けものフレンズR Returning a favor 作:社畜狂戦士
…山の天気は変わりやすい。
嵐のような山風も今日は何処へ行ったやら。
晴天は青の彼方に吸い込まれて行くよう。
ゆるやかに風に浮かぶ、まばらなすじ雲。
さんさんと降り注ぐ太陽の光。
降り積もった雪はそれを吸い上げるように受け止め、花開くように輝きを大気へ返す。
白一色の銀世界。
しかしそこは、きらめきと彩りに満ちていた。
「……………わぁぁぁぁあ…っ♪」
足跡一つない雪原に、感極まったような声が上がる。
針葉樹の登山道が開けた先、転がるように林から飛び出す人影が一つ。
額や頬の輪郭に添うような、白のグラデーションの入ったグレーのショートヘア。
そこから突き出たとがった耳がピンと立ち。
グレーと白のツートンカラーの上着に白のセーターを着込み。
胸元を飾る赤いハーネスが伸びた先、首周りにはやわらかなネックウォーマー。
これまたグレーを基調としたプリーツスカートの下。
ふさふさとした尻尾がものすごい勢いで揺れており。
いつもやや控え目な彼女には珍しい、ハイテンション状態なのが一目で見て取れる。
「ともえさん、ともえさん!!すっごいですよ!まっ白ですよ!!」
きょろきょろとあたりを見渡しながら、嬉しそうに。
金色の左目と空色の右目。
そのどちらも雪化粧の世界の負けず劣らず、きらきらと輝いて見えるのだが。
「…う、うん。そーだねー、イエイヌちゃん」
二拍、遅れて。
登山道と雪原を区切る茂みをかき分けながら。
「ともえ」と呼ばれた少女は、若干気後れしたように。
…困ったように返事をした。
「どうかしました、ともえさん?」
「うん……なんていうか、な…?」
…春の若葉を思わせる、緑色の髪。
その頭にはいつもの帽子はなく、かわりに動物の肉球をあしらったデザインのイヤーマフとマフラー。
黒い長袖シャツの上にダウンジャケットを着こみ、斜めに下げたショルダーバッグには数日分のジャパリまん。
それらを潰さないように脇に寄せられたスケッチブックと、先の形がちがう鉛筆が2本。
手前の内ポケットには、ゴリラにもらったマッチの箱をすぐ出せるように。
分厚い動物図鑑を置いてきた分、軽くはなったけれど。
かわりに入ったジャパリまんの分だけ膨らんだバッグがすこし窮屈そう。
荷物は、軽くなってるはず。
でも、なんだかともえに元気がない。
(…ともえさん、寒いのかな?)
トレッキングブーツで固めている足元。
しかしショートパンツから伸びる脚は、黒の靴下こそ履いているが素足がむき出しだった。
…ほっぺにあたる風は、たしかに冷たい。
でも、寒がってるようには見えないし……?
テンションの差に不思議そうに首をかしげるおともだちに、黄色いリボンで結ったおさげを指先で遊ばせて。
深いブルーの瞳が、困ったように笑う。
「……悪いことしちゃったなあって」
「…あー……ゴマちゃんさん…」
…ようやくともえの言いたい事を理解し。
大回転だった尻尾がしゅん、と気まずそうに下がる。
少々事情があったとはいえ、おともだちを「ひとじち」にしてしまうなんて。
「…間が、わるすぎましたねぇ…」
「…うん。ゴマちゃん、すっっっっごいタイミング悪いんだもの…」
ぽつり、こぼれるため息。
話をそれ以上こじらせないためにも、ジャングルの群れのリーダー・ゴリラのためにも。
ともえとイエイヌは「にんむ」を受けることを決め、ゆきやまちほーに住む島の長・ユキヒョウの元を訪ねる、その途中なのだ。
今まで登ってきた登山道を視線で追い…
やがて、ふもとにあるうっそうとしたジャングルが目に入る。
…そう、これは「にんむ」。
ゴマちゃんさんを助けるための……
「…なんか見つけないと、だね。おみやげ」
…「にんむ」を忘れてはしゃいでしまった。
気を落としてしまったイエイヌに、ともえはできるだけ明るく声をかけ。
これから向かう、山頂の方へと目を向ける。
…空はよく晴れ、彼方にはまばらなすじ雲。
吹き抜けた一陣の風は、冷え切っていて。
雪山の厳しさの片鱗を覗かせているようだった。
――― ――― ――― ――― ――― ――― ――― ――― ―――
歩く、歩く、歩く。
雪に埋もれた道を、掘り起こすように。
行けども行けども立ちふさがる、白。
誰かが通った痕跡を踏み外せば、そのまま腰まで飲み込まれてしまう。
…けれども。
ずぼっ、と。
イエイヌがまた雪に埋もれる。
が、
「っ♪」
軽く、ジャンプ一つで雪から脱し。
「わ、わ♪」
跳んだ先でまた、雪にはまる。
しかし。
「このへんちょーっと深いみたいですよ、ともえさん♪」
気にすることなど全くなく。
むしろ、心底楽しそうに。
後ろを歩くともえを気遣いながら、元気いっぱいにはしゃぐイエイヌ。
「うん、ありがとうイエイヌちゃん」
楽しそうにしているが。
実際問題、雪に埋もれる事は実に厄介だ。
見た目と裏腹に、まとまった量の…
…それも埋もれるほどの量となれば、雪はかなり重い。
そして何より、柔らかく冷たい雪の足場は。
なれない者がはまり込めば、支点にした雪が崩れて身動き取れなくなり。
無理に出ようとすれば、雪の中に靴を残して脚を抜くことになる。
…最初はともえも同じくはしゃいでいたが。
進めば進むほど深くなる雪は、ともえの脚力では次第に抜けられなくなり。
今では完全に、イエイヌに先行してもらって彼女が作った道をおっかなびっくり歩いているような状態だった。
「…ごめんね、大変でしょ?」
謝るともえ、しかし。
「いーえー♪わたし、さむいのには強いんですよ♪」
楽しそうにイエイヌは笑いながら自分が通ったその跡を固め。
ともえが通りやすいように道を作りながら。
「とうっ♪」
今度はわざと雪に飛び込んで見せる。
雪の重みも冷たさも感じさせない軽やかさ。
「…元気だなぁ」
しみじみとつぶやくともえ。
雪の怖さを知ってしまった自分と対照的な、足取りの軽さ。
…あの白いブーツの元気さが、今の自分にはちょっとまぶしい。
「にんむ」を受けた時に借りた、イヤーマフとマフラー。
耳元と首筋はこれで守られているが。
――ヒュオオオオオオォォ……
…時折吹く山風に、木々が揺れる。
その寒さは、ハーフパンツと靴下だけのともえの脚にはこたえるモノがあった。
…ああ。
(お絵かき、したいなぁ…)
イエイヌの即席けものみちを歩きながら、ぼんやりと考える。
登山道のすぐ脇、茂みの向こう。
緩やかな斜面の白い輝きと、一定の間隔で建つ青い柱。
その奥には、今まで通ってきたジャングルや荒れ地が見え。
もっと奥には、イエイヌのおうちやともえが眠っていたあの《遺跡》があるのだろう。
高いところからでなければ見えない風景に、心が躍る。
描きたい……でもちょっとつらい。
それに、「にんむ」もしなきゃだし。
…歩き疲れたのか、すこし崩れてきた思考。
でも。
(…だめ、だめ)
頭を振って思考を切り替える。
それじゃ、何をしに来たかわからなくなる。
ゴマちゃんと、置いてきた帽子。
がんばる理由は、それで十分。
脚に力を入れなおし、前を向く。
雪の登山道は、まだ長い。
ここを抜ければ中腹…
『げれんで』にたどり着いても、「にんむ」のためにはもっと奥へ…
ユキヒョウのおうちのある、山の奥までいかなくては。
「…イエイヌちゃん、もーすこしゆっくり、ね?まだ先長いんだから」
「はーい♪」
待っていてくれる、だいじなおともだちのために。
ともえは、一歩、また一歩。
歩く、歩く、歩く。