けものフレンズR  Returning a favor   作:社畜狂戦士

5 / 19
青の追憶

とくん、とくん、とくん…

 

 

 

脈打つ鼓動が時を刻む。

 

目を閉じた闇の中。

 

 

低く、高く。

地鳴りのように、叫び声のように。

 

 

丸太材の壁一枚向こう、吹き抜ける風の音。

 

それは舞い散る雪を乗せ、木々を揺らし。

ざわめきを雪で蹴散らしながら、ただ、疾る。

 

 

 

…誰もいない、古びた山小屋。

荒れてはいるが、誰かが時折手入れをしている形跡が残る。

 

ゆきやまちほーに住まうフレンズ達が、吹雪を避ける為に使う小屋。

そこは誰の物でもなく、ゆきやまに在る者すべてのための避難場所の一つ。

 

 

とりあえず、といった感じで置かれた木箱がいくつかと、椅子とテーブル。

燃え差しの残る囲炉裏と、年代を感じさせる古びた薪の束。

 

どこからか持ち込まれたのだろう、厚手の毛布が何枚か。

誰かが使ったのをそのままに、無造作に床に放り出してある。

 

 

 

…木箱と木箱の陰、一目では気付かない死角。

獣は顔を伏せるようにうずくまっていた。

 

 

 

とくん、とくん、とくん…

 

 

 

丸太材の壁の外、吹き付けられた雪は嵩を増し。

積もった雪は保温と消音に長けた壁となってざわめきも、風の叫びさえも押し殺し。

 

低く、低く。

うめき声にも似た雑音が、距離以上に遠く、響く。

 

 

何もかもを白く塗り潰す、音のある静寂。

 

取り残されるように、己の心音が耳に届く。

 

 

じわり、とうずく傷。

呼気で生まれるわずかな熱。

 

 

 

獣は微睡む。

 

擦り切れ、色あせた遠い日を。

 

 

 

……顔も思い出せない、《影》。

 

でも、分かる。

知っている。

 

 

「あの子」が、笑う。

 

 

音も、ない。

思い出せない。

 

 

わたし、を呼ぶ声。

 

知っている、声。

 

 

でも、分からない。

 

 

「あの子」が、分からない。

 

 

 

そばにいた、「あの子」が、分からない。

 

 

 

…ユキが、いて。

 

わたしが、いて。

 

「あの子」が、いて…。

 

 

 

……あ、お。

青い、あおい…。

 

 

 

…甘い微睡みをむさぼるように。

 

体温と心音だけが命ある事を証明する、過酷な大地。

 

摩耗した記憶にすがる、わずかばかりの安息。

 

 

 

とくん、とくん、とくん…

 

 

 

獣は微睡む。

 

それは砂糖菓子のように甘く。

そして、もろく崩れ去ると知っていても。

 

 

 

手を、つないで。

 

ふたり、ならんで。

 

…ユキが、すこし遅れてきて。

 

 

「あの子」が……笑って……

 

 

 

…色あせていても。

擦り切れ、継ぎ接ぎだらけになっても。

 

音さえ朽ちた記憶の中。

 

 

脳裏に焼き付いて離れない、《青》。

 

 

何を忘れてしまったのか。

何を、思い出せないのか。

 

 

…分からない。

思い出したくない。

 

 

…けれど。

それは。

 

 

幸せな、記憶。

微睡みの中でだけ会える、青の蜃気楼。

 

 

 

獣は、ただ微睡む。

 

頬に一筋、涙の跡を刻みながら。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。