けものフレンズR  Returning a favor   作:社畜狂戦士

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山小屋の一夜  2

―――か、しゅ…

 

 

 

光が、灯る。

 

か細い音ともに震えながら、されど激しく。

こすり付けられたマッチの先。

 

 

小さな小さな炎が燃える。

 

 

 

「ひっ……」

 

息をのむ、イエイヌの声。

困惑と、戸惑い。

 

……そして、恐怖。

 

 

 

揺らめきながら、闇を切り裂いて。

突き刺さるような眼光が、真っ先に浮かび上がった。

 

 

…照らし出されたのは、見知らぬ《誰か》。

 

射貫くように見据える金の双眸に、ともえの視線が釘付けになる。

 

 

 

……どくん。

 

 

ぎゅっと、胸を締め付けるように。

 

一拍、高鳴った鼓動。

全身から血の気が引く。

 

 

理解が追い付かない。

けれど、体は反応する。

 

 

 

明確に差し迫った、命の危機。

呼吸も止まるような、圧倒的な存在感。

 

 

…音さえ消えた、引き伸ばされた時間の中。

釘付けになった視覚が、次々と情報を拾い集めてくる。

 

 

 

シャープな顔立ちを強調する、オレンジ色のくせっ毛。

毛先に入る白のグラデーションと、縞めいた黒のコントラストが走るロングヘア。

 

悠然と、笑うような口元で。

鋭い八重歯が、ぎらりと鈍く光る。

 

燃えるマッチを器用につまむ、鋭い爪の伸びた大きな手。

 

…手袋などではなく。

ふかふかした毛皮とつややかな肉球のある、獣の手指。

 

無骨かつしなやかな機能美の塊に繋がれた、冷たい金属の枷。

否応なく異物の存在を叫ぶ、刺さるように冴え切った光沢。

 

 

…今まで出会ったフレンズたちとは、違う。

 

音もなく…イエイヌにさえ気づかれず。

息が届くような距離まで忍び寄ってきた、少女の姿をした《獣》。

 

 

 

まっすぐこちらを見ているようで。

どこも見ていないような瞳が、ともえの目をのぞき込む。

 

黒い満月のような瞳孔が、三日月のようにすぼまり。

怒気と苛立ちを隠さず、値踏みするかのように…

 

 

 

心臓をわしづかみにされたように、背筋に走る震え。

ともえは、金の双眸から目をそらせなかった。

 

…だが。

 

 

 

 

(………きれ、い…)

 

 

 

 

ともえの中に浮かんだ感情は、畏怖でも恐怖でもなく。

突然姿を現した何者かへの、好奇心と感嘆だった。

 

 

指先一つ、動かすことさえできない緊張感。

 

 

おそらく、きっと。

《彼女》がほんの少し、「気まぐれ」を起こせば。

 

…ともえも、イエイヌも。

あの爪で、切り裂かれてしまうだろう。

 

 

戦うことのできないともえでも瞬時に理解できる。

 

 

 

傍若無人、と言えるのかもしれない、孤高の存在。

 

 

……怖い。

でも、それ以上に。

 

 

ともえの心を惹きつける何かを、《彼女》は持っていた。

 

 

 

…実際以上に長く重厚な、数瞬の見つめ合い。

 

 

 

―――GAAHRR、RRR……

 

 

 

…「うるさいぞ」、と言いたげに一声唸り。

囲炉裏の上へ、燃えるマッチをぽとりと落とした。

 

 

《彼女》は背を向ける。

「用は済んだ」とでも言うように。

 

 

 

…じゃらり。

 

 

 

両腕に繋がれた鎖を鳴らしながら。

明かりの届かぬ暗がりの中へ……

 

 

 

「……えさん、ともえさんっ!」

 

 

 

…イエイヌの、声。

 

引き伸ばされていた時間が動き出す。

 

 

「え……、…あっ…」

 

 

…囲炉裏に組みなおした燃え差しと薪の上に、小さな火。

頼りなく揺れるそれを見て、ようやくともえは我に返った。

 

 

「…ぇつだって、イエイヌちゃ…!!」

「はいっ!!」

 

 

自分でも驚くようなかすれた声。

それでもイエイヌは即答する。

 

 

そばに転がっていた薪を拾い。

 

「ここ……おねが…」

「こ、こうですか!?」

 

はがれ掛けた表皮をイエイヌに外してもらう。

 

 

「…っ」

 

しっかりとつまもうとしただけで、かじかんだ指先がじくりと痛む。

 

 

…けれど。

それでも。

 

 

消えかけたマッチの火炎の先端へ、樹皮を差し出す。

 

 

 

…この火は、絶対に消しちゃいけない。

火を継ぐ手の震えを、必死で押さえながら。

 

 

乾いた薄皮を、なめるように。

 

 

 

―――ぱち、、、、

 

 

 

燃え移った小さな火。

そのままでは消えてしまっていただろう、か細い火。

 

ゆらり、揺らめきながら少しずつ燃え広がり。

油分の多い樹皮に達して、炎は音を立てて大きくなった。

 

 

「わっ…」

「ま、だ……!」

 

 

小さく声を上げるイエイヌをたしなめ。

慎重に、慎重に、燃え差しと薪の隙間へ、そっと落とす。

 

新たな侵攻先を求め、炎は燃え差しに絡みつき。

燃え差しは、含んだ水分を白い煙に変えて侵攻を阻む。

 

 

 

「…ふー…、ふー…っ」

 

消えないように、消さないように。

細く、長く、唇を尖らせて息を送る。

 

 

 

「ふー…、ふー…っ」

「ふ…ふー…、ふー…っ」

 

 

ともえの隣でマネをし始めたイエイヌ。

 

 

…火が、怖い。

そのはずのおともだちが、手伝ってくれている。

 

 

冷え切った体、けれど、気力だけは尽きてはいない。

今も、イエイヌから勇気を分けてもらっている…!

 

 

ふり絞る気力。

イエイヌに外してもらった樹皮の残りを、場所を選んで火に足していく。

 

 

ふたりの息を受けて少しずつ、少しずつ勢いを増す炎。

 

白煙は火の勢いに押され始め。

燃え差しがもう一度、炎に身を沈めるのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

…やがて、薪にも燃え移る炎に育った頃。

 

 

 

「………はぁ……」

 

 

 

いつの間にか額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら。

ともえはほっと、息を吐いた。

 

…ここまでくれば、もう大丈夫。

ちょっとやそっとじゃ消えないたき火になってくれたことに、充実感を覚えながら。

 

 

「と……ともえ、さん…?」

「…うん。もう大丈夫だよ、イエイヌちゃ…」

 

 

ずっと隣で手伝ってくれたお友達を振り返ると。

 

 

 

「……はうぅ、よかったでずー」

 

 

 

…いまさらになって、抑えてた恐怖が戻ってきたのだろうか。

 

下を向いた、耳と尻尾。

金色と空色の瞳には、うっすらと涙。

 

 

ともえはそんなイエイヌをぎゅっと抱き寄せ。

 

 

「……おなか、すいちゃった」

「…ともえさん。ちょっと元気になりすぎてません?」

 

 

叩いた軽口に、イエイヌがちょっと困ったように笑って。

声は、少しだけ鼻声で。

 

 

 

「…ありがとね、イエイヌちゃん」

「…♪」

 

 

 

照れ隠ししながらの、お礼。

イエイヌは尻尾で応え。

 

…ともえもやっと、笑うことができた。

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