないことを見せつけて。

 

 

…淡く。

揺らめく陽炎のように。

 

ぼう、と灯った不思議な光。

差し出された右手とアイスグリーンの双眸が淡く輝きを放つ。

 

 

輝きの中、姿を変えていく右手。

 

華奢な手は無骨に。

指先には鋭い爪。

 

 

ヒトの手指という原型を残しながら、戦士の武器へ。

 

 

野生解放。

 

動物本来の力を呼び戻す、フレンズ達のわざ。

イエイヌやオコジョにも出来る、戦うためのちから。

 

 

 

「…見ておるのじゃぞ?」

 

 

 

さらに姿を変えて行く右手。

うごめくように、波打つように。

 

アイスグリーンの瞳に一瞬だけ、紫色の光が妖しく奔る。

 

 

「……!!」

 

 

室温が下がるような錯覚。

冷たい何かが背筋を這うかのよう。

 

…見ているだけで身震いするような、強烈な圧迫感。

 

 

 

ヒトのそれの形から、獣のそれへ。

 

 

銀色に近い、灰色のぶち模様。

真っ白な、雪のようにやわらかそうな毛並が生え揃い。

 

指先と掌にはくすんだ肌色。

…ヒトの指には決してない、猛獣の肉球。

 

 

二度、三度。

拳を握る。

 

変貌した己の手指を、確かめるように。

 

 

 

「…の?」

 

 

 

…乱れた呼吸をゆっくりと整え。

どこか、自嘲めいてユキヒョウは微笑んで。

 

形を成した、肉球と毛皮の狭間から。

刃のように鋭い爪を、音もなく伸ばして見せた。

 

 

 

「……ユキヒョウ、さん」

 

 

とまどうように、ためらいがちにともえが声を上げる。

 

不安に揺らぐ深いブルーの瞳。

ややかすれた声。

 

続きを言おうか迷っている彼女をユキヒョウは目でうながし。

 

 

 

「その……ぷにぷにしていいですか?肉球」

「ともえさん!?」

「あなた、マイペース過ぎませんこと!?」

 

 

 

出てきた言葉に思わずツッコミを入れた、イエイヌとオコジョ。

 

 

「だって!こんなりっぱな肉球ぷにれるチャンス他にないよ!?」

「そうですけど!そうじゃないですー!!」

 

 

…切れる、緊張の糸。

張り詰めた緊迫感が変な方向へ崩れていく。

 

真顔で力説するともえを、イエイヌはどうにか方向修正しようとするが。

 

 

「ああ、もう!長からも何か言ってくださいまし!!」

 

 

どうにもならない、そう判断するのはオコジョの方が早い。

これ以上の脱線を食い止めるべく、長に水を向ける。

 

 

「…ともえや」

 

 

やさしく、なだめるように。

落ち着き払った声で、神妙な面持ちで。

 

語り掛けるユキヒョウに、ともえも耳を傾ける。

 

 

…が。

 

 

「そこはでりけえと、なのじゃ」

 

 

続く言葉はイエイヌの予想とも、オコジョの期待とも違っていて。

 

 

「じゃから……優しく、の?」

「はぁい」

 

 

悪ノリを始めた長、しかしそれでおとなしくなるともえ。

 

 

「……なんで顔が赤くなるんですか、長ぁ…」

「…肉球、そんなに触りたかったんですの…?」

 

 

なんとか絞り出したツッコミ。

毒気を抜かれてしまって、それ以上の言葉が出てこない。

 

…そんなふたりをよそに。

 

差し出されたユキヒョウの右手。

枷の先だけが獣へと変わり果てたそれを、ともえは両手でやさしく受け止めて。

 

 

マッサージをするように、両方の親指を動かしていく。

 

 

「わ、ぁ……♪」

「ん……、ふむ…」

 

 

つややかな見た目に反して、ざらついた表面はやや硬く。

ひやっとした感触、けれど血の通った、温かみのある弾力。

 

ともえの指に合わせて形をなじませ、硬すぎず、柔らかすぎず。

不思議な感触が、ともえを夢中にさせる。

 

 

「ともえや」

 

 

熱心に肉球をもむともえに、ユキヒョウが声を掛ける。

 

…顔は上げない、が。

聞いていると判断し、続きを口にする。

 

 

「怖くは…ないのかの?」

 

 

自嘲と不安に色づいた問いかけ。

ともえの手が、止まる。

 

顔を上げたともえ、裏表のないまっすぐな視線。

 

 

 

「怖くない、ですよ」

 

 

 

安心させるように、笑って。

瞳の色だけが、少し悲しげに揺れる。

 

 

 

「…ユキヒョウさんですから」

 

 

……ああ。

 

 

目の前の少女を、少しだけ理解する。

 

この子は、聡い。

隠しているものを感じ取り、応えてくれる。

 

 

きっと。

それこそが、ともえの「わざ」なのだろう。

 

…だけど。そのちからは……

 

 

 

「…ふふ。ならばよいのじゃ」

 

 

 

新たに浮かんだ不安を、思考から追い出し。

ユキヒョウは笑った。

 

奥底に隠していた不安。

それを、分かってくれる者がいる。

 

部屋を包んでいた重い空気さえ、このやり取りで薄めてくれた。

 

 

それで十分。

 

 

…好きにさせよう。

 

 

変貌した右手をともえに預け、ユキヒョウはそう決めた。


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