けものフレンズR Returning a favor 作:社畜狂戦士
…開けた視界、広がる銀世界。
登るにしたがって段々と深くなっていく雪。
やがて芯のあるような硬さを持ち始めた事で、すっぽりと腰まで埋もれる事も少なくなり。
表層が解け、そして再び凝固した雪の大地の別なる顔。
踏みしめるブーツにも、やわらかさによる雪の不安定さでなく。
ザクザクとした、やや粗い氷の感触が伝わってくる。
上りと下り、二つの斜面の中間地点となる山の中腹。
『げれんで』は今までとはまた違う、ゆきやまちほーの在り方をともえとイエイヌに示しているようでもあった。
「はぁ―――……のぼったねぇ」
ふう、と息をつきながら、ともえ。
吐く息は白く、やや乱れた呼吸。
寒さは、感じない。
…今のところは。
まともに動ける足場のおかげで上がった体温。
冷えた大気も、今はちょうどいい。
「ここでまだ、半分らしいですし。
ともえさん、きゅうけいしましませんか?」
イエイヌにはまだ余裕があったが、まだ目的地は遠く。
(ともえさん、疲れてないかな?)
確認半分で提案すると。
「ん……そうだね、そうしよっか」
…ともえも自覚があったのだろう。
ちょっと疲れたね、と笑って受け入れた。
青い柱のそばに、ふたり並んで腰を下ろして。
「はい、イエイヌちゃん」
「ありがとうございますー♪」
ショルダーバッグから取り出した濃い緑色のジャパリまんにかじりつく。
…これは……何味だろう?
熱帯のフルーツみたいな熟した甘味。
甘さの中にほんのりとした酸味と、うっすらとした苦み。
少し、クセがある感じもするけれど。
「おいしいですねー、これも♪」
「うん、あたしもすき」
いつもとは違う味も、これはこれでおいしい。
…「にんむ」を受けた時にゴリラから渡されたジャパリまん。
行きで一日分、帰りで一日分。
そして、予備として何日か分。
ふたりで食べるには多すぎる量だけれど。
(…ゆきやまは荒れた時が、ヤバイ…)
思い出す、ゴリラの言葉。
…今はまだ、そんな気配はないけれど。
厳しい態度だったけど、こっちのことも心配してくれてるのはすぐに分かった。
ピリピリするような張り詰めた空気。
そこにやってきたのがともえとイエイヌ。
そしてゴマちゃん……
「……ともえさん?」
声を掛けられて隣を見れば。
こっちを心配するような、気遣うようなイエイヌの顔がすぐそばにある。
「あ、ごめんね、なんでも……」
言葉を濁しかけて。
「…ううん。なんでも、あるね」
…ちゃんと、イエイヌちゃんの意見も聞いておかなくちゃ。
それに、しっかり体も休める時間も必要。
少し、言葉を選びながら。
ともえは心配させてしまったイエイヌに口を開いた。
「……ここまで、のぼって来たけど…」
続く言葉を考えながら。
何を言いたいのか、伝えたいのか。
「…ほかのフレンズちゃん、見ないね……」
「………それは…」
「…でも、それだけじゃないよ」
イエイヌの言葉を、遮るように。
目で、ごめんね、と謝って。
「フレンズになってない動物たちも、いない」
「……、………」
…フレンズたちがいないのは、「にんむ」の話を聞いたときには分かってたこと。
『ゆきやまちほーにたっっっくさんのセルリアンが出た』
『フレンズたちがみんなひなんして来てる』
フレンズたちが逃げてきたゆきやまの奥、ひとり残っているユキヒョウ。
ともえたちはユキヒョウに会いに、ゆきやまを登っている……
ゆきやまとじゃんぐるの境目で、避難する途中のユキウサギやライチョウと会ったのを最後に。
ともえはイエイヌ以外のフレンズや動物を見ていない。
………それだけ、じゃない。
「………セルリアンも」
『たっっっくさん出た』はずのセルリアンも、いない。
誰かがいた痕跡はあっても。
誰かがいる気配は、ない。
いるはずのセルリアンの気配さえも……
―――風が、吹く。
笛の音のように、高く、低く。
雪を散らし、木々を揺らしても。
森は応えない。
ただ、麓へと疾り抜ける。
…風の過ぎ去った木々のざわめき。
その中に。
誰とも知らない《何か》がじっと、こちらを伺っているような気さえしてくる……
「……ともえさん」
金の瞳と空色の瞳。
ともえの赤と緑の瞳孔を、まっすぐに見つめながら。
「…考えすぎだとおもいますよ、わたし?」
「あ、やっぱり?」
困ったように笑うイエイヌに、ともえも笑う。
その笑顔はややぎこちなく、弱い。
…おかしいことが起きてるのは、間違いないだろう。
けれど、それは眼前に迫った危機なのか。
たぶんそれは。
おそらく違う。
「わたしは鼻がききますし。セルリアンが近いなら、すぐ分かるはずです」
ちょこっとだけ、誇らしげに胸を張って。
「ともえさんを守るのが、わたしの使命ですから」
それが、当然のことだというように。
イエイヌは笑顔で言い切った。
「……えいっ」
「わわっ」
ぎゅっと、抱きしめる。
…ちょっと恥ずかしくなった照れ隠しと。
「ありがと、イエイヌちゃん……ちょっと、楽になった」
心のどこかにあった不安を打ち消してくれた、おともだちに。
「…元気でました、ともえさん?」
「うん。すっごく」
「えへへ…あ、そのままもふもふは反則ですー」
抱きしめから撫でまわしに移行した、おともだちに。
…古びた、塗料のはがれつつある青の柱。
かつては機械仕掛けの何かをつないでいただろう、それの陰で。
ふたりの少女の、他愛のない笑い声。
静寂の銀世界に、陽だまりのように。
空はよく晴れ、数を増やしつつある羊雲。
山頂はまだ遠く、その奥に隠した大雪原と霊峰が悠然と待ち受けているよう。
………山の天気は、変わりやすい。
この言葉をふたりが思い知るのは、もう少し後のことになる。