けものフレンズR Returning a favor 作:社畜狂戦士
―――ぱち、ぱち、、、、
火の粉が、散る。
薪の中に含んでいた空気が温まり、炎に触れて、火の粉に変わる。
完全に夜になってしまった避難小屋の囲炉裏に灯る、たき火の明かり。
木組みの小屋のすきま風に揺れながら、煌々と、ぼんやりと。
陽の光とはまた違う、橙色の光と暖かさで照らしてくれる。
「…あのー、イエイヌちゃん?」
恐る恐る声を掛ける、ともえ。
「動きにくいんだけど……?」
「ともえさんは無茶するので。だめですー」
「えー……?」
耳元で聞こえる声。
不満を伝えてみたが、却下されてしまった。
…風よけに横倒しにしたテーブルに、背中を預け。
毛布に包まれながら、ともえを後ろから抱きしめて離さないイエイヌ。
(…ちょっと、怒ってる?)
顔の見えないお友達の声に、ちょっぴりトゲを感じる。
……まあ、仕方ないのかもしれないけれど。
ただちょっと…
「…………」
囲炉裏の、向こう。
二つの木箱の陰にいる、名前も知らない『あの子』の様子を見たいだけなんだけど…
…
……
………?
……ふと、気付く。
(…さっきより、ちょっと、近づいてきてる……?)
気のせい、なのだろうか?
位置が悪くてよく見えない。
ぎゅっ、と。
ともえを抱きしめる力が強くなる。
「…ダメですよ、ともえさん」
耳元でイエイヌがささやく。
「刺激しちゃ、ダメです。
…その気がないみたいですから…そのままにしておきましょ?」
穏やかな声音。
けれど、緊張と真剣さをにじませながら、わずかに震える。
顔が見えなくても理解出来る。
『あの子』の事だ。
もし、『あの子』がその気になったら…
…ともえには、その覚悟と決意が少し悲しかった。
「…わかったよ、イエイヌちゃん」
首だけ振り返り、お友達の目を見て。
安心してもらえるように、ともえもささやく。
…短い、見つめ合い。
ゆっくりと、抱きしめる力が抜けて行き。
「…ほんと、ダメですからね?」
「わかったってばぁ」
念押しされながら解放され、ともえは苦笑した。
…ちらり、と。
囲炉裏を向こう、木箱の辺りを…
「…わお」
「…ほら。刺激しちゃダメですって」
…覗きこむ必要は、もうなくなっていた。
四角い囲炉裏の、すぐ反対側。
たき火のすぐそばに、堂々と。
音も気配も感じさせず、『あの子』はうずくまるように陣取っていた。
…こちらを気にする風はなく。
けれど、ぴん、と。
気配を探るような緊張感を漂わせて。
…じろり。
片目でこっちを牽制すると、また目を閉じる。
うるさくするな、そう言うように。
「…寒かったのかな?」
「…ともえさん?」
くいっ。
疑問を口にしたともえの背中を、イエイヌが引っ張って抗議する。
刺激、しちゃ、ダメ。
無言の圧力。
再度念押しされて、ともえも無言で頷いた。
……とは言え。
実際問題、やる事も出来る事も少ないわけで。
…やりたいやりたいと思っていたお絵かきも、もしかしたら『あの子』の気に障るかもしれないし。
たき火を絶やさないように、薪をくべる。
「………」
「………」
自然と、『あの子』に行ってしまう視線。
…その度にイエイヌから圧が掛かるけども。
それでもやっぱり、気になって仕方ない。
「…何の、フレンズちゃんなのかな?」
イエイヌを振り返り、小声で聞いてみる。
「…わかりません。でも…」
イエイヌが言葉を濁す。
迷うように、ためらうように。
…が。
「そうだ。図鑑。図鑑見たら分かるかな?」
「……ゴマちゃんさんにあずけてませんでした、それ?」
「…そーでした」
…折れる、話の腰。
ごそごそとバッグを引っ張り出すともえに、なんとかツッコミを入れて。
それでも一応、バッグを確認。
「うわぁ。ジャパリまん冷たぁい…」
「おなか痛くなりそうですねぇ…」
かわりに出てきた、かっちかちに冷えたジャパリまんにふたりで肩を落とす。
…そういえば、お昼から何も食べていない。
…
……
………
「…火のそばに置いといたらもとに戻るかな?」
「あ、あぶなくないですか、ともえさん?」
火も、だけれど。
たき火のそばの『あの子』を刺激しそう。
けれど思い出してしまった空腹は、どうにも我慢できそうにない。
…反応をうかがいながら、そっと。
ともえのとイエイヌのと。
濃い緑色のジャパリまんを並べて置く。
…『あの子』は片目を開けてこっちを見たが、それ以上は動く気はなさそうだった。
ほっと息を吐くイエイヌ。
遠火で、じっくり。
少しずつ、少しずつ、回しながら温めていく。
…やがて、鼻をくすぐるように広がり出した香り。
ふわりと、甘く。
薪の煙とはまた違う食欲を誘う香ばしさ。
――くう、きゅう。
ふたりのお腹が仲良く鳴って。
―――ぐぎゅるるおおおぁぉうぅぅおお。
…続いた豪快な腹の虫の声に、見合わせた顔が真顔になる。
(…………イエイヌちゃん?)
(ちがいますー!!)
視線と、ジェスチャー。
分かっていても、取ってしまった確認。
あたしでも、イエイヌちゃんでもない。
ということは。
…ふたり揃って、視線を向ける。
視線の先。
たき火のそばの『あの子』は。
「自分ではない」、そう言うように。
顔を伏せたまま、そっぽを向いていた。
…先に動いたのは、ともえだった。
たき火のそばのジャパリまんを、そっと確かめる。
…温かい、まではいかないけど。
食べれるくらいまでは戻ってる。
表面に、焼き目のついたそれを。
両方手に取って。
一歩、前へ。
「あ…あの……っ」
…刹那、
暖まっていた空気が、凍るような。
伸ばしかけたイエイヌの手を、拒むような圧力が押し留める。
…それでも。
「……さっきは、、ありがとうございまし、たっ」
ともえは、言葉を続ける。
圧力に気圧され、詰まりながら。
「よ、かったら…、こ……れ……っ」
おそるおそる差し出したジャパリまん。
――ぐるり、
そっぽを向いていた顔が、金の双眸が。
もう一度、明確に、ともえの視線と交錯した。
―――KAAAHHR……
鈍く光った、鋭い八重歯。
威嚇の意思を込めた声なき呼気。
……青と、金色。
重い重い、わずかな数瞬。
………
……
…
圧が、消える。
「好きにしろ」、とでも言うように。
『あの子』はもう一度、そっぽを向き。
追い払うように、不機嫌そうに長い尾を波打たせた。
…ゆっくり、と。
ジャパリまんを、『あの子』の方へ並べて置いて。
「こ…こわかったぁ………」
わずか一歩の距離を半べそで戻ってきた、ともえ。
イエイヌは無言で胸に受け入れて。
「……だから。刺激しちゃダメですって。ともえさん」
…優しさを、誉めるべきか。
向こう見ずを、叱るべきか。
ちょっと複雑な心境で、イエイヌはともえの背をさすっていた。